リストラ賢者の魔王討伐合理化計画
第2話『賢者召喚』
終業時刻を迎えたあと、わたしはみんなと一緒にロッカールームへ行き、制服から私服へと着替えていた。
後ろでひとつにまとめていた髪を下ろし、櫛で軽くとかしたあと、再びまとめ直す。
ロッカーの扉の裏に付いている鏡をみる。
うん、化粧直しは別にいいかな。
そんなことを思いながら、わたしは物をまとめ始めた。
「仁美ちゃーん!!」
そこへ、先輩の女性事務員が駆け込んできた。
「たいへん! 社さん、帰っちゃったよ!!」
「え!?」
だって、あの人いつももうちょっと遅くに帰るのに……。
「あの人、今日でとりあえず最後だから、もう当分来ないわよ!」
「そんな……」
そう言えばそうだった……。
もしかして、今日が最後だからスケジュールが変わっちゃったとか?
「ごめん、引き止められなかった……。でもさっき出たばっかりだから、急げば追いつけるわ!」
「あ、ありがとうございます!!」
先輩に軽くお礼を言ったあと、わたしはショルダーバッグとコートを引っ掴み、ロッカールームを駆け出して行った。
「あ、仁美ちゃん、傘ー!!」
なにか先輩が叫んでたけど、よく聞き取れなかった。
ごめんなさい……。
小走りに社屋の出口を目指しながら、コートを羽織り、バッグを肩に掛け、エントランスを駆け抜ける。
「うそ、雨……?」
エントランスを出たところで雨が降っている事に気づいたわたしは、一度屋内を振り返った。
ロッカールームには置き傘があるんだけど……、取りに戻る時間がもったいない!!
そう思った私は、雨の中を走り出した。
――もう、なんで先に帰っちゃうかなぁ……。
わたしは心の中で文句を言いながら、雨の中を駅に向かって走った。
雨脚はそれなりに強く、髪や服はかなり濡れ始めた。
(あ……お化粧……)
社さんに追いつきたい一心で駆け出したけど、顔が濡れて化粧が崩れることに気づいた。
やっぱり、傘を取りに戻ったほうがよかったかな……。
でも、いまさら引き返すわけにもいかないし……。
そんなことを考えつつ腕で顔を庇いながら走っていると、少し先に黒い傘を差した男性の姿が見えた。
――社さん!!
傘で隠れてるけど、歩き方や後ろ姿で社さんだってことくらいわかる。
少し足を早めたところで、突然彼は立ち止まり、その直後に傘を取り落とした。
「え……?」
どうやら彼はだれかともみ合っているようだった。
不審に思って足を止めると、社さんの手でフードを外された男が、こちらを見た。
それは見覚えのある顔だったけど、そんなことよりも社さんのほうが気になった。
腰をかがめていた男がゆらりと立ち上がると、社さんがその場に崩れ落ちた。
力なく膝を着いた彼の脇腹には深々とナイフが刺さっているのが見えた。
「きゃあああああああっ!!」
わたしはわけもわからず悲鳴を上げた。
ふと視線を移すと、男がよたよたと自分のほうへ近づいてくるのが見えた。
男はなぜか照れたような笑みを浮かべていた。
「いやぁ! 来ないでっ!!」
わたしの言葉に、男は困ったような表情で頭をポリポリとかく。
「いやだなぁ、仁美ちゃん。俺だよ」
「え……か、課長……?」
この場にそぐわない、ごく普通の口調で告げられた言葉で、わたしは男が誰であるかを理解した。
「そうだよ、金山だよ」
「課長……なんで……?」
「あはは、こんなとこで会うなんて、奇遇だね」
金山元課長はそのまま普通に話を続ける。
「あ、そうだ! このあと予定ある?」
「え……?」
「せっかくこうして会ったんだからさ、メシでもどうよ?」
――このひと何を言っているの?
「あのさ、邪魔者は倒したから。だから、俺もまた会社に戻れると思うんだ」
――へらへらと笑いながら、さも世間話でもするように……。
「また同じ課に戻れるよう社長に頼んでみるから、前みたく気楽に働こうよ」
――彼の返り血をべったりとコートに付けて、この男はさっきからいったいなにを……!?
「あー、いま持ち合わせがないからさ。今日のところは貸しといてよ。戻ったらすぐっ――!?」
突然、元課長が白目を剥いて倒れた。
倒れた元課長の向こうに、脇腹を押さえて肩で息をする社さんが立っていた。
「社さん……?」
「ぜぇ……ぜぇ……、松村君……無事、か……」
そこまで言ったところで社さんの身体から力が抜け、ぐらりと倒れた。
「あ……!!」
わたしは咄嗟に駆け寄り、倒れそうになった社さんを抱きとめた。
**********
脇腹を突き上げる金山の力が突然消えたため、支えを失った私は、その場に膝をついた。
そのまま倒れ込みそうになるのを必死に耐え、顔をあげると、背を向けた金山の向こうに立ち尽くしている女性の姿が見えた。
「松村……くん……」
金山が彼女になにかを話しかけているようだったが、意識が薄れかけているのと雨音とでほとんど聞き取ることができなかった。
だが、金山に向かい合って立つ松村君が怯えているのはわかった。
――私が、なんとかしなければ……。
脇腹に刺さったナイフに手をかけ、一気に引き抜いた。
「ぐぅっ……!」
あまりの激痛に悲鳴を上げたくなるのに耐えながら、くぐもったうめき声を漏らす。
ただ、激痛のお陰で少しだけ意識がしっかりと戻るのと感じた私は、残った力を振り絞って立ち上がり、ナイフを抜く勢いで振り上げた手を一気に振り下ろした。
逆手に持たれたナイフの刃は、金山の首に深々と突き立った。
――殺してしまったか……。
松村君の安全のため、一撃で無力化するべく振り下ろした刃によって、少なくとも金山の意識を刈り取ることには成功したようだ。
しかし、火事場の馬鹿力でも働いたのか、ナイフの刃は思ったより深く突き刺さってしまった。
一見して金山は絶命したように思える。
正当防衛は、無理かもしれないな……。
よくて過剰防衛、下手をすると過失致死か。
さすがに殺人ということはないと思うが、殺意がなかったとは言い切れないな……。
そんなことを考えながら、私は倒れた金山から視線を外し、正面に立つ松村君を見た。
「社さん……?」
彼女は怯え、驚きながら私を見ていた。
「ぜぇ……ぜぇ……、松村君……無事、か……」
そこまで言ったところで、ぐらりと視界が揺れた。
身体に力が入らなくなり、前のめりに倒れかけたところで、彼女に抱きとめられた。
「松村、くん……服が、よごれ――」
「そんなのどうでもいいですっ!! 社さん、しっかりしてください!!」
耳元で叫ぶ彼女の声が、ずいぶん遠くに聞こえる。
「社さんっ!? やだ、なんで……!? こんなのいやああっ!!」
こんな現場に遭遇させてしまって申しわけない。
しかし、やはりあの時彼女を急かさなくて正解だったな……。
もし……、あのとき…………、彼女を…………。
一緒に…………帰って…………彼女、も…………金山……に…………。
……………………。
…………。
……。
――さま……。
真っ暗になった意識の中で、声が聞こえた。
――ゃさま……!
それは自分を呼ぶ声だろうか。
――んじゃ様……!!
どこか切羽詰ったような、女性の声だった。
――賢者さまっ!!
はっきりと聞こえた声に、目を覚ます。
ぼんやりとした視界が徐々に明瞭さを増してくると、目の前に女性の顔が見えた。
整った顔立ちだが、肌は病的と言っていいほど青白く、厚いまぶたの下にあるグレーの瞳もまた色彩に乏しい中、唇だけが血を塗ったように赤い。
「ああ、賢者様! お目覚めになられましたか!!」
そう言って綻んだ女性の顔はすぐに遠のいていき、視界から外れた。
「んん……ぐぅっ…………はっ!?」
全身に気だるさを感じながら身体を起こした私は、脇腹に手を伸ばした。
刺された痕を確かめるように脇腹のあたりを押したりまさぐったりしたが、痛みらしい痛みはなく、触れた手を確認しても血は付いていなかった。
ひとまず上半身だけを起こして脇腹に視線を落としたが、身体だけでなく、衣服にも傷はついていないようだった。
その後も全身をできるだけ確認してみたが、服装はスーツにロングコートを羽織った先ほどまでと同じ格好だった。
ただ、雨に濡れた様子はなかった。
「夢、だったのか……いや……?」
そこで、次に周りを見てみたのだが、そこは窓のない石造りの部屋で、広さは10帖ほどだろうか。
点々と設置された燭台の灯りだけが室内を薄暗く照らしている。
見覚えのない部屋であり、先ほどのできごとが夢だったというよりも、いままさに夢を見ていると言われたほうが納得できそうだ。
「まずは突然の非礼をお詫びいたします、賢者様」
狭い室内に女性の声が響く。
その声のほうへ視線を向けると、赤い豪奢なドレスの上に黒いマントを羽織った女性が膝を着き、頭を垂れていた。
私の視線を感じたのか、女性は顔を上げた。
「わたくしはレジヴェルデ王国筆頭魔導師のクレアと申します」
レジ……なんだ? 王国と言ったようだが少なくとも私は聞いたことのない名前だ。
しかし相手が名乗っているにも関わらず自分が名乗らないというのは社会人にあるまじき行為だろう。
事態を飲み込めたわけではないが、私は膝をついてクレアと名乗った女性に向き合った。
「失礼しました。私は社賢と申します」
私はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、名刺を1枚とりだすと、それを両手で持ってクレアに差し出した。
いまこの場で妥当な行為かはわからないが、相手の反応からわかることもあるだろう。
「これは……?」
突然名刺を出されたクレアさんは意味がわからないとでも言いたげに首をかしげる。
どうやらレジなんとか国では名刺交換の週間はないらしい。
それがわかっただけでもひとつ収穫があったと考えてよかろう。
「ひとまずお収めください」
「は、はぁ……、かしこまりました」
困惑しつつも名刺を受け取ったクレアさんは、私のほうに向き直り、再び深々と頭を下げた。
「あらためまして、ヤシロ様には非礼を詫びるとともに、深い感謝を」
「感謝……?」
「はい」
再度顔を上げた彼女が穏やかに微笑む。
「このたびは、賢者召喚に応じていただき、ありがとうございます、ヤシロ様」
「は……?」
今度は私が首をかしげる番だった。
後ろでひとつにまとめていた髪を下ろし、櫛で軽くとかしたあと、再びまとめ直す。
ロッカーの扉の裏に付いている鏡をみる。
うん、化粧直しは別にいいかな。
そんなことを思いながら、わたしは物をまとめ始めた。
「仁美ちゃーん!!」
そこへ、先輩の女性事務員が駆け込んできた。
「たいへん! 社さん、帰っちゃったよ!!」
「え!?」
だって、あの人いつももうちょっと遅くに帰るのに……。
「あの人、今日でとりあえず最後だから、もう当分来ないわよ!」
「そんな……」
そう言えばそうだった……。
もしかして、今日が最後だからスケジュールが変わっちゃったとか?
「ごめん、引き止められなかった……。でもさっき出たばっかりだから、急げば追いつけるわ!」
「あ、ありがとうございます!!」
先輩に軽くお礼を言ったあと、わたしはショルダーバッグとコートを引っ掴み、ロッカールームを駆け出して行った。
「あ、仁美ちゃん、傘ー!!」
なにか先輩が叫んでたけど、よく聞き取れなかった。
ごめんなさい……。
小走りに社屋の出口を目指しながら、コートを羽織り、バッグを肩に掛け、エントランスを駆け抜ける。
「うそ、雨……?」
エントランスを出たところで雨が降っている事に気づいたわたしは、一度屋内を振り返った。
ロッカールームには置き傘があるんだけど……、取りに戻る時間がもったいない!!
そう思った私は、雨の中を走り出した。
――もう、なんで先に帰っちゃうかなぁ……。
わたしは心の中で文句を言いながら、雨の中を駅に向かって走った。
雨脚はそれなりに強く、髪や服はかなり濡れ始めた。
(あ……お化粧……)
社さんに追いつきたい一心で駆け出したけど、顔が濡れて化粧が崩れることに気づいた。
やっぱり、傘を取りに戻ったほうがよかったかな……。
でも、いまさら引き返すわけにもいかないし……。
そんなことを考えつつ腕で顔を庇いながら走っていると、少し先に黒い傘を差した男性の姿が見えた。
――社さん!!
傘で隠れてるけど、歩き方や後ろ姿で社さんだってことくらいわかる。
少し足を早めたところで、突然彼は立ち止まり、その直後に傘を取り落とした。
「え……?」
どうやら彼はだれかともみ合っているようだった。
不審に思って足を止めると、社さんの手でフードを外された男が、こちらを見た。
それは見覚えのある顔だったけど、そんなことよりも社さんのほうが気になった。
腰をかがめていた男がゆらりと立ち上がると、社さんがその場に崩れ落ちた。
力なく膝を着いた彼の脇腹には深々とナイフが刺さっているのが見えた。
「きゃあああああああっ!!」
わたしはわけもわからず悲鳴を上げた。
ふと視線を移すと、男がよたよたと自分のほうへ近づいてくるのが見えた。
男はなぜか照れたような笑みを浮かべていた。
「いやぁ! 来ないでっ!!」
わたしの言葉に、男は困ったような表情で頭をポリポリとかく。
「いやだなぁ、仁美ちゃん。俺だよ」
「え……か、課長……?」
この場にそぐわない、ごく普通の口調で告げられた言葉で、わたしは男が誰であるかを理解した。
「そうだよ、金山だよ」
「課長……なんで……?」
「あはは、こんなとこで会うなんて、奇遇だね」
金山元課長はそのまま普通に話を続ける。
「あ、そうだ! このあと予定ある?」
「え……?」
「せっかくこうして会ったんだからさ、メシでもどうよ?」
――このひと何を言っているの?
「あのさ、邪魔者は倒したから。だから、俺もまた会社に戻れると思うんだ」
――へらへらと笑いながら、さも世間話でもするように……。
「また同じ課に戻れるよう社長に頼んでみるから、前みたく気楽に働こうよ」
――彼の返り血をべったりとコートに付けて、この男はさっきからいったいなにを……!?
「あー、いま持ち合わせがないからさ。今日のところは貸しといてよ。戻ったらすぐっ――!?」
突然、元課長が白目を剥いて倒れた。
倒れた元課長の向こうに、脇腹を押さえて肩で息をする社さんが立っていた。
「社さん……?」
「ぜぇ……ぜぇ……、松村君……無事、か……」
そこまで言ったところで社さんの身体から力が抜け、ぐらりと倒れた。
「あ……!!」
わたしは咄嗟に駆け寄り、倒れそうになった社さんを抱きとめた。
**********
脇腹を突き上げる金山の力が突然消えたため、支えを失った私は、その場に膝をついた。
そのまま倒れ込みそうになるのを必死に耐え、顔をあげると、背を向けた金山の向こうに立ち尽くしている女性の姿が見えた。
「松村……くん……」
金山が彼女になにかを話しかけているようだったが、意識が薄れかけているのと雨音とでほとんど聞き取ることができなかった。
だが、金山に向かい合って立つ松村君が怯えているのはわかった。
――私が、なんとかしなければ……。
脇腹に刺さったナイフに手をかけ、一気に引き抜いた。
「ぐぅっ……!」
あまりの激痛に悲鳴を上げたくなるのに耐えながら、くぐもったうめき声を漏らす。
ただ、激痛のお陰で少しだけ意識がしっかりと戻るのと感じた私は、残った力を振り絞って立ち上がり、ナイフを抜く勢いで振り上げた手を一気に振り下ろした。
逆手に持たれたナイフの刃は、金山の首に深々と突き立った。
――殺してしまったか……。
松村君の安全のため、一撃で無力化するべく振り下ろした刃によって、少なくとも金山の意識を刈り取ることには成功したようだ。
しかし、火事場の馬鹿力でも働いたのか、ナイフの刃は思ったより深く突き刺さってしまった。
一見して金山は絶命したように思える。
正当防衛は、無理かもしれないな……。
よくて過剰防衛、下手をすると過失致死か。
さすがに殺人ということはないと思うが、殺意がなかったとは言い切れないな……。
そんなことを考えながら、私は倒れた金山から視線を外し、正面に立つ松村君を見た。
「社さん……?」
彼女は怯え、驚きながら私を見ていた。
「ぜぇ……ぜぇ……、松村君……無事、か……」
そこまで言ったところで、ぐらりと視界が揺れた。
身体に力が入らなくなり、前のめりに倒れかけたところで、彼女に抱きとめられた。
「松村、くん……服が、よごれ――」
「そんなのどうでもいいですっ!! 社さん、しっかりしてください!!」
耳元で叫ぶ彼女の声が、ずいぶん遠くに聞こえる。
「社さんっ!? やだ、なんで……!? こんなのいやああっ!!」
こんな現場に遭遇させてしまって申しわけない。
しかし、やはりあの時彼女を急かさなくて正解だったな……。
もし……、あのとき…………、彼女を…………。
一緒に…………帰って…………彼女、も…………金山……に…………。
……………………。
…………。
……。
――さま……。
真っ暗になった意識の中で、声が聞こえた。
――ゃさま……!
それは自分を呼ぶ声だろうか。
――んじゃ様……!!
どこか切羽詰ったような、女性の声だった。
――賢者さまっ!!
はっきりと聞こえた声に、目を覚ます。
ぼんやりとした視界が徐々に明瞭さを増してくると、目の前に女性の顔が見えた。
整った顔立ちだが、肌は病的と言っていいほど青白く、厚いまぶたの下にあるグレーの瞳もまた色彩に乏しい中、唇だけが血を塗ったように赤い。
「ああ、賢者様! お目覚めになられましたか!!」
そう言って綻んだ女性の顔はすぐに遠のいていき、視界から外れた。
「んん……ぐぅっ…………はっ!?」
全身に気だるさを感じながら身体を起こした私は、脇腹に手を伸ばした。
刺された痕を確かめるように脇腹のあたりを押したりまさぐったりしたが、痛みらしい痛みはなく、触れた手を確認しても血は付いていなかった。
ひとまず上半身だけを起こして脇腹に視線を落としたが、身体だけでなく、衣服にも傷はついていないようだった。
その後も全身をできるだけ確認してみたが、服装はスーツにロングコートを羽織った先ほどまでと同じ格好だった。
ただ、雨に濡れた様子はなかった。
「夢、だったのか……いや……?」
そこで、次に周りを見てみたのだが、そこは窓のない石造りの部屋で、広さは10帖ほどだろうか。
点々と設置された燭台の灯りだけが室内を薄暗く照らしている。
見覚えのない部屋であり、先ほどのできごとが夢だったというよりも、いままさに夢を見ていると言われたほうが納得できそうだ。
「まずは突然の非礼をお詫びいたします、賢者様」
狭い室内に女性の声が響く。
その声のほうへ視線を向けると、赤い豪奢なドレスの上に黒いマントを羽織った女性が膝を着き、頭を垂れていた。
私の視線を感じたのか、女性は顔を上げた。
「わたくしはレジヴェルデ王国筆頭魔導師のクレアと申します」
レジ……なんだ? 王国と言ったようだが少なくとも私は聞いたことのない名前だ。
しかし相手が名乗っているにも関わらず自分が名乗らないというのは社会人にあるまじき行為だろう。
事態を飲み込めたわけではないが、私は膝をついてクレアと名乗った女性に向き合った。
「失礼しました。私は社賢と申します」
私はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、名刺を1枚とりだすと、それを両手で持ってクレアに差し出した。
いまこの場で妥当な行為かはわからないが、相手の反応からわかることもあるだろう。
「これは……?」
突然名刺を出されたクレアさんは意味がわからないとでも言いたげに首をかしげる。
どうやらレジなんとか国では名刺交換の週間はないらしい。
それがわかっただけでもひとつ収穫があったと考えてよかろう。
「ひとまずお収めください」
「は、はぁ……、かしこまりました」
困惑しつつも名刺を受け取ったクレアさんは、私のほうに向き直り、再び深々と頭を下げた。
「あらためまして、ヤシロ様には非礼を詫びるとともに、深い感謝を」
「感謝……?」
「はい」
再度顔を上げた彼女が穏やかに微笑む。
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今度は私が首をかしげる番だった。
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