虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

17・謎の老人



 入店してまだ十分ほど。
 今だ届かない料理を忘れ、優希はパンドラとの会話に意識を向ける。


「お前の話だと他にも神はいるのか?」


「いずれ他の権能使いも現れるだろう。他の多くの神や女神も当然現れる。まぁ私ほど強力な権能を持つ神はそういないがな」


 自慢げに言うパンドラに、優希は「そうか」と涼しい反応。
 その塩対応にパンドラは不満そうにジト目を向けながら、ジュースを飲む。
 優希もまた口が久しく味わった炭酸の刺激を欲し、飲み物を含む。その時、炭酸の刺激が口内だけでなく、脳を刺激したのか、ふと疑問が生まれた。


「なぁお前元女神って言ってたけど、もしかしてお前って追放者的ななんか?」


 グラスを口に着けたまま、優希はパンドラの返答を持つ。
 目立ちたくない優希が最も避けたいのは、狙われているような奴を傍に置いておきたくないのだ。
 だが、変わらず安定で現実は優希に厳しい。


「追放者とは失礼な。私は脱走者だ」


 ――脱走者。
 一番聞きたくない単語に、優希は一度グラスを置き、瞳を閉じ数秒。


「お前の立場は分かった、権能ありがとう、お前のことは多分忘れない。んじゃ」


 そう言いながら席を立つ優希。本来ならパンドラは慌てて優希を引き留める場面だが、彼女は不敵な笑み。抜け目ない彼女は、優希が彼女を見捨てられない理由を早めに切り出す。


「見捨てるのは勝手だが、勘違いしてもらっては困る。立場は私の方が上だ。いつお前の権能を返してもらっもいいんだぞ」


 席を立って出口へとつま先を向けた足は止まり、何も言わず席に戻る。
 この反応に彼女はいつものようにしたり顔。
 優希としても唯一の戦闘能力である権能を失うのは厳しい。


「お前が今やるのは私を守るのと、望みを叶える二つだ。諦めるという選択肢も、私を見捨てるという選択肢も存在しない。理解したか?」


 したり顔が止まらない彼女に、優希もただ黙ってはいられない。


「だが、脱走と言う危険を冒してまで俺に権能を与えたってことはお前も俺のやらせたいことがあるんじゃないのか? なら、お前もそう簡単に俺を切れない筈だ」


 その場しのぎで、決してパンドラにとって最悪の事態と言うものでもない。
 優希がダメなら権能を返還させて他の奴に権能を与えればいい。
 だが、権能と言う単語がこの世界に浸透していないのは、それほどまでに権能を使える人は少ないということ。当然権能使いが弱点がバラすような自殺行為をしないのもあるが、一人くらいは能力をあかす者もいるだろう。しかし、権能の力は全く認知されていない。


「自分の力をただ渡すだけじゃないだろ。それなりの見返りを要求してるんじゃないのか? お前が自分の魄籠が枯渇するまで俺にマナを捧げて命を繋いだんだ。そうまでして俺を救って権能使いにする必要があった。つまりは神も契約者を選ぶってことだ。権能のことを他言せず、契約者としての判定基準を超える何かが俺にはあった。お前は俺にどうさせたいんだ?」


 したり顔だったパンドラの表情は変わる。
 苦渋の表情ではないが、あまり似合わない真面目な、それでいて時々漂わせる哀しい表情。
 脱走、つまりはどこかに閉じ込められていた。そこから脱走すれば当然追われる身になる。そんなリスクを冒してまで彼女は優希に求めているもの。
 諦めるような吐息の後、彼女が優希に求めていることは、あまりに大きく、想像のつかないものだった。


「私がお前に求めているもの。私の望み、それは……世界の崩壊だ」






 ********************






 世界の崩壊。
 崩壊は崩れてしまうこと、壊れてしまうこと。
 何を? 世界、そうアルカトラを。


「これはまた物騒な望みだな。ちょっと厨二病入ってる?」


「厨二病か……そうかもしれないな。普段は封印しているが、私の右目は魔力を宿し、金色に輝き――」


「どこの邪王真眼の使い手?」


 優希の記憶を覗いた彼女は元の世界についても知っている。彼女の文学知識がそっち系な理由は、言うまでもない。


「世界の崩壊ねぇ。元女神のお前がそれ言うって相当怨んでんな。あぁあぁ怨みつらみが激しい女は恐いねぇ」


「お前に女性の何を知ってるんだ、童貞君」


 記憶を覗かれたのがこれほどまでに弱みになるとは。
 そして、容赦なく揚げ足を取りまくる彼女。こいつは女神ではない、悪魔だ。
 彼女の認識を改めたところで、


「世界の崩壊なんかできるもんか? 俺の権能効果範囲は自分と他者だけだろ。世界全体の情報弄れたら簡単だろうけど」


「それは最早神の次元だからな。それにそれが出来ていればとっくに私が滅ぼしている」


 優希の権能は元々彼女のもの。人間の優希が使うと力が落ちるが、女神である彼女が使えば世界の情報改変もできるそうだ。
 そんな彼女でも世界の崩壊は難しい。


「ま、私のことは時期が来れば話すさ。その前にお前の望みを叶えるのがさきだ」


 彼女の目的を果たすには、確かに人選は必要だ。
 まず、アルカトラに執着がないこと。これで、アルカトラの住人は選択肢から外される。残ったのは召喚者である優希達のみ。
 次に、元の世界への帰還以外に望みがある者。スタンスか条件かは知らないが、彼女は自分の望みを叶える前に、優希の望みを叶えようとしている。帰還が望みの者を契約者にして、先にそちらを叶えては、自分自身の望みは叶えられないからだ。優希の望みに元の世界への帰還は当然あるがその前に復讐が彼女とかわした契約での望み。優希はこの条件もクリアした。
 能力を他言しないことはもちろんで、最後の条件は何かを失うこと恐れない心情が不安定な人物。
 契約時の優希の心情はとても荒れ、この時はこの条件もクリア。


 彼女にとって、優希ほど適した人間は無い。
 憶測だけで言った彼女も優希を見捨てられない理由は、意外に的を射ていたようで、今の優希は少々気分が良い。


「お待たせしました。アリゴネのパスタです」


 アリゴネはアルカトラの果実で、果汁はトウガラシのような刺激的な辛さがあり、フルーツより香辛料やスープの素材で認知されている。
 刺激的且食欲をそそる香りが漂い、パンドラはよほどお腹が空いていたのか、もう一口目を食べ始め、優希は目を見開く。
 優希の驚嘆の表情は、目前で美味しそうに臭いを発すパスタではなく、それを持って来た店主へと向けていた。


 ――いつからここにいた?


 優希は数秒前の記憶を掘り返す。だが、そこに店主の姿は無い。
 魔境では遠く離れたパンドラの気配を察し、集中すれば空気の摩擦音を捉えるほどの聴覚があるだけでなく、集中すれば嗅覚、味覚、視覚も同様の超感覚がある。
 無意識とはいえ、今でも店の外で町民が何を話しているかぐらいは分かる。
 そんな優希が隣で話しかけられるまで存在に気付かなかったのだ。人が歩けば足音、心臓の鼓動、服の擦れる音、この場合、トレーと皿の音。いろんな音が生まれ、ここに来るまでに分かる筈なのだ。
 姿を消すどころの話ではない。瞬間移動したかのような、いきなりそこへ現れたような感覚。


「おいあんた何者なにもんだ?」


 驚嘆の表情を隠すように笑みを浮かべながら、少なくなった飲み物をグラスに注ぐ店主に問う。
 店主は不自然に動揺することなく、自然な笑顔を振りまき、


「わたくしはここ、『べリエル亭』で働くただの老いぼれでです。あなたがご警戒するような人物ではございません」


 優希は上手く隠しているが警戒している。それが分かる時点でただ者ではない。
 いくつか攻撃パターンを想像しても、上手くいくハッキリとしたイメージがわかない。つまりは相手もまた警戒しているということ。


「あんた名は?」


「わたくしはここの店主、べリエル・エスケトーラと申します」


「俺はジーク。よろしく」


 優希は握手を求めるように右手を出す。
 正直べリエルの名前に興味はない。名前を聞いたのは自然と握手する状況を作り出すためだ。
 優希の握手に、べリエルは躊躇なく答える。しっかりと握った手は老人にしては十分に肉厚で硬い。
 接触できれば優希の〖接続アクセス〗が使用できる。だが、しなかった。
 握手は何事もなく終わる。優希は目の前の料理を食し、べリエルもまた、持ち場に戻る


 優希は確かに〖接続アクセス〗を使おうとした。だが、使用する直前、優希の手に加わる重圧。べリエルの手は優希の手を紙切れのように握りつぶそうと力が籠っており、痛みはなくとも、優希は能力を発動せず、安全策で場を流す。
 傍から見ればただの挨拶にしか見えないやり取りの中で繰り広げられる攻防。またしても見透かしたようにパンドラは笑う。
 彼女の反応から、優希は口に含んだパスタを飲み込み、


「もしかして、あいつか?」


 優希の言うあいつとは、この町にいる眷属ではない恩恵者。
 彼女は優希の確認に、


「だろうな。私もあいつがここに来るまで気付かなかった。あと、上手く隠しているが油断してると感情が表情に現れやすいな。すぐに隠したがお前が奴を見る目は明らかに敵意むき出しだったぞ」


 ポーカーフェイスには自信があった優希は、とっさの状況ではやはり素が出る。
 これは今後の課題となるだろう。


 二人はそこから無言で食事をする。だが、二人の意識は常にディナーの準備か皿を洗ったり、掃除したりする老人の方へ。
 見たところ不自然なところは無い。こうしてみるとただの老人店主だ。


「お前分かってて」


「そんなわけないだろう」


 かぶせるように否定するパンドラに、優希は都合よくできた空間に理解が出来ない。
 客が誰一人いない店の店主は恩恵者。
 だが、このままでは埒が明かない。
 優希は食事を終えた後、食器を洗うべリエルの元へ。


「……」


「♪~♬~」


 睨みつける優希と、鼻歌を歌いながら流れるように無駄のない作業で次々と皿を洗いそして拭く。
 あ互いに間合いを詰めるように意識しあう。その状態が崩れるのは一分にも満たない。


「――ッ!」


 優希は躊躇なくべリエルの顔面目掛けて拳を飛ばす。プロボクサー顔負けのストレートだが、べリエルは何事も無いようにそれをかわす。
 だが、これは想定内。と言うよりどちらに転んでも良かった。あくまでも誤魔化すのなら誤魔化せない裕を作ればいいし、例え避けられずべリエルが死んだとしても、パンドラとの会話を聞いた可能性のある彼を生かすわけにはいかない。


「いきなり何をなさいますか。危うく皿を落とすところでしたよ」


 いきなり殴りかかられたにも関わらず、笑顔で対応するという接客魂。
 優希は放った拳を引いてカウンターに体重をかけるように前のめりで、不敵に笑う。


「もう言い逃れは出来ねぇぞ。偶然でかわせるようなもんでもないし、あんた一体……」


 諦念の溜息を吐いた後、手に持っている食器を置き、


「この店に客がいないのはあなた方を招くためです」


「俺たちを? 何のために?」


 べリエルと会ったのは今が初めてで、ジークの姿をしている優希を召喚者と認識できない。
 なら何故、彼は優希達を招いたか。それも優希達にとって都合の良い状況を作るどころか元々知っているという事実。


「あなた方は私……私達にとって強い影響を与えるでしょう。ですから一度会ってみたかった。あなたが理由を求めるなら、老いぼれの好奇心と言うところでしょうか」


 悟ってような笑みを向けられ、優希は追及するのも面倒になり、興味喪失の表情へと変わる。
 そして、用が無くなった優希は部屋で一休みしようと奥の階段を上り――


「お会計がまだですよ」


 注文したパンドラが先に払っているものばかりと思っていたが、そうでもないようで、優希は魔道具にカードをかざす。


 アリゴネのパスタ二人前、金貨一枚。円換算で約五万円。
 支払いを終えて、部屋へと向かった優希は、いつの間にか先に部屋へと行っっていたパンドラをとりあえず部屋の扉越しに睨みつけた。





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