虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
81・異様な存在
邪蛇鬼の牙が、優希の腕をコートうの上から食らいつく。
痛みを感じない優希にとって、今、この状況は問題ではない。
邪蛇鬼の牙から破壊性のある毒のマナが流し込まれ、魄脈を通って優希の魄籠を侵食する。
【神の諜報眼】では、その最悪の事態に到達する時間は読み取れなかったが、少なくとも長くはないだろう。
優希は噛み付いた邪蛇鬼を引きちぎって地面に投げ捨てると、グランドールをその赤眼で睥睨した。
「おかしい……」
グランドールの天恵は【魔獣一槌】。破壊したものを魔物に変える能力。
“壊れたもの”ではなく“破壊したもの”ということは、あくまでグランドールが破壊したものに限るはず。
グランドールの厚底靴を破壊したのは優希だ。
グランドールの【強撃】による踏みつけ攻撃に対して、優希は【米利堅 破】で応戦。その結果グランドールの靴底が砕かれた。
なら優希がグランドールの靴を破壊したということになる。
それでも破壊された靴から邪蛇鬼が現れたことから、
――“破壊したもの”とは、誰が破壊したかではなく。使用者に破壊する意思があるかどうか。
グランドールの【強撃】による踏みつけは、優希を攻撃する為ではなく、優希に靴を破壊させるための攻撃。その意思があれば、グランドールが“破壊したもの”になる。
それに拳から伝わった感覚。こういう時の為に靴底に木板でも仕込んでいたのだろう。
“破壊したもの”はグランドールが破壊する意思があるかどうか。現れる魔物に変化が無いことから、出せる魔物も限られている。
「こんな感じか……大体読めてきたな」
袖を捲り上げて邪蛇鬼に噛まれた傷跡を確認する。
複数の邪蛇鬼に噛まれた為、斑点のように傷跡が残り、そこから血が流れている。
痛みを感じない優希は、血が腕を伝って地に落ちる感覚のみ脳に伝わる。
その様子を見てグランドールは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「フッ、落ち着いているようだが、もうすぐお前の魄籠を邪蛇鬼の毒が巡って破壊される。恩恵者にとって魄籠は心臓。この意味が分かるよな」
今も刻々と毒が巡り、優希の魄籠に目掛けて魄脈を伝っているのだろう。
一番手っ取り早いのが、自ら命を絶つ、もしくは毒を放置して一度絶命し、〖再起動〗で復活する。
最後に更新した肉体の〖予備情報〗を〖読込〗して上書きする為、邪蛇鬼の毒は身体に存在していないことになる。
だがその場合、十秒間は権能を使用できず、荷台の中にいる皐月に素顔を晒してしまう可能性がある。
それに〖再起動〗は自動で行使され、死と同時に発動する。
もし〖再起動〗までの時間があまりにも短く、現在発動中の【対武】の効果が切れていなければ、違和感を覚えたグランドールは確実に優希にもう一撃を加えるだろう。
そうなれば、権能の使えない優希は〖再起動〗を使えず、今度こそ確実に死んでしまう。
そこで優希は権能で試してみたい能力があった。
肉体を〖走査〗――身体に異物確認――〖解析〗――完了。
免疫体作成――肉体に〖機能追加〗――〖機能向上〗完了。
「…………成功か」
もう毒が巡って倒れてもおかしくない時間だ。
だが、未だに優希は不敵な笑みを浮かべて平然と立っている。
「毒が効いてない……のか。そういう天恵か」
グランドールの反応から、今まで邪蛇鬼の攻撃で死ななかった奴はいなかったのだろう。
毒の耐性など魔導士の恵術を使わない限り持っている人は少ない。
グランドールは優希が武闘家だと思っている。権能の力で免疫体を作成し、邪蛇鬼の毒の耐性を持ったことには気づかないし、【神の諜報眼】の能力がバレることはそうそうない。
結果、グランドールの中に生まれた仮説は、毒を無効化する、もしくはそれに類似した内容の天恵を優希が使えるということだ。
グランドールにそう思わせたことは少なからず意味がある。
邪蛇鬼以外に毒を持つ魔物を生みだされれば、その度に〖機能向上〗を使うことになる。
優希の権能は無限に使えるものではない。
〖機能向上〗は自動的に肉体情報を更新され、使いすぎれば能力を向上するために必要なメモリが一杯になり、いざという時に〖機能向上〗が使えなくなる。
優希に毒が効かないとなれば、グランドールは純粋な攻撃型の魔物を生み出すことになる。
そうなれば優希にも対処は容易だ。
「んならこれならどうよッ!」
そう言ってグランドールは雄叫びと共に優希に襲い掛かる。
大槌を抱えて突撃する姿は、威圧感はあるが今までのような警戒心を抱くような姿ではなくて。
「――――ッ」
優希も一直線にグランドールに突っ込んだ。
速度は優希の方が上。大槌を躱し確実な一撃を叩き込む。
回避を〖行動命令〗に任せて、優希はカウンターに集中する。
だが、その集中力を全て阻害した感覚が足にあった。
足が突然止まり、勢い余って上半身だけ前のめりになりながら優希は足元を確認。
硬質な手が地面から伸びて優希の足首を掴んでいた。
足首の感覚は圧迫感。痛みを感じる身体なら今頃骨を砕かれるような感覚に断末魔を響かせていただろう。
手しか見えない為【神の諜報眼】で魔物の正体を特定することは出来ないが、モグラのような魔物であることは予想がつく。
魔物を生み出す天恵に気を取られ、グランドール自身が最初から使役している魔物に対する警戒を解いた優希のミス。
グランドールとの距離は近い。
最大限の【強撃】を鉄槌に纏って迫り横薙ぎの構え。
足は微動だにしない。このままでは優希の身体が鉄槌の一閃によって引きちぎられるだろう。
優希が【堅護】で守りに入っても、足が固定されている今、衝撃を全て受けることになり、身体が耐えられるとは思えない。
先に足を掴んでいるモグラ型の魔物を倒して回避する方法もあるが、見た目からして硬質的な手は、優希の銀剣を弾くイメージを引き立て、一撃で仕留められなければ優希はやられるという事実に逡巡してしまう。
下半身を固定され、優希の攻撃は踏ん張りが効かず攻撃力は小さい。
そんな状態でこのモグラ型魔物を倒せるとは思えず、カウンターも本来より鋭さが無くなることは目に見えている。
例え〖行動命令〗で回避できたとしても、二撃目、三撃目と躱しきれるとは思えない。
だが、目前の敵を倒せばこの戦いは収束する。
それなら――――。
「――なにっ――――」
グランドールはその異常性に全身に巡る寒気を抑えられなかった。
鉄槌の横薙ぎは見事に空を切って一周する。
いつもなら、次の攻撃に踏み出している。
だが、グランドールは動けない。
異質なものを目にして、身体が無意識に硬直してしまった。
――――自分の足を躊躇なく切断して鉄槌を躱し、足から血を吹き出しながら不敵な笑みを浮かべる少年の姿に――――。
歪んだ笑みの少年は、足を振り上げて自らの血をグランドールに浴びせて視界を奪い、怯んだ一瞬の隙にグランドールの頭は――――
「ッ――――…………」
呆けた表情を刻んだまま、胴体という鎖から解き放たれた。
********************
宙を舞う優希は着地前に〖再起動〗を発動する。
髪や瞳は黒くなり、切断したはずの足は何事もなかったように動いていた。
権能が使えない身体は身体能力も元に戻り、全身を使って美しさのかけらもない着地。
自分の足がしっかりと脳の命令を受け取っていることを確認すると、グランドールの状態を確認した。
頚椎の断面が露わになれ、滝のように流れる鮮血。
頭部はボールのように転がり、モグラ型の魔物はグランドールの制御から解放されて、掴んでいた優希の足を放して地面に潜った、
優希の足は脱いだ長靴のように倒れると、生々しい音を地面に響かせた。
自分の足が血を流して地面に落ちている光景を見ることなどそうそうないだろうが、その異様さに吐き気を催すような感性が壊れた優希にとっては、地面に落ちた足など、そこらの石ころと何も変わらない。
十秒。
優希はジークの肉体情報に組み替える。
黒い髪は雪色に染まり、絶望に染まった瞳は緋色に燃える。
グランドールの敗北の原因。
それは突発的且つ、異質な情報を処理できなかったことだ。
まず一つ、優希は邪蛇鬼の毒が効かなかった。魔導士ではない優希が毒の耐性を持っていることなど考えにくいが、現実、優希は立っていた。
それも慌てることなどなく、効かない事を理解しているような冷静さにグランドールは異質なものを感じ精神的負荷がかかった。
だから、そういう天恵という一番確率が高く、思考を簡単に終わらせる仮説を立てて自分を無意識に安心させていた。
“今までの奴とは違う”から“毒以外は通用する奴”という分析結果になった。
だからこそ、自ら距離を詰めた。
目前の異質な存在を自分自身で消す為と、経験則から必勝にまでの自信がある戦法を使うために。
毒が通用しないという情報だけでは、天恵を絞ることが出来ない。
受けた毒を操れる天恵という可能性も十分ある。
だが、異様な存在から逃れるための精神的焦燥感に駆られたグランドールは、その仮説を捨ててしまった。
毒を操れるとすれば、放出して中距離攻撃も出来るかもしれない。
その状態で距離を詰めるのは良い策とは言えない。
破壊したものを魔物に変える天恵なら、魔物を使って自分は距離を取って攻撃は魔物に任せて、そこでモグラ型魔物に身体の自由を奪えばいい。
だが、考えることを途中で放棄したグランドールは、いつもの必勝策に頼ってしまった。
モグラ型魔物で自由を奪い、自慢の鉄槌で止めを刺す。
最大限の力を生み出す振り下ろしではなく、横薙ぎにしたのは下にいるモグラ型魔物を巻き込まない為と、振り下ろしはいなされたら一度持ち上げないといけない為次の攻撃までの隙が大きいが、横薙ぎならいなす、躱すなどされても、勢いを殺さずに次の攻撃に踏み出せる。
それを踏まえて優希は行動した。
目の前の敵さえ殺せば遠慮なく〖再起動〗を使うことが出来る。モグラ型魔物の硬質そうな手を外すのは賭けだ。
もし攻撃が弾かれたらグランドールの猛攻に上半身の身で対抗するのは難しい。
だが、確実に攻撃出来る場所は存在する。
優希自身の足だ。
モグラ型魔物が掴んでいるのは足首。それより上を切断してしまえば、横薙ぎで迫る鉄槌に手をついて腕の力のみで跳躍の要領で躱すことは可能だ。
自らの足を躊躇なく切り離し、痛みによる叫びどころか勝利を確信した笑みを刻む優希を、グランドールは同じ人間として認識する事が出来なくなった。
今相手にしているのは一体何なのか。
無意識に湧き出た恐怖にグランドールの身体は硬直した。
自分の足から噴き出る血で視界を奪われて、外界から受ける情報量を処理できなくなったグランドールの動きは最早優希の敵ではなくて。
権能による毒の無効化や、モグラ型魔物の登場などの偶然を利用した優希と、用意していた策を臨機応変に対応させることをしなかったグランドール。
肉体よりも弱い精神を持ってしまったが故の結果が、首を落とされるという末路。
哀れや追悼の意など優希には出てこない。
敵が死んだ。それが優希の中に存在するものだ。
「クソッ、兄貴がやられた!」
「にゃろッ、こうなりゃ――――」
まだ息があった盗賊の何人かが荷台に乗り込んだ。
優希はここに来てようやく狼狽の片鱗を見せた。
【対武】の効力が切れていることに気付いていなかった優希は、盗賊が荷台に乗り込むことを許してしまう。
中にいる皐月とメアリーの安否など心配する必要もない。
優希にやられて既にボロボロの相手だ。皐月だけでもなんとかなるだろう。
だが、問題はメアリーだ。
戦闘中、皐月が一切荷台から顔を出さなかったのはメアリーが起きている証拠だ。
眠ってしまったら中々目を覚まさないメアリーだが、優希や自分の不利になる状況下では話は別。
脳の覚醒と共に状況を把握したメアリーは、皐月が外の様子を覗かせないように上手く説得していたのだろう。
その為に優希は、皐月にメアリーを起こすように言った。
皐月の眼を気にせず戦える状況を作る為に。
まあ、見られて不利益になるようなら殺してしまえばいい話だが、ここで皐月を失うのは惜しいのも事実。
だからこそ、皐月にメアリーを起こさせた。
だが、そこで問題が一つ。
「ぐぁや!?」
「このアマッぐぶぇあッ」
荷台に乗り込んだ数人の盗賊が、吹き飛ぶように荷台から姿を現す。
その光景に優希は頭を抱え、大きなため息をついて、
「……めんどくせぇ」
乗り込んだ盗賊が吹き飛んで荷台から出ていき、それをやった張本人が姿を現した。
「ちょっと、メアリー?」
煌めく銀髪の髪、真珠のような黒い瞳。
盗賊の頭を掴んで地面に投げ捨てる彼女の眼は鋭く尖っていて。
「私の眠りを妨げるに飽き足らず、あろうことか刃を向けるとは……そうとう死にたいらしいなお前達」
「何だこの女!? ばか強ぇ」
「む、無理だッ。勝てねぇ!」
「に、逃げろッ」
少女の睥睨に震え上がった動ける盗賊達は全力で逃げる。
だが、彼女はその盗賊を逃がさない。
メアリーを起点に風の障壁が展開され、盗賊達の身体に打ち付ける。
死なないように吹き飛ばして自由を奪うと、彼女の鋭い眼光が盗賊の眼に焼き付けられた。
「ひぃッ! 勘弁してください申しませんから!」
「どうか命だけはッ!?」
「なにとぞお慈悲を!!」
盗賊から情けない命乞いの言葉が飛ぶ。
他人に睡眠を妨げられた時のメアリーの機嫌は頗る悪く、それは優希にも飛んでくる。
「ジーク……こいつらのお仕置きの後はお前の番だ。覚悟しておくんだな」
優希はもう一度ついた溜息と共に呟いた。
「マジでめんどくせぇ…………」
痛みを感じない優希にとって、今、この状況は問題ではない。
邪蛇鬼の牙から破壊性のある毒のマナが流し込まれ、魄脈を通って優希の魄籠を侵食する。
【神の諜報眼】では、その最悪の事態に到達する時間は読み取れなかったが、少なくとも長くはないだろう。
優希は噛み付いた邪蛇鬼を引きちぎって地面に投げ捨てると、グランドールをその赤眼で睥睨した。
「おかしい……」
グランドールの天恵は【魔獣一槌】。破壊したものを魔物に変える能力。
“壊れたもの”ではなく“破壊したもの”ということは、あくまでグランドールが破壊したものに限るはず。
グランドールの厚底靴を破壊したのは優希だ。
グランドールの【強撃】による踏みつけ攻撃に対して、優希は【米利堅 破】で応戦。その結果グランドールの靴底が砕かれた。
なら優希がグランドールの靴を破壊したということになる。
それでも破壊された靴から邪蛇鬼が現れたことから、
――“破壊したもの”とは、誰が破壊したかではなく。使用者に破壊する意思があるかどうか。
グランドールの【強撃】による踏みつけは、優希を攻撃する為ではなく、優希に靴を破壊させるための攻撃。その意思があれば、グランドールが“破壊したもの”になる。
それに拳から伝わった感覚。こういう時の為に靴底に木板でも仕込んでいたのだろう。
“破壊したもの”はグランドールが破壊する意思があるかどうか。現れる魔物に変化が無いことから、出せる魔物も限られている。
「こんな感じか……大体読めてきたな」
袖を捲り上げて邪蛇鬼に噛まれた傷跡を確認する。
複数の邪蛇鬼に噛まれた為、斑点のように傷跡が残り、そこから血が流れている。
痛みを感じない優希は、血が腕を伝って地に落ちる感覚のみ脳に伝わる。
その様子を見てグランドールは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「フッ、落ち着いているようだが、もうすぐお前の魄籠を邪蛇鬼の毒が巡って破壊される。恩恵者にとって魄籠は心臓。この意味が分かるよな」
今も刻々と毒が巡り、優希の魄籠に目掛けて魄脈を伝っているのだろう。
一番手っ取り早いのが、自ら命を絶つ、もしくは毒を放置して一度絶命し、〖再起動〗で復活する。
最後に更新した肉体の〖予備情報〗を〖読込〗して上書きする為、邪蛇鬼の毒は身体に存在していないことになる。
だがその場合、十秒間は権能を使用できず、荷台の中にいる皐月に素顔を晒してしまう可能性がある。
それに〖再起動〗は自動で行使され、死と同時に発動する。
もし〖再起動〗までの時間があまりにも短く、現在発動中の【対武】の効果が切れていなければ、違和感を覚えたグランドールは確実に優希にもう一撃を加えるだろう。
そうなれば、権能の使えない優希は〖再起動〗を使えず、今度こそ確実に死んでしまう。
そこで優希は権能で試してみたい能力があった。
肉体を〖走査〗――身体に異物確認――〖解析〗――完了。
免疫体作成――肉体に〖機能追加〗――〖機能向上〗完了。
「…………成功か」
もう毒が巡って倒れてもおかしくない時間だ。
だが、未だに優希は不敵な笑みを浮かべて平然と立っている。
「毒が効いてない……のか。そういう天恵か」
グランドールの反応から、今まで邪蛇鬼の攻撃で死ななかった奴はいなかったのだろう。
毒の耐性など魔導士の恵術を使わない限り持っている人は少ない。
グランドールは優希が武闘家だと思っている。権能の力で免疫体を作成し、邪蛇鬼の毒の耐性を持ったことには気づかないし、【神の諜報眼】の能力がバレることはそうそうない。
結果、グランドールの中に生まれた仮説は、毒を無効化する、もしくはそれに類似した内容の天恵を優希が使えるということだ。
グランドールにそう思わせたことは少なからず意味がある。
邪蛇鬼以外に毒を持つ魔物を生みだされれば、その度に〖機能向上〗を使うことになる。
優希の権能は無限に使えるものではない。
〖機能向上〗は自動的に肉体情報を更新され、使いすぎれば能力を向上するために必要なメモリが一杯になり、いざという時に〖機能向上〗が使えなくなる。
優希に毒が効かないとなれば、グランドールは純粋な攻撃型の魔物を生み出すことになる。
そうなれば優希にも対処は容易だ。
「んならこれならどうよッ!」
そう言ってグランドールは雄叫びと共に優希に襲い掛かる。
大槌を抱えて突撃する姿は、威圧感はあるが今までのような警戒心を抱くような姿ではなくて。
「――――ッ」
優希も一直線にグランドールに突っ込んだ。
速度は優希の方が上。大槌を躱し確実な一撃を叩き込む。
回避を〖行動命令〗に任せて、優希はカウンターに集中する。
だが、その集中力を全て阻害した感覚が足にあった。
足が突然止まり、勢い余って上半身だけ前のめりになりながら優希は足元を確認。
硬質な手が地面から伸びて優希の足首を掴んでいた。
足首の感覚は圧迫感。痛みを感じる身体なら今頃骨を砕かれるような感覚に断末魔を響かせていただろう。
手しか見えない為【神の諜報眼】で魔物の正体を特定することは出来ないが、モグラのような魔物であることは予想がつく。
魔物を生み出す天恵に気を取られ、グランドール自身が最初から使役している魔物に対する警戒を解いた優希のミス。
グランドールとの距離は近い。
最大限の【強撃】を鉄槌に纏って迫り横薙ぎの構え。
足は微動だにしない。このままでは優希の身体が鉄槌の一閃によって引きちぎられるだろう。
優希が【堅護】で守りに入っても、足が固定されている今、衝撃を全て受けることになり、身体が耐えられるとは思えない。
先に足を掴んでいるモグラ型の魔物を倒して回避する方法もあるが、見た目からして硬質的な手は、優希の銀剣を弾くイメージを引き立て、一撃で仕留められなければ優希はやられるという事実に逡巡してしまう。
下半身を固定され、優希の攻撃は踏ん張りが効かず攻撃力は小さい。
そんな状態でこのモグラ型魔物を倒せるとは思えず、カウンターも本来より鋭さが無くなることは目に見えている。
例え〖行動命令〗で回避できたとしても、二撃目、三撃目と躱しきれるとは思えない。
だが、目前の敵を倒せばこの戦いは収束する。
それなら――――。
「――なにっ――――」
グランドールはその異常性に全身に巡る寒気を抑えられなかった。
鉄槌の横薙ぎは見事に空を切って一周する。
いつもなら、次の攻撃に踏み出している。
だが、グランドールは動けない。
異質なものを目にして、身体が無意識に硬直してしまった。
――――自分の足を躊躇なく切断して鉄槌を躱し、足から血を吹き出しながら不敵な笑みを浮かべる少年の姿に――――。
歪んだ笑みの少年は、足を振り上げて自らの血をグランドールに浴びせて視界を奪い、怯んだ一瞬の隙にグランドールの頭は――――
「ッ――――…………」
呆けた表情を刻んだまま、胴体という鎖から解き放たれた。
********************
宙を舞う優希は着地前に〖再起動〗を発動する。
髪や瞳は黒くなり、切断したはずの足は何事もなかったように動いていた。
権能が使えない身体は身体能力も元に戻り、全身を使って美しさのかけらもない着地。
自分の足がしっかりと脳の命令を受け取っていることを確認すると、グランドールの状態を確認した。
頚椎の断面が露わになれ、滝のように流れる鮮血。
頭部はボールのように転がり、モグラ型の魔物はグランドールの制御から解放されて、掴んでいた優希の足を放して地面に潜った、
優希の足は脱いだ長靴のように倒れると、生々しい音を地面に響かせた。
自分の足が血を流して地面に落ちている光景を見ることなどそうそうないだろうが、その異様さに吐き気を催すような感性が壊れた優希にとっては、地面に落ちた足など、そこらの石ころと何も変わらない。
十秒。
優希はジークの肉体情報に組み替える。
黒い髪は雪色に染まり、絶望に染まった瞳は緋色に燃える。
グランドールの敗北の原因。
それは突発的且つ、異質な情報を処理できなかったことだ。
まず一つ、優希は邪蛇鬼の毒が効かなかった。魔導士ではない優希が毒の耐性を持っていることなど考えにくいが、現実、優希は立っていた。
それも慌てることなどなく、効かない事を理解しているような冷静さにグランドールは異質なものを感じ精神的負荷がかかった。
だから、そういう天恵という一番確率が高く、思考を簡単に終わらせる仮説を立てて自分を無意識に安心させていた。
“今までの奴とは違う”から“毒以外は通用する奴”という分析結果になった。
だからこそ、自ら距離を詰めた。
目前の異質な存在を自分自身で消す為と、経験則から必勝にまでの自信がある戦法を使うために。
毒が通用しないという情報だけでは、天恵を絞ることが出来ない。
受けた毒を操れる天恵という可能性も十分ある。
だが、異様な存在から逃れるための精神的焦燥感に駆られたグランドールは、その仮説を捨ててしまった。
毒を操れるとすれば、放出して中距離攻撃も出来るかもしれない。
その状態で距離を詰めるのは良い策とは言えない。
破壊したものを魔物に変える天恵なら、魔物を使って自分は距離を取って攻撃は魔物に任せて、そこでモグラ型魔物に身体の自由を奪えばいい。
だが、考えることを途中で放棄したグランドールは、いつもの必勝策に頼ってしまった。
モグラ型魔物で自由を奪い、自慢の鉄槌で止めを刺す。
最大限の力を生み出す振り下ろしではなく、横薙ぎにしたのは下にいるモグラ型魔物を巻き込まない為と、振り下ろしはいなされたら一度持ち上げないといけない為次の攻撃までの隙が大きいが、横薙ぎならいなす、躱すなどされても、勢いを殺さずに次の攻撃に踏み出せる。
それを踏まえて優希は行動した。
目の前の敵さえ殺せば遠慮なく〖再起動〗を使うことが出来る。モグラ型魔物の硬質そうな手を外すのは賭けだ。
もし攻撃が弾かれたらグランドールの猛攻に上半身の身で対抗するのは難しい。
だが、確実に攻撃出来る場所は存在する。
優希自身の足だ。
モグラ型魔物が掴んでいるのは足首。それより上を切断してしまえば、横薙ぎで迫る鉄槌に手をついて腕の力のみで跳躍の要領で躱すことは可能だ。
自らの足を躊躇なく切り離し、痛みによる叫びどころか勝利を確信した笑みを刻む優希を、グランドールは同じ人間として認識する事が出来なくなった。
今相手にしているのは一体何なのか。
無意識に湧き出た恐怖にグランドールの身体は硬直した。
自分の足から噴き出る血で視界を奪われて、外界から受ける情報量を処理できなくなったグランドールの動きは最早優希の敵ではなくて。
権能による毒の無効化や、モグラ型魔物の登場などの偶然を利用した優希と、用意していた策を臨機応変に対応させることをしなかったグランドール。
肉体よりも弱い精神を持ってしまったが故の結果が、首を落とされるという末路。
哀れや追悼の意など優希には出てこない。
敵が死んだ。それが優希の中に存在するものだ。
「クソッ、兄貴がやられた!」
「にゃろッ、こうなりゃ――――」
まだ息があった盗賊の何人かが荷台に乗り込んだ。
優希はここに来てようやく狼狽の片鱗を見せた。
【対武】の効力が切れていることに気付いていなかった優希は、盗賊が荷台に乗り込むことを許してしまう。
中にいる皐月とメアリーの安否など心配する必要もない。
優希にやられて既にボロボロの相手だ。皐月だけでもなんとかなるだろう。
だが、問題はメアリーだ。
戦闘中、皐月が一切荷台から顔を出さなかったのはメアリーが起きている証拠だ。
眠ってしまったら中々目を覚まさないメアリーだが、優希や自分の不利になる状況下では話は別。
脳の覚醒と共に状況を把握したメアリーは、皐月が外の様子を覗かせないように上手く説得していたのだろう。
その為に優希は、皐月にメアリーを起こすように言った。
皐月の眼を気にせず戦える状況を作る為に。
まあ、見られて不利益になるようなら殺してしまえばいい話だが、ここで皐月を失うのは惜しいのも事実。
だからこそ、皐月にメアリーを起こさせた。
だが、そこで問題が一つ。
「ぐぁや!?」
「このアマッぐぶぇあッ」
荷台に乗り込んだ数人の盗賊が、吹き飛ぶように荷台から姿を現す。
その光景に優希は頭を抱え、大きなため息をついて、
「……めんどくせぇ」
乗り込んだ盗賊が吹き飛んで荷台から出ていき、それをやった張本人が姿を現した。
「ちょっと、メアリー?」
煌めく銀髪の髪、真珠のような黒い瞳。
盗賊の頭を掴んで地面に投げ捨てる彼女の眼は鋭く尖っていて。
「私の眠りを妨げるに飽き足らず、あろうことか刃を向けるとは……そうとう死にたいらしいなお前達」
「何だこの女!? ばか強ぇ」
「む、無理だッ。勝てねぇ!」
「に、逃げろッ」
少女の睥睨に震え上がった動ける盗賊達は全力で逃げる。
だが、彼女はその盗賊を逃がさない。
メアリーを起点に風の障壁が展開され、盗賊達の身体に打ち付ける。
死なないように吹き飛ばして自由を奪うと、彼女の鋭い眼光が盗賊の眼に焼き付けられた。
「ひぃッ! 勘弁してください申しませんから!」
「どうか命だけはッ!?」
「なにとぞお慈悲を!!」
盗賊から情けない命乞いの言葉が飛ぶ。
他人に睡眠を妨げられた時のメアリーの機嫌は頗る悪く、それは優希にも飛んでくる。
「ジーク……こいつらのお仕置きの後はお前の番だ。覚悟しておくんだな」
優希はもう一度ついた溜息と共に呟いた。
「マジでめんどくせぇ…………」
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