あなたの未来を許さない

Syousa.

第二夜:02【御堂小夜子】

第二夜:02【御堂小夜子】

(返事が返って来た!)

 闇の中に光が差した思いである。再び息を吸い込み、声の方向へ叫ぶ小夜子。

「わ、私も攻撃しません! 少し、少しだけ! 話をさせて下さい!」
「ああ、分かった!」

 今度の返答は早い。

「で、では聞いて下さい!」

 小夜子はすぐ本題に入る。緊張をほぐす器用なコミュニケーション能力を彼女は持ち合わせていなかったし、何より時間をかけることで相手の気が変わるのを恐れたのだ。

「その、この対戦には引き分けによるペナルティは無いんですよ! このまま制限時間いっぱいまで何もしなければ、どちらも死ぬ必要はないんです! 私はこれから対戦する皆さんに協力してもらって、みんなでずっと引き分け試合を続けてもらうようにしたいと考えています! そうすれば多分、未来の連中だって試験を中止して帰ると思うんです!」

 一気にまくし立て、最後に「あの……どう思います?」と付け加えた。

 少しの沈黙。そして先程と同じ方向からの、声。

「……いいんじゃないか!?」

(同意してくれた!?)

「俺だって、殺し合いなんて嫌だ! 昨日の夜なんか電撃ビリビリみたいな奴に追いかけられて、死ぬかと思ったんだよ! だから!」

 ……だから?
 言葉の先を待ち、唾を飲み込む小夜子。

「俺もその話、乗るよ!」



 恐る恐る立ち上がり、生鮮食料品売り場からレジの方向へと、ゆっくり歩き出す小夜子。

「情報交換をしよう」と持ちかけてきたのは、【ホームランバッター】こと田崎修司からであった。
 その際に顔合わせを求められ、小夜子は少し躊躇ったが……ここで相手を信用できないようであれば、今後対戦を組まれる相手全員を説得するなど、到底おぼつかない。何より彼女が不信感を見せることで相手から警戒され、今回の提案自体を蹴られてしまっては元も子もないだろう。

(そもそも戦ったら、勝ち目なんかゼロなんだから)

 そう考えて、少女は相手の良心に賭けたのだ。

 ……この店舗はよくある大型スーパーの例に漏れず、店内の窓ガラス側に並んだレジ群、サービスカウンター及び特設台といったカウンター群に対し各売り場が縦に並んだ構図になっている。
 カウンター群のすぐ前は各売り場との通路スペースが店内のほぼ端から端まで伸び、そしてその売り場の中央を分断するように中央通路が横切って、売り場の列を店の奥側と手前側、という手合いで分けていた。
 もう少し詳しく説明すると、店の奥側に十列、手前側に十列、背の高い陳列棚を備えた各売り場が並んでいることとなる。
 カウンター群は手前側のさらに前だ。レジ側以外の外周は冷蔵ショーケースが配置され、野菜や肉、惣菜などを展示していた。

 小夜子はそんな店内の陳列棚沿いに歩き、そろりそろりと通路まで出る。そして恐る恐る顔を覗かせて、周囲を見回したのだ。

(いた!)

 生鮮食料品から数列先の菓子売り場前に、男は立っていた。

 詰め襟学生服の、背の高い男子。広い肩幅に、制服の上からでもわかる筋肉質な身体。髪は坊主頭に近いくらい、短く刈りこんである。そしてその右手には、金属バット。
 ああ本当にホームランバッターそのままなのだな、と小夜子は納得と共に頭を上下させていた。

「よう」
「こ、こんにちは」

 相手の姿を確認した時点で、双方がぎこちなく動きを止める。
 小夜子は武器を携えた体格の良い相手に気後れしたものの、一方で【ホームランバッター】は小柄な少女の姿に脅威を感じなかったのだろう。警戒をやや解いた様子である。
 やがて【ホームランバッター】は自分が握る金属バットが相手を威圧しているのだと気付き、足元にそれをゆっくりと置くと、横へ軽く蹴飛ばした。
 バットが何かに当たって「がらん」と音を立てたところで、小夜子も彼の意図を理解する。攻撃しないという意思表示の、強調だろう。
 少女自身は徒手空拳のため両手をゆっくり上げ、無理矢理に笑顔を作りそれに応じた。

「さっきも名乗ったが、俺は田崎修司。高二だ」

 先に口を開いたのは、【ホームランバッター】である。

「わ、私は御堂小夜子」

 緊張で唇が言葉をうまく紡ぎ出さないが、小夜子も懸命に返す。

「こ、高校二年生です、よろしく、お願いします」

 少しの沈黙。次に言葉を発したのは、彼のほうだった。

「タメ年だな、俺たち」



「ほらよ」

 と田崎修司が投げて寄越してきたのは、パックのオレンジジュースだった。彼自身はスポーツドリンクのペットボトルを左手に持っている。どちらも、飲料売り場より持ち出してきた物らしい。
 掴み損ねたパックを床から拾い上げながら、「ありがとう」と返す小夜子。
 続いて好意に応えジュースを飲もうとするが、パックについているストローを押し出そうとしたところで手が止まった。店の商品を勝手に飲んでいいものか、躊躇したのだ。
 そんな小夜子の様子に、何を案じているのか田崎も理解したのだろう。

「アルフレッド……、ああ、俺の監督者とかいう未来人が言うには、ここはこの対戦のためだけに空間をコピーして作ったらしいんだ。だから多分、それを飲んでも万引きにはならない、と思う」

 ところどころ詰まりながらだが、説明してくれる田崎。
 無骨な外見と違い彼の察しが意外と良いことに少し驚きつつ、小夜子は頷いてストローを取り出し、パックへ突き刺して口をつけた。

「あの、すいません」

 ジュースを半分ほど飲んだところで、小夜子がおずおずと手を挙げる。

「何だい?」

 田崎はレジカウンターに腰掛けて、二本目のスポーツドリンクを飲んでいた。

「私のほうの未来人、その、なんていうかちょっと性格的に問題があるみたいで、ルールとかそういうことは全然教えてくれなかったんです」
「例えば?」
「その、例えば今日なんか、『領域は店内』とか始めに言われましたけど、あれってもし店の外に逃げ出したらどうなるんです? やっぱり即座にゲームオーバーですか?」
「はぁ?」

 小夜子の質問内容に驚いたような表情を見せたものの、親切にもすぐ教え始める田崎。

「……店の外に出なかったのは正解だな。場外エリアへの離脱は負け扱いになるんだよ。出た途端、即座に死ぬ仕組みになっているらしい。分解? されるとかアルフレッドの奴が言ってたけど、よく分かんねえ。つーか、そういう大事な話は初日に説明してくれなかったのか?」

 そう言われて、昨日のキョウカを思い返す小夜子。脳裏に蘇るのは、口汚く罵りながら当たり散らす未来妖精の姿だけである。

「アルフレッドは『初日でも一時間しか持ち時間が無いから要点だけ話しておく、信じる信じないは後で考えればいい、まずは初日を何とかして生き延びろ』つって、その辺の説明はしてくれたんだよ。ただ二十七世紀から来た……っていう話を聞かされたのは、今日になってからだけどな」
「え? 一時間? こ、こっちの未来人は『五分しかない』って言ってましたけど。じ、実際五分しか時間がなかったし……」
「ん? そうなのか? ひょっとしたら、人によって持ち時間が違うのかね?」

 少年は、首を傾げていた。

「わ、分からない、です。ただ今日は、初日と違って一時間くらいは話す時間がありました」
「それは俺も同じだな。基本的に監督者と俺らが面談できる時間は一日あたり一時間に制限されている、ってアルフレッドから聞いてるし。でもさぁ、なら今日のその一時間でそういったルール事くらい説明してくれても良さそうな物なのになぁ。なんだか、あんたのトコの未来人はやる気ないみたいだな?」

 苦笑いする田崎。

「ああ、それは……」

 言いかけた小夜子だったが、そこで口籠もった。

「私の能力が『何も無し』だったので、あの未来人はヤケを起こしたんだと思うんですよ、あはははは」

 などと話していいものだろうか、と思いとどまったのだ。
 能力が無いと分かった時点で、確実な一勝、一日の生存をとるために、そして最終的に生き残るために……小夜子を倒す方向へ、田崎が考えを変える可能性があるのではないか?
 急にその点に気付き恐ろしくなったことで、慌てて言い換える。

「アイツ、その、性格悪いんで、わ、私、言い合いになっちゃって。昨日も、今日も。それで、ヘソ曲げたんだと思います」

 嘘は吐いていない。概ね本当のことだ。だが咄嗟に言い換えたため、歯切れが悪い。
 不自然さを取り繕うように作り笑いを浮かべながら、小夜子は田崎をちらりと見た。

「……そっか」

 短い沈黙の後に田崎はそう答え、スポーツドリンクの残りを飲み干していく。
 その数秒の間に彼が何を考えたのか。あるいは何も思わなかったのか。
 小夜子には、分からない。

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