高欄に佇む、千載を距てた愛染で

本宮 秋

追慕

第二話

時間は無情。

あの時……

そんな後悔を思い続ける。
離れていると、やはり変わっていく。
情も薄れていく。
あの時 橋で会ってから、もう会う事は無かった。

男は、新しい恋をして新たな自分の人生を歩み始めていた。

女は、思いを引きずり後悔と共に新たな人生を歩めずにいた。

若い頃に、よくありがちな淡い思い出。



ただ女は、淡い思いにしたくない気持ちが強かった。自分を責め、運命を責めた。
そんな後悔と絶望の様な思いの中、足が向いたのは……

思い出の橋。

『あの時の約束は、なんだったの? 』

『こんなに簡単に、変わってしまうの?所詮、高校時代の思い出のひとつ? 』

『もう…… 無理だよね。これが…… オトナになるって事かな…… 』

『私も、思いを捨て…… 恋をして。
          いつか…… 見返して……
   もう一度だけ…… ここで、逢いたかった。
こんなに夕陽が綺麗なのに…… 』

女は一人佇む。

愛、染める…… 愛染橋で。

……

二十代半ばに、男は結婚した。

風の噂で聞いた女は……

女は未だ思いを捨て切れずにいた。
結婚と言う言葉に、もうどうにもならないのだと諦めの気持ちになった。
男との未来に諦めの気持ちになったが…… 過去から思い続けている気持ちは、簡単に捨て切れない。

簡単に捨て切れるなら…… とうに忘れている。矛盾の様な複雑な思いを抱え続けた女だった。

男は、順調に幸せに過ごしていた。

女も三十を過ぎ、半ば強引に自分の人生を変えようとしていた。

同じ会社で働く男性に、好意を持たれ成り行きのまま交際する。
思いは昔のままなのに……

交際して早めに結婚の話が出た。
その男性は、離婚歴があった。
ただ気にする事も無く、流れに任せる様にその男性と結婚した。

あの橋の下を流れる清らかな川の様に、静かに……
心の奥底にある気持ちを閉じ込めたまま。

過去を振りきる為?
既に幸せを築いている男への対抗心?
何も信じられなくなった失望、絶望?

そんな愛など無い結婚。
幸せは、来る訳が無かった。

何とか夫婦の様な関係が、出来たのは最初の一年だけ。
後は、ただ時を過ごすだけの相手だった。勿論、そんな関係故に子供ができる訳でも無く。
夫は、愛がない事を早くから分かっていた。ただ一緒に居れば情も湧き、程よい夫婦関係が出来るものだと。離婚歴があった夫だからこそ、初めから多くを望まなかった。

しかし変わらなかった。
女は、心を打ち明ける訳でも無く。
夫婦と言うよりただの同居人。
流石に夫も徐々に、家に帰らない日々があり女からも次第に距離を置く様になっていった。
その様子を分かっていた女は、区切りをつける覚悟をしていた。

分かってはいたのだが、今のままの自分では何も変わらない。そんな自分に声を掛けてくれた夫にも申し訳ない、夫の為にも自分自身の為にも……

別れと感謝の気持ちを伝えようと決め、
夫と向かい合った。
夫と向かい合うのも、いつ以来だろうと思う程自分は何時も違う方を向いていたんだと……

女が話を切り出す前に、夫が話だした。

勿論…… 別れ話を。

夫には、既に女性が居て…… 女性は妊娠していた。

普通なら浮気、不倫として責められる筈の夫なのに、夫は堂々とした態度で話をした。
女もその態度、行動が理解出来てしまったので何も言えない。言う資格も無い。

ただ女は、辛かった。
夫には申し訳無い気持ちはあったが結果的に新たに女性が出来、子供まで出来た事に……
夫が、これから幸せになるであろうと感じた事が辛かった。

自分は…… 幸せを見つける事も出来そうにないのに。

夫が出て行った部屋で、急に淋しさが襲ってきた。
形だけの夫婦だったのに、いざ居なくなると淋しい。
淋しい気持ちが増せば増す程、昔を思い出していた。

『約束したじゃない。あの橋の上で。
ずっと変わらないって……  言ったじゃない。 なのに    なんで私だけが……
こんなに…… 淋しくて…… ツラいの? 』

夫には見せなかった、涙。

自分の心の奥底に閉じ込めた思いを、涙と共に吐き出した。
声を出し夜が明けるまで、泣き続けた。

夜が明け、朝日が差し込む。

その日の光が、あの時の夕陽の様に感じ呆然とした中、頭の中では古い記憶が駆け巡っていた。
既に、涙も出ない。

楽しかった日々。何もしなくても、ただ
一緒に夕陽を眺めているだけの日々。

もう戻れないあの時。
あの時の気持ちにも、戻れない。

愛の無かった結婚生活。
でも離婚した事で、前に進めた気が。
これをきっかけに自分が変わらなくては……
戻れない事を悔やんで、悲しんでるだけじゃ前には進めない。

本当に過去から抜け出さないと……

女は、あの時の…女子高生の時の様な眼差しで立ち上がろうとしていた。

出尽くした筈の涙が、また頬を伝っていた。
悲しみの涙なのか、決意の涙なのか……


第二話    終


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