明日の君に勝つために
第3話
学園の外にある非常に大きな町、アルカディア。
理想郷の名が付いたこの町は、大雑把に分けて「貴族街」「平民街」「学生街」「スラム街」の4つに分かれており、私たちが居るのはそのうちの一つ、学生街だ。
私たちが通う帝国立第Ⅰ高等学校並びに第Ⅻまでの他ナンバリング高校はこのアルカディアの東側一部を切り取られて作られている。
Ⅰ~Ⅻまでの高校は時計のように各地に配置されており、その中心に存在するのが学生街という訳だ。
学生街と言っても非常に広く、実は住民の7割が学生以外の人間で占められていたりするので平民街というのが本当は正確だ。
しかしこのナンバリング高校群には多くの貴族が通っているため、うかつに平民街などという名前にすると色々と政治的に問題が出てくるため、折衷案として学生街という呼称を使っているのだ。
学生街には色々と食べ物屋なども多く、今回彼を連れてきた訳なんだけど、どうやら彼はこの場所を知っていたらしい。
「おや?アヤトはここを知っているのかい?最近開店したばかりの店だから知らないかと思ってたんだけど」
「むしろ西園寺さんが知ってることが意外かな。ここ、女の子に凄い人気の店だよ」
「……へー。それはどういう意味か凄い興味深いね?」
「ごめんごめん!深い理由は無いんだけどさ!西園寺さんが女の子と一緒に人気店に行くのあんま想像つかなくて」
「……まぁ。それは確かに」
少しむっとなりつつも、図星を突かれたので黙らざるを得ない私。
別に私はコミュニケーション能力が欠如しているわけでもないし、人と話すことが好きなので講義で一緒になった女子生徒などとも良く話すのだけど、自然体で接してもらえないことが多いのだ。
何というのだろうか。有体に言えば緊張されてしまうらしい。
近付くだけでキャーキャー言われてしまうのは何とかならないのだろうか。喜んでくれるのは悪い気はしないけど、王子様に会った女の子みたいな反応をされても特段嬉しくない。そういうのは是非男子生徒に対してやってあげて欲しいんだけどなぁ。私には普通の友人として接してほしいものだ。
「それにしても結構有名な店だったんだね。確かに身近な所にあるし、昼とかに皆来てもおかしくはないか」
「それもあるし、俺が広めたんだよね、ここ。出してるパンのいくつかは俺がアイディア出したやつでさ」
「君が?」
クルっと振り向いて発言主の顔を見る。
「例えばこのパンなんだけどさ」
外に展示してあるとあるパンを指さすアヤト。小さいサイズの食パンに、不思議な白いクリーム状のミルクっぽい何かが乗っているパンだ。
私も非常に好きなパンで、最近実は毎日食べていたりする。これホント美味しいんだ。
「これの考案させてもらったんだよね。売上個数に応じてフィーが入ってくるって感じ」
「なるほどなるほど」
「後これこれ。渦巻の中にチョコレート入ってるやつ。食べたことある?」
「もちろん。ここで一番人気のパンだろう?」
というよりももはやルーティンの一部だ。最近は毎日食べてる気がする。
「これも俺。ちょっとお金足りなくてさ。色々手を出してみることにしたんだよね」
「……へぇ」
マジマジとショーウィンドウを見つめる私。
「君が考案したパンを食べていたとはね。少ししてやられた気分だよ。……ふむ。ちなみにだけど、このパンもアヤトかな?」
メロンのような模様が特徴的なパンを指さしながらそう尋ねる。
名前はそのままメロンパン。外側がカリッとしていて、内側はふわっとしているという、不思議な触感のパンだ。
中々おいしくて食べ応えもあるんだけど、カロリーがとんでもないということを知ってからは少々倦厭しているパンの一つでもある。
「正解だけど、良く分かったね。別に俺が作ったっていう張り紙とかもしてないのに」
「君は人とどこかずれているだろう?だから、僕らの発想外にある商品はそうだろうと予測したまでさ」
カラン、と音のなる扉を開けながら私はそう言う。
彼は時折、私たちが到底思いつきもしないようなことをサラッとした顔をしながら提案してくることがある。
言われてみればそうだけど、普通そんな発想をしないだろう?と思うような発想、発言を多々するのだ。彼を気に入っているのはそういった面も要素の一つだ。
「うん。本当にいいお店だ。……でも内装の考案は君じゃないだろう?」
「……なんでわかるかなホント。俺そっち系のセンスは皆無でさ」
ただ、片付けとか色彩とかそういった美的センスは皆無な彼であった。
------------------------------------------------------------
「ん、やはりここのパンは美味しいな。ほかのパンが食べられなくなりそうだ」
「喜んでくれて嬉しいよ。俺も考案したかいがあったってものだ」
カレーパンに齧り付きながら、嬉しそうな顔をするアヤト。
実の所彼はただ優しくて紳士的な男性であるだけじゃなく、打算や腹芸も未熟ながら頑張ろうとしている簡単には食えない男であることも僕は知っているけど、こうやって無邪気な顔をしている時の彼が本当の彼なのだろう。
私は私で腹芸の達人なので、パンを口に運ぶ美少女の外見を完璧に維持したまま、彼のことをチラリと見やる。
顔立ちはそこまで整っている、という訳ではない。
見た目的にも優男という言葉が似合いそうな少年で、先に述べた通り結構華奢だ。とても戦闘力が重視されるこの学生街において生き抜けるような感じには見えない。
でも彼は一応この学生街の中でも10本の指に入る人材だ。それこそ、私がこうやって気をかけているぐらいには稀有で、面白い存在なのだ。
残念ながら私には一度も勝てたことがないけど、それでも何故か挑み続けてくるのは強い好感が持てる。
一匹の蟻が像に勝つぐらい無理なことだとはわかっているけど、私のことを負かしてくれたりしないだろうか。そう彼に特別な期待を抱いてしまっている私が居ることを、私は絶対に否定できない。
もしかして、本当にもしかして、彼ならば私に敗北を味合わせてくれるかもしれない。彼の特異性を見ているとそう思ってしまうのだ。
まぁ、本当に望むだけ無駄な夢なんだけれどね。
「そのカレーパンもどうせ君の作品なんだろう?食べたことないけど」
「ホントに良く分かるね。これも俺だよ」
男の子らしく豪快にパンに齧り付くアヤト。意外に口は大きいんだ。へー。
……なかなか美味しそうじゃない。私も食べてみたくなったかも。
「ね、一口頂戴よ」
「ええ……?まだ食べるの?西園寺さん」
驚き、といった顔で私をみるアヤト。
確かに私も普通の女の子が菓子パンを10個近く平らげて、尚且つ次のパンを所望しているとなったら驚愕の表情を浮かべると思う。
だから彼の表情は納得だ。それを浮かべられてるのが僕に対してじゃなければだけど。
「食べたいものは食べたいのさ。ほら、一口―――」
「―――授業抜け出してまで逢引とは随分お熱いことじゃない」
頂戴よと、そう言おうとした瞬間、ごうっと、魔力が吹き荒れる。
一瞬にして凍り付く私とアヤトの周りの世界。春ののどかな風景をあざ笑うかのように、僕とアヤトのみを残して空気は凍り付き、地面は一面氷に覆われる。
完全に殺す気の一撃だ。ここに座っていたのが一般人だったら今頃その人たちは美しくもグロテスクな氷の彫像へと早変わりしていたことだろう。
圧倒的な魔力量。とてもじゃないけど、普通の人間が放てるようなものではない。
「やぁアヤメ。随分なご挨拶じゃないか。こんな威力の魔法、もし当たったらどうするんだい?」
「アンタにこの程度のが当たる訳ないでしょ。隣のわんこ君に防がれたのは意外だったけど」
凛とした声に、凛とした振る舞い。160cm後半はあるであろう長身に、黒猫の毛のような艶と深さを持つ美しい黒髪。
通りすがる人が100人中100人振り向くであろうその冷たい美貌は、学生街の人間をして彼女をこう呼ばしめる。
この学生街の第二位。私に次いでこの街で力のある、最強の一角を成す化け物。
氷の女王、神薙菖蒲と。
理想郷の名が付いたこの町は、大雑把に分けて「貴族街」「平民街」「学生街」「スラム街」の4つに分かれており、私たちが居るのはそのうちの一つ、学生街だ。
私たちが通う帝国立第Ⅰ高等学校並びに第Ⅻまでの他ナンバリング高校はこのアルカディアの東側一部を切り取られて作られている。
Ⅰ~Ⅻまでの高校は時計のように各地に配置されており、その中心に存在するのが学生街という訳だ。
学生街と言っても非常に広く、実は住民の7割が学生以外の人間で占められていたりするので平民街というのが本当は正確だ。
しかしこのナンバリング高校群には多くの貴族が通っているため、うかつに平民街などという名前にすると色々と政治的に問題が出てくるため、折衷案として学生街という呼称を使っているのだ。
学生街には色々と食べ物屋なども多く、今回彼を連れてきた訳なんだけど、どうやら彼はこの場所を知っていたらしい。
「おや?アヤトはここを知っているのかい?最近開店したばかりの店だから知らないかと思ってたんだけど」
「むしろ西園寺さんが知ってることが意外かな。ここ、女の子に凄い人気の店だよ」
「……へー。それはどういう意味か凄い興味深いね?」
「ごめんごめん!深い理由は無いんだけどさ!西園寺さんが女の子と一緒に人気店に行くのあんま想像つかなくて」
「……まぁ。それは確かに」
少しむっとなりつつも、図星を突かれたので黙らざるを得ない私。
別に私はコミュニケーション能力が欠如しているわけでもないし、人と話すことが好きなので講義で一緒になった女子生徒などとも良く話すのだけど、自然体で接してもらえないことが多いのだ。
何というのだろうか。有体に言えば緊張されてしまうらしい。
近付くだけでキャーキャー言われてしまうのは何とかならないのだろうか。喜んでくれるのは悪い気はしないけど、王子様に会った女の子みたいな反応をされても特段嬉しくない。そういうのは是非男子生徒に対してやってあげて欲しいんだけどなぁ。私には普通の友人として接してほしいものだ。
「それにしても結構有名な店だったんだね。確かに身近な所にあるし、昼とかに皆来てもおかしくはないか」
「それもあるし、俺が広めたんだよね、ここ。出してるパンのいくつかは俺がアイディア出したやつでさ」
「君が?」
クルっと振り向いて発言主の顔を見る。
「例えばこのパンなんだけどさ」
外に展示してあるとあるパンを指さすアヤト。小さいサイズの食パンに、不思議な白いクリーム状のミルクっぽい何かが乗っているパンだ。
私も非常に好きなパンで、最近実は毎日食べていたりする。これホント美味しいんだ。
「これの考案させてもらったんだよね。売上個数に応じてフィーが入ってくるって感じ」
「なるほどなるほど」
「後これこれ。渦巻の中にチョコレート入ってるやつ。食べたことある?」
「もちろん。ここで一番人気のパンだろう?」
というよりももはやルーティンの一部だ。最近は毎日食べてる気がする。
「これも俺。ちょっとお金足りなくてさ。色々手を出してみることにしたんだよね」
「……へぇ」
マジマジとショーウィンドウを見つめる私。
「君が考案したパンを食べていたとはね。少ししてやられた気分だよ。……ふむ。ちなみにだけど、このパンもアヤトかな?」
メロンのような模様が特徴的なパンを指さしながらそう尋ねる。
名前はそのままメロンパン。外側がカリッとしていて、内側はふわっとしているという、不思議な触感のパンだ。
中々おいしくて食べ応えもあるんだけど、カロリーがとんでもないということを知ってからは少々倦厭しているパンの一つでもある。
「正解だけど、良く分かったね。別に俺が作ったっていう張り紙とかもしてないのに」
「君は人とどこかずれているだろう?だから、僕らの発想外にある商品はそうだろうと予測したまでさ」
カラン、と音のなる扉を開けながら私はそう言う。
彼は時折、私たちが到底思いつきもしないようなことをサラッとした顔をしながら提案してくることがある。
言われてみればそうだけど、普通そんな発想をしないだろう?と思うような発想、発言を多々するのだ。彼を気に入っているのはそういった面も要素の一つだ。
「うん。本当にいいお店だ。……でも内装の考案は君じゃないだろう?」
「……なんでわかるかなホント。俺そっち系のセンスは皆無でさ」
ただ、片付けとか色彩とかそういった美的センスは皆無な彼であった。
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「ん、やはりここのパンは美味しいな。ほかのパンが食べられなくなりそうだ」
「喜んでくれて嬉しいよ。俺も考案したかいがあったってものだ」
カレーパンに齧り付きながら、嬉しそうな顔をするアヤト。
実の所彼はただ優しくて紳士的な男性であるだけじゃなく、打算や腹芸も未熟ながら頑張ろうとしている簡単には食えない男であることも僕は知っているけど、こうやって無邪気な顔をしている時の彼が本当の彼なのだろう。
私は私で腹芸の達人なので、パンを口に運ぶ美少女の外見を完璧に維持したまま、彼のことをチラリと見やる。
顔立ちはそこまで整っている、という訳ではない。
見た目的にも優男という言葉が似合いそうな少年で、先に述べた通り結構華奢だ。とても戦闘力が重視されるこの学生街において生き抜けるような感じには見えない。
でも彼は一応この学生街の中でも10本の指に入る人材だ。それこそ、私がこうやって気をかけているぐらいには稀有で、面白い存在なのだ。
残念ながら私には一度も勝てたことがないけど、それでも何故か挑み続けてくるのは強い好感が持てる。
一匹の蟻が像に勝つぐらい無理なことだとはわかっているけど、私のことを負かしてくれたりしないだろうか。そう彼に特別な期待を抱いてしまっている私が居ることを、私は絶対に否定できない。
もしかして、本当にもしかして、彼ならば私に敗北を味合わせてくれるかもしれない。彼の特異性を見ているとそう思ってしまうのだ。
まぁ、本当に望むだけ無駄な夢なんだけれどね。
「そのカレーパンもどうせ君の作品なんだろう?食べたことないけど」
「ホントに良く分かるね。これも俺だよ」
男の子らしく豪快にパンに齧り付くアヤト。意外に口は大きいんだ。へー。
……なかなか美味しそうじゃない。私も食べてみたくなったかも。
「ね、一口頂戴よ」
「ええ……?まだ食べるの?西園寺さん」
驚き、といった顔で私をみるアヤト。
確かに私も普通の女の子が菓子パンを10個近く平らげて、尚且つ次のパンを所望しているとなったら驚愕の表情を浮かべると思う。
だから彼の表情は納得だ。それを浮かべられてるのが僕に対してじゃなければだけど。
「食べたいものは食べたいのさ。ほら、一口―――」
「―――授業抜け出してまで逢引とは随分お熱いことじゃない」
頂戴よと、そう言おうとした瞬間、ごうっと、魔力が吹き荒れる。
一瞬にして凍り付く私とアヤトの周りの世界。春ののどかな風景をあざ笑うかのように、僕とアヤトのみを残して空気は凍り付き、地面は一面氷に覆われる。
完全に殺す気の一撃だ。ここに座っていたのが一般人だったら今頃その人たちは美しくもグロテスクな氷の彫像へと早変わりしていたことだろう。
圧倒的な魔力量。とてもじゃないけど、普通の人間が放てるようなものではない。
「やぁアヤメ。随分なご挨拶じゃないか。こんな威力の魔法、もし当たったらどうするんだい?」
「アンタにこの程度のが当たる訳ないでしょ。隣のわんこ君に防がれたのは意外だったけど」
凛とした声に、凛とした振る舞い。160cm後半はあるであろう長身に、黒猫の毛のような艶と深さを持つ美しい黒髪。
通りすがる人が100人中100人振り向くであろうその冷たい美貌は、学生街の人間をして彼女をこう呼ばしめる。
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