あなたの未来を許さない

Syousa.

第二夜:06【ホームランバッター】

第二夜:06【ホームランバッター】

(畜生、畜生、畜生ッ!)

【ホームランバッター】……田崎修司の精神は、恐慌状態にあった。

 やはりあの女【スカー】は、自分を騙し討ちにするつもりだったのだ。
 それを、ギリギリで見破った。
 危なかった。もう少し遅れていたなら、何をされたか分からない。
 小柄で貧相な体格。地味なおさげ髪に洒落っ気のない眼鏡。気の弱そうな仕草に、よく詰まる喋りかた。そういった見た目に油断して、肝心なことを見落としていた。

(信じようと思ったのに! 昨日のあの電撃野郎とは違って、まともな奴だと思ったのに! 騙しやがって! 騙しやがって!)

 話に乗せられ、迂闊にも能力内容をべらべら喋ってしまったことを悔やむ田崎。
 勿論小夜子にそんな意図は無いのだが、彼女の心理など彼が知る由もない。

(畜生、どうしたらいいんだ)

 一回目の攻撃は打ち分けできず、反対方向へ飛ばしてしまった。
 反省から狙いやすくするために軽くバットに当てて飛ばそうとしたが、これは発動条件を満たせず、普通にペットボトルを弾いただけに終わってしまう。
 やり直した二回目の攻撃は概ね狙った場所へ飛ばせたものの、相手に命中せず。
 開けた穴から直後、【スカー】が店の奥側へ走り去るのが見えたが、何もできない。もうこれで、彼女の位置は田崎から全く分からなくなってしまった。

 今夜の「戦場」は、背の高い陳列棚が並ぶ大型スーパー。売り場の間に走る通路以外は、まるで視線が通らない。視界は狭く、死角が多過ぎる。あまりにも自分に不利過ぎる戦場だと田崎は嘆き、そして怯えた。
 それに加え【ホームランバッター】は発動条件のせいで、連射が利かない。

(制限が無けりゃ、その辺の物を片っ端から打って燻し出してやるのに!)

 制限。発動条件……何て面倒なんだ! と田崎は忌々しげに唇を噛む。
 唇が痛みに耐えきれなくなる前に顎を解放し、彼は小さく「【能力確認】」と呟いた。すぐ、左手脇に箇条書きで能力の説明が宙空へ浮かぶ。

 箇条書きの文字列へ視線を走らせていく田崎。そこには【能力名:ホームランバッター】という見出しに続き、白い文字でこう記されていた。

・金属バットを創り出せる。
・そのバットで打った物を力場で包みこみ、加速させて射出することができる。

 ここまでは初日に提示された物と同じ。能力の主な内容だ。これを受けて【ホームランバッター】と能力名をつけたのだから。
 箇条書きはまだ続いており、先程の白い文章の下に、黄色の文字で書き連ねられている。

・新しいバットを創り出すと、前のバットは消える。
・力場を使って射出するためにはチャージ時間が必要とされる。チャージ完了はバットからの振動で通知される。
・力場を使って射出するためには、一定速度以上で打撃する必要がある。

 これは能力の制限や条件といった、補足的なもの。
 自身のものについては対戦者本人が確認次第追記されていく仕組みになっている、と田崎は監督者であるアルフレッドから教えられていた。

『対戦者自身が手探りで能力を把握し順応していくのも、番組を盛り上げる要素の一つだからな。それだけではなく、制限や条件が加わることでランダムに割り当てられた能力のゲームバランスをAIがとっているのさ。多種多様な能力が候補として用意されてはいるが、我々の試験としてもエンターテイメント番組としても、強い能力を取ったらそれで勝利確定、というのは問題があるだろう? だから制限や条件でバランスをとるのさ。逆もまた然り。絶対に不利な能力というのは、割り当てられないようになっている。だからどんな相手でも、油断しないほうがいい』

 アルフレッドは、そう語っていた。
 手乗りサイズのカバの姿で、偉そうに……。

 何にせよこの制限のせいで、発動にはほぼフルスイングを要求されるのだ。力と体力には自信があるものの、野球経験の無い田崎にとってこれは中々厳しい条件である。
 加えて打つのは、球形のボールではなく雑多な物品。打ちさえすれば能力の作用で勢い良く飛んで行くとはいえ、素人が狙った方向にきっちり飛ばせというのが無茶な話だった。

 心臓の鼓動が早まるのを感じながら、視線を右手側に移す田崎。そこには、相手側の情報が表示されている。
 アルフレッドの説明では、確認するか推察を的中させた敵能力の条件が表示されるシステムになっているのだという。

『こういう情報を元にした読み合いや探り合いも、重要なエンターテイメント要素らしいからな』

 というのがアルフレッドの談だ。

 右手脇の文字列を、視線でなぞる田崎。
【能力名:スカー】
・不明

 当然と言えば当然である。【スカー】はまだ、何も能力を発動させていないのだから。
 つまりそれは、田崎にとって全く対策を立てる材料が無いということ。
 相手の攻撃方法も分からないし、射程距離も分からない。
 騙し討ちを狙っていたようだが、近接攻撃しかないのだろうか? それとも隙を突くことが重要な能力のだろうか?

(何も、何一つ分からない!)

 名前も「傷」を意味することは分かるが、それだけでは漠然とし過ぎていて、能力内容を推察するのは困難であった。

 騙されたことに対する憤り。戦場との相性の悪さと能力制限の不利による焦り。加えて【スカー】がいつ死角から飛び出して襲ってくるか分からない恐怖。さらには、彼女の能力が何なのかも分からない。
 なんという劣勢! なんという不利!
 これらの材料が、田崎の精神を急速に追い詰めつつあったのだ。



 ぶるん、とバットが震える。
 能力のチャージが終わった通知だ。ランダムではあるが、概ね数十秒から一分程度でそれが完了することを、田崎は昨晩と今夜の戦いで把握していた。

 唯一の攻撃手段が一分おき!
 しかもコントロールが困難!
 何という使い勝手の悪さか!

(不公平過ぎるぞ!)

 田崎は心の中で毒づきながら、左手に持っていたフルーツの缶詰を上へとトス。
 すぐにバットを両手で握り直し、全力の打撃を入れる。

 バットに触れた瞬間、缶詰は力場で包まれた青い砲弾と化し、「ごおん!」と轟音をたてて売り場へ飛んで行く。
 左手側を狙ったはずだが、田崎の精神状態を反映したかのように「打球」は狙いを逸れ、一回目の攻撃が引き裂いた破壊孔のすぐ脇へと突き刺さった。結果として、一打目が開けた穴を拡張しただけ形になる。

(当たってない……)

 焦りで雑に打った上、予測場所への狙いも外しているのだ。余程の幸運が重ならねば、当たるはずもなかろう。だがそれでも、撃たずにはいられない。

「畜生、畜生、畜生!」

 自分の置かれた状況を罵りながら、焦り続ける田崎。
 しかしその後も、【スカー】に動きはみられなかった。

「どうする……どうしてくるんだ、【スカー】」

 周囲を見回す。彼女の姿は変わらず見えない。
 背中に寒い物を感じ、「まさか」と慌てて振り返る。いない。
 すぐに視線を売り場へ戻すと、左手奥で、何か影のような物が動いた気がした。
 注視する、が、誰もいない。
 正面右手側、拡張された破壊孔の方向から何かの音。
 慌てて顔を向けるも、壊れた棚から商品が落ちたのか、それとも【スカー】が立てた物音なのかも判別できなかった。

 ……バットが振動する。

(う、撃たないと)

 焦りとともに近くの台から菓子パンを掴んでトス。振りかぶって、打撃。
 今度の狙いは真横にある売り場の陳列棚だ。「打球」は概ね狙い通りに飛び、陳列棚は真横からの貫通砲撃で、ほぼ一列まるごとが破壊された。
「打球」は店の奥を破壊し、バックヤードまで飛び込んでいく。おそらくそのまま貫通し続けて場外へと出てしまい、バリアで分解されるのだろう。

(とにかく、とにかく撃ち続けないと!)

 恐慌状態にある田崎には、最早自分の行動に合理や計算を当てはめることはできていなかった。

 バットが振動する度に周囲の物を【ホームランバッター】の能力で打つ。
 棚を貫通し、引き裂き、倒す。
 手応えも気配も掴めぬことに、焦りを募らせる。
 そして血眼になって周囲を見回し、ひたすらに怯え続けたのだ。



 そんなことを幾度も繰り返したが……未だに【スカー】を倒すどころか、姿さえ見つけられない。

(まさか、時間切れを狙っているのか?)

 ふとその可能性に考えが及んだ田崎であった。が、すぐにそれを捨てる。

(騙し討ちまでして俺を殺しに来る奴が、時間切れなんて狙うはずがあるかよ)

 相手が不利だから守勢に回っている、という思考には至らない。
 自分が追い詰められているという前提でしか、既に彼は考えられなくなっていたのだ。

「……時間切れ?」

 周囲への警戒は続けながら、小さく呟く。

「【残り時間確認】」

 すると能力確認時と同様に、彼の左手脇に文字が浮かび上がった。【スカー】には伝え忘れた対戦時間の確認方法である。だが今となっては、あの会話の記憶自体が疎ましい。
 算用数字で表示された残り時間は、五分二十秒。つまりあともう少しの間、【スカー】の攻撃を受けなければ田崎は生き延びられるのだ。

(今夜も、これで助かるのか)

 安堵の息が漏れる。
 田崎からすれば、本来はそれで良い。
 良いはずであった。

(でも……今回は良くても、もしまた後で【スカー】と戦うことになったらどうなる?)

 恐怖に蝕まれた思考は、整合性も合理性も捨てて、そこからさらに別の憶測を生み出す。

(あいつは散々俺の【ホームランバッター】を見たんだ。能力内容だけじゃなく、きっと弱点も見破っているに違いない。そして次に対戦が組まれる時には、【スカー】はもっと自分の能力を使いこなしているはずだ! そんなことになったら、間違いなく俺は殺される!)

 次に対戦が組まれるまで、【スカー】が生き延びているかどうかなど分からない。いや普通に考えれば、同一の対戦カードが巡ってくる前にどちらかが斃れている可能性のほうが、ずっと高いだろう。
 だが恐慌状態の精神はその考えを導き出さない。代わりに出したのは、極限の結論だ。

(今ここで【スカー】を殺しておかないと、俺は絶対、次で殺される!)

 殺さなければ、殺される。
 これは今の田崎にとって正当防衛であり、生きるために不可避の選択であった。

(だが、どうやったらいいんだ!?)

 これまでの「打球」は全て、【スカー】を外している。敵が隠れる陳列棚もかなり破壊したが、それでもまだ大部分が残っているため、相手の居場所は掴めない。かといって、残り全ての棚を砕いていく時間も無い。

(ここからではあいつの居場所も分からない。そもそも分かっても距離があったら【ホームランバッター】の狙いがつけられる自信も無い。距離を詰めて狙いやすくするとしても、打撃準備中に大きく避けられたらどうしようもない。こんな不便な能力で、どうやって【スカー】を倒したらいいんだよ……!)

 ぶるん、とバットが能力のチャージ完了を告げた。途方にくれながら、握った右手を見る田崎。しかしその時彼は、ふと閃いたのだ。

 これで相手を殴ったら? と。
【スカー】を直接【ホームランバッター】の能力で「打球」にしてやれば、一撃で場外へ押し出せるのではないか? と。

 右を向くと、そこには腰の高さほどの台がいくつも並んでいる。その上には和菓子や箱詰めの甘味類。先程「打球」にした菓子パンも、この陳列台からとったものだ。

 試しに田崎は、【ホームランバッター】の能力で陳列台を直接打撃する。
 バットが陳列台を小さく動かした直後、台はまるごと青い力場の膜に包まれ、轟音とともに大きな「打球」と化した。
「打球」はすぐ近くの窓ガラスと窓枠、周辺の壁を大きく砕いて店外へと飛び出すと、即座に「じゅわっ」という音を立てて消滅する。場外負けのシステムにより、領域から物が飛び出すことは許されない。

 半ば呆けたように開けた穴を見ていた田崎であったが……この実験の成功で、彼は閃きを実行へ移すことを決意した。
【ホームランバッター】の能力で「打球」として飛ばせるのが、どの程度の大きさまでかは分からない。だが少なくとも台よりは彼女、【スカー】の方が小さいだろう。いや、間違いなく小さい。

 そう。ここに来て彼は、自分に与えられた能力の強力さに気が付いたのだ。

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