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生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

気になる先生ができました。〈番外編5〉




"落ち着かない"、言い表すならそれがちょうどよかった。


どうも最近の俺はどこかいつも通りじゃない。特に、あの先生といるときは。

教師のくせにどこか頼りなくて放っておけない。なんて、生徒が言うには生意気すぎる。そんな簡単なことは分かっているのだけど、どうもあの人を前にすると、思っていることが全部、言葉にして、行動にして出てしまう。出す気もない本音が、落ち着きなく自ら張った壁を蹴破って出てきてしまう。





「あーきーひーとー」

突然視界に飛び込んできた親友の顔に、俺はハッと我に返る。不満げに碧みがかった目がこちらを見つめている。

「秋人、最近ぼーっとしてね?」
「…………そんなことない」
「うっそだー、なんか悩みがあるならこの俺に言ってみな?」

凛太は得意げにしてそんなことを言うが、俺はあえて大きくため息を吐いてあしらう。勘は鋭いがこのバカ丸出しな奴にだけは何も相談する気など起きない。

大体、何をどう話せというのだ。自分でもこの落ち着かない感情がなんなのか分かっていないというのに。

そんなことを考えていれば、教室の扉がガラッと開いて見慣れた人がいつも通り入ってくる。

「はいはい席ついてー、次数学だぞー」

その声掛けを聞けば、げっ次数学かよ、と愚痴を零しながらそそくさと自分の席へと戻って行った。教室の前に立つ鴨野先生の首には、昨日と同様に包帯が巻かれている。先生に少し変化があれば好奇心旺盛な生徒は皆質問攻めにして、昨日の朝のホームルームはあまりに可哀想で見ていられなかったな。なんて、何様のつもりだとは自分でも思う。

どうやら俺は、何か考え事をしていると相手をじっと見つめてしまう癖があるらしく、黒板の前に立つ先生は俺と目が合うと分かりやすく目を逸らした。

「じゃあ、教科書開いて、昨日の続きから」

そう言って、先生はいつも通り授業を始める。

あの包帯の下には、まるで獣にでも噛みつかれたかのような跡が残っていて、先生曰く、それは恋人によるものらしい。一体どんな相手なのか気にならなくはないが、相当独占欲が強いことは確かだ。もしも先生が恋人からの暴力に悩まされているのだったら、それは一刻も早く関係を断つべきだと俺は思うが。

と、そこまで考えて気づいた。

また、要らないことを考えている。
生徒の俺が、教師のプライベートに干渉するべきではない。そんなことをしても、誰も得にはならないだろう。

今日もまた、数学の授業は集中できない。














「楠木くん、なんだかぼーっとしてるけど大丈夫?」


ふと視線を上げると、ホワイトボードの前に立つ柴原が心配そうな目でこちらを見ていた。

「…あぁ、悪い、予算の話だったか」

放課後の生徒会室、文化祭を一週間後に控えた生徒会役員は、皆少し疲れきった様子で資料を見つめていた。

「さすがの楠木くんでもちょっと疲れてるみたいね。もうずっと会議しっぱなしだし、少し休憩にしましょうか」

副会長の柴原がそう言うと、他の役員はうなづいて各々休憩を取り始める。そういう気遣いのできるところも、周りから人望を集める理由の一つだろう。

「すまない、集中できていなくて」
「いいの、みんな最近の多忙でお疲れみたいだったしちょうどよかった。それよりどうしたの?楠木くんが会議中に他の事考えるなんて珍しい」

柴原がこちらを見て興味津々に尋ねてくる。

「文化祭を一週間後に控えて、何か心配事?…それとも、恋の悩みか何かかな」

どこか楽しそうに、少し悪戯な笑みを浮かべてそう言う。

「…まさか」
「もう、楠木くんてほんとに残念だよね。浮いた話の一つも出てこないじゃない」
「柴原はそんな話が聞きたいのか」

俺がそう問えば、柴原は一層不満そうに頬を膨らめるが、何も言いはしなかった。

恋愛だとか、そんなものは今の俺には必要ない。少なくとも、恋などしなくても十分この生活に満足している。

「きっと楠木くんのことだから、恋愛に必要性を感じないとか、興味ないとかって考えてるんでしょう」

柴原は、まるで俺の心を見透かすかのようにそう言ってのけた。

「でも違うよ、楠木くん。恋って"するもの"じゃなくて"させられるもの"なの、気づいたらその人のことで頭がいっぱい」

何か具体的な例でもあるみたいに、どこかを見つめて柴原はそう言う。今までそんな経験をした心当たりのない俺には、少し理解し難い現象である。

「やだ、そんな難しい顔しないでよね。楠木くんにはまだ早かったかなぁ」
「柴原…完全に俺のことを下に見ているだろう、その点に関しては」
「だって、楠木くんて恋愛初心者っぽくてなんだかいじりたくなっちゃうの、ごめんね?」

そう言って楽しそうに笑うので、俺は溜息をつくくらいしかできなかった。






それからは文化祭の忙しさに追われ、時間が経つのはとても早く感じた。気づけば一週間が経過して、文化祭も明日に迫っているなか、俺の内心はやはりどこか晴れないままいた。




「凛太、おまえ、少しはクラスの方の準備に参加したらどうだ?」


明日に文化祭を控えているのにも関わらず、なぜか凛太は呑気な様子で俺の隣をついてくる。頭の後ろで手を組んで、通りかかるクラスひとつひとつ教室の中を覗いて回っているようだった。

「つれねーなー、秋人が寂しそうに見回りに行くと言うからついてきてやったのにー」
「これは生徒会役員の仕事であっておまえのやるべきことじゃないだろう、サボる口実にしたいのが見え見えだ」

俺が冷たく正論を叩きつけるが、凛太はいつものように特に気にしない様子でまた教室の前で立ち止まった。凛太がひょいとクラスの中を覗けば、教室の中の生徒はみんな凛太を見て嬉しそうにした。

凛太の日本人離れした外見は人目を集めやすいが、それ以上にあいつの明るさはいつでも人を楽しませることができる。その人柄に関しては、俺は凛太を尊敬する。

「生徒会役員さんの見回りだってさー、みんなちゃんとやってるー?」

凛太が聞けば、みんなもう準備万端だと言い張った。クラスの準備にも行かないでぶらついてる凛太に言われるのも説得力は無いと思うが。

一通りクラスの見回りを終えると、凛太は何か思い出したように、そういえばと声をあげた。

「この前さ、友達とカラオケ行って遊んでた時に、街中で真澄ちゃん見たんだよ」

突然出てきた名前に、俺は思わず凛太の顔を見てしまった。どこか勘の鋭い凛太は、まるでそれを予測していたみたいにこちらを見てきた。バチッと目が合うが俺は即座に記入していた手元のチェック用紙に視線を戻した。

「…それがどうした」
「秋人ってやっぱ最近真澄ちゃんのこと気にしてるよな」
「……意味がわからない、なぜ俺が鴨野先生のことを気にする必要があるんだ」

俺がそう言えば、凛太はため息をつく。俺が凛太に対してため息をつくことはあっても、その逆は珍しかった。

「そんなん俺が聞きてーし、でも気のせいじゃないんだって」

凛太は口を尖らせて文句を垂らした。俺はそんな凛太を無視して歩いた。

「で?そんな話をわざわざ?」
「いやさ、それが…、なんか恋人といたっぽくて」
「………恋人?」

凛太が珍しく言いにくそうにするので、俺は思わず聞き返してしまった。この手の話はいつだって興味津々で楽しそうにする凛太が、珍しい。

「…別に、おかしくないだろう、先生に恋人くらいいたって」

恋人がいると噂になっていたくらいだ、今更そんなの聞いたって誰も驚かない。

「いや違くて、その相手が、男だったんだってば」

俺は凛太の話を聞いて、しばらく黙る。いつものように馬鹿馬鹿しいと片付けてしまえばいいのに、凛太が妙に至極言いづらそうな顔でこちらを見るものだから、何も言えなくなってしまった。

それに、そうだとしたら納得いくというような部分がいくつかあった。初めに俺が事故で見てしまった首のキスマーク。あれも、なんだかものすごい牽制的なものを感じた。まるで先生は自分のものだと、周囲の人間に、あのキスマークを見た者に感じさせるようだった。そして最近のあの噛み跡だってそうだ。到底、あれを女の人が付けたとも考えにくい。すごく暴力的で、先生に対する独占欲や支配欲のようなものの塊だと、俺はあれを見て思った。

「おい、秋人?」

凛太にぐいっと腕を引っ張られて俺はやっと我に返った。足元を見れば、すぐ先は下に降りる階段だった。凛太に止められていなければ踏み外していたに違いない。たまに、考えることに集中しすぎて周りが見えなくなってしまうのだ。

「どうした、大丈夫?」
「……あぁ、悪い、少し考えすぎた」
「真澄ちゃんのこと?」
「……まぁ、それは、まだ断定できない話だろう。先生がそう言った訳でもない、単に街で一緒にいるのを見かけただけなら、恋人と決めつけるのは早い」

俺が冷静にそう返せば、凛太はどこか腑に落ちない様子で、うーんと唸った。その隣で、俺の脳裏ではひとりの人物が過ぎっていた。

鴨野かもの 零央れお"、だったか。

この間校門で顔を合わせたが、あの人は先生のことを"おにーさん"と呼んでいた。兄弟、だろうか。いや、血の繋がった兄弟にしては、その呼び方はどこか他人行儀だ。言うなら、義理の兄弟というとこだろうか。凛太が見たのも、あの人といるところだったのかもしれない。それなら恋人だと断言するのはまだ早い話だ。

「あーきーひーと」

俺がまた考えていれば、後ろから凛太に呼び止められた。俺が立ち止まって振り返れば、何らいつもと変わらない様子でこちらを見ていた。

「なんだ?」
「…んーや、なんでも。俺そろそろクラス戻るな?」
「あぁ、今日も生徒会の方で遅くなりそうだから、先に帰っててくれ」

俺がそう言えば、凛太はひらひらと手を振って俺に背を向けた。相変わらず呑気でマイペースな奴だ。














そして迎えた文化祭当日は、想像以上の賑わいを見せていた。


「楠木くん、また迷子の子が会議室に来てるみたいなの。私そっち対応してくるから代わりに外の見回り頼んでもいい?」
「あぁ、分かった」

柴原は忙しそうにそそくさと早足で生徒会室を出て行った。俺も頼まれたように、校舎外の見回りをしに生徒会室を後にした。

もちろん生徒会役員も一生徒として文化祭を楽しむ権利はあるが、やはり俺には何かすべき仕事があった方が落ち着くようだ。

校舎を出れば、表の庭園では吹奏楽の演奏が軽快に鳴り響いて、周囲には人だかりができていた。お年寄りから、小さな子供まで、近所の人や生徒たちの家族友人、みな楽しそうにこの文化祭を満喫しているようだった。そんな様子を見れば、こちらも苦労して準備を進めた甲斐もあったと思える。しかしそんな良い面ばかりではなく、やはりこのようなイベント事には必ず、問題というものも付いて回る。毎年、他校の生徒が揉めて暴力行為を起こしたり、マナーが悪いなど、何かしら困ったことが起きている。今年はそんな問題も警戒して、人目の少ない場所には見回りを強化した体制にしてあるのだ。

関係者以外立ち入り禁止と示されたコーンを跨ぎ、校舎裏に踏み入る。立ち入り禁止区域ではあるが、やはり念の為人がいないか確認する必要がある。校舎裏へ足を進めれば、どんどん表の賑やかな音も遠のいていく。

すると案の定、校舎裏には誰か人の姿があった。すぐに注意しに踏み出そうとしたが、その人物の正体に、思わず俺はすぐそこにあった倉庫裏に姿を隠した。もう一度その姿を確認しようと倉庫から顔を覗かせてみる。が、やはりそこにいたのは、鴨野先生と、例のあの、鴨野 零央と名乗った男だった。いくら教師と言えど、部外者を連れて立ち入り禁止区域に踏み入ることは許されていないはずだ。普通なら注意すべき行為なのだが、どうも俺は、その二人のただならぬ雰囲気に身を隠してしまった。

「零央っ、こんなとこ連れ込んで、またなんかする気かよ…っ」
「はいはい、そのうるさいお口閉じましょーね」

怒った様子の先生を、スーツ姿の男は校舎の壁に追い込んで、先生の両手のひらを掴むと有無を言わせないように自分の腰にその手をまわさせた。すると男は、先生に喋る隙も与えず、一瞬にして先生の唇を奪った。そんなもの見るべきではないのに、あまりの衝撃に俺は二人から目が離せなかった。足はもちろん、指の先ひとつも硬直して動かせない。

先生は肩をびくりと跳ねさせ拒むが、男は一切止める様子もなく、弄ぶような深いキスを続ける。先生が必死になって顔を背ければ、息を吸う間もなくまた唇を奪われ、舌を吸われ。聞こえるのは、息を吸おうと必死な先生の呼吸音と、たまに漏れる甘ったるい声。そして俺の、訳もわからず加速していく心音だった。

やっと解放されたと思った頃には、先生はぐったりとしていつの間にか抵抗することも忘れているようだった。そして先生の少し潤んだ瞳は、目の前のその男を捕えて離さなかった。浅くなった息と、紅潮した先生の顔は、まるでまだキスを求めているかのような表情で、俺も思わず息を止めた。いや既に、事の始まりからずっと息を止めていたのかもしれない。

「そんなえろい顔して、イケナイせんせーだね」

男が楽しそうにそう言うと、先生というワードで我に返ったのか、ハッとした様子で先生は男の体を押し返した。

「ば、ばかやろ、ここ学校だぞっ…こんなとこで、」
「わーかったって。てか喜んでよ、わざわざ仕事早く終わらせて来てあげたんだからさ」
「そ…それは嬉しいけど…、まだ俺は仕事中だっつの…!」

いつも生徒には柔らかい雰囲気の先生が、怒った様子でその男を睨んだ。男は至極楽しそうに先生を見つめている。

俺はそこでやっと、その二人から視線を外すことができた。倉庫の壁に背を押し付け、足の力がふっと抜けたようにその場にゆっくりと座り込む。気づけば呼吸は浅く、心臓は未だドクドクと脈打っていた。






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コメント

  • maki

    面白いです❗

    2
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