虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした
16・女神
「おぉ、これはこれは」
風竜種を操るパンドラの手は、ぐっと力が込められている。
彼女と町へ入ったのが初めての優希は、
「そんなに感心するようなところか? 『始まりの町』と大差ないだろ」
『始まりの町』とあまり変化がない街並み。人は多からず少なからずで賑わっており、元の世界ほどではないが綺麗に整備された道。道の端に並ぶ商店や建屋。
特に名所といえそうなものは無い。ただ、ここに来る前にパンドラが言っていた言葉。それが唯一の名所なのかもしれない。
「なぁ、それでその恩恵者ってどんな奴なんだ。それを言ったってことは会わせたい理由があるんだろ?」
「その恩恵者はおそらくお前にとって必要な人物になるだろう。まぁその辺の話は落ち着いてからにしよう」
パンドラは風竜種を操り厩舎へと向かう。
厩舎前には広場があり、そこに荷台がいくつかある。おそらく、荷台は広場に、馬や竜は厩舎にということだろう。それに従い優希たちもキャラバンを広場にやった後、二匹の風竜種を厩舎へとやる。使用料一日銀貨三百枚。竜や馬の食費付きならば安い方だろう。
荷物を預け身軽になった二人は、町をぶらつく。
物珍しそうに町を見わたすパンドラ。この世界については優希より詳しい彼女には似合わない反応。
「あんまりそわそわすんなよ。俺は目立ちたくないんだ」
「悪い悪い。知ってても見るのは初めてなものでな。つい浮かれてしまった」
「見るのは初めて? それはどういう――」
「腹が減った。何か食べよう」
優希の言葉を遮って、パンドラは店へと入って行く。
看板には『べリエル亭』の文字。三階建ての宿屋で一回は酒場だ。
他を探すのは面倒で、宿屋もあるのなら、今日はここで一泊しようと優希も後に続く。
中は酒場と言うよりは喫茶店に近い。席は四人掛けのテーブルが三つ、他はカウンターに並んだ五席の椅子。輝石によって照らされた店内はまだ人の気配はなく、奥にあるテーブル席を確保し、すでに二人分の飲み物を注文し飲み始めているパンドラと、カウンター越しに見える店員のみ。奥には上へと続く階段。
「早く来い。もう注文は済ませてある」
――まだ入店して一分経ってないぞ。
行動の迅速さにその一言が脳裏を過ったが、言葉にせずパンドラに注文された料理を作る店員の元へと向かう。
「ついでに一泊したいんだけど、ここって風呂とかある?」
「えぇ、この宿は風呂も完備してますよ。一部屋一泊銀貨十枚、食事は別料金となります」
店員は白髪の老人。七十代ほどだろうか、顔には深い皺が刻まれている。その貫禄から彼がここの店主だと認識。
カウンターの端に置かれた魔道具にカードをかざす。そこで展開された魔法陣がカードを照らして、何事もなく、その魔法陣は収束する。支払い完了、これで銀行に預けているジークの所持金から優希とパンドラの二部屋分銀貨二十枚がこの店へと払われる。これが異世界式カード払い。
「手続きは完了致しました。よい一日を」
笑顔で接客する店主。
優希はカードをコートの裏に戻し、パンドラの元へと向かう。
「ここで泊まるのか? もっといい宿に泊まってもいいだろう」
酒場である一回は綺麗に掃除してあるが、上の宿がそうとは限らない。もしここで働いているのが、今食事を作っている老人一人なら、三階建て、奥行きからして五部屋はありそうな建物を一人で掃除するのはかなりの苦労だ。もしかしたら顔である一回だけ掃除しているかもしれない。あとあと部屋に行ってからもう何年も掃除されていないような場合も珍しくないようだ。
アルカトラの支払制度の問題は直ぐに返金できなこと。ほとんどの金は銀行を行き来しているので、手元に持っている人は少ない。魔道具の文化が発達していない田舎に行く時ぐらいしか、金貨銀貨をおらさないのだ。
しかし、それでも騙した店主が悪いのではない。確認せずに代金を払ったそいつが間抜けなのだ。
「別に俺は風呂さえあれば問題ないし、ここは帝都に向かうまでのついでなだけで、一日の拠点にするだけだし、他を探すのは面倒だし、ふかふかベッドはお前の都合なわけで俺は関係ないし」
次々と羅列する理由に、パンドラは「後悔するなよ」と恨めしそうな一言を残し、オレンジジュースのような飲み物を口に含む。
「ここは話をするつもりだけで入ったんだが……まぁいい」
その一言で、優希はパンドラという人を少し理解した。
優希が店を選ぶ基準は味ではない。人がいかに少ないかだ。二人が話す内容はいろいろと人に話せないものばかりで、客は少ない方が良い。そういう上ではここは最適だ。もしパンドラがそれを分かってここに入ったとすれば、彼女は店内を覗く前に客がいないことが分かっていたことになる。
周囲に大勢おり、気配や視線が折り重なるあの状況で優希が見ずに人の有無を判断するのは難しい。
方法は二つ、共通恵術【感索】、マナを層のように周囲に広げ、マナの揺らぎで感知する。普通死角から何かを飛ばされた時、何のヒントも無く認知するのは当たってからだ。それをこの恵術は当たる前に反応できる。だが人にもよるが、範囲は使用者中心に半径一メートルと狭い。
もう一つは、一度使用した〖接続〗からの〖検索〗で探知する方法。だがこれは使用状況がかなり限られる。そもそもこの能力は、カルメンのように、獣使が生物などを操っている場合、操作物を〖接続〗して、そこから〖検索〗で操作者のマナを辿って逆探知するもの。つまり、〖検索〗は〖接続〗無しでは、ただ自分の体内にある異物を探すぐらいしか出来ないのだ。さらに、〖接続〗してもマナの繋がりのようなものが無いと厳しい。
それでも、目前でジュースを楽しむ彼女は、言動からして入店前に察知したことになる。でなければ、「話をするつもりで入った」ではなく、「人がいなかったから入った」と言うだろう。彼女の言動では入店したら客がいなかったではなく、人がいないから入店したと捉えてしまう。
つまり、彼女が恵術を使えるなら、幅広い〖感索〗が使えることになる。
「お前マジで何者だよ。〖純白の園〗とかいう天恵使えるってことは恩恵者にしては相当の熟練者だろ?」
「あ、言っとくがあれは天恵ではないぞ。あの時はそう言った方が都合がいいと思ったからそう言っただけで」
「はぁ? それはどういう……」
天恵でない。だが、当然だがあれほど規模のでかい能力が恩恵だけの恵術な訳はなく、それ以外に思いつくことと言えば、
「それも権能なのか?」
「近いと言えば近いかな。その能力を言う前に、お前にはっきり言っておきたいことがある。……私は女神だ」
「……は?」
突然のカミングアウトで、優希は女神と言う単語を脳内で検索する。
パンドラと言う名の神、優希の知識ではそれは不吉でしかない。
「一度言ったと思うけど、パンドラって名の神は」
「不吉な名前だろ? 何度も言うな。だが、お前の認識はあまり間違ってない」
話の初頭からインパクトが大きく、優希もまた落ち着かせるために、飲み物を口に含む。炭酸なのか、弾ける感覚が口内を刺激する。
「私は女神と言っても元だからな。今はただの美少女だ」
美少女って自分で言うのか? というツッコミはさて置き、優希は続けを求めるように、「で?」っと一言だけ口にした。
「神、女神は個人の所有する空間がある。元は神である私の能力、いわゆる権能の一つは、意識の干渉。あの世界は他人との刹那で行われる意識間の共有。お前の記憶を覗いたのも、権能の効果範囲だからだ」
「権能の一つ? まだあるのか?」
「神との契約で契約者が得る権能は、元々はその神の持つ力だ。お前の情報操作も元は私が使っていた。これで私の使える権能は残り二つだ」
残り二つ。代償を払わせて渡すというのなら、明かしていないもう一つの能力も相当なものなのだろう。
「その場その場の説明で詳しくは聞いてないんだが、結局俺は何を失ったんだ?」
「お前は言った。復讐の望みに不要なものはいらないと。お前が私に差し出したのは、 恐怖心、涙、痛み、躊躇、情け、悲しみの六つ。お前の感情を支配していた分、この六つで還元された権能の力量はお前も理解しただろう」
「あぁ、そん時たかだか練度300ぐらいの俺でも、力技だけで低級魔界の魔族を簡単に倒せたんだ。この権能は最強だろうな」
優希の言葉に、パンドラは間を開けず、
「驕るなよ。権能使いが最も心に刻んでなければならないことは、油断大敵ということだ。権能は有能だが万能ではない、最強だが無敵ではないということは頭に入れておけ」
「そう言うってことは権能にも弱点があるんだろ?」
パンドラは頷き、視線の先に出す右手の指をすべて畳んだ後、人差し指を立てる。
「一つはどの権能もそうだが、直接命に干渉できない。普通は時間、命、記憶の三つは全部触れてならないものだからだ」
彼女の話では、権能の力が作用して命を奪うことは出来るが、直接は干渉できないそうだ。つまり、優希が〖接続〗しても、直接命を奪ったり、記憶の情報をいじったりもできないそうだ。
そもそも、直接命を奪う、つまりは即死能力の権能は無いそうだが。
「ちょっと待て、ならお前の権能はダメだろ。俺の記憶が正しければ記憶も覗かれたし、死んでもおかしくない俺の命を繋いでいたし、長時間経ってあの世界から出ても時間はそのまま、その世界で過ごした記憶と、あの世界で過ごした肉体情報はそのまま現実になってるし。お前の提示した禁忌全部触れてんじゃねぇか」
優希の言葉にパンドラは、
「普通はと言っただろ。私は女神だぞ。〖純白の園〗は私が女神として所有する空間。どんな神も契約でこの権能を渡すというのは死を意味する。だから、数ある権能の中で神の世界は最後に渡す。そもそもそれは契約者もすべてを捧げなければならないから、契約で行き来する能力じゃないがな。それに私でも数分しか使えないのに、人間が使えば一秒もたない」
「なるほどな。他は?」
次にパンドラは中指を立てる。
「もう一つは持続性。今のお前はジークの姿を模している。これは常に権能を維持してる状態。持って十日。それを超えれば極度の体調不良から、昏睡状態に陥る。そうなれば七時間は権能が使えず意識が戻らない。〖行動命令〗も作動しないし、私がお前の顔に落書きしても目覚めない」
十日とはまた短いと感じつつも、あとからの補足で問題は無さそうだ。
彼女の補足では、一度能力を解いて使わず五時間経てば、その心配もないそうだ。
優希は五時間の能力解除を簡易能力解除、昏睡状態を強制能力解除と命名。
そして最後の一つ、パンドラは人差し指、中指を立てたまま、親指を立てる。
「最後はメモリの存在。情報を書き換えではなく追加した場合、メモリと言うものをよく使う。これが許容限界を超えれば追加できない」
優希は他者の情報を上書きできる。それはつまり、情報元さえあれば天恵さえも自分のものに出来るのだ。だが、これはメモリをよく使い、何でもかんでも追加できない。つまり、使用できる天恵も限られてくる。ジークの肉体情報を保存して、誰でも変貌出来るように保存し続けてメモリ不足になれば、他者の天恵をコピーするどころか、〖機能向上〗もできなくなる。
対処法は肉体情報のストックは優希自身とジークのものだけにしておけば問題ないし、天恵も無暗に情報を追加しなければ問題ない。
唯一身近な不安と言えば〖機能向上〗による身体能力の底上げぐらいだろうか。
最後以外は戦闘中に起きる可能性は低い。だが、この三つの弱点は絶対にバレてはならないものと認識し、優希は話題を次に進める前に、乾いた喉を潤した。
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