天才の天才による天才のための異世界

白兎

第二十三話  月下の笑顔



 和也が消えた。それも徐々にではなく、一瞬にしてそこに居た全員の視界から彼の体、声、身につけていたもの全てが消え去った。


「……かず……や?」


 ニクスは、少なからず恐怖を受けた。無理もない。人がいきなり死体が残るわけでもなく、消え去ったのだから。
 だが、ナトリアは臆することなく突っ込んだ。和也が、体を張って、手持ちの武器を失くしたのだから、このチャンスを逃すわけにはいかない。実際紙をちぎるよりも書く方が断然遅く、カストナーはナトリアを防ぐ手段がない。だがそれは、手帳を使うとすればの話だ。


 カストナーはナトリアの剣撃をよけ、反撃を繰り出した。ややふくよかな体でどうやってそんなに機敏に動けるんだろうか。
 これが、カストナーの奥の手――特定の人物の身体能力を奪う神通力。奪った対象はホルスゲインだ。ホルスゲインはその場に倒れている。
 ナトリアは驚きはしたが、やることは変わらない。いくらカストナーがホルスゲインの身体能力を手に入れたとしてもホルスゲインには勝らない。なぜなら、ホルスゲインの強さは身体能力や高速治癒能力だけではない。幾度となく戦場を生き抜き培った実戦経験が最大の武器でもある。対して、カストナーにそんな経験などない。カストナーは戦いに関しては和也よりも素人だ。そんな彼がホルスゲインの身体能力を得たとしてもナトリアにかなうわけがない。しかし、ナトリアの攻撃を凌ぐことはできる。だから奴は手帳を離さない。ナトリアの名前を書けば勝負は決まるからだ。ナトリアも相手にそんな余裕は与えない。手帳に書かれる前に勝負を決めるつもりだ。実力派ともかく、戦力は五分。しかし、この場にいるのはナトリアだけではない。


「今です! 行きますよ二クスさん!」


「あっ、ああ!」


 フランと二クスも戦いに参加した。ナトリアで五分ならナトリアほどでなくとも騎士団の一員が二人加わるだけで状況が大きく変わる。カストナーは三人による集中攻撃に対処が追い付かない。手帳を手にしているため、手数も足りない。圧倒的に不利だ。
 それでも、カストナーに勝機はある。二人加わったことによりナトリアの連撃が弱くなった。フランと二クスが攻撃しているときは、少しだが余裕ができる。そこを突けば一度だけ手帳に記入することは可能だ。
 ナトリアの名前を書けば、フランと二クスにやられる。二人を消そうにも名前を知らず、知ってたとしても現状で最大の脅威はナトリアだ。三人の誰かを消すなら、ナトリアが最初でなくてはならない。だが、それでもやられる。カストナーが勝つには三人同時に消さなければならない。なら、カストナーはこう書くしかないのだ。


 ――人間


 ホルスゲイン含め、ナトリア、フラン、二クスの姿が消えた。この瞬間、カストナーは勝利を確信した。三人による猛襲に気付いてなかったのだ。いや、もしかしたら知らなかったのかもしれない。手帳に書いたものはもう一度書くことで元に戻るということを――


 カストナーの目の前には今にも剣を構えている和也が現れた。カストナーは何が起こったのか分かっていないような顔をする。だが、和也は今いちいち説明をしてやれるほど、お人よしでもなければ余裕もない。カストナーが現状を理解する前に、手帳を切り裂いた。そして、先ほど消された三人が姿を現す。カストナーは次々と起こることに理解が追い付いてない。今、カストナーの周りには剣を持った四人が迫っている。そのうち三人は揺動に過ぎない。カストナーの息の根を止めるべき人物はただ一人――


「デービーの……その家族の分!!」


 ナトリアの剣はカストナーの右肩から左脇腹を切り裂いた。カストナーは即死だった。何が起きたのかも理解できないまま死んでいった。ピクリとも動かなくなった表情は唖然とした表情で固まっていた。


「終わり……ましたね、ナトリアさん」


「とりあえず、説明してもらおうか」


 フランの言われるまま突撃した二クスもまた、カストナーと同じように状況が理解できていない。
 和也は作戦の内容を二クスに説明する。和也は分析の力で、カストナーの能力、手帳の効果を知った。図書館で読んだ本には、書いたものの存在を消すと書かれていたが、それは違った。正しくは書いたものを別空間でストックする効果だった。だから、カストナーは和也との戦闘でスムーズにページを千切っていた。もし、存在が消せるなら、いちいちページを探す工程が出る。戦闘に入る前に全ページを把握していたなら話は別だが、彼にそんな労力を使うわけはなく、把握していたとしてもあの状況で冷静に判断できることは実戦経験のないカストナーには無理だ。
 この時点で和也たちが何とかしないといけないのは三つ。ホルスゲイン、手帳、カストナーの能力。この三つを同時に対処する作戦がこれだった。まず、和也が手帳の武器を完全になくす。ナトリアが攻撃に切り出せるようにしたいのもあるが、手帳に人間と書かせる必要があったからだ。そして、和也が別空間に行った後、ナトリアが攻撃を仕掛けると信じていた。戦闘においてナトリアは馬鹿ではない。チャンスを作れば仕掛けると。
 そして、カストナーはホルスゲインの身体能力を奪った。これでホルスゲインの脅威は消えた。
 次に戦闘経験を踏まえたら、カストナーとナトリアは均衡する。そこに、フランと二クスが加わることで、カストナーに焦りが生まれ、まともに思考を巡らせることができない。故に、勝つための手段である、三人同時消しを簡単に行った。それをすれば、和也が出てくることはその時の彼には思いもよらなかった。そして、勝利を確信したカストナーは完全に油断し、和也は簡単に手帳を切り裂き破壊した。これで、手帳の脅威も去った。
 それにより、出てきたナトリアがカストナーが考えをまとめられない内にとどめを刺す。これで、三つの脅威は完全に消えた。


「と、いうわけ」


「だが、フランはなぜその作戦を知っていたんだ?」


「あの状況で悠々と作戦を話す時間はなかったからな。フランの能力に頼ったんだ」


「僕の能力は相手の望みが分かること。和也さんが本気で望めば作戦の詳細は分からなくても、自分のやるべきことはわかるんです」


 フランは自慢げに話した。


「それよりも……」


 一通り説明を終えた和也は倒れているホルスゲインの元に向かい、質問する。


「あんた……今はどっちだ?」


「僕は……デービーだ」


「……デービー!!」


 その名を聞いた途端ナトリアはホルスゲイン――デービーの元に行き、体を抱き上げた。
 カストナーに身体能力をほとんど奪われているため、立つこともできないのだ。
 和也は二人にしてあげたい思いを抱いたが、胸の奥にある疑問を聞かずにはいられなかった。


「一つ聞きたい。あんた……カストナーの組織にいたのか?」


 ナトリアたちは和也の疑問に驚く。だが、デービーの返答にさらに驚いた。


「よく……わかったね」


「ホルスゲインの中にあんたがいると分かって、気になることがあったんだ。なぜ、すぐにカストナーを殺さなかったんだってな。だが、あんたがカストナーの能力を知っていたなら、確実に殺せるタイミングを狙ってたんだ。まぁ、ホルスゲイン精神が思いの他強かったせいで、そのタイミングも逃した。あんたが、組織の人間なら、家族が手帳のことを知ってしまったという状況もあり得る。家族の死がカストナーの仕業というのは薄々感づいていた。だから、大した証拠もない証言を信じた」


「そう……家族が死んでしまったのは僕の罪だ。僕がケリをつけなければならなかった。だけど、ナトリア……君を巻き込んでしまった。すまないね」


「別に……構わない……」


 デービーの頬が濡れている。ナトリアの目からあふれる涙が落ちているのだ。最愛の人との再会。外見は違っても中身は本人だ。ナトリアの目にはしっかりとデービーが映っているのだろう。
 だが、この時間は長くは続かない。


「ナトリア……」


「……わかってる」


 カストナーに身体能力を奪われた影響が徐々に出てきている。もうすぐ、心臓を動かす筋力もなくなる。
 ナトリアはそれが分かっていた。いや、察したという方が正しい。


「そうか……」


 和也は二人きりの時間を作ってあげようと、その場を離れた。もちろん、フランたちも連れていった。






 ********************






「それでは! お疲れ様でしたー!」


 カストナー邸から帰還し、一日が経過した。
 カストナーの組織は帰還したあと、第七騎士団に報告し後を任せた。
 ナトリア、フラン、二クス、リリは和也の家に集まり、パーティーを開いている。
 皆が騒いでいる中、まともに楽しめないものが一人いた。


「それにしてもカズヤさん、こんな時に動けないとは災難ですね」


「それ分かってて家でやる? 見せつけてるの?」


 和也は全身筋肉痛に襲われ、あまり、激しく動くことができない。
 それ以外は、満足そうだ。ナトリアもリリの料理をおいしそうに食べている。
 和也はこの光景を見れてとてもいい気分になった。


「こんなのも、たまにはいいな……」


「どうしたんですカズヤさん?」


「いや、なんでも。そんなことよりフラン、なんか面白い話とかないのか?」


「いきなりですね。いいでしょう!これは僕が情報屋として新米だったころの話なんですけど……」


 このパーティーは夜遅くまで続いた――






 一通り騒いだ後、疲れ切ったのか全員和也の家で眠っている。
 あたりは暗いが、その分月が輝いていた。
 和也は体の痛みのせいで、目が覚めてしまった。
 体をゆっくり起こすと、ナトリアが、窓の外に輝く月を眺めていた。


「あのあと、何を話したんだ?」


 和也はデービーと二人きりで何を話していたのかが気になった。ナトリアはゆっくりと和也の方を向いた後、再び視点を窓の外に戻し、


「特に、何も」


 ナトリアはとても清々しい顔をしている。二人の間に言葉は必要ないようだ。
 そして、帰還してからナトリアは前よりスムーズに話せるようになっていた。まだ言葉数は少ないが。


「カズヤ……」


 ナトリアは体ごと和也の方に向け、


「本当に、ありがとう!」


 この時、普段無表情なナトリアが満面の笑みを浮かべた。
 月明かりに照らされた彼女の笑顔は、和也の記憶に深く、強く刻まれたのだった――





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