虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
28・意地
シルヴェール帝国で世間を騒がせたニュースを全国民に調査したとすれば、間違いなくベストテンには数えられるだろう。
――エンドラの殺戮兵器事件。
『エンドラの町』で秘密裏に制作されていた魔道具――冥界の扉によりこの世に再び生を受けた初代勇者ライン・アルテミス。だがその実態は理性を失った殺戮兵器であり、死傷者約七千人、被害総額金貨四億枚という、過去最大の悲劇を作り上げた。
幸いライン・アルテミスの復活は不完全であり、時間とともに再び冥界の住人に戻ったのである。
冥界の扉の製作者達は、普段から帝国に多大な不満を持っていたこともあり、今回の事件は国家反逆罪を始めとした複数の罪に問われ、『エンドラの町』町人全員に処刑が命じられた。
これが当時世間に回った事件の全容。
「帝国は俺たちに全ての罪を着せて故郷を滅ぼした。事件とは無関係の奴も沢山いた。だが、この世に一切の証拠を残さないためにも、誰一人救われる事はなかった」
レクラムは当時ライン・アルテミスの事件に巻き込まれ意識不明の重体。ストーンエッジで治療を受けていた為、彼が意識を戻した頃には、何もかもが終わっていたのだ。
「俺はエンドラの住民である事を隠し続けてきた。周りの連中に合わせて故郷を散々軽蔑し、侮辱してきた」
レクラムは嘘をつき続けた。心が痛まないわけはない。だが、全ては帝国へ復讐するため。
正体を隠し、他者を利用して生きてきた。
非道な彼を作り上げたのは紛れもなく帝国だ。
当時まだ生まれてすらいないクラリスは自分が罪を犯したかのような表情。
同じ王族としての背徳感か、それとも彼に対する同情か、どちらにせよ彼女がレクラムを見る目は、陳謝の念が籠っていた。
「あんたはあのクソ皇帝がとても大事にしている人物。アイツにお前が苦しみ、悶え、死んでいく様を見せつけてやる。そしてこの腐った国を正しい方向に俺が導く」
想像しているのか、レクラムの表情は憎悪で歪み、そして笑う。
優希はクラリスを捉えたままレクラムの話を聞いていた。
ただそれは興味があったわけではない。レクラムがクラリスに天恵を仕掛けて隙を作ってくれないと動けないのだ。
背後には殺気立ったフォルテがいるから。彼女を手放した途端やられる可能性がある。
まぁその時はその時、ぐらいの危機感しか感じていないのだが。
「わたくしは……あなたの故郷の事を知っていました。偶然その事件の真実を知った時わたくしは言葉を失いました」
さっきまで沈黙を続けていたクラリスの声が弱々しく発せられた。
絞り出すように言葉に熱を込めていく。
「あなたの言う通り、この国は今腐敗しています。お父様の考えも、この国の制度も間違っているとわたくしは思います」
震える声は止まらずに続く。
「あなたのやっている事は間違いと言うつもりはありません。ですが、あなたがあなたなりにこの国を変えようとしているように、わたくしもわたくしのやり方でこの国を変えるつもりです」
クラリスの瞳がレクラムを捉える。思いを言葉だけでなく、その眼で語るようにレクラムを見る。
「わたくしは内側から、皇族の姫という立場を利用してでもこの国を導きます」
真っ直ぐな視線はレクラムへ向けられたまま。脱力していた身体は再び力を取り戻し、
「わたくし達は同じ方向を向いているはず。なら、協力する事も出来るのではないでしょうか? 誰一人血を流さずに済み、皆が幸せになる国を築く事も出来るのではないでしょうか?」
自分を人質にしようとしている相手に友好的な笑みを浮かべるクラリス。
助けて欲しい為の説得などではない。彼女は心からの言葉をぶつけている。
その壁は大きく、厚く、越えることは難しい夢物語。
それを彼女は本気で成そうとしている。帝国の裏の顔を知り、自らの信念に従い行動する。
彼女が嘘をついていないことは、この場にいる全員が認めた。
認めた上でレクラムは言う。
「不可能だ」
彼女が本気で言っていることは分かっている。だが、この世の中はやりたいと言って現実になるほど甘くはない。
それにレクラムとクラリスは同じ方向を向いているかもしれないが、根本的に違うものが一つある。
現皇帝グレゴワールの存在だ。
クラリスの夢物語が実現したとして、グレゴワールの立場はどうなるのか。処刑か追放か、はたまた王を続けていくのか。
対するレクラムは結果的に国を変える目標を掲げているものの、そこにグレゴワールの死が前提として存在している。
ただ殺すだけではない。自分が味わった怒り悲しみ憎しみを全てぶつけて絶望を味わせて殺すのだ。
クラリスとレクラムは同じ方向を向いた平行線。決して交わる事がなかった。
「もういい。あんたはどの道俺に逆らえないようになるんだ」
レクラムは立ち上がりクラリスを瞳に映す。
見下すように、その歪んだ瞳が命令する。
「クラリス・シルヴェールに命じる。“白髪の男を助けろ”――殺れ」
レクラムが言ったのと同時、優希は胸元に違和感を感じた。
感じるはずのない鈍い痛みの中に冷たい感触。
口から自然と何かが吹き出す。
優希はその何かを視認する。
朱色に染まった手が心臓を掴んで優希の胸から飛び出ていた。
「おま……え……」
「ウフフ♡ごめんなさいね、レクラムに逆らえないの♡」
優希の背後で囁く女は、その手に持った優希の心臓を握り潰す。
潜血が指の隙間からこぼれ落ちて地面を汚す。
優希の力が弱まるのを感じたクラリスは咄嗟にそちらに目をやると、その光景に思わず目を見開いた。
「ジ、ジークさん!!」
彼女の悲鳴を薄れゆく意識で聴きながら、優希はどさりと地面に倒れた。
ただ一言クラリスに言い残して。
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優希達がレクラムと対峙している頃、亜梨沙とクラッド、メアリーは別の形で敵チームと交戦していた。
「オラオラどしたぁぁ! こんなもんかあぁ!?」
「このっ、なぁらぁあ!」
血が付着した黒い特攻服を身に纏うセフォントと、頭部から血が流れ顔が赤黒く染まっているクラッド。
額に巻いたバンダナも自らの血で湿っている。
セフォントの攻撃をかわしながら、クラッドはタイミングを計って攻撃を仕掛ける。だが、あまり効果はないようで、防御されていないのに、攻撃が決まった感触が伝わらない。
「甘ぇ甘ぇ、そんな攻撃で俺様が怯むとでも思ってんのかよォォォ!!」
「ぐぅおはっ!」
セフォントの右ブローが決まる。咄嗟に【堅護】で防いだが、それでも肋をいくつか折られた。
鈍い痛みを訴える身体を抑えて、クラッドはよろめきながらも膝を付かず、刀を杖のようにして立っている。
表情を崩しながらも、僅かながら笑みを浮かべている。
「ほぅ見直したぜ。大抵の奴は俺様の一撃で戦意喪失するもんだが、ここまでやられてもまだ立ってやがるたぁ大したもんだ」
「ハハハ……生憎俺ァ打たれ強いんでね。こんな攻撃屁でもねぇ」
明らかに強がっている。だが、その姿がセフォントの滾る血をさらに騒がせる。
「いいねいいねぇ! なら俺様も全力だァ!」
セフォントの武器は棍棒。バットの形状をしたそれをクラッドの脳天目掛けて振り下ろす。
左腹を抑えながらクラッドは横飛びしてそれを回避する。
クラッドの脳天を叩くはずだった棍棒は空を切り、そのまま地面に大きなクレーターを作った。
クラッドとセフォントの実力差は圧倒的だ。セフォントは天恵を使えるのに対し、クラッドはその領域に達していない。
だが、そんな事はクラッドも重々承知している。その上でセフォントに挑む。
それはプライドを守るだけの自殺行為ではない。彼の中では確かに勝利のイメージが鮮明に浮かび上がっている。
セフォントは堂々と姿を現し、自らの天恵を大声で叫んだのだ。
威嚇のつもりか、自分の力に絶対の自信があるのか知らないが、クラッドに勝機を見出した。
セフォントの【破壊神の一撃】は、食らえば無傷はあり得ない威力を誇るが、それは攻撃を食らって始めて効果を発揮する。
つまり当たらなければ意味がないのだ。
そうなればクラッドにも勝機はある。
セフォントの大振りの一撃を紙一重でかわし、全力の一撃を叩き込む。
これがクラッドの作戦。小賢しい考えなど必要ない。真正面から正々堂々勝負する。
「オラァ、かかって来いやぁ!」
「言われなくとも行ってやらぁ!」
クラッドは刀を構えて突っ走る。
セフォントはその男らしい姿に大口を開けて笑い、棍棒を容赦なく振り下ろす。
棍棒はクラッドの刀をいとも簡単に破壊して、
「ハハッ、刀のない剣士なんざ牙のない虎みたいなもんだぜぇ!」
言い切ったのと同時、セフォントは目を丸くした。武器の刀を折られる事は承知の上だったのか、笑っていたセフォントを置き去りに、次の攻撃を仕掛けていた。
右拳を引き、体重を乗せ、マナを全て右手に注ぎ込む。
一秒も敵に与える訳にはいかない。全ての行動を無駄なく最速で、この一撃で全てを終わらせる覚悟。
武闘家の専用恵術――
「【米利堅 激】ッ!」
その姿が視認できるほど右手で濃密に凝縮されたマナを、セフォントの腹部に叩き込む。
「くぉぅおあ゛あっ!!」
セフォントの余裕な笑みは消え押し込まれるように出てくる血を吐き出して、大きく吹き飛んでいく。
 
家屋をいくつかその身で崩壊させてようやく勢いをなくしたセフォントの肉体は、クラッドから五十メートル程離れていた。
武闘家の専用恵術【米利堅】。その種類は激、破、絶の三種類あり、激から絶にかけて威力が増していく。
共通恵術の【強撃】と同じ効果だが、威力が圧倒的にこちらが上だ。【強撃】も一点にマナを集めて威力を上げるが、あくまでこれは内側だけの効果だ。
対する【米利堅】は、マナを一点に集中させるところまでは同じだが、殴った後集めたマナを一気に外に放出する事で殴った後の衝撃が大きくなる。
言うならば、【強撃】はただ単にパンチ力を上げるだけだが、【米利堅】はそれに爆発というオプションが付いてくる。
クラッドの練度では【米利堅 激】までしか使えないが、それでも破壊力は十分だ。
「はぁ……はぁ……見たかモヒカン野郎ゥ」
ほぼすべてのマナを絞り出し、クラッドはすでに満身創痍だ。だが、その渾身の一撃を受けたセフォントはというと、
「イテテッ……よっこらせっと」
瓦礫の中から出てきたセフォントは、口元の血をふき取るとクラッドに笑いかける。
余裕そうな笑みを浮かべるセフォントにクラッドは苦笑いすら浮かべれそうにない。
「驚いたぜぇ、まさか剣士じゃなく武闘家だったとはなぁ」
セフォントに多少のダメージは与えたようだが、それでもクラッドの勝機は無くなった。
セフォントのダメージに比べてクラッドの消耗は激しすぎるのだ。
絞り出したマナ、出血量、体力と精神力の消耗、どれをとってもセフォントより大きい。
「クッ……あんたも結構頑丈じゃねぇか」
攻撃特化の武闘家に対して、剣士は攻守のバランスが良い。練度差を考えればセフォントの通常防御力にクラッドの全力攻撃でようやく対等と言えるだろう。
同じように余裕な笑みを作り出すクラッドの内心は、決して余裕ではない。
(まいったなぁ……くそっ、どうする)
残念ながらクラッドだけでセフォントに勝つのは難しい。今のクラッドにできることは時間を稼ぐことだけ。亜里沙は今頃ルイスを相手にしている。亜里沙の実力は優希から聞いているため信頼している。彼女が来てくれればセフォントに勝てる。だが、
「冗談じゃねぇ……」
彼女の到着を待つことが唯一勝てる方法なのはクラッドも分かっている。
それでもただそれを待つだけというのは、クラッドのプライドが許さない。
このままでは終われない。せめてセフォントの余裕な笑みを崩す程度にはやらないと、
「死んでも死にきれねぇってもんよッ!!」
クラッドの特攻。真正面から向かうそれは【迅脚】すら使用していないただのダッシュ。さっきと違い武器も何もないクラッド。たとえクラッドがセフォントの攻撃を紙一重でかわしたとしても、疲弊したクラッドの攻撃など余裕でかわせるセフォント。
無謀な特攻。意地と気力だけで立ち向かうクラッドの姿に、セフォントのアドレナリンは吹き出しそうなほどに分泌され、
「上等だぁ! かかってこいやぁ!!」
バッドを宙に放り投げ、自分も素手で相手しようと構えるセフォント。セフォントの【破壊神の一撃】は素手でも効果を発揮する。
二人の距離はお互い手の届く範囲まで近づいていた。
お互い左足を踏み込み右拳を引く。そして、引いた拳を弾丸のように撃ち放つ。
セフォントはこの攻撃をさほど重要視していない。一撃必殺の天恵を混ぜたこの拳はクラッドの顔面めがけて飛んでいく。おそらくこの一撃はかわされるだろう。
セフォントの狙いはその後、クラッドの攻撃もかわした後に生じた隙をつく。
「なっ!?」
セフォントの右手に確かな感触。
クラッドの左腕は異常な音を立てながら歪曲する。
「左腕を捨てっ――!!」
「どらぁぁぁあああ!!」
普通なら悶え苦しんでもおかしくない激痛がクラッドを襲っているはずなのに、彼の瞳はまっすぐ動揺しているセフォントを捉えている。
そして彼の捨て身の行動が、セフォントの反応を僅かに遅らせた。
クラッドの貧弱なマナで発動した【強撃】は、セフォントの下顎にヒットする。
「――ッ」
セフォントの視界がぶれる。体が思うように動かない。
捻じ曲がるセフォントの視界には、次の攻撃を仕掛けようと構えるクラッド。
「ぬぉらあああ!」
彼のどこにそんな力残っているのかわからない。そんなことを考えている場合ではない。今のセフォントは上手く恵術が使えない。脳震盪によりマナを上手く全身に流せないのだ。
このままだとやられてしまう。いくらクラッドのマナは微弱とはいえ、生身の体で受ければただでは済まない。
セフォントの余裕な笑みが完全に消えた。
「ぬらぁああああぁぁ……ぁぁ……」
冷や汗を掻きながら何も出来ず立ち尽くすセフォント。
朦朧とした意識で見ていたクラッドの姿は今はどこにもいない。
何が起きたのか把握できていないまま、視線だけは下へと下げる。
「マナ……切れ……」
セフォントの足元に倒れるクラッドは意識を失っている。
出血や疲労もあるだろうが、何よりも完全にマナが切れたことが原因だ。
「はは……ハハハハ、ったく、ヒヤヒヤさせやがって」
ようやく意識がはっきりしてきたセフォントは、動揺で膠着した表情に無理やり笑みを加える。
「こんなにハラハラした喧嘩は久々だぜ」
セフォントは地面に転がるバッドを手に取る。
気絶しているとはいえ、全力でクラッドに終止符を打つ。これがセフォントが表す最大の敬意。
「せめて名前くらい知りたかったが、気絶してるならしゃーねぇなぁあ!」
「クラッド……それがそいつの名前よ」
とどめの攻撃を振り下ろすセフォントの動きが、背後の声でピタリと止まった。
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