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虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

35・幸福だったひと時

 
 満開だった桜も散り始め、大地がピンク色に変わりつつある頃。
 新鮮だった空気が、今では懐かしく感じる。


「……」


 優希は肩肘をついたまま、窓の外を何気なく見る。
 教師が校門を閉じようとしているが、慌てていたのか、制服すらまともに切れていない生徒が息を切らして校門をくぐる。


「はぁ……」


(帰りたいなぁ……)


 溜息交じりにそう思う。
 だが、そう願っても時間の速さは変わらない。


 優希は尻目で教室を見渡す。
 この一週間でグループというものが形成され、高校生のコミュ力の高さに驚かされる。
 群れるのは弱者の風習だと、心の中で高校デビューに失敗した自分を慰め、一限目の準備をする。
 和気藹々とした空気が漂う空間では残りの数分がとても長く感じる。
 これは時間が早く過ぎるのを望んでいる為、そう感じるのだろうか。


「おーいお前ら、早く席に着けー」


 担任のこの言葉が救いのように感じられる生徒は優希ぐらいだろう。
 現に優希を除く二年四組の生徒は渋々会話を中断して自分の席に戻る。


(担任の注意より先に着席して授業の準備をしている僕、マジ優秀……)


 心中で自己満足に浸りながら、優希の一限目は休み時間よりも早く時間が過ぎるように感じた。
 五十分の授業が終わり、再び悪夢の十分が始まる。
 この時間の優希の過ごし方は大きく分けて二つ。
 読書をしているか、突っ伏して眠る(仮)の二つだ。


 一限目を終えた優希が選ぶのは前者、つまりは読書だ。
 ブックカバーをした小説を開いて、活字の世界に意識を溶け込ませる。
 因みに優希のマイブームは異世界物のラノベだ。少し前まではちょっとエッチな学園ラブコメ漫画にハマっていたものの、妹の香苗に如何わしい本と勘違いされ、見る目が変わったのをきっかけに読むのをやめている。


「ちょっと桜木」


 活字によって構成される異世界から優希を連れ出すのは、幼げではきはきとした声。
 とっさに話しかけられて、優希は口から心臓が飛び出そうになるのを感じた。
 身体をびくっとさせ、机と椅子がぶつかる音が教室の騒がしさに溶け込む。


「なに驚いてんのよ」


 優希は座っているのに、視線の高さは然程変わらない。
 腕を組み、優希の反応に溜息をつく古家柑奈。


「なに……かな」


 今日初めての喋ったのだが、喉に引っかかるような籠った小声。
 優希の緊張と動揺は、心理学など知らなくても分かってしまうほどに分かり易かった。
 だが、柑奈はそんな優希にも明るい笑顔で対応する。


「桜木って今日の放課後空いてる?」






 ********************






「てなわけで、皐月が散々気にしてた桜木連れてきたわよ~」


「ちょっとカンナちゃん!? ち、違うからね桜木君! 別に気にしてたとかじゃなくて、いつも一人でいるな~って思ってただけで!」


 柑奈にネクタイを引っ張られて前のめりになりながら、転ばないようにバランスを取りつつ連れて行かれるままの優希に、西願寺は顔を赤く染めて身振り手振りで次々と出る弁明の言葉を優希にぶつける。
 ただ優希には今の状況が良く理解できずにいるため、西願寺の言葉は耳に入ると同時に反対の耳から通り抜けてしまう。


「えっと……これって?」


 今だ柑奈にネクタイを引っ張られ、身長差で背中を丸めたまま、今の状況を整理する。
 終わりのホームルームが終了し帰宅準備が終了直後、柑奈に「行くわよ」とだけ言われて校門まで連れていかれた。
 そこにいたのは西願寺、春樹、最上、釘町、燈、恵実の六人。
 日が長くなり始めているが、この時間はもう夕日が空を茜色に染めている。


「今から一緒に遊びに行くわよ! 文句ある?」


 文句など受け付けないような、けれど息苦しさなど感じさせない笑みを浮かべて、優希の鼓動が跳ね上がる。
 環境の変化による不安もあるが、それよりも友達と遊ぶということに楽しさを感じずにはいられない。
 退屈そうに無で硬直していた表情は、無意識に緩んでいた。


 カラオケ、ゲーセン、公園など優希は初めて高校生活の満喫した。
 外にいる間で、これほど時間が早く過ぎるのを感じたのはいつぶりだろうか。
 楽しさと満足感で胸をいっぱいにしながら、優希達は日が落ちて街灯に照らされた夜道を歩いていた。


「いや~遊んだ遊んだぁ、どうだった桜木?」


 先頭を歩く柑奈は、手足を大きく動かして歩きながら、首だけ振り向いて優希に今日の感想を聞く。
 教科書や本など以外は特に何も入っていない鞄を大事そうに肩に抱える優希は遠慮しつつも満足げな笑みを浮かべて、


「楽しかった……こんなに楽しいのは久々かな」


 優希の鼓動が早まる。
 ある言葉を言いたいが、恥ずかしさや慎みが、優希の喉を締め付ける。
 一度深呼吸してから、無理やり絞り出すかのような、小さな声で、


「また……誘ってもらってもいいかな?」


 勇気を振り絞って声に出した優希は、返答を聞くのが怖かった。
 調子に乗るな、何舞い上がってんの?
 最悪のパターンが脳内を何度も駆け巡る。それでも、今日のような愉快で心地よい時間をもう一度味わいたかった。


「……」


 立ち止まり全員沈黙してしまう。
 優希は瞳を強く閉じて下を向いている為、みんなの表情は見えない。
 この沈黙の時間、優希はただただ返答を待っていた。心臓の音が腹に響く。鞄の持ち手を握りえ締める。


「何言ってんだ?」


 釘町が呆れ顔で答えた。
 その表情を見ていない勇気は、その言葉を聞いた途端、呼吸が乱れ、心臓に締め付けられる感覚を覚える。
 やはり馬鹿なことを口走ったか、調子に乗っていたのか、今更ながらに後悔する。


「いつでも誘うわよ。ていうかアンタはもう友達だし」


 柑奈の声に優希は思わず目を見開き、全員の表情をうかがう。
 燈も春樹も最上も西願寺も釘町も恵実も、全員が優希を受け入れてくれる、純粋な笑顔で迎えてくれた。
 優希は久しく忘れていた感情が蘇る。胸いっぱいに温かい何かが流れ込んでくるそんな感覚。


「さ、夜も遅いし帰るわよ」


 優希は持ち手を握りしめた手に力を込めたまま、


「うん」


 はっきりとした声で答え、歩き出すみんなに生き生きとした足取りでついていった。






「ただいま~」


「お兄ちゃんお帰り~遅かったね……なんかいいことでもあった?」


 帰宅の声に導かれ、玄関まで出てきた香苗は優希の表情を見て問いかける。
 いいことはあったし、気分も良いが、そんなに表情に出ているのかと、優希は玄関に備え付けてある鏡を見る。
 無意識に緩んでいた表情。こんな顔で帰って来てたのかと内心恥ずかしくなりながら、靴を脱いで玄関を上がる。


「ちょっとね~」


 鼻歌交じりに部屋に歩いていく優希を見て、香苗も自分のことにように嬉しさを隠しきれずにいた。
 そんなこと知らないまま、優希は部屋に入って扉を閉める。


「……」


 ベッドに倒れて、枕に顔を鎮める。
 そして、


(友達ができた!)


 中学に入ってから友達と呼べる人はいなかった為、今日の出来事は夢のように感じる。
 バイトもあるため、頻繁に遊びに行くことは無理だが、それでも繋がりが出来ただけでも、嬉しさで悶えるほどだ。
 その余韻に浸りながら優希はそのまま眠りについた。




 快適な睡眠は、環境もあるがやはり心理状態が大きい。
 目覚めると息苦しさと気怠さで支配されていた優希は、今日の目覚めはとても清々しい。
 小鳥の声や朝の冷たい空気が優希の細胞を刺激し、ふわふわとした意識は一瞬で覚醒する。


「あ、おはよう香苗」


「お兄……おはよう……」


 鼻歌を歌いながら朝食の準備をしている優希は、目をこすりながらまだ寝ぼけている香苗に挨拶をかわすと、テーブルに皿を並べる。
 そして、朝食を香苗と食べてお互いに学校へ行く準備を整える。
 靴を履き、玄関のドアを開けると、


「おはよう桜木君」


 玄関先でそう言ったのは神格高校の制服を着た少女。
 両手で鞄を持ち、長い黒髪が風で揺れる。


「西願寺さん……え、えっとおはようございます」


「え、誰この美人な人。お兄ちゃんの知り合い? もしかして彼女!?」


「いやいやそんなんじゃないよ。ね、桜木君」


 一人で盛り上がる香苗に、西願寺は少し慌てながら訂正。
 優希も彼女ではないことを香苗に伝えると、香苗だけでなく西願寺も少し残念そうな表情を浮かべる。
 そんなことも知らずに優希は西願寺の元へ。
 優希の通学路の途中で香苗の通う小学校がある。そこまで三人で行って、香苗と別れた後、優希は初めて女子と一緒に学校へ向かうというイベントを楽しんでいた。


「そういえばなんで家に来てたの?」


 登校中話題がなく、無言だった時間を優希は思い切って終わらせた。
 優希の質問に西願寺は自分より少し身長が高い優希を見上げ、


「たまたま通学路に桜木君の家があったからそれで……」


 何故か照れ臭そうに目線を時々逸らす西願寺。
 そんな彼女を尻目に歩く優希の背中に衝撃が走った。


「おっはよぉー!」


 制服越しに感じた小さな手によって優希は足が縺れて地面に手をつく。
 その情けない光景に、原因を作った本人は、


「あらら~ちょっとやりすぎた?」


「カンナは手加減ってものを知らないからなぁ。にしても桜木は体感なさずぎ」


「大丈夫桜木君?」


 何故か理不尽に運動神経の無さを指摘される桜木は、這いつくばったまま後ろに目をやる。
 苦笑いしている柑奈とそんな柑奈の頭に手を置く恵実。
 西願寺は中腰になって桜木に手を差し出す。


「大丈夫大丈夫。ちょっとビックリしただけだから」


 女の子に心配されるという状況に居たたまれない感情を抱きながら、優希は立ち上がって膝の汚れを手で払う。


「いや~ごめんね。まさかあんなに派手に転ぶとは思わなくて」


 頭を掻きながら謝罪の言葉を述べる柑奈に、優希は再度、西願寺と同じように大丈夫と言って柑奈を安心させる。
 優希自身特に怒ってなどいない。むしろこれが友達との会話かと楽しんでるくらいだ。


「ま、大丈夫ならとっとと行くわよ。遅刻する」


「切り替え早いよカンナちゃん……」


 先ほどの苦笑いなど嘘のように小柄な体を大きく動かして学校へと向かう柑奈に、西願寺は何故か申し訳なさそうな表情。
 カンナの魅力をその背中越しに感じながら三人も足を進めた。






 学校にはすでに釘町と最上が教室で雑談していた。
 春樹はラグビー部に所属しており、まだ朝練から戻ってきていない。


「朝日、健おはよー。春樹はまだ戻って来てないのね」


「お、おはよう。春樹はまだ戻ってない。多分もうすぐ汗だくで帰ってくるんじゃないか?」


 優希の席は少し離れている為、鞄だけ置いて柑奈達の元へ。
 時間的にはまだ十分ほど話す時間はある。他の生徒もそれぞれ雑談して楽しそうにしている。
 ただただ羨ましそうに見ていただけだったのに、今では優希も輪の中に入って話していた。
 新鮮な感覚に優希は心を弾ませる。


「今日どっか遊びに行かない?」


「あ……ごめん、今日、僕バイトなんだ」


 そういった優希は面目なさそうな表情。正直に言って遊びに行きたい気持ちはある。何ならバイトを休みたいくらいだ。だが、優希も生活が懸かっている為そうはいかない。
 優希はしらけることを言ってしまったと後悔し、皆の反応を恐る恐る伺うが、そんな心配など無意味だった。
 柑奈はそれなら仕方がないわねと呟いて考え込み、思いついたように手をポンっと手を打つと、


「じゃあ今日桜木のバイト先に遊びに行かない? たしか喫茶店で働いてたよね?」


「何で知ってるの?」


「この間皐月が『エクレア』って喫茶店の前を入ろうか入らないかうろちょろしてたから中覗いたら桜木が働いてたから――」


「ちょっと、カンナちゃん!? な、なんだ桜木君ってあの店で働いてたの? 全然知らなかったなぁ~あははは……」


 無理やり柑奈の口をその手でふさぐと、西願寺は饒舌なる早口で誤魔化すような感情の薄い笑いをぶつける。
 何故か目がそれ以上詮索するなと言っているのを感じた優希は、明らかに不自然だった彼女から目をそらし、話題には触れることをやめて、


「べ、別に僕は構わないけど」


 とっさに彼女らが来ることを受け入れてしまった。だが、やってしまったというよりは、嬉しさの感情が勝っている。
 バイト先に友人が来るなど、漫画で読んで少し憧れていたのだ。


「んじゃ決まりね。五時半に『エクレア』集合ってことで! 春樹には後で伝えとくわ」


 そうこうしているうちに担任がドアを開ける。
 チャイムが鳴る前だというのに、担任は早く席に着けと生徒たちに気だるそうに言った後、教卓に出席簿を置いて欠伸をする。
 同時に春樹はシャワーしてきたのか、髪を濡らしタオルを肩にかけて担任が開けたドアを閉める。
 そのまま自分の席に戻ると、柑奈と少し話、視線を優希の方へ。


(楽しみだな~)


 今日の授業を鼻歌でも歌いたい気分で過ごしていた。
 優希は、この幸せな時間がそれほど長く続かないことを今は思いもしなかった。



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