天才の天才による天才のための異世界
第三十七話 決着
日も落ち、あたりは暗く、町の人が事件のことで怯え始める時間帯で、ナトリアとリリは夜の町を歩く。
警戒心は解かず、あたりを見渡しながら、いつだれが来ても対応できるようにして。
「やあ、今回の相手はかなり手ごわいぞ~」
暗闇に響き渡る低い声のする方向を見ると、人影がある。
「ヒドロ……」
ナトリアは見えている。暗闇に隠れたクリトンの姿を。今ここで捕まえてやりたいがそうもいかないらしい。路地裏から一人の女が出てきた。町娘の格好をしているが、しっかりと武器を持っている。ジャラジャラと鎌と文銅を鎖でつないでいる鎖鎌だ。
町娘の目はこの前の男のように白く、黒目がどこかに消えている。
「うっぐあ、あっ……うう」
もう喋ることもできない。リリとナトリアはこの人はもう助からないと確信する。認めたくないが、これは末期――ヒドロの力を強く、長く受けた人の状態だった。
「あがうぁ!」
町娘は文銅を振り回し、ナトリアに放つ。そんな攻撃はナトリアにあたるわけがなく、軽くかわしたナトリアは瞬時に町娘のそばに寄り剣を振りかざす。しかし、ナトリアの剣が届く前に町娘の鎌がナトリアを襲う。町娘の身体能力はナトリアに勝るほど強化されていた。
これが、リミッターを外された人間の強さだ。
「どうかな? 今回は能力よりも身体能力を重視してみたんだけど、結構有効だったようだね。これだと彼女の能力を見る前に終わるかもしれないな~」
ヒドロは挑発気味に言う。彼は予想だにしなかっただろう。自分が追い詰められていることに。
「今よ!!」
リリがそう叫ぶと、あたりからヒドロに向かって何かが飛んでくる。その物体はある程度上空に近づくと、一斉に光りだした。急激な明るさの変化にヒドロは目を覆い隠す。そして、あたりからざわめきが起こった。
「そんな……」
「なんで……だよ……」
そんなセリフがあたりから聞こえてくる。まぁ無理もない。信用し、信頼していた人がギルドの敵だったのだから。
「一体……何が!?」
ヒドロ――クリトンは視力を戻すと困惑する。物陰からギルドのメンバーが続々と顔を出す。
クリトンは目の前の光景に思考がまとまらない。
「な、何故奴らがここに!?」
これはリリだったからこそ、成し得た作戦。
ギルドのメンバーも周りを見るなり驚いている。
彼らは自分とリリとナトリアの三人で行う作戦と思っていたからだ。
リリはこの作戦のために一人一人声をかけていた。
この時間この場所でこのルートを通って来てほしいと。
だが、その前にリリは必ず質問していた。
――あなたはヒドロの正体を知っているの? と
「馬鹿な!? そんなのまともに答えるはずがない! お前は俺の仲間が裏切ったというのか!」
「いいや。あんたの仲間はちゃんと知らないって言ってたよ」
「なら何故!?」
「言ってなかったけど、私、神通力使えるんだよね」
「何!?」
嘘を見抜く神通力――これがこの作戦を成し得た大きな理由。
リリの考えた作戦の大きな問題は、クリトンに情報がいくことだ。クリトンに仲間がいる場合、それがギルドのメンバーではないとは限らない。だから、最初に聞く必要があるのだ。仲間ならそこで話を終え、違うなら続ける。ただそれだけの事。
「しかし、これだけの人数がいては少しは私の耳に情報が入るはず」
「みんなもここにいるってことは私しか知らないのよ」
リリは作戦内容をあくまで三人で行うものとして話した。
この場所にヒドロが来た場合、閃光結晶を投げてほしいと。あくまで他言無用。今の話はいったん記憶から消し、時間になったら思い出すように、誰がヒドロの仲間か分からないと念を押して。
だから彼らは誰にも言わなかった。お互いを疑わせることにより、彼らの口を堅くした。クリトンに相談しようにもどこでだれが聞いてるか分からない。ましてやクリトンほどにもなればその仲間が監視をしていないわけがない。そう思い込んで――
「それでは一人くらいすれ違うはずだ! だが、誰一人気配を感じなかった!」
「そりゃそうよ。私もこの作戦に加えるメンバーくらいは選ぶわ」
リリは気配を消せるほどの実力者を選んだ。そして、作戦場所の月明かりの加減から最も光が当たりにくいところを予想して、そこに人が来ないように場所を指定する。時間を変え、移動ルートを変え、それぞれが鉢合わせしないように調整して。
「ちなみに、あんたの仲間の爺さんは、もう捕らえてあるから」
「フフ……フハハハハハハハ、は~あ……君は私を怒らせてしまったね」
「この状況でどうしようと――」
途端、リリの体は縛られたように固まる。
「リリ!」
ナトリアは町娘を行動不能にし、リリの元に駆け寄る。
「大丈夫?」
「ええ大丈夫よ」
「ならよかっ――ぐっ!?」
ナトリアの腹に拳が入る。その拳から伸びる腕はリリの体から伸びている。
「リリ……」
「ほらナトリア、早くヒドロ様に敵対するものを排除しないと……」
リリの目は何かに囚われたように虚ろだ。
「ヒドロォォーー!!」
ナトリアはヒドロの名前を恨みを込めて放つ。精神汚染を使われたのだ。よりによってリリに。
腹に決められた攻撃の強さからして、身体能力は上がっている。
「ほーらーはーやーくー」
リリは急かすようにナトリアに襲い掛かる。ナトリアは攻撃できない。ただ避けの一手であしらう。
「どうだ! 反撃できないだろ! そりゃそうだ。さっきまで一緒に行動してた友なんだからな」
「この、くそったれぇー!」
「良くも俺たちをー!」
背後から襲い掛かる二人をヒドロは軽くあしらい、反撃する。二人は数十メートルほど吹き飛び、建物にたたきつけられて意識を失った。
「君たちごときが私に傷一つつけられるわけがないだろう」
ヒドロは冷徹な声で呟く。ヒドロの戦闘能力は彼らをはるかに上回る。ヒドロの武器は神通力だけではないのだ。
周りで待機していたギルドメンバーはやられた二人を見て、後ずさる。ただ一人を除いては――
「クリトンッ!」
タガーを振りかざす彼女は涙目で話す。
「なんで、よりによってあんたなんだよ!」
「セノ……君が目立ってくれてた御かげでとても動きやすかったよ。ほんとに――」
ヒドロはセノの思い出をすべて壊すように冷徹な目で言った。
「君ほど利用しやすい奴はいなかったよ」
「あああああ!」
セノは涙をこぼし、声を枯らせ、憎しみに身を任せて攻撃する。しかし、その刃はヒドロには届かない。
「ぐはっ!?」
セノは左わき腹を貫かれる。ヒドロの右手は赤く染まり、左手でセノの首を掴むと、ゆっくりと右手を抜く。
「ど……うし……て……」
「それは、君に言っても意味はない」
ヒドロはセノの心からの問いに、一切答えることもなく、セノを地面に投げつけた。
「……さぁ、あっちはどうなったかな?」
ヒドロはナトリアの方に目を向ける。
ナトリアは襲ってくるリリに手が出せないでいる。
「リリ、気をしっかり、持って!」
「何言ってるのー私は正気だよー」
全然そうは見えない。リリの目は明らかに光を失っている。
ナトリアは考えた。状態から見てヒドロの力に掛かったのはつい先ほど。今ならまだ助かる。発動条件は考えるだけ無駄だ。クリトンとはキスガスに来てからほとんど行動を共にしている。いつでもリリに仕掛けられる。
なら、どうやって動きを止めるか。四肢をへし折れば動きは止まる。が、それは最終手段だ。なら、今のベストはこれしかない。
「リリ、ごめん!」
ナトリアは剣の柄頭をリリの腹に叩き込む。リリはそのまま前のめりに倒れた。
「ほぅ、気絶させたか。確かに痛みを感じなくなるほど、まだ精神は乗っ取りきってないからな」
感心するヒドロの前からナトリアは姿を消した。
周りの目にはそう見えている。しかし、ヒドロはかすかにナトリアを捉えている。
「はぁあ!」
ナトリアは二本の剣を横に一閃する。ヒドロの腹に食い込んだ。しかし、切られることなくヒドロは吹き飛ぶ。
「……」
ナトリアは驚いた。斬った感触から筋肉の弾力も、骨の繊維も感じなかった。
幾多の戦いを得て、白月と赤陽はかなり進化している。それでも、ヒドロの体を斬った時、まるで大岩にに剣を叩きつけているような鈍い振動と重い衝撃を感じた。
「イテテ……結構効くね。切断までは至らないか……」
ヒドロは腹を押さえながら立ち上がる。服は切れているが、腹自体は傷一つついていない。
「どういうこと? まさか、あれも、ヒドロの力」
ヒドロの仲間には他人に神通力を与える力を持つ者がいる。仮に、ヒドロ自身も別の神通力を得ていても不思議ではない。
「今度はこっちから行くよ!」
ヒドロはナトリアに鋼の肉体を持って襲い掛かる。ナトリアの攻撃は打撃としては有効だが、決定打に欠ける。対するヒドロの攻撃はまともに受ければ確実に骨がいく。
警戒すべきはそれだけではない。ヒドロには精神汚染がある。ナトリアがかかっても適応進化で自力に脱出できるが、操られている間にこの場にいる人を一人残らずミンチにすることは可能だ。それだけは阻止しなければならない。
「おい、俺たちも加勢した方が……」
「はぁ!? お前は死ぬ気か? 俺たちに出来る事なんて……」
「でも、あいつは俺たちの敵のはずだ。ナトリアに任せっきりていうのも……」
周りはヒドロに一矢報いようと武器を構える。しかし、ナトリアとヒドロの凄まじい戦いにどう入ればいいか分からない。これが最強クラスの戦い――今までの経験からそう言わざるを得ない状況に陥っている。
「ぐああ!」
「どわぁ!?」
様子を伺っている彼らの元に何かが飛んできた。あたりか煙に覆われて何が飛んできたかよくわからない。しかし、風で煙が消えていき、目を凝らしていると、そこには血だらけになっているヒドロがいた。
「おいおい、どうなってんだ?」
周りで呆然と立っているギルドメンバーたちは、ゆっくりとナトリアの方に目をやる。
「「「「「…………」」」」」
言葉を失った。ナトリアの目は狩りを行う獣のように、漂う雰囲気は人を人とは見ない鬼のように、ゆっくりと屋根の上を踏みしめながら歩いている。
正直、周りの連中は足がすくんでいる。最初にギルドで出会ったナトリアとは明らかに違うからだ。
ナトリアは、切れないと分かりながらも斬り続けた。打撃として地道に、確実にダメージを与え続けた。 身体能力は戦闘が長引く度に強化されていき、ヒドロはナトリアの速さに追いつけなくなっていた。鋼の肉体も攻撃を受け続ければいつかは壊れる。これが、ナトリアが導き出したヒドロの攻略法。精神汚染などさせる暇もない攻撃の応酬がヒドロの認識をはるかに超え、体中から走る激痛と、減っていく血がヒドロを襲う。
リリに危害を加えた――これが、ナトリアの戦いの本能を引き出した原因でもあり、ヒドロの敗因でもあった。
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