リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

第2話『装備品の確認』

「そういえばクレアさん、お仕事のほうはいいのですか? 筆頭魔導師ともなると、私の世話をする暇もないでしょう」
「職務に関しては下の者にすべて振り分けておりますのでご心配なく」


 現在ヤシロはクレアに案内されながら、宰相府の廊下を歩いていた。
 飾り気のない無骨な建物の広い廊下には、慌ただしげに行き交う職員の姿が箇所に見て取れる。


「レベル10そこらで百戦錬磨の魔導師たちの相手をするのは骨が折れますので」


 トップに立っていたものが病などに倒れると、これ幸いに調子づく者がいるのはどの組織でも同じであるらしい。
 公的には、筆頭魔導師クレアは賢者召喚に伴う一時的な疲労により、当面休職するということになっており、存在力の喪失に関してはごく一部の者にしか知らされていない。
 そのことを知られれば不和の原因となるだろうし、人前に出る機会が多くなれば事実が露見する可能性も高まるので、一線を退いた彼女はヤシロの付き人のようなことをしているのだった。
 ちなみに業務の引き継ぎに関しては賢者召喚実行前に粗方終えていたので、それほどの混乱はない。


「こちらです」


 立ち止まったクレアが廊下に並ぶドアのひとつを開け、中にはいっていったので、ヤシロもそれに続いた。
 そこは応接室のようであり、革張りの上等なソファや、シンプルだが造りのしっかりしたテーブルなどが配置されている。
 クレアに促され、ソファに並んで腰掛けたふたりのもとに紅茶が運ばれてくる。


「いやぁ、すいませんね、遅くなりまして」


 ヤシロとクレアが紅茶を半分ほど飲んだところで宰相イーデンが現われた。


「いえ、こちらこそお忙しい中お呼び立てして申し訳ありません」
「なんの。で、どういったご用件で?」
「勇者一行の装備に関して相談があるのですが」


 現在――魔の樹海への出発より半月ほど前――勇者一行が装備しているのは、軍の一般兵に支給されている鉄製の武器や、弱い魔物の革で作られた防具類である。
 破損した場合の交換や修繕は行うが、よりよい装備に変更する場合は自費で購入させるというが慣例のようだ。
 勇者一行は倒した魔物から採れる素材や魔石を連合軍で買い取ってもらい、それを活動資金としているのだが、頻繁に全滅する彼らは“死ねば所持金の半額を徴収される”という制度のせいで、装備を整える金銭的余裕は無いらしい。
 なので、最初からずっと支給品のみで戦っているのだった。


(『ひのきのぼう』や『ぬののふく』よりはマシかもしれんが、これでは効率が悪すぎる)


 ゲームであれば主人公の成長に合わせて装備品をグレードアップさせるというのも楽しみのひとつかも知れないが、いま起こっているのは現実である。
 ならば、魔王討伐などという無茶振りをしている以上、最大限のバックアップはすべきだろう。


「これらを用意してください」


 そう言いながら、ヤシロは1枚の紙をイーデンに渡した。


「これは……国宝級のものばかりではありませんか」


 そこには竜など高位の魔物素材で作られた武具の名前と、収蔵場所が記載されていた。
 そのほとんどは王家の宝物庫に収められているが、一部は高位貴族の私物なども含まれている。


「これらを、勇者一行に?」
「はい」
「しかし、彼らはまだ成長途中ですぞ? もう少し力をつけてからのほうが……」
「いえ、弱いからこそ、その弱さを装備で補うべきでしょう。そのほうが効率も良くなる」
「むぅ……」
「先日私が彼らにあった際、ハイオークの集団に敗れたと言っておりましたが、これらの装備があれば全滅を免れた可能性は高い。つまり、無駄死にせずに済んだというわけです」
「そうかもしれませんが……」
「それに、これら魔物素材で作られた装備は、法術による回復が可能だと聞いております。粗悪な支給品が壊れるたびに王都へ戻るというのも、効率が悪い」
「しかし、王家の所有物はともかく、他家の私物を借りるとなると、それなりの対価が必要になりますが」
「無償で提供させましょう」
「は……?」


 驚くイーデンに対し、ヤシロは淡々と話を進める。


「負ければ人類はおしまいなんですよ? 国が滅び家が滅んで宝物だけが遺るなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。なので賢者の名のもとに無償提供を呼びかけます」


 この世界には過去に数名の賢者が存在した。
 それらがすべて異世界から召喚された者かは不明だが、彼らは例外なく人類のを衰退から救い、文明の発展に貢献した。
 そのおかげか、この世界における賢者の存在は大きく、その発言は重い。


「もし応じないと言うなら、それは利敵行為であり人類に対する反逆です。そのような愚かな貴族は取り潰した上で資産も領地も取り上げればよろしい」
「そんな!! 下手をすれば内乱に発展しますぞ!? ただでさえ魔王軍で手一杯なのに、内部に反乱分子を抱えるなど……」
「仮にどこぞの馬鹿な貴族がゴネて反乱したとしても、軍を割く必要なありません」
「しかし、放置するわけにはいかんでしょう?」
「勇者を向かわせればいいのですよ」
「はい!?」
「ぶっ!!」


 これまで冷静を装いつつヤシロの話を聞いていたクレアだったが、これにはさすがにおどろいたようで、飲みかけていた紅茶を吹き出してしまった。


「し、失礼しました」


 恥ずかしげに身を縮めたクレアだったが、すぐに気を取り直してヤシロを見た。
 クレアのせいで反論の気を逸したイーデンも、無言のままヤシロに対していささか鋭い視線を向ける。


「この世界には現在人類連合軍と魔王軍というふたつの勢力しかありません。勇者一行の行動を妨害・・するというのであれば、それはすなわち人類連合軍への敵対。人類連合軍に敵対する勢力となれば、それはもう魔王軍しかいないわけですから、勇者が討伐せざるを得んでしょう」
「無茶苦茶だ……」
「ええ。しかし無茶を通さねば魔王討伐などできんでしょう?」


 結局、賢者ヤシロの提言と宰相イーデンの必死の説得により、勇者一行は最高の装備を手に入れることができたのだった。


**********


 宰相府を訪れた日から数日後、ヤシロはクレアを伴って元帥府を訪れていた。
 彼らの目の前には鎧兜や剣、槍と言った武具が並べられている。


「これらが軍で制式採用されている武具というわけですね?」
「おう。魔物の革に比べると少し強度は落ちるが、コスト面を考えると鉄製で揃えるのが一番でな」


 ヤシロは並べられた武具を〈賢者の目〉で解析した。


(不純物が多いな。それに炭素比率が高すぎる)


「おふたりは鋼というものをご存知か?」
「はがね?」
「いや、知らんな」
「やはりないのか……」


 この世界で燃料として使われるのは薪と魔石がほとんどで、石炭が使われているという情報は、少なくとも図書館の書物や王国の資料から確認することはできなかった。
 となればコークス――石炭を蒸焼きにして炭素部分のみを残した物――を使った製鋼技術は存在しないだろう。
 しかし魔法という特殊な技術がある世界なので、他の方法で作られた鋼に近いものはあるかもしれない。


「例えば一度鉄を完全に溶かして鍛え上げたようなものはないですか?」
「ふむう……魔鉄とはまた違うものか?」
「魔鉄? たしか魔術によって鍛え上げた鉄でしたかね?」
「うむ。これがそうだ」


 グァンは自身のデスク近くに置いてあった剣の一振りを手に取り、鞘を払った。


「失礼」


 グァンから剣を受け取ったヤシロは、その刃を〈賢者の目〉で観察する。


(炭素含有量は質量あたり2パーセント、ギリギリだな。しかし、これは……魔力が鉄に溶け込んでいるのか? そのおかげで通常の鋼に比べて硬度も靭性もより優れた物になっているようだな)


 〈賢者の書庫〉には魔鉄に関する情報もあったが、生産量があまりにも少ないので量産品の素材候補からは早々に外していたため、その名を聞いてもあまりピンと来なかったようだ。


「これを量産することは?」


 そう問われたグァンの視線が、クレアへと向けられた。


「鉄を溶かすだけの炎を出せる魔導師は、そうそうおりませんね」
「というわけだ。上級士官の装備の一部に加えるのがせいぜいだな」
「では魔石を燃料として高温を出せるような炉はつくれませんか?」
「残念ながら、魔道具では調理に使える温度を出すのが限界です」
「そうですか……」


 魔術、魔石で代用が聞かないとなると、新たな技術を作り上げるしかない。


「とにかく、軍備強化のためには鋼の量産が必要ですね。もし魔鉄に近い素材の武具が量産できたら、連合軍の制式装備にしていただけますか?」
「もちろんだとも!! しかし、そんなことが本当に可能なのか?」
「魔鉄並の金属を量産する方法など、わたくしも聞いたことがありませんわ」
「ご心配なく」


 そこでヤシロは一旦言葉を区切り、自らのこめかみをトントンと指で叩いた。


「方法はここにありますから」



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