リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

第5話『軍の再編成』

「戦士、重戦士、盗賊、魔剣士、武闘法士。この5人でひとつの集団を作ってもらいます。これを軍の最小集団とし、『』と呼びます」
「むぅ……。しかし、武闘法士はともかく魔剣士などまったくおらんぞ?」


 元帥府ではヤシロとグァンが軍の再編成について話し合っていた。
 その場にはヤシロの付き人としてクレアも同席し、加えて大神官のフランセットもいた。


「そこは転職クラスチェンジしてもらいましょう。そのぶん報酬を上乗せするなどして報います」
転職クラスチェンジねぇ……」


 転職クラスチェンジという言葉にフランセットの表情が曇る。


「それって軍の弱体化につながんない?」
「一時的には」


 フランセットの口調がかなり砕けているが、これが彼女本来のキャラクターらしい。
 顔合わせのときはまだ賢者の地位がはっきり定まっていなかったので、かなり丁寧な態度だったが、王国のトップ陣と同格というところでなんとなく落ち着いたので、徐々に気安くなっていったのだった。


「しかし、ここで大規模な再編成を行なっておかないと、勇者一行が魔王を倒すまで人類はじわじわと弱体化し続けるだけだ」


 そしてフランセットの態度に釣られるかたちで、ヤシロのほうも彼女に対しては少し砕けた口調になっていた。


「でもなんとか耐えしのげるんでしょ?」
「魔王を倒して世界は平和になりました、めでたしめでたし。で終わっていいのならこのままでも」
「……それじゃダメなの?」
「それはすなわち、人類の物語も終わるということだぞ? 魔王討伐後も人類が歴史を紡いでいくのであれば、その先の復興についても考えておかねばならない」
「まぁ……そうかもね……」
「であれば、連合軍だけで魔王軍を圧倒しなくてはならない。勇者一行の魔王討伐は成功すればラッキーくらいに考えておいたほうがいいだろう。暗殺に人類の命運をかけるというのはあまりにも馬鹿馬鹿しいからな」


 そこにグァンが割って入る。


「ふむふむ。つまり、魔王軍はあくまでワシら連合軍が倒すべきだというんじゃな?」
「ええ、そういうことです」
「お主の言うとおりにすれば、それが叶うと?」
「少なくとも今よりは好転できるかと」


 ヤシロは戦争など経験したことない普通の日本人である。
 一応ビジネスマンの嗜みとして孫子などの兵法書は一通り読んでいるが、だからといってそれが戦争に活かせるとは限らない。
 なにより相手が魔物であるという点で、元の世界の戦争とは勝手が違うのだ。
 だからといって、先日目にした大規模な個人戦のような戦いはあまりにも効率が悪すぎる、ということくらいはわかる。
 そこで魔物相手の集団戦ということで思いついたのが、RPG的なパーティー編成だった。


 まず戦士だが、これは現在歩兵として戦っている者の大半が就いている職業クラスである。
 近接戦闘を得意とし、幅広く武器を使うことが出来る。
 現在はほとんどの兵士が剣のみを使っているが、全員に短槍を支給してそちらをメインにしつつ、剣は補助的な装備として携行させる予定だ。
 防具は鎖帷子の上に軽鎧と鉢金を身に着け、小型の円盾を装備させる。


 重戦士は全身鎧に大盾という、防御に特化した職業クラスである。
 まずは重戦士が敵の攻撃を受け止め、その隙に他のメンバーが攻撃に転じるというのが基本戦術になるだろう。
 こちらも現在は剣を主体にしているが、斧や鎚に変更予定だ。


 盗賊は犯罪者を意味するものではなく、あくまで職業クラスとして存在するものだ。
 彼らは身軽で周囲の警戒を得意とするので、広い視野を活かして伍を指揮してもらう。
 なので、基本的には盗賊を伍長とする。
 また彼らの身軽さを最大限に活かすため、盗賊には少しばかり上等な魔物の革製の防具を身に着けて貰う予定だ。


 武闘法士とは、格闘を得意とする職業クラスで、少しだけ法術を使うことができる。
 他者を回復できる《ヒール》を覚えるにはレベル15ほどになる必要はあるが、ヤシロが注目したのはレベル1で必ず覚える《クリーン》という洗浄効果のある法術だ。
 メンバーが怪我をしたとき、その場で傷口を洗えるというのはかなりありがたい。
 また、自身の回復や身体強化などの補助は比較的低いレベルでも習得できるというのも利点であり、兵士の内でもそこそこ人気のある職業クラスである。
 武器はナックルダスター――いわゆるメリケンサック――と、つま先に鉄板を仕込んだ安全靴、防具は戦士と同じく軽鎧を身につける。


 問題は魔剣士だろうか。
 名前はかっこいいのだが、実際のところ使い所の難しい職業クラスである。
 魔剣士・・というだけあって、剣術スキル以外の武術系スキルを習得できないが、魔術を習得できるという特徴がある。
 ただし、あくまで剣が主体で魔術はおまけのようなものだ。
 使える魔術は生活魔術と呼ばれるものだけで、戦闘の役に立つものではない。
 いくつかある生活魔術の内、何を覚えるかは属性に対する適性によるが、一応レベル1で必ずひとつの魔術は習得できるとされる。
 習得できる魔術は以下のとおり。


【地】→《ポリッシュ》:研磨の魔術。掃除に便利。
【水】→《ウォーター》:コップ一杯程度の水を生成する。
【火】→《イグニッション》:点火の魔術。枯れ木に火を点ける程度で、炎は出ない。
【風】→《ファン》:風を起こす魔術。うちわで扇ぐ~扇風機の強くらいで調節可能。


 また複数の属性に対して適性がある場合は、以下の複合属性の魔術を習得できる場合もある。


【炎】=【火】+【風】→《ヒート》:加熱の魔術。頑張れば水を沸騰させられる。
【氷】=【水】+【火】→《クール》:冷却の魔術。氷くらいは作れる。
【雷】=【地】+【水】+【風】→《ショック》:電撃の魔術。最大でスタンガンくらいの威力。


「まぁ、複数の属性へ適性がある者はたいてい魔術士への適性もありますから、そちらを選択してもらいますが」
「たしかに、そうですね」


 ヤシロの言葉にクレアが同意する。
 魔剣士への適性は3人にひとり程度はあるのだが、魔術士への適性がある者は20人にひとり程度である。
 ヤシロとしてはできれば伍にひとりは魔術士をいれたかったのだが、人口の少なさから断念したという経緯があった。


「しかし、そうなると魔剣士を使う意味がわからんのじゃがのぅ。戦士なり重戦士なりをもうひとり増やしたほうがよくはないか?」
「だよねぇ。生活魔術が使える程度で、戦闘が有利になるとは思えないし」
「いや、私はその生活魔術こそ、今後の軍に必要不可欠なものだと考えている」


 首を傾げるグァンとフランセットに対し、ヤシロは話を続ける。


「確かにいまは防衛戦がメインなので、戦闘は1~2日で終わることがほとんどだろう」


 魔王軍にはおよそ戦術らしいものはなく、ただ数をたのんで前進してくるだけなので、戦闘自体は意外と早く終わるのだった。
 逆に、短期間で決着を着けられない場合は敗北となり、こちらが撤退することがほとんどである。


「しかしこの先軍の再編成が成功すれば、必ずこちらから攻め込む機会が訪れるはずだ。そうなった場合、長期間に及ぶ行軍や戦闘が予想される」
「そこで生活魔術が役に立つってこと?」
「そうだ。《ポリッシュ》があれば装備品のメンテナンスができる。ちょっとした刃こぼれ程度ならすぐに直せるだろう。《ウォーター》があれば飲み水に困ることはないし、《イグニッション》と《ファン》があれば火をおこすのに苦労しない」
「なるほどのぅ……」
「でも、魔剣士って伍にひとりだけだよねぇ?」
「そこで伍を5つ集めて小隊とする」


 4つの属性に対して5つの伍を集めれば、多少属性の偏りがあっても1個小隊に各属性を扱える魔剣士をそろえることは可能だろう。


「また、1個小隊にひとり、魔術士を所属させる」


 少数とはいえ魔術士がいるのといないのとでは戦術の幅に違いが出てくるのだ。


「さらに、小隊を5~6個まとめて中隊とする。この中隊に2~3人は法術士を置くつもりだ。この中隊が軍の基本単位になると思ってくれ」


 中隊を集めて大隊とし、さらに連隊、旅団、師団と大きくなっていくのだが、そのあたりは状況に応じて編成していくことになるだろう。


「まぁ小隊や中隊云々はまだ少し先の話だ。まずやるべきは、魔剣士の確保だな」
「……つまり、私の出番ってわけね」


 転職クラスチェンジを行えるのは神官のみである。
 本来ならレベル20以上の神官でなければ転職クラスチェンジを行えないのだが、神殿の設備を使えばレベル1であっても実行可能だ。
 そしてその神官たちを束ねているのが、大神官フランセットというわけである。


「あー、大変そうだなぁ……」
「ま、がんばってくれ」


 フランセットががっくりと肩を落とす。
 それもそうだろう。
 今回の再編成に伴い、国内だけでも数万人単位での転職が必要となるはずであり、連合国全体だと10万を超すおそれもあるのだ。
 一応フランセットはレジヴェルデ王国に所属する大神官だが、王国が連合軍の盟主国である以上、連合内すべての神官を彼女が取り仕切る必要がある。


「ところで賢者殿よ。その新たに編成する伍の訓練はどうするのじゃ?」
「それなんですが、彼らにはダンジョンに潜ってもらおうかと」
「ダンジョンじゃと?」
「ええ。特に魔剣士はほぼ例外なく低レベルになると思いますので、レベリングは必要でしょう。ああ、そうだフランセット」
「……」


 ヤシロの呼びかけにフランセットは少しだけ顔を上げたが、返事はなかった。


「フラン、どうしたの?」
「………やだ」


 フランセットはクレアの問いかけにただ否定の意思のみを告げる。


「どうしたの? なにがいやなの?」
「……どうせ面倒事が増えるんでしょう?」
「そんなこと――」
「そのとおりだ」


 友人を心配しつつも諭そうとするクレアの言葉を、ヤシロが容赦なく遮断する。


「悪いが伍にはパーティー申請を義務付ける予定だ」


 パーティー申請を行うことで、魔物を倒した際に得られる存在力を分け合うことができるようになる。
 兵士の中に魔剣士はまずいないので、転職クラスチェンジは必須となるのだが、転職クラスチェンジにはレベルが1になるというデメリットがあるのだ。
 必然的に弱くなるであろう魔剣士を効率的にレベリングするために、パーティー申請は必要不可欠であり、そのパーティー申請もまた神官の役目なのである。


「ううー! ヤシロの鬼ー!!」
「すまんな。苦労をかける」


 そう言って軽く頭を下げたヤシロだったが、その表情に謝罪の意思は一切見えなかった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品