リライト ・ ファンタジー

アオピーナ

一章 八話「ロベリ ・ アザミール」



『お帰りなさいませ、ロベリ様』

    身長の倍近くあるドアが自動で開くと、聞き慣れた音声がロベリを迎えた。
    数十体以上の大所帯で豪勢に迎えられる──という訳では無いが、少数のスラータが主の荷物を持ち、彼が脱いだスーツを受け取り、宝物を収める宝箱という名の棺桶を準備する。

「ああ、ただいま。皆ありがとう──特に宝箱を用意してくれた君」

『お褒めに預かり光栄でございます。お納めだけご自分でなされますか?    宝部屋に運ぶのは私がやっておきますが……』

「流石は分かっているね。けど、今日は僕が運ぶよ。最近は忙しくて、まともにあそこには足を運べていなかったからね」

    毎日のように自分を慕ってくれて、気遣いをしてくれる愛しいスラータ達に、満面の笑みと感謝の言葉で返す。それも嘘偽り無く心の底からのものだ。
    やがて、ロベリはスラータを撫でると、黒い布に包まれた物を運んで来た二人のもとへ近付く。

「遅いよ君達……それと、僕の新しい宝物には傷一つ付けなかっただろうねぇ?」

    スラータ達と話していた時の態度とは一変。陰湿に、舐めるような視線で、人の形をした物を運ぶ質素な服装をした女性達と、自らが宝物と称すそれを見渡す。その視線を受ける当の本人達は声をかけられるや否や、尋常ではない程に怯えあがり始めている。

「ロ──ロベリ……様……大丈夫です、傷一つ付いておりません……」

「本当かなぁ?    全く……今回の作戦でスラータたん達の殆どを送り出さないといけなかったから、お前ら奴隷が少しは役立つかと思って使ってみれば──」

    途端、バチィン!    と乾いた音が響く。二人の内の、黒髪を伸ばした女性の頬が赤く腫れ上がり、その叩かれた衝撃によって転んでしまう。その様子を見たもう一人の女性は、倒れ込み呆然と叩かれた左頬を抑えている女性を見て震え上がっていた。

「まあ、いいや。部屋には僕が運ぶから──ぁら?」

    黒い包装物を抱えようとした途端、ロベリが異変に気付く。

「傷が……付いてるねぇ……」

    彼の動作が止まり、視線はそのまま包装物からギョロリと、震えている女性の方へ向く。

「これは……私じゃなくて……元から──」

「言い訳するんでなあああああああああぁぁぁぁい!!」

    女性が弁明しようとした途端、ロベリがそれを許さないかのように、音も立たぬ速さで彼女の首根っこを掴み上げる。すると、その勢いに乗ったまま、ロベリは女性の体ごと崖から奈落の底へと落とさんとする。

「言い訳はいらない。今から君をこの真下に落としてもいいんだぞ」

    彼の指す真下とは、文字通りの奈落──渓谷の狭間である。
    ここ、アザミール邸は無法都市から人里離れた場所に位置する秘境に建てられており、巨大な崖や渓谷が連なっている辺鄙な空間だ。
    人と極力接触したくなく、ましてや人類そのものを愚弄する彼のことだ。地上に居る人々を見下したいという一心で、このような場所を選んだのだろう。

「か──は……ぁ……っ──」

    何度目かになる驚愕と恐怖、そして痛み。しかし、これがアザミール邸での日常なのだ。
    異常とも言えるその日々は段々と彼女達を悪い意味で慣らしていった。

    神王に仕えることが出来る適性がある──言わばそれは多くの庶民にとっての下克上であり、将来の安泰を意味する。そんな輝かしい夢を実現しようとした過ちから全てが終わっていた。甘美な理想に釣られてこの外道について行ったあの日から──。

「今日はもう疲れたからお前を殺しはしないけどなぁぁッ!    次そんな態度をってみろ!」

    唾を飛ばし、顔を紅潮させながら怒鳴り散らす。その勢いで首を絞めている手の指がさらに女性の喉にめり込んでいく。

「──次は問答無用でお仲間と同じだ」

    やがて首を締めていた手を離し、女性は支えを失い地面の方へ投げ出される。喉に手を当て、咳き込み、酸欠になった脳でさえもロベリの言ったことは、容易に理解出来てしまった。
    お仲間──つまりは、現在彼の言う宝部屋にて眠りについている数多の遺体。一ミリでも彼の気に障る行動をとったならそれが最期だ。

「かはっ……げほげほっ、──なんで……こんな……」

    怨恨の行く末はあの冷酷で残忍で非人徳的な外道男。だが、もはや恨むのはこの現状を作り出した因果であり、易易とその幻想に縋ってしまった自分だ。
    息を整え、黒髪の女性を起こし、抱き抱える。この清楚でお淑やかな顔立ちをした淑女もそうだが、皆殆どが華やかな見た目をし、中には街のアイドル的存在とも言える可愛らしい見た目をした美少女さえも、この邸宅という名の監獄で、無慈悲な労働と非人徳的な扱いを強いられているのだ。

「もう……嫌よ──」

    誰に言う訳でもなく、ただ虚空に呟いた。そんな一言でさえ、ロベリに見つかるともなればそれは、無残な結末を迎えるきっかけにすらなってしまうかもしれない。
    そんなことはもうどうでもいいのかも知れない。ただただ、ポツリと微かな声で恨みを漏らす。平穏に暮らしていた時には、街中の人々を引き付けていたであろうその透明な瞳には、もう光は灯っていない。壊れた機械のように女性はもう動こうとしない。

「大丈夫よ……いつかきっとあの男に天罰が下るわ」

「前向きなのね。羨ましい──」

    呆然としていた彼女を気遣って頃合を見計らっていたのか、黒髪の淑女は自分が叩かれた左頬に女性の手を重ねる。

「こうやって助け合っているから……希望は消えた訳じゃないわ」

「────」

    この人はなんて明るく前向きなのだろう。いつ死ぬか、いつ捨てられるか、明日の安全さえもろくに分からない状況で。
    助け合っている。仲間がいる。──そうだ、完全にまだ希望は潰えてはいない。まだ足掻くことは出来るではないか。

    そしてその希望は今──、

「──ぇ?」

    音がする。ロベリが所持する飛行船とは異なるエンジンの音だ。
    こんな辺鄙な場所に他の乗り物の類が訪れることは滅多にない。前向きな決意を固めたところに起こった稀有な出来事。

    つまり、これはそういうことなのだろうか──。



*                *                *                *



    邸宅と崖の半分が一体化しており、その崖の内部──アザミール邸の地下にあたる、その空間の一角に宝部屋は位置する。

    漂う冷気を常人ならば気味悪がる事だろう。その先の部屋に数多の遺体が埋められているともなれば尚更に。しかし、ロベリにとってはその湿った異様な空気でさえ、自らの宝物をより味わうためのスパイスにしかならないのだろう。

    重圧扉を開けると、自然溢れる花畑が広がっていた。そして、黒一面に塗りたくられた棺桶が無数に陳列され、棺桶一つ一つの側にはきちんとそこに眠る一人一人の名前、享年が記されている。
    その記されてある石碑も、寄せ集めの岩石などでは無く、高品質な材質を用いた立派な鉱石で作られている。これがロベリが宝物へ注ぐ愛の形なのだ。

「これで二百六十五個目の宝物が追加されたよ──はぁ……誠に美しい限りだぁ・・・・・・」

 熱い吐息を漏らしながら、棺桶の中で眠りについている美しい女性を熱望する。主を気遣ってか、世話係のスラータ達は全員室外に退室している。なので、こちらもいつも以上に気にせずに騒げるというわけだ。

「ふひ……ふひひひひひひひひ……やっぱり宝物が増えると、気分が上っがりまっすなああああああああああ!!」

 身体を海老反らせ、両手で顔を覆いながら心情をありのままに叫び出す。新しい宝物が手に入り、納める度に彼はこのように興奮の渦の中にいる。 

 ──が、そんな状態に至っても尚、理性は未だに保たれている。すなわち、  

「人──の気配……スラータたんでも奴隷でもない……誰だ。ドアの前に居るのは誰だあぁぁぁぁぁっ!!」

 激昂したロベリが腰にしまっていた拳銃を取り出し、扉の方へ向ける。
 やはり、溺愛しているもの嫌悪しているものといった、彼なりのヘイトに基づいてはっきりと、対象や気配を嗅ぎ分けられるだけの嗅覚は身に付いているようだ。
 感情が最高潮に達しようとしていた中水を差されたのだ。怒りは数秒と満たないまま殺意に変換される。

「返事がないようですねぇ──では!」

 スラータたんに始末を頼もう──そう言おうとした途端に最大の違和感に気付く。
 扉の前に人の気配がするならば、丁度同じ位置で見張りをしていたスラータは何をやっているのだろうか。怪しい者を捉えたらその時点で殺していいとプログラムにも組み込んである。しかし、殺す音はおろか、物音一つすらしなかったのだ。

 ──ならば、扉の前に立つ見えない人物は何者なのか。

「何にせよ……スラータたんに手をかけたんだ……容赦ッしないッ!!」

    銃口を扉の真上に向け、発砲する。音を立てて割れたそれは非常用の殺傷マシーンで、連動して扉付近の小型銃器らが一斉に発砲されることになっている。
    思惑通り、音が鳴り響いた。

    空気を切り、一太刀で木材を切り落としたような──、

    その音の正体は、今宙を舞っている、拳銃を持ったままの右腕が十分に明らかにしていた。


    ──ロベリ ・ アザミールの腕が一瞬にして吹き飛んだのである。

「ぁ──れぇ?    う……でが……ぁ──なぁぁ……いぞぉぉ……?」

    呆然とし、時間が停止したかのような感覚を味わうのも束の間。瞬時に脳はある感覚によって最大限に埋め尽くされることとなる。

    すなわち、強烈なまでの痛みと灼熱の嵐。


「あ……あぁ?    ぁぁあ──ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

    一瞬、沈黙を守っていたそれらは瞬く間にロベリを侵していき、やがてその連続する激痛の打撃は彼を煉獄の淵まで支配せんとする。だが、憎悪、嫉妬、嫌悪と言った、人間への負の感情──それも自分に仇なす存在ともなれば、それらへの対処の仕方は彼ならば百戦錬磨とも言えよう。
    故に、白く剥かんとする両の目をかっ開き、姿の見えない悪意の対象へと視線を向ける。そして、その憎悪を帯びた視線に答えるかのように扉は勝手に開けられ──、

「まずはその物騒な物をしまって下さい……ついでに痛くしてあげましょうか」

    開けられる──と言うよりは切り抜かれた、という表現の方が正しい。
    開口一番に、穏やか且つ丁寧な声と口調で話し出した男は、銀縁の眼鏡をその整った顔から外し、軽く頭上へ放り投げる。身長もそこそこ高く、線の細い体躯からはかえってその動作すら流麗なものに見える。
    見た目こそ悪くは見えないのだが、次に起こる出来事を目の当たりにすれば、その印象に疑問符を投げかけたくなるだろう。
    紫色の光が放たれ、次の瞬間。

「──は?    なんだ……?    それは──」

    呆然とするのも無理はない。何せ、今彼の前には──』

「私は正義の味方です。よって今、悪者で世間にはマイナスな影響しか与えない存在である貴方を、裁こうと思います」

    巨大な白い龍の顔のようなものが口を開け、今にでもその開かれた空間から、白い光が放たれんとしているのだから。

「────」

「これは悪を裁く正義の光。穢れた悪を葬り、そして魂が呪われる前に浄化して成仏させる光でもある……」

    前半の言葉はロベリを鋭く睨みながら、そして後半の言葉は彼の周りに広がるおびただしい数の墓に向けながら。眉の下まで伸ばした銀髪を靡かせ、自らが裁きを下すのだと宣言をする。

「せい……ぎ?    のろ……われる?    ──ぶふっ!」

    しかし、ロベリは怯えが増すどころかかえって吹き出す。その様子に、今度は銀髪の男の方が驚く番だ。

「正義などそんなものは存在しないっ!!   あるのは人間の醜く愚かで傲慢で汚らわしい醜悪のみだ!   僕を殺すんだろう?    そうしたらお前も同罪だ!    ほら!    こうしてまた綺麗事を並べることしか脳の無い偽善者が生まれるんだよぉっ!!    なぁぁ──ああああ!?」

「熱弁と忠告をありがとうございます。しかし、貴方が多くの尊い命を踏みじり、さらに私欲にまみれて汚したのは事実です。なので、私はどうあれ、まずは貴方が裁かれるのは確定したことなのですよ」

    歪んだ価値観を含んだロベリの熱弁に対して男も自らの正義という価値観を含んだ熱弁で返す。──が、ロベリの耳には彼の言ったことの内容の殆どは耳に入っていないように思える。
    なぜなら──、

「うでっ──あしっ……がぁぁ──ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

    残りの腕と両の足も根こそぎもぎ取られ、灼熱と苦痛の嵐は先程までの倍以上の威力でロベリの肉体と脳を蝕んでいくのだから。

「では、こちらも」

    そして、男が何やら呟くと同時に龍の顔はその巨大な口に秘めた白い光を放つ。放たれたブレスの様なそれは、瞬く間にロベリを飲み込み、部屋中を包み込み、やがて空いた入口から外へと放出されていく。

「ごごごっ……ががががががぁぁぁっ!   ぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃっっ──」

    魂が、肉体が、精神が、目が、鼻が、腕が、心が、足が、味が、臭いが、おなかが、こえががが、スラらららたたたぁぁ──?

「ああ、あと、囚われていた淑女の方々は逃がしました。これは当然ですね。彼女達の様な麗しい女性はこの様な場所に居るべき存在じゃない。スラータと呼ばれるAIに関しては、僕の力で、貴方と過ごすより良い夢心地を幻惑の中で堪能していますよ」

    耳障りなことを言われた気ががががががが──。でもいまはただ──、

 ──熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い。
熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い。
熱い痛い熱いイタイアツいいタイあつイいたたあつたたあああああぁぁぁぁぁぁぁ──、


    ──……。


    気が付くと光すら、彼の目からは消えていた。


    こうして、人間を罵り命と存在を冒涜し、暴虐の限りを働いた悪逆非道な外道人間は、闇と苦痛に飲まれて天命を受けていったとさ。

        ──つづく──

    

    

    





    
   

    

    


    



    

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