生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。39話



普段乗る電車よりもずっと静かで、車窓からは真っ青な海が見える。車内に響くのは電車の揺れる金属音だけで、それ以外はすべて自然の音ばかりだった。


「あと、2つ先で降ります」

あまり見ることのない景色をぼんやりと眺めていれば、隣に座る西くんがそう呟いた。俺はこくりとうなづいて、再び外に視線をやった。

電車を乗り継いで3時間ほど、周りは海や山に囲まれて豊かな自然に恵まれていることが分かる。

「こんな田舎までついてきてもらっちゃって、ほんとにすみません」

申し訳なさそうに西くんはそう言う。

「ううん。高校に入る前はこっちに住んでたんだよね?」
「はい、祖母も親戚もこっち住みだったので」

どこか元気なさげで妙に落ち着いた雰囲気で、西くんはぼんやりと外を見つめた。

「…緊張してる?」

俺がそう聞くと、西くんは抱きかかえたスクールバッグにぎゅっと力を込めた。

「………緊張、してるんですかね…。変ですね、もう何回もお墓には行ってるはずなんですけど」
「…いいのかな、俺なんかがついて行って」
「い、いてください、それだけで全然違いますから」

西くんは、まるで縋るようにそう言った。気のせいかもしれないけど、何かに怯えてるような。

……考えすぎ、かな…。

俺はまだ、西くんのことを全然知らない。

「…お墓参りしたら、ちょっと息抜きに海まで行ってみようか」

俺がそう言うと、西くんは眉を下げて笑った。それから電車を降りてしばらく歩けば、西くんのおばあさんのお墓があるという霊園に着いた。



「綺麗なお墓だね」
「親戚の人が手入れしてくれてるんです、俺は頻繁に来れないから」

道中に買った花を飾り、西くんは静かに手を合わせた。俺も同じように手を合わせる。目を瞑ると、周りを囲む自然の音が体を包んだ。風に揺すられて木々が擦れる音、鳥のさえずり、遠くからかすかに聞こえてくる波の音、全部が洗練されたように耳を抜けていく。

「……麻海さん、本当にありがとうございます、ついてきてくれて」

飾った花を見つめたまま、西くんは呟くようにそう言った。高校一年生にはそぐわない落ち着いた雰囲気に、思わずなんと言っていいか分からなくなる。そして俺が口を開く前に、背後の方から誰かの呼ぶ声がした。


「晴弥くん、来てたのね」

その名前に西くんが振り返ると、そこには女性が一人立っていた。手桶を提げていることから、おそらく墓の手入れをしに来たことがわかる。

西くんは、ゆっくりとその人に向き直って頭を下げた。

「…こんにちは、お久しぶりです」
「晴弥くんが出て行ってから散々だわ。まるで私たちが追い出したみたいに身内から白い目で見られて、晴弥くんの生活費はこっちが出してるっていうのに」
「…はい、おかげさまで」
「あの人たち自分は何もしないくせに口ばっかり出すの。文句言うくらいなら代わりに晴弥くんを引き取ってくれてもよかったのにって何度思ったことか…」

俺はただ唖然としてその場に立ち尽くした。西くんの親戚だと思われるその女性は、まるで陰口をたたくかのようにどんどんと西くんに言葉を吐き捨てるのだ。

今目の前にいるのは当人の西くんだというのに、こんなの……。

女性は至極当然というようにまた喋りだす。

「仕方なく面倒見てあげてるのに、まだ出て行ってから一度も帰ってこないじゃない。…まったく、親が親なら子も子ね」

ため息を吐いて不満を零すようにそう呟く。俺はその様子を見て確信した。

これだ、西くんが怯えていた何かは。

出てくるのはまるで西くんを責めるような言葉ばかり。"仕方なく"と吐き捨てられた言葉には、まだ高校生の西くんを邪魔者扱いするような酷い冷淡さを感じた。

「………すみません、迷惑かけて。一人暮らしを始めてから忙しくて、なかなか帰って来れなくて……本当にすみません」

今にも消え入りそうな声で、俯いたまま西くんは謝った。その表情は酷く悲しそうなもので、胸が痛く締め付けられるような気になった。

そんな西くんの顔さえ見ずにまだ話を続けようとする女性に、俺は見かねて思わず一歩踏み出した。

「…あの、」
「すみません、ほんとに、全部俺が悪いんです。…早く自立して、この恩は絶対に返します」

俺が女性の叱責を止めるよりも先に、西くんがそう声を張って言った。今日で何度目か、深く頭を下げる西くんを見るのは。

俺はただ何も言えなくなって、必死に謝る西くんを見つめることしか出来なかった。














霊園を出て、西くんと俺は帰りの駅までの道中をゆっくりと歩いていた。のどかで、道路を走る車もちらほら見かけるくらいだ。


「…ごめんなさい、変なところ見せちゃって」

西くんが取り繕うように笑ってそう言うので、俺はなんと返していいか分からなくなって少し言葉に詰まってしまった。

「……ううん、俺こそ、変に出しゃばってごめんね」
「そんな…!麻海さんは俺を庇おうとしてくれたんですよね?ありがとうございます、嬉しかったです」

西くんはそう言うけど、結局俺は庇うことも何もできない。数ヶ月、数週間前に知り合っただけのただの友人なのだから。

しばらく沈黙のまま歩いていると、西くんが口を開いた。

「…逃げてたのはホントです、帰ろうと思えばいつだって帰って来れた。それでもやっぱり、一度離れちゃうと帰りたくなくなっちゃって…こういう日くらいしか、帰る勇気はなかなか出ません」

困ったように笑って、西くんは話を続けた。

「おばさんがああいうふうに言うのは仕方のないことなんです。あの人は何も悪くない、引き取ってもらえなかったら俺は今頃どこかで野垂れ死んでたかもしれない。ちゃんと生活もさせてもらえてるし、高校にだって行かせてもらえてる」

本当に感謝してるんです、と呟くように言って、歩く足元をどこか儚げに見つめた。あんな酷いことを言われているというのに、西くんは少しも憤りを見せることはない。

「俺がけ口になることで解消されるなら、それでいいんです。親子揃って、面倒かけてるんですから」

大した人間だ、西くんは。

俺はそんなふうには思えない。少なくともさっきの会話には憤りを覚えたし、それが俺がただの部外者であるからだったとしても、やはり何も言わずにはいられないだろう。

俺はしばらく黙ったまま、西くんのこれまでの過去を想像した。他人の頭で想像できるほど単純なものではないけれど、少しでも俺は西くんの苦しみを理解してあげたいと思った。


「……海に行こう、西くん」

俺が唐突にそう声をかけると、西くんはポカンとしてこちらを振り返った。

「えっ?…あれ、本気だったんですか?」
「もちろん。いいでしょ?」

俺は知っている、西くんは俺にそう言われれば絶対に断れないということを。














波打ち際まで来ると、俺と西くんはずっと遠くの水平線に視線をやった。


「綺麗だね」
「…はい、広くて、大きくて。すごく好きです」

水平線の向こうにはもう夕日が傾き始めていて、どことなく空もオレンジ色に染まってきている。靴を脱いでズボンの裾を捲って、直に波や砂浜を感じるのは随分新鮮なことだ。

「…ここに来ると、昔のことを思い出します。おばあちゃんと貝殻集めに来たことがあって、そこで俺、夢中になってるうちにおばあちゃんの側を離れちゃったんですよね。すぐに戻って来れたんですけど、すごく心配させちゃったみたいで…後でこっぴどく叱られました」

楽しそうに、懐かしむように昔話をする西くんは、どこかいつもの明るさを取り戻したように見えた。足元の貝殻をしゃがんでじっと見つめると、西くんは何か言いたげにこちらを見上げた。

「…思い出しました、そうだ……初めて麻海さんを見たとき、すごく寂しそうだって思ったんです」
「……え?」

唐突にそんなことを言われ、俺は首を傾げた。西くんはしゃがんだまま俺を見上げて話す。

「笑顔は笑顔、だったんですけど…なんですかね、とにかく寂しそうに見えて…そこから気になりだしたんです、麻海さんのこと」

確かにあの頃、真澄くんのことを引きずったまま、半ば忘れたいと願うように教育実習に取り組んだ。いつも通り装って過ごしていたつもりだったけれど、人の情緒に敏感な西くんには気づかれていたのかもしれない。

「……全部見透かされてた、ってことかな……あはは、かっこ悪い」
「か、かっこいいですよ、麻海さんは」

なぜか慌ててそう言う西くんに、俺は笑えてしまった。もしかしたら、中も外もここまでよく俺のことを見てくれているのは、西くんだけなのかもしれない。

「な、なんで笑うんですか…!俺真剣なんですけどっ…」
「あはは、うん、ありがとう」
「えっ、えぇ……?」


西くんみたいな子、きっとほかにはいない。



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コメント

  • RAI

    続き楽しみにしています

    1
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