スキルイータ

北きつね

第二百八十二話


 ギュアンとフリーゼに結婚の許可を出した。
 同時に、クリスを通して、ルートに召喚状を出す。

 反応は、すぐに返ってきた。
 ”忙しいから、俺の拠点にはいけない”と、いうそっけない物だ。

 しょうがない。行政区で待ち合わせをすることにした。
 内容は、住民の婚姻に関してだと伝えた。

「ツクモ様」

 行政区にある。俺の執務室で待っていると、ルートがクリスと一緒に入ってきた。

「デートの最中に悪いな」

 ニヤニヤして、揶揄うと、クリスは目を見開いてから、言葉の意味が理解できたのか、耳まで赤くした。ルートは、憮然とした表情で俺を見てから、ソファーに座る。ルートの横には、クリスが腰を降ろした。

「悪いな。今日は、一人だ。飲み物も摘まむ物も用意していない」

 二人の前に腰を降ろしながら、一人だとアピールしておく、不思議な表情をしているが、俺が言った理由が解ったのだろう。
 人払いをしているのだ。それだけではなく、シロが居れば飲み物くらいは用意するのだが、シロも居ない。

「構いませんよ」

 ルートは、興味なさげに言っているが、重い話になると予測して、警戒を引き上げたようだ。重い話ではないが、あまり周りに聞かせられるような話でもない。

「私が用意しましょうか?」

 クリスが申し出るが、手で制した。俺とルートだけの話だと思ったようだ。
 飲み物が必要になるほど、長い時間が必要な話でもない。二人には、話の概略は伝えていないが、”婚姻”に関する話と伝えている。ルートの判断で、クリスを連れてきたのだろうが、考えてみれば、ルートに相談するよりも、クリスに相談を持ちかける者たちが多い可能性だってある。

「そんなに、長い話でもない。大丈夫だ。クリスにも、聞いて欲しい話だから、丁度よかった」

 俺が、クリスの同席を認めたのが、ルートにも意外だったのか、少しだけ驚いた表情をした。
 これだけでも、十分に面白いのだが、クリスは”自分が同席を希望される”とは、思っていなかったようだ。

「え?」

 クリスは、予想と違う話に動揺して声を出してしまっている。
 二人で、どんな話をしてきたのか確認の必要があるかもしれないが、先に俺の話を聞いてもらう。

「ギュアンとフリーゼの話は聞いたか?」

 いきなりの話だが、どこかほっとした表情で、クリスはルートを見つめる。

「その件がきっかけなのか?」

 ルートも話の筋が見えたのだろう。クリスに目配せをしてから、俺を見た。”その件”という表現を使っているのだから、内容は把握しているのだろう。

 もしかしたら・・・。

「クリス。ギュアンかフリーゼから、お前・・・。違うな。ヨナタンあたりに話がいったのか?」

「はい。ヴィマとイエレラが二人から相談されたと、報告が来ました」

「どうした?」

「問題にはならないとだけ伝えました」

 クリスの中では、終わっている話なのだな。
 ルートは、少しだけ事情が解っているのだろう。相手の事を知っているのかもしれない。少しだけ複雑な表情をしている。

「そうだ。他にも、いるのではないかと思って、ルートに聞きたかった。もしかしたら、クリスにも女性からの相談が来ていないか?」

 二人は、俺の言葉を聞いて、お互いを見てから、ルートが口を開く。

「どこまでの話を考えている?」

「ルート。意味が解らない。”どこまで”とは、何を言っている?」

 何か、認識の違いが発生しているのか?
 クリスを見ると、ルートの話で意味が解っているようだ。不思議な表情はしていない。

「ギュアンとフリーゼの話は?」

「シロから話を聞いた。”相手を、湖の集落に住まわせていいのか解らないから、許可が欲しい”と・・・。違うのか?」

 二人の様子から、大筋は間違っていない。
 根本的に何かが足りないのだろう。シロが隠しているわけではない。それでは何が?

「わかった。シロ様の配慮なのだろう」

「配慮?」

「ツクモ様。身分の違いを考えたことはあるか?」

 身分は考えていない。
 俺も、祀り上げられているが、役割の一つであり、身分でも階級でもない。俺が偉いわけではない。”様”付けも止めさせたい位だ。

「身分?そんな物があるのか?」

 ルートとクリスしか居ないのは都合がよかった。
 本音をぶつけられる。

「はぁ・・・。だろうな」

 ルートがクリスを見てから、息を吐き出す。

「身分制度なんて、百害あって一利なしだろう?」

 身分を自分の力だと勘違いする物が出て来るから、身分制度なんてない方がいいに決まっている。

「何を言っているのか解らないが、身分制度がなければ、どうして生活ができる?」

 あ?

「ルート。本気で言っているのか?」

 クリスが言うのなら解るが、ルートガー。お前が言うのはダメだ。
 代理とはいえ、決定権を有している人間が、身分制度を認めるような考えで居るのはダメだ。自分が”上”だと勘違いし始めると、本人はいいかもしれないが、周りの人間が悪い方に考え始める。自分たちが特別だと考え始める前に、気が付けて良かったのかもしれない。

「殺気を抑えろ。クリスには、刺激が強すぎる」

 殺気?
 あぁ怒りが瞬間的に溢れてしまった。ルートにもクリスにも向けていないから、二人が感じてしまったのだろう。

「すまん。それで、身分制度が必要悪なのは解っているが、あくまで必要な悪であり、なければ、ない方がいい」

「カズト・ツクモなら、そう答えるだろう」

 ルートの考えを聞きたい。
 俺には、身分制度のメリットがわからない。

「あ?」

 今度は、クリスには向けていない。ルートだけに殺気を向けた。

「だから、睨むな。実際に、族長や部族長が居る。これは身分ではないのか?」

「違うな。役割だ、他も、同じだ。行政区での仕事には、階級を作ったが、身分ではない。役割だ」

「言葉の議論をしたいわけではないが、皆がそれを”身分”だと考えてしまってもしょうがないだろう?」

 考えるのは勝手だ。
 だが、長老衆やルートや俺たちは、それが身分だと考えてはダメだ。

 この議論は、別の機会に・・・。別々には出来そうにないけど、まずは、結婚に身分が関係しているのか?嫌な予感しかしない。

「役割と身分の話は、おいておこう。そこに、なぜ結婚の話が繋がる?」

 話が進みない。
 役割と身分は、言葉の違いではない。意識の違いだ。役割には、権利と責任が付与される。身分を認めてしまうと、上下の関係になってしまう。やはり、身分ではない。役割で制度を作るべきだ。

「ギュアンの相手も、フリーゼの相手も、ダンジョン孤児だ」

「はぁ?ダンジョン孤児?なんだ、それは?」

 初めて聞いた言葉だ。
 気持ちが悪くなる。普通に、”孤児”でいいだろう?
 なぜ、”ダンジョン”などと付ける。親を盗賊に殺されたら、盗賊孤児とでも呼ぶのか?

 気分が悪くなる言葉だ。

「言葉通りだ。親がダンジョンへのアタック中に死んだ者だ」

 そんなことは、言葉の意味を考えれば、すぐにわかる。俺が知りたい情報ではない。ルートも解っていて、話をごまかして終わらせようとしている。クリスも、事情が解っているのだろう。黙って俺を見ている。

「ルート。話をごまかすな?なんで、そんな言葉が産まれた?差別する為の言葉としか思えない。それが、結婚を妨げるのか?ふざけるな!」

 立ち上がってしまった。
 気持ちが抑えられない。

 ”いじめ”という気持ち悪い言葉でまとめられた、犯罪行為を思い出してしまう。
 ダンジョン孤児など、差別に繋がる言葉を、自分たちで使うわけがない。使うのは、自分たちが優位になるために使う言葉だ。シロが、言い澱んだ理由もここに繋がるのか?
 身分制度よりも、問題の根っこが深い。
 これなら、身分制度を作ったほうが健全だと思えてしまう。

 江戸時代の士農工商じゃないけど、身分制度を導入すべきか?
 ダメだ。職制で身分を作るのは絶対にダメだ。

 ギュアンとフリーゼの結婚話が、大きな問題を浮彫にしてくれた。

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