あなたの未来を許さない

Syousa.

第四夜:02【スカー】

第四夜:02【スカー】

 まずは何にせよ、武器の調達が必要だ。どこかの家の窓を割って鍵を開け、そこから侵入し物色するのが妥当だろう。そう考えた小夜子は電柱から離れ、正面にある民家へと向かう。
 いや、向かおうとした。

 途中で動作が止まったのは、左手に伸びている道路、その百メートルほどの先に人影が見えたからである。
 灰色ブレザーの制服を来た、小太りの男子学生だ。最初に周囲を見回した時はいなかったので、小夜子が逡巡している短時間の間に駆けてきて視界に入ったのだろう。急いで走ってきたのか、もう肩で息をしているようにも見えた。表情は、流石に遠すぎて分からない。

(え!? 速攻!?)

 今まで対戦してきた相手は皆、最初は様子見をして、それから行動していた。能力の把握ができていなかったり、相手の力が分からなかったり、戦意が無かったりしたからだ。
 だがこの相手、【モバイルアーマー】は初動から一気に小夜子を探しに来た。
 おそらく自分の開始位置から、相手も似たように対戦エリアの隅にいるのではないかと考えたに違いない。きっと、その時点で走り出したのだ。大した思い切りの良さである。

 が、問題はここからだろう。考察も周囲の確認もせず、相手がどんな能力かも分からないのに彼が一気に距離を詰めてきた、という事実は……つまり相手がどんな能力を持った対戦者でも、その攻撃もしくは防御を突破する自信があることを意味しているのだ。



 ぶにゅり。

 視界の中の【モバイルアーマー】が、膨らんだように見えた。いや正確には、彼自体が膨らんだのではない。【モバイルアーマー】の周囲に黒いぶよぶよとした塊が発生し、その身体をすっぽりと包み込んだのだ。
 それはまるで黒い泥人形のような外見をしていたが、すぐにモゴモゴと形を変えていく。

(やっぱり、何か防御を強化するような能力なの!?)

 即座に逃げるべきという選択肢と、一度相手の能力を視認しておくべきという二択を迫られた小夜子は、後者を採った。
 ただ、そのまま身体を晒し続けることはしない。正面に建つ古めの木造住宅の門へと駆け寄り、塀から顔を少しだけ出して相手を観察する。敵が接近する素振りをみせたなら、すぐ庭へ駆け込み、さらに隣家へと逃げるつもりだ。

 ぶよぶよの泥人形が、変形を終える。がらりと変わったフォルムは、角張ったパーツの集合体だ。頑丈そうな脚部、太い腕、分厚そうな胸部、そして奇怪な兜のような頭部。全身を黒い金属のようなもので包んだ彼の身長、いや全高は二メートル近くあった。
 距離があるために細かいディティールは分からないが、その見た目は「アーマー」、西洋の甲冑……というよりはロボットアニメの人型二足歩行メカを彷彿とさせるデザインをしている。おそらくこれに身を包むことが、彼に与えられた能力【モバイルアーマー】なのだろう。
 小夜子がそう察した直後。

 ちゅいいいいいいいいいいいいん!

 と金属の擦れる耳障りな音が耳に入ってきた。
 見れば【モバイルアーマー】の足元に火花が散っている……と思った瞬間、その巨体は猛烈な勢いで走りだしたのだ。
 いや正確には、走ってはいない。中腰に構えたまま、足は動かさずそのままの姿勢で加速し始めたのである。

(こっちに来る!)

 現在の位置はまずいと直感した小夜子は、身を寄せていた塀から体を離し、転がるような動きで距離をとった。
 飛びのいた少女が地面の上で回転するのとほぼ同時に、

 ごがん!

 と塀を突き破って現れる黒い巨体。
 そしてそれに留まらず巨体は住宅玄関まで突進してガラス張り引き戸を粉砕し、さらに直線上に位置する玄関の壁まで破壊してから、ようやくその動きを止めた。
 折れた柱、散乱する壁材、輝くガラス片。立ちこめる埃の中、勢い余ったせいで前のめりに倒れていた物体が起き上がる。勿論その正体は、【モバイルアーマー】だ。

 唖然とする小夜子の前で、ゆっくりと立ち上がる黒鎧。どうも頭を揺さぶられたらしい。首を二、三度軽く振り調子を整えてから、巨体は周囲を見回していた。当然小夜子は、すぐに発見される。
 刹那、【モバイルアーマー】の頭部装甲についた二つの目のようなパーツが、瞬きをするかのように点滅した。黒ずくめの全身のなかで、そこだけが不気味に、赤く輝く。

「そっちにいたのか。少し、的を外したな」

 パイプ越しのようにくぐもった声は、【モバイルアーマー】から発せられたものだ。彼はゆっくりと向きを変え、頭部だけでなく全身を小夜子の方へと向ける。
 あれだけの破壊を引き起こしながら、黒い光沢を見せる装甲には傷一つついてはいない。それは、見た目が語る防御力の高さを実地で証明していた。

 ぐぐっ、と【モバイルアーマー】が左腕を振りかぶる。見るからに殴りつけるぞという予備動作を見て、小夜子は素早く行動を開始した。立ち上がっていては間に合わない。そのまま横へと数回転して、位置をずらしていく。

 やや遅れて、小夜子がいた場所めがけ振り下ろされる黒い腕。全身で飛び込むかのような勢いで打ち込まれた拳は狙いを外し、地面を深く抉り、湿った土を周囲に撒き散らした。
 小夜子は回転による慣性を活かして立ち上がることに成功すると、【モバイルアーマー】の位置を一瞥だけして確認。すぐに駆け出し、家の角を曲がって庭へ走りこむ。

 すぐにその後を巨体が追う。動きを邪魔する壁面や、その内部に含まれる柱を造作もなく打ち砕き、倒し、直進し……小夜子と同様、その身を庭へと躍らせた。

(は、速い!)

 恐怖が、小夜子の心臓を鷲掴む。
 鈍重に見える図体でありながら、最初に見せた奇っ怪な走法といい、身を躍らせて殴りつける打撃といい、生身の人間を上回る速度である。
 おまけにあの破壊力! まともに受ければ、一撃で小夜子の肉体など破壊されてしまうだろう。

 庭に踏み込んだ【モバイルアーマー】は一瞬その動きを止め、首をぐるりと回して周囲を見回す仕草を見せた。視界だけは、あまり良くないらしい。だがそれでもすぐに小夜子の姿を捉えると、三度目の打撃を叩き込むため左腕を振りかぶる。

 だっ。

 しかし少女は逆に、【モバイルアーマー】へと肉薄した。巨体の右側へと全力で走りこみ、そのまま脇を駆け抜けていく。そして先程【モバイルアーマー】が開けた壁の穴から、住宅の中へと飛び込んだのである。

 侵入した部屋は、来客を迎えるための応接間であった。そのまま走りぬけ、廊下を目指す。
 黒鎧が窓と壁を破砕して後を追いかけてくるが……遅れた。打撃で破壊して侵入口を作り、それから踏み入れるという手順を要するため、そのまま飛び込める小夜子に比べ時間がかかるのである。

 そしてその巨体には、それにふさわしい重量があったようだ。
 部屋侵入後、一歩目でいきなり床板を踏み抜いた【モバイルアーマー】は、そのバランスを大きく崩す。それでもなんとか姿勢を立て直し、力に物を言わせて床材を破壊しながら進んでいくものの……もうこの時点で、小夜子の姿は廊下へ消えている。

「あ! こら!」

【モバイルアーマー】が後を追うためには一歩ごとに床板を踏み抜きつつ進み、さらに廊下へ続く通路を強引に拡張する必要があった。装甲を纏う巨体には、日本家屋はドアも廊下も幅が狭過ぎるのだ。

「おいブス! 待ちやがれ!」

 罵声を背に、二階へ一気に駆け上がる小夜子。
 辿り着いたところで、息が切れた。階段間近にある部屋へ入り、跪いて胸を押さえる。

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 呼吸を整えながら顔を出し、階段越しに階下を見る小夜子。するとしばらくしてメキメキという音を立てつつ、一階廊下に黒い鎧が姿を現す。床と壁面を破壊しながら無理やり廊下へと出てきた【モバイルアーマー】だ。
 彼は強引に進み、そのまま階段を上ってくる……が、それは失敗した。

 ばきばきばき!

 階段の板材は彼の重量を支えきれずに折れ、割れ、壊れたのである。姿勢を崩した【モバイルアーマー】は手をつき姿勢を維持しようと試みるが、壁面までもが衝撃と荷重に耐えられず砕け、彼は無様に転倒した。

「やっぱり重いんだ、あれ……」

 重量と出力はそのまま攻撃力の高さに繋がる。だが、それがどの状況でも活かされるとは限らないのである。破壊力と巨体から単純に過重を期待した小夜子であったが、どうやらその賭けには勝ったらしい。
 あのデカブツは二階に上がれない。重すぎて、跳躍もできないのだろう。

「おいこらメガネ! 降りてこいボケ!」

 先程と同じく、くぐもった声で【モバイルアーマー】が怒鳴っている。取り乱し苛立ったその声は、小夜子の予測が正しいことをそのまま裏付けていた。

 危機が去ったわけではない。優劣が逆転したわけでもない。だがとりあえず、間断ない追撃は中断させたのだ。呼吸を整える余裕と、考える猶予も手に入った。

「それを脱いで登ってきたら良いじゃないの、デブ!」

 言い返す小夜子。階段は派手に壊れたものの、彼女が言う通りあの装甲を解除すればよじ登れるだろう。
 だが、そんな動きをとれば小夜子の部屋からでもすぐに分かる。それに登ってきて二階で能力を使えば、彼は即座に床板を踏み抜いて落下するだけだ。家の外から生身で登ってくるにしても、相当の時間がかかる。何よりあの装甲を解除した状態で、彼が小夜子の前に身を晒すとは、到底思えない。

(装甲がなければ【スカー】の能力をまともに食らうことになる……と考えるものね)

 階下で喚き散らす【モバイルアーマー】を尻目に、小夜子は部屋を見回す。階段に注意を向け、いつでも対応できるようにしながら。

「男の人の部屋、か。汚いし臭いなあ」

 部屋中央に置かれたテーブルには吸い殻が入ったままの灰皿が置かれ、その脇には一般的な銘柄のメンソール煙草とオイルライターが置かれている。テーブルの脇には空となった酒瓶が、何本も床の上に立てたまま放置されていた。机と椅子には脱ぎ散らかされた男物の服、床にも放ったらかしのリュックサックが落ちている。

(酒瓶って鈍器になるわよね。それに割れば、刃物代わりに使えるかも)

【モバイルアーマー】の中身が二階へ上がってきた時を想定し、手に酒瓶を握って即応の武器にした。次いでリュックを失敬して、卓上に置かれた輸入物らしき酒瓶も数本収容する。机の引き出しを開けるが、めぼしい物はない。急場凌ぎとしてボールペンとハサミ、マイナスドライバー、机の上のオイルライターも拾い上げ、これらもリュックに突っ込んでおく。
 だが残念ながらこの部屋にはナイフやスタンガンといった、あからさまな武器は無いようだ。まあ、日本の家庭にそうそうそんなものはあるまいが。

(仮にあったとしても、あの装甲に通じるとは思えないけど……ああもう。化学ガスが禁止されていなければ、まだ何とかなりそうなのに)

 そう小夜子が舌打ちした直後だ。

 ぐわん。

 と、家が大きく揺れたのは。

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