リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

第8話『勇者一行再スタート』

 ――死ねばいい。


 その言葉に、王国のトップたちは顔をひきつらせたが、勇者たちはどこか得心のいったような表情になっていた。


「そっか、その手があったな」


 アルバートの言葉に、他のメンバーも納得したように頷く。


 勇者は死ねば生き返る。
 その際、怪我や状態異常などはすべて回復し、万全な状態となるのだ。
 無論、そこには精神的な異常も含まれる。
 危険な薬物によって身も心もボロボロになったところで、一度死んで生き返ればそれはすべてチャラになるのだ。
 勇者に対してのみ使える荒業である。


「納得したか?」
「お、おう。効率がいいってのはわかった。俺だって覚悟は決めたんだ。それくらいやってやらぁ」
「よろしい、その意気だ」


 ヤシロが珍しくほほ笑み、大きく頷いた。


「では次に君らの装備や戦闘スタイルの見直しに入る」
「はぁ? そんなとこまで口出されんのかよ」
「当たり前だ。では、あれを」


 その言葉を合図に謁見の間の扉が開き、ぞろぞろと近衛兵立ちが入ってきた。
 その大半は王や宰相らを守るように整列して立ち、一部は数台のカートを押してヤシロのもとへやってきた。
 カートには武器防具が並べられている。


「まず、全員の防具は竜革と竜鱗を中心に揃えさせてもらった」


 勇者一行から感嘆の声が上がる。


「これには君らを死ににくくするためという意図はもちろんあるが、メンテナンス面での利便性も考えて用意させてもらった。そのあたりは後で詳しく説明しよう」


 聖剣士アルバートに与えられた防具はなめした竜革を幾層か重ねた上に竜鱗を貼り合わせた鉢金、胸甲、タセット(腰当て)、手甲、すね当てという、いわゆる軽鎧と呼ばれるものだ。
 それに加えて竜骨で補強された小型のサークルシールド。
 インナーとしてはアラクネというおそらく蜘蛛型では最上位種の魔物の糸で織られたシャツに、竜革のレザーパンツ、同じく竜革で拵えたタクティカルグローブとショートブーツが用意された。


 守護戦士ブレンダには竜革と竜鱗をあわせて作られた全身鎧が用意され、盾はタワーシールドからカイトシールドに変更されていた。
 無論盾にも竜鱗があしらわれている。


 天弓士のカチュアは胸甲のみ竜革と竜鱗を合わせたもので、手甲は竜革のみ。
 服は同じく竜革製のハーフジャケットにキュロット、そしてすね当て代わりのロングブーツが用意された。


 神聖巫女のディアナだけは竜革シリーズではなく、アラクネの糸で織られた布で拵えた白衣と、それをクリムゾンマンドラゴラの絞り汁で染めた緋袴というものだった。


「では次に武器だが、アルバートにはこれを」


 ヤシロから一振りの剣を受け取ったアルバートが、黒に近い茶色の鞘を払うと、鈍い光を放つアイボリー色の刃が現れた。


「これは……?」


 そのなんとも言えぬ高貴な剣身に、アルバートを始めその場にいた全員が息を呑む。


「竜牙の剣だ。エンシェントドラゴンの牙から削り出し、一流の錬金術師と鍛冶師が数名がかりで作り上げた伝説の武器らしいな」
「い、いいのかよ、こんなの……」
「ふむ。君らはまだ弱いし、これから成長していかねばならんが、なにも武具まで成長に合わせてグレードアップさせる必要もあるまいと思ってな。可能であれば最高のものを早い段階で用意したほうが合理的だろう?」
「そりゃあそうだな! やっぱヤシロさんに任せて正解だったよ!!」
「ああそれから、言っておくがそれらは貸与品だ。すべてが終わるか、よりいい装備と交換する際には返却してもらう」
「う……、まぁ、仕方ないか……」
「返却できなかった場合、あるいは修復困難な状態まで破損させた場合は買い取りだからな」


 その言葉で、アルバートの頬が引きつる。


「ちなみ……いかほど?」
「その剣1本で10億はくだらんだろう。今回用意したものを全部合わせれば100億ほどになるかな」
「いや、そんな高いの怖くて使えねぇよ!!」
「心配するな。そうそう壊れるものではないし、メンテナンスについても後で説明する。もしすべて買い取りになったとしても、魔王を倒せばチャラだ」
「むむ、そうか……。こりゃいよいよ負けてらんねぇな」
「全力でサポートしてやるから、がんばれよ。さて、ここまではいいのだが、ここからが問題だ」


 唸るアルバートを尻目に、ヤシロはブレンダのほうを向いた。


「ブレンダはなんの武器を使っていたのかな?」
「あたしはショートソードだね」
「却下だ」
「はぁ!?」


 ブレンダがヤシロに詰め寄る。


「いやいや、あたしにもアルみたいなかっこいい剣を用意してくれよ」
「アルバートは聖剣士、つまり剣に特化した職業クラスだから剣を用意したが、近接戦闘武器として剣はそれほど優れたものではない。なので、君にはこれを使ってもらう」
「これは……」
「メイスだ」


 メイスとは殴打用の武器であり、用意されたのは1メートルほどあるエルダートレント材でつくられた柄の先端に、フランジと呼ばれる突起が四方に取り付けられたものである。
 フランジはレッサーゲンブという亀型魔物の甲羅で作られたもので、重く硬い。


「ええー、こんなダサいのいやだよー」
「格好で強く慣れるわけではないからな。そもそもドワーフである君の膂力に耐え得る剣となると、それなりに高価なものになる。君は今まで、魔鉄製やセラミック製の剣を何本ダメにしてきたのだ?」
「う……」


 魔鉄とは魔術による高温の炎で鍛え上げられた鉄のことで、鋼鉄に以上の強度を誇る素材だ。
 そしてセラミックだが、これは地属性魔術や錬金術で鍛え上げられた非金属素材の総称である。
 それなりに高価な素材ではあるが、この世界では広く知れ渡っているものだ。


「メイスなら力任せに振り回しても問題ないぞ」
「でも、スキルが……」
「〈剣術〉レベルとて大して高くないのだ。いまのうちならまだ充分取り戻せるさ」
「うぅ……。わかったよぅ……」


 不承不承といった体ではあるが、ブレンダはメインウェポンをメイスへと変更することに同意した。


「カチュアにはこれを使ってもらう」


 天弓士のカチュアに用意したのは屈曲型の弓だったが、以前彼女が使っていたものに比べれば、構造は同じでも大きさはふたまわりほど小さい。


「取り回しは良さそうですが、これだと威力が」
「威力云々は君次第だな。なにせこれは魔弓なのだから」
「え、魔弓……?」


 魔弓とは、実際に矢をつがえて放つ弓ではなく、魔力を矢に変えて放つ弓のことである。
 今回ヤシロが用意したのは、使用者の魔力を強制的に徴収して矢を生成する機能をもったのものなので、魔術の心得がない者であっても使用できるものだった。


「矢もたタダではないからな。聞けばエルフの保有魔力量はかなのものらしいじゃないか」
「で、でもそれなりの威力を保とうとすれば結構な魔力を消費しますし、万が一魔力切れを起こしたら――」
「その時はこれを使え」


 ヤシロがカートに載せられていた小瓶を示す。


「エーテルポーションだ」
「うっ……」


 カチュアがしかめ面で口元を抑える。
 エーテルポーションは魔術の原動力となる保有魔力を回復させるための薬液だが、とにかく不味い。
 しかも、ゲームのように飲んですぐに魔力が回復するわけではなく、消化吸収されていく内に少しずつ回復するので、いくらまずくても吐き出す訳にはいかないのだ。
 胃の中にあるうちは常に吐き気と戦う必要があるので、魔術士からはとにかく嫌われるものだった。
 カチュアも過去に一度魔弓を試したことがあるのだが、レベルが低かったこともあってすぐに魔力切れを起こしてしまい、その際にエーテルポーションを飲んだことがあった。
 あまりの不味さにすぐに吐き出してしまい、効果を実感できなかったという苦い経験があった。


「そう心配するな。これは私が特別に調合したもので、消化吸収に優れている上に回復量も増えているものだ」


 ヤシロは図書館で得た知識と日本での知識を合わせ、効果の高いポーションの作成に成功していた。
 コストもかなり抑えられており、連合軍でも正式に採用される予定だ。


「あの、お味のほうは……?」
「“良薬口に苦し”といってな。効果が高まったぶん、味は落ちたと思ってくれ」
「ぅ……」


 ヤシロの言葉にがっくりとうなだれるカチュアだったが、どうせ反論しても聞き入れてくれないと思ったのか、観念して魔弓を手に取った。


「最後にディアナにはこれを」


 神聖巫女であるディアナには錫杖が渡された。
 それは世界樹の枝を加工してく使ったもので、頭部の遊環などは法術と相性のいいミスリル製だった。


「あの、ボクは何をすればいいの?」


 狐耳をペタンと寝かせ、不安げにヤシロを見上げながら、ディアナが問いかける。


「狩りの効率を上げるために、できるだけ強化系の法術をかけ続けて欲しい。あとは誰かが怪我をした時などの回復が主な役割だ」


 そのあたりのことはこれまでもやってきたことなので、ディアナは軽く胸をなでおろした。


「ほっ……。わかっ――」
「あと、気づいていると思うが」


 しかし、ヤシロはディアナの言葉を遮るように話を続ける。


「今回用意したものは君の錫杖以外すべて魔物の素材でできている」
「そう、みたいだね……」
「魔物の素材には、法術による回復が有効らしいな」
「あぅ……」


 ヤシロの言いたいことを察したディアナの肩が力なく落ちる。


「武器防具のメンテナンスは君がやれ」
「……だと思ったよぅ。えーっと、あの……?」


 力なく返事をしたあと、恐る恐る顔を上げたディアナは、窺うような視線をヤシロに向けた。
 それで言いたいことを察したのか、ヤシロはさきほどカチュアに提示したのとは別の小瓶を手に取った。


「安心しろ。アストラルポーションも改良済みのものを用意してある」
「やっぱり……」


 ディアナが再び肩を落とし、フサフサの尻尾が力なく垂れる。
 アストラルポーションとは法術の動力源となる保有法力を回復させるためのもので、効能や味に関してはエーテルポーションとあまり変わらない。


 その他細かい指示をいくつか出したところで、ようやくヤシロの話が終わった。


「私からは以上だ」
「よーっし! じゃあとりあえず1ヵ月、死なないように死ぬ気でがんばるぞー!!」


 勇者一行はそれぞれ新たに支給された武具を手にしており、宝剣ともいうべき竜牙の剣を手にしたアルバートだけは意気揚々としていた。
 そんなアルバートに残りの3名は呆れ半分不満半分といった視線を向けていた。


「はあぁぁー……。ま、やるしかないんだろうねぇ」
「そうですわね。覚悟を決めませんと……」
「そうだよね。ボクたちががんばらないとね……」


 諦めたように呟き、相変わらず上機嫌なアルバートに続いて力なく歩く3名の女性メンバーたち。
 そんな勇者一行の姿を、その場にいたヤシロ以外の全員が、どこか申し訳なさそうに見送るのだった。



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