天才の天才による天才のための異世界

白兎

第十四話  覚悟と意思と希望

 
 和也の目の前で二人の男が剣を交えていた。


「はぁあ!!」


「やっ!!」


 二クスは持ち前の力で、エレクはその長身からなるリーチを生かして戦っている。
 実力は互角。だが、明らかにエレクが有利だった。
 それもそのはず、エレクは殺しに、二クスは倒しに掛かっている。この差は実力差が近ければ近いほど大きなものとなる。
 今はお互いに無傷だが、それも長くは続かないだろう。


「くっ!」


 ついに均衡が崩れ始めた。二クスは膝をつき、剣を受け止めるが、エレクは上から剣を押し込む。


 ――くそっ! 加勢すべきか? でも、俺はこの剣を使いこなせていない。下手に手を出してエレクを殺してしまっては二クスが覚悟を決めた意味がない


「どうした二クス? 俺を殺す気で来ないと、お前が死ぬぞ」


「俺はお前を殺さない。俺はお前を連れ戻す!!」


「何を甘ったれたことを!!」


「くあぁぁ!」


 エレクは二クスを蹴り飛ばした。あの二クスを蹴り飛ばすほどの力をエレクは持っていた。


 ――まずいな。俺もできる範囲で加勢するか


 和也はエレクに語り掛けた。


「なぁエレク。お前が難民を恨んでいるのはわかった。で、お前の妹さんを殺した奴は結局どうしたんだ?」


「殺したさ……一人残らずな……」


「なら、もう終わりでいいじゃんか。同じ難民でも、誰もがそんなことをするわけじゃない」


「そんなのは知っている。カノンが死んだと聞いて、涙を流してくれる奴もいた……けど、難民がカノンを殺した事実は変わらない! キスガスの兵士を一人でも多く切ることが、俺がカノンを守ることができなかった罪を償う方法だ。もちろんルカリアのにいる難民もな」


 エレクの考えを聞いた和也は呆れ顔で返す。


「はぁ~。なんでそうなんだよ。確かにキスガスの難民が、妹さんを殺した事実は変わらない。けど、仇を討つことが本当に妹さんへの罪滅ぼしになるのか?」


「どういうことだ?」


「お前の妹は難民をルカリアの人たちが受け入れ、共存して行く未来が来るのを願ってたんじゃないか?」


「そうかもしれない……けれど、そんな未来来るはずがない!!」


「来るさ。現に不殺の帝王とか呼ばれてた奴がいるのは知ってるだろ。お前の妹はそいつを目指してたんじゃないか?」


「っ!?」


 ――心が動いた……あと、少し……


「なら、お前は妹の願いを叶える必要があるんじゃないのか?自分を攫った奴でも救おうとしたんだ……今度は兄貴が自分の夢をつないでくれると信じていると思うぜ」


「俺は……」


 ――エレクの動きが止まった。ここまでくればあとは二クスでも――


「っ!?」 


 そのとき、エレクの胸部から大量の血が噴き出した。


「エレク!?」


 二クスがエレクの元に駆け寄る。エレクは心臓を貫かれ喋ることもままならない。
 和也は何が起こったが理解できなかったが、この場にいたもう一人の男を見て、すべてを察した。


「魔導士!?」


 エレクと話していたドルド兵は魔導士だった。彼の手から魔法陣が浮かび上がり、それは、エレクを定めていた。


「なるほど……追い詰められてるのに随分余裕だと思ったら、あんた魔導士だったんだな。そりゃこんなガキが何人集まろうと焦らない訳だ」


「エレク……お前はもう少し狡猾な男だと思っていたよ。この状況で敵に心を乱されるとは……」


「貴様ぁぁ!!」


 二クスはドルド兵に切りかかる。しかし、魔導士の彼は近づけることすら許さなかった。


「なっ!?」


「あぶね!?」


 ドルド兵の手から浮かび上がった魔法陣から何かが飛んできた。
 和也と二クスは木に隠れ、攻撃を避ける。


 ――これが魔導士――おっかねぇなおい。分析したくても見ることすらできねぇ


「ふん、木に隠れたのは良い判断だ。かわして近づくのは不可能。だが、隠れるのも無駄だ!」


「なにっ!?」


 とたん、和也の頭の上を何かが通り抜けた。振り向くとちょうど和也の木の高さが和也の座高と変わらないくらいにまで縮んでいた。いや、切断されたという方が正しい。


 ――これはやばいな。ん?これは……切断面が濡れてる


「くそっ! これじゃ近づけん!」


「フハハハハ! どうした? 隠れるだけじゃ勝てないぞ」


 木に隠れ攻撃をかわす和也と二クス。すると、二クスが和也に話しかけた。


「カズヤ、どうする?」


「……」


「どうした?」


「……あっいや、初めて名前を呼ばれたなって」


「何をこんな時に言っている。で、なんか策はあるか?」


 和也はフッと笑い、二クスに答える。


「おそらく、奴の魔法は水属性だ。水を高速で飛ばすことで木を切断している。切断面とお前の方は切られてないことから、攻撃範囲はこの距離が限界、幅もそれほど広くないと見た」


「なら、片方がおとりになれば、奴に近づけるのか?」


「多分な……でも、かなりの賭けだ」


 水による切断加工は二種類ある。通常のウォータージェットとアブレシブジェットだ。金属を切断するのは後者になる。水に研磨材を加え金属切断を可能にしている。もし、魔導士の魔法がアブレシブジェットと同じ性能なら、剣で防ぐのは難しい。


「そもそも、奴が使っているのは魔法。そんな理屈が通るかもわからねぇしな」


「……で、どうするんだ?」


 ――クラネデア……伝説の力を俺に見せてくれよ……


 和也は深呼吸して覚悟を決めた。


「……よし、二クスあとは任せた」


「何を?」


「魔道士さん、ちょっといいか?」


 和也は隠れるのをやめ、魔導士の前に現れた。両手を上げ、剣も持っていない。


「諦めたか。それもよし」


「おいおい、勘違いすんなよ。別に諦めたわけじゃない。隠れる必要がないだけだ」


「どういうことだ?」


 ――分析スキャン


「俺にはお前の魔法は効かない……だから出てきた」


「正気か?貴様も見たはずだ。我が魔法で木を切断したのを……」


「なら、試してみるか? しっかり狙えよ。外したらお前の負けだ。ほら、ここだよ、ここ」


 和也は、親指を胸の心臓部分に当て、挑発する。


「そんなに死にたいか。なら、望みどおりにしてやる!」


「っくあ!!」


 魔導士の手から水の弾丸が放たれ、和也の胸部に被弾。和也は後方に吹き飛んだ。 
 和也はそのまま起き上がらない。
 魔導士は笑みを浮かべた。しかし、その表情は一瞬で変わった。


「ここまでくれば!!」


「なに!?」


 二クスが木の陰から、魔導士に切りかかる。完全に油断していた魔導士は魔法を発動する暇なく――


「おらぁ!」


「うぁああ!!」


 二クスの剣が魔導士を一刀両断――魔導士は倒れ、血が広がっている。


「はぁ……はぁ……っ! カズヤ!」


 二クスは和也の元に駆け寄る。和也は口から血を出している。しかし――


「いててて……」


「おい!無事か!」


「無事に見える?心臓が圧迫されて今にも気を失いそう……」


「どういうことだ?心臓を打たれたはずじゃ……」


「あぁ、これだよ」


 和也は、服の中から鞘を取り出した。


「この鞘の高度はダイヤをも超えている。奴を分析したところ効果は普通のウォータージェットだったから、これで防げると踏んだ」


 ――違ってたら逃げてたしな……


「それでも、その鞘の幅は三センチほどしかない。かなりの賭けだ」


「それなら、大丈夫だ」


 和也は倒れているエレクに目を向ける。


「エレクは正確に心臓を打たれている。加えて、魔法に対する絶対的な自信。挑発すれば、正確に心臓を狙ってくると読めた。それより……」


 和也はエレクを見つめる。二クスは曇った表情で――


「もう……エレクは……」 


「……そうか」


 ニクスはエレクを抱え上げ、和也と騎士団の元へ向かった。


 和也たちが戻る頃には、フランのお陰で、すでに援軍が到着しており、場はルカリアが勝利を収めた。
 けれど、それでも死者はそれなりに出ていた。涙を堪える者もいれば、死体を抱き、泣き崩れている者もいる。
 勝利を収めたとしても、和也には後味の悪いものしか残らなかった。






 ――それから一日


「……ん? なんだ。和也か」


 ニクスが墓に黙祷を捧げていると、和也がやって来た。


「それは……エレクの墓か?」


「あぁ、妹さんが埋葬されてる所を聞いて、一緒に埋めてやった。」


 親友の死。本当なら泣いていいはずなのに、ニクスは涙を必死にこらえ、笑みを浮かべていた。
 そんなニクスを見て和也は表情を曇らせる。


「悪かったな……」


「なぜ謝っている? カズヤのお陰で、エレクの仇を討つことができた。むしろ感謝している」


「お前を信じて任せておけば、エレクは死ななかったんじゃないかって……それに、エレクが裏切った理由は俺が騎士団に――」


「それ以上言うな」


 二クスは和也の言葉を遮った。いつもなら、和也を睨みつけ、挙句の果てに殴っている所だろう。だが、二クスはエレクの墓から目を離すことなく、


「エレクが裏切ったのは、俺がエレクを裏切ったからだ。お前が入る余地は一切ない」


「裏切った?」


「難民への補助金は主に貴族から支払われていることは知っているか?」


「まぁ」


「俺は貴族の生まれでな、それほど大きい家ではなかったが、それでも平民の人よりは金があった。しかし、親父がとある事業に失敗して俺の家は、ほとんど平民と変わらなかった。だが、親父は家を建て直すことをあきらめず、貴族であり続けた。だから、補助金も今まで通り払ってきた。食事は質素になり、欲しいものも買えなくなった。そんなとき、元気に遊んでいる難民の子供を見かけたんだ。俺は、思ったんだ。なんで、俺が我慢しているのにあいつらは楽しそうにしているんだ、とな。もちろん、他国の者が逃げてきても、ここではなかなか仕事がもらえず苦労しているのも知ってる。けど、俺はそんなこと、考えもせずに嫌ってきた」


 曇った表情で話す二クス。だが、今度は、柔らかい表情に変わり、


「でも、そんなときエレクと出会ったんだ。あいつは俺が難民に暴力を振るっているのを知って、俺も難民に恨みがあると思ったんだろう。打ち解けるのは、時間がかからなかった。俺が友と呼んでいたやつらは、家が貧乏になった瞬間に離れていった。けど、エレクは違った。悪い部分を知って、家柄とか関係なく俺とともになってくれた。たとえそれが嘘だったとしても、俺があいつと過ごした時間は俺の宝物だ。
 俺が、あいつの過去を知っていれば、事前に止めることもできた! けど、俺はこの時間を壊したくなくて、あいつの過去には触れなかった!あいつが家族を見つめるとき、悲しそうな眼をしていたのは知ったいた!けど、俺には勇気がなかった。だから……」


 高ぶった感情を抑え、二クスは和也にまっすぐな目を向けた。


「俺が、エレクの後を継ぐ! 難民でも、このルカリアで幸せに暮らせるように、俺が変えて見せる!」


 エレクの目標を聞いた和也は、笑顔で右手を差し出し、


「じゃあ、俺も手伝うぜ。まずは、俺とお前で証明しよう。生まれなど関係なく、人は分かり合えると!」


「ああ!」


 二クスは和也の手をしっかり握りしめた。
 和也は右手から、二クスの覚悟と、エレクの意思と、エレクの妹――カノンが持っていた希望を感じた――





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