虐められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手に入れたので復讐することにした

白兎

3・最悪からのスタート



 宿の内装はいたって綺麗だ。窓からの光で中は意外に明るく、蛍光灯の代わりか、天井には不自然に石が設置されてある。宿に入ってすぐにはエントランスとカフェがあり、入って奥にある受付にいる人に、名前と事情を話すと、理解してくれたのか、丁寧に二階にある部屋に案内してくれた。そして、自分の部屋、二〇五号室の前に辿り着く。中には人の気配はないが、それ以外、優希の部屋の両側や、優希のいる廊下を挟んで反対側の部屋も全室から見知った声が聞こえる。それぞれ部屋で準備しているのだろう。


 優希もまた、自分の部屋の扉を開ける。中はそれほど広くはないものの最低限のものはそろっている広さは三畳半の木造の一室で、ふかふかのシングルベッドで部屋の半分が埋まり、残りは机と鏡、小さなクローゼットが一つある。ベッドの上には一つの袋。


「中には……」


 とりあえずベッドに置いてあった袋を机に乗せて中を見る。中にはお金なのか、コインが入った小さな袋。他には用途が分からないレンズが一つ、片手で振れるダガーが一本、そして、今度は大陸全体が載った地図が入っていた。クローゼットには服が何着かあり、どこで計ったのかそれぞれサイズはピッタリだ。しかし、異世界の服に興味を示さないわけではないが、今は制服のままでいいかと、クローゼットをそっと閉める。


「とりあえず所持品の内容は把握しとかないとな」


 優希の恩恵がスタートを切るには難しいこともあり、用意されているタガーと謎のレンズに期待を込める。もしかしたらこれが凄い物かもしれない。生徒全員に配られているのか、優希のような戦闘が不得意な恩恵を持ったものに配られるのかは知らないが、そこは今どうでもいい。この二つのアイテムが今の優希の今後を決めるかもしれないのだ。そして、それを見極めるには優希の恩恵は役に立つ。これが最初で最後かもしれないが。


「――【鑑定】」


 そう言った途端、優希の体に変化がかかる。心臓の下、鳩尾あたりからじわじわと温かい感覚がこみ上げ、そこから血管や神経を伝わるようにその心地良い感覚は移動し、それは目で場所を固定する。その感覚が目に伝わると、優希の視界はガラッと変わる。色彩を持った鮮明な視界は全体的に赤色の靄がかかる。
 手にしているタガーとレンズをその状態で見ると、脳に直接文字の羅列――情報が流れ込んでくる。


「普通のタガーと、鑑定士用のレンズか……」


 優希に支給された武器とアイテムはそれほどの価値は無かった。タガーは武器屋でも安価で買えるものであり、鑑定士用のレンズは、片目だけであり、装備すると装備した方の目だけさっきのような赤いもやがかかり、少し多くの情報を得られるそうだ。


 これが優希の与えられた力の一つ。恩恵を持つ者は恩恵者と言われ、恩恵者はマナを使うことにより、特別な力を使うことができる。それは恵術と呼ばれ、どの恩恵でも使用できる恵術もあれば剣士は剣士だけが使える、槍兵は槍兵だけが使える専用恵術も当然ある。


 優希がさっき使用したのは、鑑定士専用の恵術、その中でも練度1でも使える鑑定士の代表恵術――鑑定だ。練度1では大した情報は望めないが、練度を上げれば性能の高い武器の鑑定も可能で、得られる情報量も大きい。
 鑑定士や易者、筆写師でも攻撃系の恩恵はあるが、戦闘をメインとする剣士や槍兵などと違い、大した攻撃力は無い上、ほとんどの攻撃系恩恵は他の恩恵でも使用できる、言うなれば共通恵術だ。




「……まぁ最低限の装備はある。お金はどれくらいあるんだろ?」


 優希はお金の入った袋を取り出す。ジャラジャラと音を立てる袋はサッカーボールほどの大きさがあり、それなりに重い。そして、肝心の中身は黄金色に輝くコインがたくさんと、一枚の紙きれ。紙にはこの世界の文字が書いてあり、内容はこの世界の通貨についてだ。


 優希の目前にある袋の中には、金貨しかないが、アルカトラには他に銀貨もある。銀貨千枚で金貨一枚分の価値があり、この世界でリンゴを買うには銀貨二枚ほどで買える。しかし、この袋のように金貨を大量に持ち歩く人はいないようだ。この世界にも銀行が存在しており、大体の人は銀行に預けている。そして、銀貨二枚ほどで特別なカードを発行することができ、このカードを、支払いの際に特別な道具にかざすと、その情報が銀行に送られて、自動的に支払いが完了する。つまり、この世界にもカード払いが存在しているのだ。もちろん一括払いしかできないが、大量の金を持ち歩くよりコンパクトだ。


「えらく発達しているなアルカトラ。じゃあ、まず最初は銀行にお金を預けてカードを発行しなくちゃ」


 行動指針が定まったところで、優希はさっそく銀行へ向かう準備をする。正直今日はいろいろあってもう休みたいところだが、この部屋には鍵がない。つまり、寝ている時に盗まれる可能性も当然あるのだ。なら、なるべく早くに預けた方が良い。
 しかし、預けに行く上で一つ問題がある。その問題はおそらく優希だけに生じるものであり、優希がそのことに気付いたのは、その問題を目の当たりにしたからである。


「よう」


 扉を開けるとすぐそこに人がいた。金髪の髪は刺々しく、気崩した制服を身にまとう見知った青年。そいつは、今最も会いたくない人であり、状況的に会うだろうと無意識に予感していた人物。竜崎蒼麻が背筋が凍えそうな不敵な笑みを浮かべてそこにいた。


「何か……用かな」


 場の悪さに萎縮しきった喉を震わせて、やっと一言声が出た。自分の体で隠すように金貨が入った袋を持ち、何とか話題がそっちに向かないよう願っていたが、当然その願いが届くわけもなく、


「お前まだ銀行行ってないよな? ハイ」


 そっと手を伸ばす竜崎が、何を言いたいのかはその笑みを見てすぐに分かった。というより、予想が当たったというほうが正しい。ほんと、悪い方面の予想はよく当たる優希だ。
 優希はまるで操られているかのように、後ろに回していた袋を前に出し、竜崎は黙ってその袋をかっさらうように受け取った。そして、中のコインを数枚取り出すと、そっと優希の方に袋をやる。これに関しては完全に予想外だった。てっきり全部取られるものと思っていたが、そこは竜崎にも慈悲はあったようで、優希はお金を取られてというのに、少し安心した表情で袋を受け当と手を伸ばした――


「ホイ、んじゃな」


 が、優希の安心は一瞬のものへと変わり、優希の手のひらにあるのは、竜崎が取り出した数枚の金貨。竜崎は優希の袋を振り回しながら、一階へと続く廊下を降りて行った。 
 ひとたび希望を見せてから、絶望へと叩き落す。竜崎は人を貶めることに関して一級品だ。そのことを改めて理解した優希は、数枚の金貨を財布にしまって、ベッドにダイブ。


「はぁ~どうしよう」


 定まった行動指針は稲妻の如き速さで意味を失くし、当分は大丈夫だろうと思っていた問題に直面した。食事だ。残ったのは金貨が数枚。金貨というのが救いだが、朝昼晩、節約しようと朝夜だけでも、それほどもたない。つまり、金を稼がないといけない。とはいっても、この世界の仕事についてはよくわからない。恩恵を生かした仕事は多分望めないだろう。


「外……出よう」


 とりあえず、お金があるうちに情報を集めよう。強引に連れて来たくせにアランやドルトンの説明は簡単で最低限のものだけだ。後は各自勝手に調べろということなのだろう。一応この町には最低限の資料があり、それは自由に閲覧できるそうだ。
 優希は精神的に重い体を起こして部屋を出る。他の部屋からは声がしない。他の連中も同じように外にいるのだろう。優希も銀行を作りたいところだが、今はなるべく金貨を使いたくない。カードぐらいただで作ってくれてもいいだろうに。


 一階のエントランスには、何人か人はいたが、生徒は誰一人いなかった。外には生徒がたくさんいるだろう。時間的に当分戻ってくることは無さそうなので、まずはここから始めようと思い、優しそうな人を観察、吟味した。
 真っ先に目に入ったのは、優しそうな女性。カフェで優雅に紅茶を楽しんでいる彼女は、年齢的にも近そうで、接しやすそうだ。まずは彼女と、声をかけようと近づいた――のだが、


「すいやせん姉さん、雇った眷属の男がしくじりやした!」


「バカ野郎! だったらテメェが特攻してこんかいワレェ!!」


 優希よりも先に近づくやいなや、土下座を決め込む優希など一瞬で絞殺せそうな大男を、先ほどまでの優雅さなど欠片も無い言動と、体重が百キロ近くありそうな巨体を数メートル吹き飛ばす蹴りを決め込んだ彼女は、今も尚大男に暴言を吐き散らしている。他の人も気にしていない限り、おそらく日常なのだろう。


 彼女はやめよう……関わらない方が良い


 そう判断した優希は他に目をやる。先ほどの女性のようにどんな人なのか分からない人はやめておこうと条件を付ける。さっきは話しかける前だったから良かったが、あのまま話しかけてたら死んでいたかもしれない。もっと性格が分かりそうな人を探した。


「あっちの人なんかよさそう」


 目を付けたのは、珈琲を飲みながら本を楽しんでいる一人のおじさん。あまり、がっちりした感じでもなく、いかにもな一般人みたいな感じだ。そして何より、ついさっき子供がはしゃいで彼のズボンにジュースをこぼしていたが、これを笑顔で許し、「これで新しいジュースを買いなさい」とお金を渡した優しい対応がポイント高い。


「あの~すいません」


 あまりコミュニケーションを取ることに耐性が無い優希だが、今はそんなこと言ってられない。自分で言わなければいけないのだ。そして、緊張しながらも勇気を振りそぼってかけた声に、本を楽しむおじさんは、優希の存在を消したかのように完全無視。しかし、優希はめげずに何度か声をかけた。


「あの……」


 その声は確かに届いたのか、おじさんはすっと読んでいた本を閉じ、優希と目を合わせた。やっとのアイコンタクトに優希は期待に胸を膨らませたが、


「黙れ殺すぞ」


 まさかの返答に、優希の表情は引きつった笑みで硬直した。第一印象だけで判断したのだが、さっきまでの神対応から想像してなかった返答が来たために、脳が軽いパニックを起こしている。一体何がいけなかったのだろうか。その答えは、意外とすぐに判明した。


「おじさんありがとう」


「いいんだよ。でも、これからは屋内じゃなくて外で走りなさい。あーホント子供可愛いなぁ~」


 さっきジュースをこぼした子供が礼を言いに戻って来たのだ。
 子供の頭を撫でるおじさんの顔は明らかに異常を逸していて、子供が好きすぎるあまり、傍から見れば不審者の表情を浮かべているのを本人は気付いていないようだ。この人は子供は好きだが、優希くらいの年齢になれば、そこいらのゴミと変わらないらしい。つまり、この人はダメという結論に至った。これ以上はホントに殺されそうだ。


 今度は、話している相手は優希と年は変わらなさそうで、まともに会話を楽しんでいる人物を探す。


「ならあの人なんかどうかなぁ」


 そう思ったのはカウンターの席で、昼間から酒を飲む男性。カウンター越しで話している店員の表情から、顔は見えないが優しそうだ。筋肉質な体で明らかに狩人の服装だが、意外にこういう人の方が優しかったりする。それに、うまくいけば店員とも情報をもらえるかもしれない。カフェなどの店員は持っている情報が豊富そうだし。
 優希は先ほどの女性にフルボッコにされている大男に同情の視線を送りながらカウンターまで近づき、
 

「すいませーん。少し聞きたいことが」


 もう大分話しかけることに慣れてきた優希は、警戒されないように姿勢を低くして声をかける。
 まず最初にカウンター越しに店員と目があったが、少し遅れて目当ての男も反応した。未だ顔が見れない男は、手に持っている酒を一度飲んだ後に振り返った。
 がたいの良い体に見合った堀の深そうな横顔。キリッと整っている太く濃い眉。アイシャドーが目立つ目元に、深紅のリップが妙なエロさを感じさせるふっくらした唇。


「あら可愛い坊やが話しかけてきたわ♡これはデートの誘いね、いいわ行きましょう。久々に楽しめそうだわぁ〜♡」


「え、いやそんなつまりは、あちょっと聞いてます? ちょ、力強!」


 バリバリのオネェ系だったその男は、恩恵を授かった者――恩恵者である優希の抵抗を簡単に無効化し、強引に腕を掴んでどこかに連れて行こうとする。店員も必死に助けを乞う優希に笑顔で手を振って対応。


「いやぁああぁぁああああ!!」


 その後数時間の記憶は一切ない優希だった。



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