あなたの未来を許さない

Syousa.

第一夜:02【御堂小夜子】

第一夜:02【御堂小夜子】

 どくん。

 鼓動に似た音と共に、小夜子の意識が蘇る。
 回復した視界で見回すと、そこはいたはずの自室ではなかった。
 屋外、しかも見覚えすらない場所だ。

「えっ、何よこれ」

 もう一度、視線を走らせる小夜子。
 街灯や照明の類は無いが、月が明るいおかげで周囲のものを見ることはできた。

 ミキサー車にショベルカー、ダンプカー。小山に積まれた砂や砕石。飾り気のない二階建て程度の施設も、幾つか見受けられる。
 そしてそれらの中でひときわ目立つのは、三十メートル近い高さの四角い建物であった。建造物の上のほうから斜めに地面へと伸びるのはベルトコンベアーか。月明かりの薄闇ではあるものの、壁面には【安全第一 寺田生コン】と黒いペンキで大きく書かれているのが読み取れた。
 どうもここは生コンクリートの工場らしい。それも敷地の広さを見る分に、比較的大きめの。

「夢ながら、無茶苦茶だわ」

 嘆く小夜子。
 夢に整合性を求めても仕方がないことは分かっている。分かってはいるが、それにしても、何でこんな場所が出てくるのか。
 そもそも彼女はコンクリート工場に立ち入ったことすらない。街へ出る時に乗るバスの窓から、それらしき施設を見たことがある程度だ。

「最近の漫画で、こういうシーンとかあったかしら……?」

 先程のあの漫画じみた夢は、自身の読書環境によると理解できる。
 不愉快な妖精モドキも、子供の頃に読んだ絵本の記憶に由来するものなのだろう。しかしそこから突然のコンクリート工場とは。脈絡が無さ過ぎて、驚きよりも呆れが上回る。

「ああ、馬鹿みた……うわ寒っ」

 ぴゅう、と不意に吹きつけた風に体が震え、腕を組んで二の腕を擦る。
 そしてこの時小夜子はようやく、自分がパジャマではなく高校の制服、紺のセーラーを着ている事に気付いたのだ。
 就寝時に外したはずの眼鏡もかけている。ほどいていた髪も、普段の髪……一本おさげの三つ編みになっていた。

「結局夢なら、何でもありってことなのかね」

 三つ編みを触りながら、そう小夜子が呟いた時である。

『空間複製完了。領域固定完了。対戦者の転送完了!』

 突如彼女の頭の中へ流れ込む、男性の声。先程キョウカと名乗る妖精モドキが話しかけてきた時と同じく、直接頭の中に響いてくる声だ。
 ただしキョウカは若い女……というよりは少女の声をしていたが、これはバラエティ番組のアナウンサーのような、どうにも大げさな男の声であった。

『Aサイド、能力名【グラスホッパー】! 監督者【クエンティン=テイラー】!』

 声と共に、小夜子の眼前に突如文字が浮かび上がる。

「え!?」

 びくり、と反射的に後ずさる小夜子。
 視線よりやや低めの位置に現れたその文字列は、読み上げられたものと同じ内容だ。ご丁寧に、しっかり漢字とカタカナで綴られている。

『Bサイド、能力名【スカー】! 監督者【キョウカ=クリバヤシ】!』

 先の列より右にずれ、やはり空中に浮かび上がる文言。そこにはAサイドと同じく、読み上げられた内容が表示されている。

『領域はコンクリート工場の敷地内となります。対戦相手の死亡か、制限時間一時間の時間切れをもって終了。対戦中は、監督者の助言は得られません。それでは、対戦を開始します。対戦者の皆さんは、張り切って相手を倒して下さい!』

 そして「ぽーん」という、間の抜けた音が鳴り響いた。
 どうもこれが、開始音のつもりらしい。

「キョウカ=クリなんとかって、さっきの妖精モドキのこと? するとこれは、前の夢の続きなの?」

 問いかける小夜子。相手は先程の声の主だが、対象が見当たらないため空に向かって大声をあげている。
 が、返事は無い。

「何よ、もう」

 少し間をおいたところで、妖精モドキの『なるべく楽に死ねるといいね』という言葉が思い出された。夢の中とはいえ、あまり気分の良いフレーズとは言えないだろう。
 十六年も生きているのだ。小夜子とて高所から転落する夢だの、海で溺れる悪夢だのを見たことはある。あの独特の落下感、息苦しさ、恐怖。
 勿論実際に死んだことも死に掛けた経験もないので、それこそ夢の記憶でしかないのだが……おそらく現実その時に味わうものとは違うと理解していても、好んで体験したい感覚では、決してない。

(夢だとしても、避けられるものは避けたいわ)

 そう思いながら、周囲を見回していると。

 どうっ。

 右後方から届いた大きな音と振動、そして光で反射的に振り返る小夜子。
 すると先程目についた【安全第一 寺田生コン】と書かれた四角い背の高い建物……彼女は知らないが、プラントという施設……を挟んだ反対側から上空に、何か影のようなものが飛び上がるのを見つけられた。

「一体何なのよ……?」

 光源は月明かりだけであり、小夜子からは百メートル以上の距離がある。だからそれが何かまでは、なかなか分からない。
 しかしその影はみるみるプラントの屋根を越え、垂直に上昇していくではないか。

(高っか……)

 三十メートル近い建物の天辺どころかその倍、いや三倍の高度に「それ」は達した。そして昇るにつれ速度を落としていく影は最終的に一瞬停止し、今度は落下していく。
 しかし上昇する時と違い、その下側には青く輝く炎のようなものが纏わり付いていたのだ。
 小夜子が以前テレビの科学特集番組で見た、大気圏に突入する隕石の再現CG。色は異なれど……あれはその姿に、よく似ていた。

 ごごおっ!

 それは轟音を立てて落下し、再びプラントの陰に隠れて見えなくなる。
 そして「何あれ」の「な」まで小夜子が口にした瞬間。建物の向こう側で、眩く青白い光を発したのだ。

 どごん!

 身体を揺さぶる衝撃音。直後に何かがぶつかるような多数の衝突音が届く。続いての細かな破砕音は、ガラスが割れたものか。

(えっ、本当に隕石?)

 先程上下運動が行われた空中に、砂煙と共にアスファルトやコンクリート、そして何か分からない破片が多数浮かび、落ちていくのが見えた。それらが地面へ叩き付けられる音が少女の耳に届いたのも、すぐのことだ。

 唖然として立ち尽くし、砂煙の立ち上る方角を眺める小夜子。
 すると再び同じ場所から影がまた飛び上がり、青い炎の膜を纏いながら轟音と共に落下していくのではないか。続いてやはり衝撃音、衝突音、破砕音。そして、立ち上る煙。
 小夜子の視界の中でその影はさらにもう二度ばかり同じ行動を繰り返した後、垂直運動からやや落下地点をずらして、放物線を描く上下運動へと移行していった。
 ここで初めて少女は、あの影が「跳躍」しているのだと気付く。

 そしてそのまま彼女は影が幾度も跳ねるのを眺めていたが……五回目の跳躍からの落下時に、それが何なのかをようやく確認できたのだ。

「人間だわ、あれ」

 顔までは流石に判らない。しかし風圧になびく長い髪とスカートの翻りが、落下時の青い炎に照らされて見えた。
 六度目の跳躍時を狙い再観察したが、やはり錯覚ではない。

「やっぱり人よ……」

 ……ずっと見続けているうちに、跳躍はとうとう九回目に達してしまう。
 そしてここに来て小夜子は察したのである。あの人影は何かを確認しようとしているのだ、と。
 同時に妖精モドキが話していた『能力のランダムロール』『なるべく楽に死ねるといいね』……そしてここに来てから男性の声が告げた、『対戦』『張り切って相手を倒して下さい』という言葉が断片的に脳内で再生される。
 あれはいかにも漫画じみてゲーム的な、あまりにも現実感の無い、夢ならではの台詞だったのだが……。

「……もしこれが、さっきの妖精の夢の続きだとしたら」

 あの人影は何らかの能力を与えられていて、その確認のため何度も何度も力の加減を試していたのではないか。少女には、そのように思えてきた。
 誰だってそんな状況にあったら、やはり最初は手に入れた力を試してみようと考えるはずだ。使ってみなければ、加減も何も分からないのだから。
 当然小夜子とて、同じであっただろう。妖精モドキの話を真に受けていたならば……そして、『ハズレ』『何も無い』などと言われていなければ。今頃は掌に力を込めながら、ポーズでもきめていたかもしれない。

「そう言えば私が【スカー】で、向こうが【グラスホッパー】だっけ」

 思い出し、呟く小夜子。
 視界内ではあの影……【グラスホッパー】が十回目の跳躍を終え、何度めかの破片と煙を空中に巻き上げている。

「グラスホッパーって、確かバッタのことよね」

 プラントの向こうから届く、閃光と衝撃音。

「ひょっとしてピョンピョン跳ねるからバッタなわけ?」

 跳躍十一回目。轟音。

「……適当すぎない?」

 閃光と衝撃音。

「でもバッタは跳ねるだけだけど」

 十二回目。光、振動。そしてまた煙。

「あれに踏まれたら……」

 踏み潰された甲虫、通学路で見た猫の轢死体、先週ネット掲示板でうっかりリンクを踏んでしまった、海外交通事故の凄惨な画像。そういったものが次々と少女の脳裏に浮かぶ。
「多分死ぬわね」の部分を、彼女は敢えて口に出さなかった。言えばそれがそのまま、この悪夢の筋書きに取り入れられそうな気がしたからだ。

 腹が締め付けられるような痛みは恐怖。背中に穴を開けられ、中身を吸い出されるような錯覚は不安。
 全身でその不愉快な感覚を受け止めながら、小夜子は自分が怯えているのだと理解した。

「何で夢でまで、こんな嫌な思いしなければいけないの」

 忌々しげに呟き、せめて夢くらいあの子との甘い一時でも……と考えかけた時。
 小夜子は、異変に気付いたのだ。

(十三回目の「練習」が、無い)

 飽きたのか。そうかも知れない。
 疲れたのか。ならばいい。
 しかし普通に考えれば、「練習」を終えたのが自然だろう。
 では、「練習」が終わった後はどうするのか。

 ……当然、「実践」である。

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