あなたの未来を許さない
第五日:02【御堂小夜子】
第五日:02【御堂小夜子】
昼休み。
小夜子は昨日丸一日自宅に籠もっていたため、昼食を用意できていない。そのため今日は、購買に寄ってパンを買ってきたのだった。
だが教室の自分の席へ戻ると、中田姫子が小夜子の机の上に腰掛けているではないか。取り巻きの佐藤と本田がやや離れたところから、にやにやしつつその様子を眺めている。おそらく小夜子がどんな反応をするか楽しんでいるのだ。そしてどんな反応をしても、それを口実に嫌がらせをするつもりなのだろう。
手を変え品を変えマメなことだ、と呆れる小夜子。
以前の少女であれば、萎縮して教室の外へ出てしまっていただろう。
だが今の小夜子にとって、彼女らによるイビリなど最早どうでもよくなっていた。正直なところ、中田姫子「如き」に対し神経を遣ってやれるような精神的余裕など、もう残されていないのだ。
だから小夜子はつかつかと自分の席へ歩み寄ると、
どんっ。
と自分の机を蹴り飛ばした。当然姫子が机ごと、床へ倒れる。
しん、と静まりかえる教室。
姫子は予想外の事態に呆然とし、佐藤と本田も硬直している。クラスメイトたちからも、驚きの視線が集まっているのが感じられた。
だがどうでもいい、と小夜子は思う。
(これ以上私の心を、無駄なことに向けさせないで)
何食わぬ顔で机を立て直し、席につく。カレーパンを上に置き、袋を開け、齧る小夜子。同時進行で乳酸菌飲料のパックへストローを刺し、口をつける。
姫子はしばらく呆けたような表情で、床に尻をついていたが……すぐ怒りに顔を歪ませ立ち上がり、小夜子に詰め寄ると、机を「ばん!」と叩き怒鳴りつけた。
「おいミドブ! 何してくれるのよ!」
普段の小夜子ならこんな時、とても目を合わせられるはずもない。しかし今の彼女は、以前のそれとは違う生物なのだ。相手とまっすぐ視線を合わせ、落ち着いた様子で言葉を返す。
「私は自分の机をうっかり倒してしまっただけよ。中田さん」
「アタシが座ってたでしょ!?」
「そうだったの? 気付かなかったわ。何で私の机の上に、あなたが座っているの?」
「何でってそりゃ……」
正当な理由など、あるはずがない。衆人環視の中で流石に「嫌がらせのためよ」とは言い出しにくく、姫子が口籠もる。普段の姫子ならもう少し上手く切り返せそうなものだが、動揺もあってかその舌は全くもって冴えない様子であった。
「だから私は、自分の机をうっかり倒してしまっただけなの。それだけよ」
食事を再開する小夜子。姫子がそれを攻めあぐねていると、佐藤と本田が加勢に現れる。
「え? 何? ミドブ何キレてるの?」
「ミドブの分際で、ありえないっしょ」
そう喚きつつ、姫子の両脇に立つ。二人の増援で気を持ち直した姫子は、クラス中に聞こえるよう、わざと大きな声で話し出した。
「いやコイツね、昔から不意にキレたり暴れだしたりするのよ」
小夜子はパンを黙々と食べ続けている。姫子はだんだん普段の調子を取り戻してきたのか、得意げに語り続けた。
「私はこいつと小中で一緒だったんだけどね。まあ昔からこいつは危険人物扱いだったワケ。小学校の時、いきなりキレて同級生に汚水をぶっかけて泣かせたり、近所の犬を刃物で刺して大怪我させたり。中学では大人を石で殴って警察沙汰になったこともあったわね。ねえ? 御堂」
「大体合ってる」
即答する小夜子。尾ひれも付けば説明不足でもあったが、姫子が述べたのは概ね事実なのであった。だが、弁明する気にもならない。
クラスメイトたちが、ざわめいている。そんなエピソードは知らなかった佐藤と本田は、「ホント?」「マジキチ」などと呟きつつ、若干慄いた様子を見せていた。
「だからみんなも、コイツには気をつけたほうがいいわよ」
嘲笑うような声で、姫子が級友たちに向かい告げる。また少し、教室がざわついた。
しかし小夜子は意に介さない。実際気をつけてもらったほうが、今はありがたい。そう思ってすらいたのだ。
「あー怖い怖い。頭がおかしい奴と一緒のクラスだなんて、勘弁してもらいたいわ」
当初の目論見が外れ思わぬ展開にもなったが、結果的にクラス内での小夜子の立場をより一層貶めることに成功したからだろう。中田姫子は機嫌良さ気に鼻で嗤うと、取り巻きを連れ教室から出て行くのであった。
◆
放課後。
ぴろりん、と小夜子のスマホが鳴る。先程恵梨香へと送った、SNSメッセージへの返信だ。
あの強く握られた手。離した指を、繋ぎとめようとした恵梨香。朝の様子から彼女が心配になった小夜子は、「一緒に帰ろうか」と珍しくメッセージを送っておいたのだ。
だがそれに対する返信は、
《今日は生徒会の手伝いがあるので、先に帰ってて~》
というものだった。
こんな状況で今更生徒会の手伝いもないだろうにと思う一方、
(むしろ普段の生活を維持するほうが、えりちゃんの精神が安定するのかもしれないわね)
とも考える小夜子。
(うん、きっとそうね)
心の中で一人呟き、納得する。何にせよ恵梨香は「今日は一緒には帰れない」と伝えてきたのだ。無理に彼女のペースを乱すほうが、余程危険かもしれない。
そう考えて小夜子は、一人で家路につくのであった。
昼休み。
小夜子は昨日丸一日自宅に籠もっていたため、昼食を用意できていない。そのため今日は、購買に寄ってパンを買ってきたのだった。
だが教室の自分の席へ戻ると、中田姫子が小夜子の机の上に腰掛けているではないか。取り巻きの佐藤と本田がやや離れたところから、にやにやしつつその様子を眺めている。おそらく小夜子がどんな反応をするか楽しんでいるのだ。そしてどんな反応をしても、それを口実に嫌がらせをするつもりなのだろう。
手を変え品を変えマメなことだ、と呆れる小夜子。
以前の少女であれば、萎縮して教室の外へ出てしまっていただろう。
だが今の小夜子にとって、彼女らによるイビリなど最早どうでもよくなっていた。正直なところ、中田姫子「如き」に対し神経を遣ってやれるような精神的余裕など、もう残されていないのだ。
だから小夜子はつかつかと自分の席へ歩み寄ると、
どんっ。
と自分の机を蹴り飛ばした。当然姫子が机ごと、床へ倒れる。
しん、と静まりかえる教室。
姫子は予想外の事態に呆然とし、佐藤と本田も硬直している。クラスメイトたちからも、驚きの視線が集まっているのが感じられた。
だがどうでもいい、と小夜子は思う。
(これ以上私の心を、無駄なことに向けさせないで)
何食わぬ顔で机を立て直し、席につく。カレーパンを上に置き、袋を開け、齧る小夜子。同時進行で乳酸菌飲料のパックへストローを刺し、口をつける。
姫子はしばらく呆けたような表情で、床に尻をついていたが……すぐ怒りに顔を歪ませ立ち上がり、小夜子に詰め寄ると、机を「ばん!」と叩き怒鳴りつけた。
「おいミドブ! 何してくれるのよ!」
普段の小夜子ならこんな時、とても目を合わせられるはずもない。しかし今の彼女は、以前のそれとは違う生物なのだ。相手とまっすぐ視線を合わせ、落ち着いた様子で言葉を返す。
「私は自分の机をうっかり倒してしまっただけよ。中田さん」
「アタシが座ってたでしょ!?」
「そうだったの? 気付かなかったわ。何で私の机の上に、あなたが座っているの?」
「何でってそりゃ……」
正当な理由など、あるはずがない。衆人環視の中で流石に「嫌がらせのためよ」とは言い出しにくく、姫子が口籠もる。普段の姫子ならもう少し上手く切り返せそうなものだが、動揺もあってかその舌は全くもって冴えない様子であった。
「だから私は、自分の机をうっかり倒してしまっただけなの。それだけよ」
食事を再開する小夜子。姫子がそれを攻めあぐねていると、佐藤と本田が加勢に現れる。
「え? 何? ミドブ何キレてるの?」
「ミドブの分際で、ありえないっしょ」
そう喚きつつ、姫子の両脇に立つ。二人の増援で気を持ち直した姫子は、クラス中に聞こえるよう、わざと大きな声で話し出した。
「いやコイツね、昔から不意にキレたり暴れだしたりするのよ」
小夜子はパンを黙々と食べ続けている。姫子はだんだん普段の調子を取り戻してきたのか、得意げに語り続けた。
「私はこいつと小中で一緒だったんだけどね。まあ昔からこいつは危険人物扱いだったワケ。小学校の時、いきなりキレて同級生に汚水をぶっかけて泣かせたり、近所の犬を刃物で刺して大怪我させたり。中学では大人を石で殴って警察沙汰になったこともあったわね。ねえ? 御堂」
「大体合ってる」
即答する小夜子。尾ひれも付けば説明不足でもあったが、姫子が述べたのは概ね事実なのであった。だが、弁明する気にもならない。
クラスメイトたちが、ざわめいている。そんなエピソードは知らなかった佐藤と本田は、「ホント?」「マジキチ」などと呟きつつ、若干慄いた様子を見せていた。
「だからみんなも、コイツには気をつけたほうがいいわよ」
嘲笑うような声で、姫子が級友たちに向かい告げる。また少し、教室がざわついた。
しかし小夜子は意に介さない。実際気をつけてもらったほうが、今はありがたい。そう思ってすらいたのだ。
「あー怖い怖い。頭がおかしい奴と一緒のクラスだなんて、勘弁してもらいたいわ」
当初の目論見が外れ思わぬ展開にもなったが、結果的にクラス内での小夜子の立場をより一層貶めることに成功したからだろう。中田姫子は機嫌良さ気に鼻で嗤うと、取り巻きを連れ教室から出て行くのであった。
◆
放課後。
ぴろりん、と小夜子のスマホが鳴る。先程恵梨香へと送った、SNSメッセージへの返信だ。
あの強く握られた手。離した指を、繋ぎとめようとした恵梨香。朝の様子から彼女が心配になった小夜子は、「一緒に帰ろうか」と珍しくメッセージを送っておいたのだ。
だがそれに対する返信は、
《今日は生徒会の手伝いがあるので、先に帰ってて~》
というものだった。
こんな状況で今更生徒会の手伝いもないだろうにと思う一方、
(むしろ普段の生活を維持するほうが、えりちゃんの精神が安定するのかもしれないわね)
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(うん、きっとそうね)
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