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虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

67・全てを疑え

「ごめんね……何も出来なくて」

 あれから三日。
 水の都の城門で、皐月は自責の念に駆られて目前の男に謝罪の言葉を口にする。
 額に包帯を巻き、だいぶ回復してはいるが、それでも完治はしておらず、所々に手当ての跡。

「お前が謝る必要はないだろ。俺の力が足りなかっただけだ。ま、アイツらを生き返らせるためにもこれから力をつけていくさ」

「……これからどうするの? よかったら一緒に――」

「いや、俺はいい。これから星の都『スターズ』に向かおうと思ってる。ま、お互い運が良ければまた会うかもな。依頼の報酬も予定よりたんまりもらったからな」

「今回は事情が事情ですから。危険な依頼をしてしまって本当に申し訳ないです」

「危険も何も眷属なんだから危険なことをするのは当然――ッ!?」

 血も涙もないメアリーの言葉を優希が頭に小突いて中断させる。
 恨めしそうなメアリーの視線を受けながら、優希はこれから旅立とうとする少年に右手を差し出して、

「では、機会があればまた会いましょう……翠人さん」

「ああ元気でな」

 固い握手。皐月にはこれが男の友情という風に感じているようだ。
 「じゃあまた」と背中越しに別れを告げて鬼一は歩き出した。
 悲哀の雰囲気が漂う背中。しかし、そこには何か違和感を感じる。それが何か皐月には分からない。

「鬼一君……大丈夫なのかな。やっぱり一緒にいた方が……」

「察してやれ。今のアイツに私達は邪魔にしかならん」

 心配する皐月に、メアリーは冷たく告げる。
 仲間を守り切れなかった鬼一は、今はまだ再び仲間と共に過ごせる覚悟を持ち合わせていない。
 ましてや彼は、仲間をその手で殺めているのだから。
 そう認識している皐月は、自身の感情を飲み込む。彼は歩き出している。私も止まってはいられないと。

「さあ! 僕達も明日にはここを出ます。今日はゆっくり休むとしましょう」

 割り切った笑みで優希は二人にそう言った。


 ********************



「…………」

 夜の宿舎。
 今も開いている酒場のカウンターで、白髪の少年は一人で、乾く喉を潤していた。

「お客さん……お茶とはいえ飲みすぎは身体に悪いですよ」

 もう何時間経つだろうか。流石の店主が心配して優希に声をかけた。
 いくら水分を補給しても、何故か自分の枯れた部分を潤すことは出来ない。

「どうした? 酒ならともかく、麦茶に酔い潰れる男は情けないぞ」

 背後から声をかける銀髪の少女。
 揶揄う様に笑みを浮かべて、彼女は優希の隣に腰を掛ける。

「店主、私はこの……メモリーシュリンプのグラタンってやつをくれ」

 すぐさまメニューを取り出して、迷うことなく注文する彼女。
 店主は彼女の注文を聞き入れて調理を始める。
 店主が少し移動して、小声なら聞こえない距離を確認した優希はグラスを片手に、

「酒なら……この渇きは抑えられるのか」

「渇き……か。何かあったのか。まさか、あの男を見逃すとは思っていなかったぞ」

「馬鹿言うな。アイツの心は完全にへし折った。もう権能の効果が途中で切れることは無いだろう」 
「なるほど。〖思考命令マインドプログラム〗か。で、内容は?」

「花江哀を操っていたのは星の都を拠点にしている殺人専門の眷属ギルド『ゾディアック』。そして、花江との攻防で鬼一は特殊な毒矢を受けて余命は後一ヵ月。解除するには『ゾディアック』幹部が持つ解毒剤が必要ってとこかな。後三日もすれば星の都に到着、更に一週間もあれば本拠地の特定も出来るだろ。その後の事に興味はない」

 言い切って、優希はグラスの中の麦茶を飲み干した。
 
「それで、お前は何しに来た? こんな時間にグラタンって……太るぞ」

「お前こそ馬鹿を言うな。私はこの900年間体重の変化はない。真の美少女というものはいくら食べても太らないのさ」

 決め顔でいうメアリー。
 優希は彼女にそれ以上の追及はしなかった。面倒だから。
 
「まぁ何やら、あの一件以来呻吟の雰囲気を感じさせていたからな。契約者のメンタルケアも私の仕事だからな」

 この渇きが何なのか。
 彼女なら知っているのだろうか。

「どう話せばいいのか、正直言って分からない。この辺りが疼くんだよ。何かを求めているような……欲しているような感覚だ」

 優希は自分の胸元を掴む。
 シャツに刻まれた皴の数が、掴む手の力強さを表している。
 
「少しいいか?」

「なんだ?」

「いいから」

 若干抵抗しようとする優希を無視して、彼女は優希の雪色の頭に手を伸ばす。
 温かい感触が、頭部から伝わる。記憶を読み取られているのだと優希は認識。

「なるほどな。状態は理解した……それは衝動だ」

「……衝動?」

「鬼一翠人を痛めつけていた時、お前は途轍もない高揚感を抱いていたはずだ。その感覚は体験したことはあるんじゃないか。私達が出会ったあの森で」

 それは、竜崎達に囮にされて弾丸鼠に殺されそうになった魔境の森。
 メアリーによって生かされて、契約者となったあの時。
 その時に感じたものは、圧倒的な破壊衝動。

「お前は元の世界で虐げられる立場にいた。それが今は逆の立場。人は他人より優位に立つことに快楽を覚える。それは、最初が非力な人間ほど、優越感の快楽には耐えられない」

「つまり、この渇きは……この疼きは復讐を果たすまで、一生付きまとうのか?」

 自分自身の弱さは認めている。自覚している。
 今持っている優希の強さは借り物だ。非力な人間が、虐げていた相手に匹敵するほどの武器を手に入れた時、心の弱い人間ほど葛藤することなく力を振るう。
 そして、今まで恐怖に感じていた相手が自分に頭を下げた時、認知する優越意識が快楽の沼へと引きずり込む。

 優希は快楽の沼に飲まれたのだ。
 古家達の時に感じた物足りなさ。あれは直接手を下さなかったことによって、この快楽を得ることはなかったから感じた憂鬱。
 もっとあの感覚を感じたい。あの快楽をもう一度味わいたい。優希は今そういった衝動に駆られている。

「ま、その内気にならなくなる。至高の時間というものは……はうはふ、偶に来るからこそ幸せを感じられる」

 注文していたグラタンが届き、彼女はそれを頬張る。
 出来立てなの為、熱気を口から逃がしながら食べる彼女はとても幸せそうだ。
 本当に彼女は優希の様子を気にかけていたのか、食べた後は颯爽と部屋に戻った。

 酒場には店主と優希の二人きり。
 優希もそろそろ部屋に戻ろうかと思ったその時、頼んでもいないのに、グラスが置かれて注がれる。

「どうだ、人間を辞めた感覚は?」

 優希は声の主を睨む。
 さっきまで優希を心配していた店主。顔が変わっている。黒い紋様を顔に刻んだ男。
 声も枯れて、本当にここにいた店主なのかと疑ってしまうほどだ。

「そう睨むな。俺は話がしたいだけだ、ジーク……」

 自分の仮名を知っているこの男に、優希の緋色の瞳が鋭く光る。
 男はその刃物のような視線を鎮静化しようと笑いかけるが、優希の警戒心が解かれることは無い。

「俺はカルト・オーグナー。君との関係性は敵でも味方でもないと言ったところだ」

「……で、そんな男が俺に何の用だ? さっきの台詞……俺が誰なのか知っているのか?」

「あぁ知っている。女神と契約を結ばされた被害者」

「被害者? 残念だが契約は俺の意志だ。無理やり契約されたわけでもなければ被害者になった覚えもない」

 優希は自分の意志で代償を支払ってパンドラと契約した。被害者と言われる筋合いはない。

「今はともかく時期に自分が被害者だということを自覚するだろう。確かに契約は君の意志かもしれない。だが、今一度考えてみてくれ。その時君は冷静だったか? 感情に流されなかった? 全てを知り、全てを認めた上で契約したか?」

 カルトの言葉は、優希に不快感を与えるものだが、反論は出来ない。
 今思えば、優希が契約者となったあの時、冷静だったかと聞かれれば否定はできない。
 感情に流されて、彼女の言葉に乗せられたような気がする自分がいるのは確かだ。

「考えてみろ。君は彼女の事を知っているのか」

 優希はパンドラの事を全く知らない。
 何故『聖域』に囚われていたのか、世界を壊すとはどう言うことなのか。
 身分も過去も、優希は何も知らない。
 
 だがそれは、彼女とエンスベルとの間に逆らえない繋がりリンクが存在しているからだ。それを上書きしない限り、彼女から情報を得ることは出来ない。
 だが、その理由を説明すると、何を言っているんだという表情。

繋がりリンク? なんだそれは?」

「なんだ、って……女神達はエンスベルの契約者的な立場。その間には情報の漏洩を防ぐ制約がされてるって……」

 言葉を重ねるごとに優希の声から力が消える。
 優希には彼らの知る真実というものの情報があまりに少ない。
 故に、彼女の言葉を疑えるだけの証拠もなく、取り敢えずでも信じるしかなかった。

「……君が何を吹き込まれたのかわ知らんが、女神共の言葉は全て疑った方がいい」

「どういうことだ?」

 カルトは優希に耳打ちするように顔を近づける。
 本来、これほど近づかれるのは危険だが、そうさせない雰囲気をカルトは纏っていた。

「君の本当の敵は……その女神かもしれないということだ」

 そう呟いて、カルトは優希から距離を取る。
 情報の整理を無意識に優先させた優希は、男をただ反論の言葉も追及の言葉も浮かばないまま視界にだけ入れている。

「今の俺から君に教えられることはない。安易に情報を開示するのは愚策だからな。さて、夜も遅い。俺は退散するとしよう。本物の店主は倉庫で眠ってもらっている。後で解放してやるといい」

「おい待てカルト・オーグナーッ!」

 出口へと歩いていくカルトを、優希は背後から呼びかけてその足を止めさせる。 
 カルトは首だけで振り返り、動揺を隠しきれていない優希を瞳に納めて、

「機会があればまた会うだろう。その時は敵か味方か分からないが、俺自身は君が敵にならないことを祈っている。そう言えばまだ君の本当の名を聞いていなかったな、ジーク」

「……桜木優希だ。最後に一つ聞かせろ」

 いくつも浮かんでいる疑問。そのほとんどは答えてくれないだろう。
 この機を逃せばいつ彼に遭えるか分からない。
 焦燥感に駆られて、優希の舌は勝手に回る。
 
「お前にとってアイツは……女神とはなんだ?」

 一つだけ許された質問。
 その貴重な一つをこの質問にしたのは正解だったのか今の優希には分からない。
 しかし、考えるよりも先に言葉に出ていたのだ。それは、どんな質問を差し置いても何故か今知りたいと思っていたからにほかならない。

 優希が焦るように言うと、カルトは不敵な笑みを優希の瞳に刻み付けた。
 憤怒、憎悪、悲哀……様々な負の感情が混濁した瞳は鋭く光り、

「――――さぁな」

 カルトの姿が、景色に溶け込むように消えた。
 納得のいく返事を貰えなかったことに苛立ちを覚えて、優希はただ今は無きカルトの残像を脳裏に浮かべて、

「全てを疑え……ということか」

 誰が嘘をついていて、誰が本当のことを言っているのか、今の優希に確かめる術はない。
 だからこそ全てを疑わなければならない。たとえそれが――――


「パンドラだったとしても……ってことか」



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