リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

第6話『平和な村』

「おお、賢者様。お待ちしておりました」
「こちらこそ無理を言ってすまない、村長」


 村の外に竜篭を止めた一行は、徒歩で村の入口を訪れた。
 ワイバーンの姿を視認していたであろう老齢の村長と一部の村民が、ヤシロたちを出迎えてくれる。


「いえ、巫女さまに弔っていただけるのであれば、彼らも喜ぶでしょう」


 村長は穏やかな笑みを浮かべつつ、伏し目がちにそう述べた。


「おい、おっさん。弔うってなんだよ?」
「あの……、巫女って、ボクのこと……?」


 アルバートは訝しげに、ディアナは不安げな様子でヤシロに問いかける。


「行けばわかる。村長、おねがいします」
「はい。ではみなさまこちらへ」


 村長の案内で、ヤシロたちは村の中を歩いた。
 そしてたどり着いた広場には人が十数名、横たえられていた。
 そのまわりを、数百人の村民が遠巻きに取り囲んでいる。


「これは……?」
「見ての通り、死者だ」


 アルバートの問にヤシロが淡々と答え、勇者一行は全員が息を呑んだ。
 ヤシロの隣に立つクレアは、沈痛な面持ちで目を伏せる。
 並べられた死体は全部で14体。
 全員が眠るように死んでおり、小さな子どもや老人の姿が目立つ。
 死者のそばには花や、生前の愛用品などが供えられ、彼らを取り囲む村民たちは例外なく悲しげな様子だった。


「少し前、このあたりを季節外れの寒波が訪れた」


 誰に告げるでもなくヤシロが語り始める。


 この村をはじめ、北国には魔石を燃料とした暖房設備が各家庭に行き渡っている。
 しかし、ここ最近の資源不足に伴う魔石の価格高騰により、この村には魔石を備蓄する余裕がなかった。
 無論、国としても見捨てるわけにもいかないので、本格的な冬の到来を前に魔石を配給することになっている。
 その配給された魔石と、かき集めた薪を使って北国の村は冬を凌ぐのだが、今年は充分な薪を用意する前に季節外れの寒波が訪れてしまった。
 寒波の到来を知った国も魔石の配給を急がせたが、街道の多くが雪によって塞がれてしまう。
 ワイバーンは本来寒さに弱く、錬金術を組み込んだ篭の効果で多少寒くても飛ぶことはできるが、さすがに吹雪を超えることはできないため、竜篭で運ぶこともできなかった。
 結局この村はおよそ三日間隔絶され、その間に14名の死者が出てしまい、体力の少ない子供と老人がその大半を占めることになった。


「これが君らの言う『戦場から遠い平和な村』の実情というわけだ」


 ヤシロの話を聞き終えた勇者一行は、全員が目を伏せていた。
 ディアナに至っては涙を流し、鼻をすすっている。


「……なにが、言いたい?」


 そんな中、アルバートは絞り出すような声でヤシロに問いかけた。


「この村の実情はわかった。こんなことが色んな所で起こってるんだろうってこともな。それを俺たちに見せて、アンタは一体何が言いたいんだ?」
「別に。ただ、人が死ぬのはなにも最前線だけじゃないということを、知っておいてほしかっただけだ」
「だったら!! ……なおのこと、一刻も早く魔王を倒さなきゃだめだろ!? こんなところでウジウジしている暇があったら、ひとつでもレベルを上げて、少しでも領土を取り戻して――!!」


 その時、死者を取り囲む村民から、どよめきが起こった。
 ひとりの少女が、横たえられた少年の死体にすがりつき、泣きわめいていた。


「うあああ! やだぁ! やだよぉっ!! おにいちゃあん……!!」
「だめよ、ミリィ……」


 少女の両親と思われる男女が、娘をなだめ、立たせようとするも、ミリィと呼ばれた少女は少年の死体に抱きついたまま髪を振り乱しで泣きわめき、離れようとしなかった。
 それでも大人の力には勝てず、やがて少女は少年から引き離されてしまう。


「やだぁ! 離してぇ!!」
「だめよ。ちゃんと、送ってあげないと……」


 そう言いながら娘を抱きしめる母親もまた、肩を震わせ、涙を流していた。


「なんでぇ!? 大きくなったらお嫁さんにしてくれるって言ったのにっ!! おにいちゃんのうそつき……うあああああああ!!」


 少女の姿にアルバートは声をつまらせた。
 ブレンダは目を逸らし、カチュアは目に涙をためながら、アルバートにすがりつく。
 先ほどから泣いていたディアナは人目をはばからず嗚咽を漏らし、何度も目を拭っていた。


「この村の人口はおよそ300人。世帯数は50といったところか」


 そんな中、ヤシロが再び語り始める。


「3日間、50世帯が耐えしのぐだけの魔石があれば、あそこに並ぶ死者の数はもっと少なかっただろう。あるいは誰も死なずに済んだかもしれない」


 突然始まった話に、アルバートらはただ無言でヤシロを見ることしたできなかった。
 アルバートの傍らに立って広場のほうの見ていたヤシロは、無表情のまま勇者一行に視線を向けた。


「君たちひとりを生き返らせるのに必要な魔石で、ひと家族が1年は暮らしていけるそうだ」


 その言葉に、勇者一行は全員が息を呑んだ。


「50世帯なら、7日程度は耐えられる計算になる」


 それだけ告げると、ヤシロは再び死者の横たわる広場に向き直った。




**********




 ぐらり、と視界が揺れるのを、アルバートは感じていた。
 ヤシロはそれ以上語ることなく、ただ広場のほうを見ていたが、彼の言いたいことはわかる。


 ――俺たちは、死にすぎたのか……?


 一刻も早く魔王を倒すことが、自分に課せられた使命だと思った。
 ならば、存在力の大きな強い魔物と戦うことが、そしてレベルを上げることが最短ルートであると信じていた。
 そのためには死をも厭わない。
 勇者とはそうあるべきだと、アルバートは思っていたし、他のメンバーも賛同してくれた。


 死ぬ、というのはそう生易しいものではない。
 初めて死を経験したとき、二度と死にたくないと思った。
 言葉にできぬ、根源的な恐怖に自分自身が塗りつぶされるような感覚は、いまになっても慣れることはなかった。
 それでも戦い続けたのは、自分の行いが人類を救うからだと信じていたからだ。
 だからこそ、死を厭わずがむしゃらに走ることができた。


 ――でも、そのせいで……。


 いまなお少女は、少年に手を伸ばして泣きわめいている。
 死者を取り囲む村民たちからは、嘆きの声が聞こえてくる。
 その原因を作ったのは、誰だ?
 魔王か?


 ――ちがう……俺たちが……。


 ぐらり、と再び視界が揺れる。


「あ……あぁ……」


 その情けない声が、自分の口から出ていることを、アルバートは否定したかった。
 だが、それは紛れもなく彼自身の声であり、わずかに声が漏れる度に、体から力が抜けていくようだった。
 やがて彼は立っていられなくなり、膝をつきそうになった。


 ――ドンッ!! 


 胸を打つ衝撃が、アルバートを襲った。
 息が詰まりそうになったが、その衝撃のお陰で彼は膝を折らずにすんだ。
 視線を落とせば、自分の胸を打つヤシロの拳が見えた。


「膝を折るな。うつむくな」


 ヤシロがアルバートと勇者一行だけに聞こえるほどの小さな声で、しかし力強く告げる。


「顔を上げろ。胸を張れ」


 そしてヤシロの鋭い視線がアルバートに突き刺さる。


「君たちは、勇者なんだろう?」


 ――そうだ。俺は……俺たちは、勇者なんだ……。




**********




 ヤシロはただ“勇者一行の復活に必要な魔石の量”と“この村が寒波を乗り切るために必要だったであろう魔石の量”、そして“勇者一行が一回復活するのに必要な魔石量で50世帯なら7日程度しのげる”という事実について述べただけである。
 話を聞いた者がどう解釈するかはともかく、それらの事象のあいだに因果関係はなく、ただ事実を並べただけのことだ。
 仮に勇者一行がこれまで一度の死ななかったとしても、魔石市場価格への影響はほとんどなく、この村が魔石のストックを増やすことはなかっただろう。


「村長、そろそろよろしいですか?」
「はい。よろしくお願いします」


 自身の叱咤により勇者一行が気を取り戻したのを確認したヤシロは、村長になにかを確認すると、ディアナのほうを見た。


「ディアナ君、彼らを弔って欲しい」
「えっ……?」


 彼らが亡くなってすでに数日が経過しており、本来であればとうに弔われているはずだったのだが、ヤシロは無理を言って待ってもらっていた。
 その条件として提示したのが、神聖巫女による弔いである。
 王都周辺では勇者一行に対する不満の声があがっているようだが、ここアバフラの村のようにある程度王都や前線から離れれば勇者一行の行動などほとんど知られることはない。
 少なくともこの村では、勇者はいまだ人類希望の星であり、その勇者一行に属する神聖巫女に弔ってもらえるというのは格別のはからいととられるのだった。


「わかりました。ボクでよければ」


 泣きはらして真っ赤になったディアナの目には、力強い光が灯っていた。
 その目を見たヤシロが頷くと、ディアナは死者が横たわる広場へと歩き始めた。
 そしてアルバートを始めとする他のメンバーも、彼女に続く。
 仲間と村民が見守る中、ディアナは横たわる死者たちに手をかざした。


「安らかな眠りを……《クリメイション》」


 死者たちを青い炎が包み込む。
 それは生者に熱を感じさせない、死者を弔うためだけの法術である。
 静かに燃え続けた青い炎は、やがて死者たちを灰も残さず天へと帰すのだった。






 アバフラの村から王都に帰る竜篭の中は、沈黙に包まれていた。
 全員が無言のままヤシロたちは夜に王都へと帰還し、翌朝、勇者一行は再び謁見の間に呼ばれた。


「ヤシロさん、アンタの言うとおりにすれば、あんなことはもう起こらないか?」


 王と国のトップたちの前に並んで立つ勇者一行は、四人とも目が真っ赤に充血していた。
 泣きはらしたのか、寝付けなかったのか、理由はそれぞれだろうが、その真っ赤に充血した目には、例外なく強い光が灯っていた。
 一晩悩み、考え、そして答えを出したのだろう。


「すぐに変わるとはいえない。しかし私の言うとおりにすれば、今よりは必ずよくなると約束しよう」
「わかった。じゃあ約束通り、俺たちはヤシロさんの言う通りに行動する」


 そこでヤシロは勇者一行に歩み寄り、アルバートの前に立った。


「私は容赦しない。いいな?」
「望むところだ」
「よろしい。ではクレアさん、あれを」


 呼ばれたクレアはヤシロの下へ小走りに駆け寄り、4枚の紙を渡した。


「ではこれにサインを」
「これは?」
「契約書だ」


 ヤシロは契約書を1枚ずつメンバーに手渡していった。


「しっかりと読んで、内容に問題がなければ署名してくれ」
「もしこの内容を守れなかったら?」
「特にペナルティはない。ただ勇者の名に恥じると言うだけだ」


 そこまで聞いたアルバートは、クレアが用意したペンを受け取ると、特に内容を確認せず署名した。


「おい、いいのか、ちゃんと読まなくて?」
「いいさ。俺はアンタに従うことにした。だったらどんな無理難題でも引き受けてやる」
「あとで知らなかったでは済まないんだぞ?」
「ああ。みんなも、いいよな?」


 アルバートの問いかけに、他の3人も力強く頷き、署名した。


「よろしい。では早速始めようか――」


 4人から契約書を受け取ったヤシロが不敵に笑う。


「――リストラを」



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