生意気な義弟ができました。
生意気な義弟ができました。22話
「誠?あんた最近バイト入れすぎじゃない?」
「え、なんで?」
キッチンに立って夕飯を作りながら、姉貴は唐突にそんなことを言い出した。俺は意図の掴めない言葉に聞き返した。
「大学行かない日もほとんど家にいないじゃない。そんなにバイトして、一体何にお金使ってんの?」
まるで咎めるような口振りに、俺はまた説教かとため息をついた。
「別に?貯金だよ貯金」
俺がテキトーにあしらうと、怪しむようにこちらを見つめるが、それ以上は何も言わなかった。
実際、大学とバイトの行き来で遊んでる時間はあまりない。あの店が好きでなんとなく時間があればバイトしてたけど、考えてみれば出かけることも最近なかった。
その点、ナオさんが遊びに誘ってくれたのはちょうど良かったのかもしれない。
すると、二階からドタドタと駆け下りてくる足音が聞こえた。姉貴はそれに鋭く目を光らせる。
「ちょっと成樹!あんた何度言ったらわかるの?」
「………え?あぁ、うん。ちょっと外出てくる」
成樹は、姉貴の叱責を気にする様子もなく、いつもの騒がしさをどこかにやってあっという間に玄関を出て行った。俺と姉貴は、呆気に取られて視線を合わせた。
「……なんか珍しく大人しくね?」
「…変ね。まったくご飯時だって言うのに、またランニング…?」
最近たまに、成樹は外を走りに行くと言って突然家を出て行くことが多い。兄弟の勘から言うと、あれはたぶん何かに悩んでいるんだろう。
「あんな馬鹿でも悩むことがあるのね」
「どーせくだらないことだろ、成樹のことだし」
とまぁ、弟のことをわざわざ心配してやるような姉兄でもない。基本放っとけばいいだろう精神だ。
夕飯が出来上がるまでテレビでも見ていようとリモコンに手を伸ばすと、ポケットでスマホが揺れた。連続的に鳴るそれは、どうやら電話がかかってきているらしい。俺はポケットからスマホを取り出して画面を見つめた。そこには数日前登録したばかりの連絡先が表示されている。俺はリビングから廊下に出て、電話に出た。
「ナオさん?なんですか」
俺がスマホを耳に当てて言うと、なぜか向こうからは何も返事が無かった。俺は不思議に思いもう一度名前を呼ぶ。
「…ナオさん?」
すると、微かに息遣いが聞こえて、泣いているような弱々しい声が返ってきた。
『………はぁ…っ誠くん、おねが、お願い……っ、助けて…!』
焦るように助けを乞う声に、俺は思わず一瞬だけ頭をフリーズさせる。
「……ナオさん…?なに、なんすか」
『…………に、逃げてるの…っ、バーに行ったら、勘違いされて、それで…』
「お、落ち着いて、どこにいるんすか」
俺は、嗚咽混じりのナオさんを宥めるように優しく言って、飲み込めない状況を整理しようと頭をフル回転させた。
『…えっと、行きつけの、バーの裏に…』
「わかった、わかりました、すぐ行くんで。場所教え──」
俺がそこまで言いかけると、なんの前触れもなくブツッと繋がっていた電話が切れた。かけ直しても応答せず、俺は仕方なく恵太さんに電話をかける。
「───もしもし、恵太さん?」
『誠くん?どうしたの』
落ち着いた声音がスマホから聞こえ、こちらを少し冷静になれる。
「ナオさんの、行きつけのバーって知ってますか」
『…え?知ってるけど、どうして?』
「ナオさんがピンチらしいです、俺行ってくるんで、場所送っておいてもらえますか」
俺は、電話をしたままソファに置いてあったパーカーを羽織った。料理をする姉貴が訝しげな顔で見つめているが気にしない。
『ナオが…?どういうこと、説明──』
「俺もよくわかんないんです、すみません、とりあえず行ってきます」
明らかに戸惑う恵太さんの言葉を遮って、俺は電話を切った。今はたぶん、説明してる時間はない。ナオさんが危ないらしいし、一刻も早く駆けつけなければ。
「姉貴、ちょっと外出てくる」
「…はぁ?あんたもっ?ご飯は──」
今にも怒りだしそうな姉貴を無視して、俺は家を出た。すぐに恵太さんからバーの住所が送られてきて、俺はそこに向かった。住所と一緒に、"僕も行くから"と短くメッセージが届いた。やはり、なんだかんだ言ってナオさんが心配なのだ。
目的地に着くと、そこは夜のホテル街らしく、ネオンの看板があちらこちらに目立つ。バーを探そうとキョロキョロしていると、後ろから肩を叩かれた。
「ねぇ君、もしかして空いてる?」
俺より少し歳上くらいだろうか、スーツを着た男の人が気味の悪い笑みを浮かべてそう聞いてきた。
「…え?いや、すんません、今忙しい」
俺はそこでようやく察した。よく見れば周りは男同士でホテルに向かう人達が多い。面倒なことになる前にそのスーツの男を振り切って、言われたバーを探す。
それらしい看板を見つけて、俺はその路地裏に入った。薄暗くて人気もない。
……ナオさん、バーの裏にいるって言ってたけど…どこだ?
これだけ人もいなければすぐに見つかると思い、薄暗闇に目を凝らす。状況が掴めないおかげで焦りも混じって、俺は息を切らしながら探した。
すると、バーからは少し離れた奥の方で、何か揉めるような声が聞こえた。
「っ、いや……やめて、やだっ」
悲鳴をあげるナオさんを、取り囲むようにして男二人が立っていた。一人は後ろからナオさんの両腕を掴んで、動きを制しているようだった。もう一人は、ナオさんのズボンのベルトに手をかけている。
俺はそこに、勢いで飛び込んだ。ナオさんの正面に立つ男の頬を横から殴ると、そいつはドサリと地面に倒れ込んだ。
「っ、ま、誠くん…!」
ナオさんは俺の姿を見て泣きそうな顔で名前を呼んだ。次に、その後ろの男がナオさんを地面にドサッと放って、俺を鋭い視線でギロリと睨んだ。
「おい誰だてめぇ」
今にも殴りかかってきそうな様子でそう問われるが、もちろん答えてやる義理はない。
……あぁ、俺はあくまで平和主義なんだけど。
殴りかかってきたそいつを、俺はサッと左に避けて足を引っ掛けてやった。この手はよく、成樹と喧嘩するときに使ったものだ。
さっきの男と同様に倒れ込んで、またもやギロリと睨みつけられる。
「ッおい!もういい、行くぞッ」
「はぁ!?もったいねぇだろ!」
「んなもんまた手に入るッ」
先に殴られた方の男が頬を抑えて言えば、もう一人が反抗してよく分からない言い争いをし始める。断念したのか、男二人は悔しそうに俺を睨みつけてから走り去って行った。
俺はすぐ横に座り込んだナオさんに視線を移す。
「ナオさん…大丈夫ですか」
俺が声をかけると、ナオさんは泣きながら俺を見つめた。
「こ、怖かった…ありがとう誠くん…助けに来てくれて……」
「いえ、反撃されると思ってたから、思ったより早く退散してくれて助かりました」
俺は笑い混じりにそう言って、腰を抜かしたナオさんを抱き上げて立たせようとすると、ナオさんはそれを拒むようにした。俺が触れれば、ビクリと肩を揺らす。
「っ……だ、だめ、誠くん」
ふるふると俯いたまま頭を横に振って、座り込んだまま動かない。俺はそれを覗き込んで問いかけた。
「…なんです、調子悪いですか?」
俺と目が合うとまたもやビクリと肩を揺らして、次には瞳の色を変えた。
「っ、ごめ、誠くん…っ」
苦しげな声でそう言って、俺のパーカーの襟をグイッと引っ張った。突然のことに思考が追いついていかない間にも、俺の体は反転して、ナオさんが跨っていた。
「ちょ、ナオさん、なに──」
俺は壁に凭れるように背中を預けて、跨るナオさんに目を見張った。
その様子はおかしくて、顔を真っ赤にしながら熱のこもった目で俺を見つめていた。俺が呆気にとられているうちに、ナオさんは俺のズボンに手をかける。
「っナオさん、もしかして、媚薬飲まされました?」
俺が問いかけると、ナオさんはとろんとした視線を俺に向けた。
「…さっき、無理やり飲まされて……でも、好きな人前にして、我慢できるわけない………っ」
苦しげに縋り付くナオさんは、俺でさえも飲まれそうな色気を纏っていた。
襲われていたはずのナオさんが、今は俺を襲っているという訳の分からない状況に頭が警鐘を鳴らして、理性がブレーキを踏む。
俺のズボンの中に手を突っ込もうとするナオさんに、制止しようと名前を呼びかけようとすると、それは別の人の声で遮られた。
「ナオ!」
それは聞き慣れた声でナオさんを呼んだ。その人は俺たちを見るなり近づいてきて、跨るナオさんをひょいと脇を抱えて俺から引き剥がした。
「……あ、恵太さん」
ホッとして笑うと、恵太さんは呆れたようにため息をついた。
「なに笑ってるの、そんな場合じゃないでしょ?…ナオ、無事だったのはいいけど、誠くん巻き込んだらだめでしょ」
恵太さんは、珍しく怒ったようにして俺たちふたりを叱りつけた。ナオさんはボロボロと泣きはじめた。
「ぅ…ごめ、ごめん誠くん…でも苦しくてぇ…」
まるで駄々をこねる子供のように恵太さんに訴えた。それを見てまたため息をつく。
「ナオ、この前もこんなようなことあったよね。薬盛られたんだ?気をつけてって言ったのに」
どうやらこんなようなことは前にもあったらしい。いつも穏やかな恵太さんも、ナオさんに対してはよく怒るようだ。
俺はその様子を見つめていた。
「誠くんも、ノープランでこんなことに飛び込んで、危ないよ」
「…あー、平気っす。巻き込まれるのには慣れてるし、一発殴ったら逃げたんで」
幸い、弟との兄弟喧嘩のおかげで、喧嘩をすることには少し慣れている。向こうも警察沙汰にはなりたくないのか、素直に退散して行った。
「……とりあえず、ナオを家まで送って来るから、悪いけど誠くんはちょっと店で待っててくれる?」
恵太さんはそう言って店の鍵を俺に手渡してから、よろよろと歩くナオさんの背中を帰り道へ促した。ナオさんは俺を恋しそうな目で見つめてきたけど、結局何も言わずに恵太さんの捕まえたタクシーに乗り込んだ。
俺はしばらくそこで立ち尽くしてから、手のひらに握った鍵を見つめた。あっという間の出来事に少し浮ついた落ち着かない気分になる。
……恵太さん、やっぱ怒ってた?
俺を巻き込んだって言ってたけど、別にそんなことないし、むしろ巻き込まれたのは恵太さんの方ではないのかとも思う。
「…………変だな…」
なんだか腑に落ちない話にモヤッとしたが、考えても分かるようなことではない気がしたので大人しく言われた通り店に向かうことにした。
夜風に吹かれながらゆっくり歩いて、気づけば喫茶店に到着していた。渡された鍵を使って扉を開くと、聞き慣れたベルの音が静かな店内に響いた。電気をつければ、暗かった店内は暖かいオレンジ色のライトに照らされる。
カウンターにはドリップポットやらの器具がそのままになっていて、コーヒーのいい香りが鼻を掠める。どうやら、あそこに駆けつけるまではここでコーヒーを淹れていたらしい。片付けも何もしていない様子を見ると、急いで店を出たことが分かる。
店はもう閉めていい時間なのに、また試作のコーヒーでも作っていたのだろうか。俺からしたら、何度も作り直さなくても美味いんだから早く店に出してしまえばいいのにとむず痒い気でいる。
そういう、ちょっと自信の無い慎重すぎるところがあの人らしいんだけど。
俺はカウンターの椅子に腰をかけて突っ伏した。
…………怒られんのかな、恵太さん戻ってきたら…。たしかにノープランで行動起こしたし、恵太さん心配症なところあるし。
そんなことを呆然と考えて待っていれば、俺はいつの間にか意識を手放していた。
微睡みの中で、手のひらに僅かな温もりを感じて瞼を開いた。
「───恵太さん」
俺がその人を見上げると、バチッと目が合う。
「待たせてごめんね、誠くん」
落ち着いた声音でそう言う恵太さんは、突っ伏す俺の右手のひらに指を絡ませていた。それに気づいて、俺の心臓が少し跳ねる。
「誠くん………手、怪我してる」
絡めた指で俺の手の甲を撫でるようにして言った。自分の手に視線を移せば、殴った時にできた手の甲の傷がヒリヒリと痛んだ。
「………ちょっとだけっす、これくらい全然平気」
俺が見上げて笑えば、それとは逆に恵太さんはより一層心配そうな顔をした。何か言いたげに顔を歪ませるので、俺は話題を逸らそうと口を開いた。
「恵太さん、ナオ──」
ナオさんの様子でも聞こうかと思った時、ふいに、後ろから覆いかぶさるように抱きしめられた。カウンターに座る俺は、背の高い恵太さんの腕の中にちょうどよく収まってしまう。
「…………恵太さん…?」
俺が呼びかけると、恵太さんは俺の耳元で、何か緊張が解れるみたいに小さくため息をこぼした。
「……心配したよ、ひとりで行っちゃうから」
「…すんません、ナオさんがやばそうだったんで、つい」
「本当に優しいんだから、誠くんは…もっと自分の心配をしてほしいよ」
落ち着いた声音のまま、まるで弱音でも吐くみたいにしてそう言った。顔は見えないが、今きっと、すごく頼りない顔をしてるに違いない。
「…恵太さんって、なんだかんだ言ってナオさんのこと放っておけないですよね。さっきだって、すごい形相で駆け付けてきましたし」
俺は笑い混じりでさっきのことを思い出して言う。あんなに必死な恵太さんは初めて見た。
「…ナオは人を困らせるのが得意だからね。もちろんナオも心配だけど…でも、それ以上に…誠くんが心配で仕方なかった」
呟くようにそう言ってさらにぎゅっと俺を抱きしめた。少し鼓動が早くなる。俺はそこでふと思い出した。
────そうだ、俺この人と付き合ってるんだ。
さりげなく絡められた指も、抱きしめられて近くなった距離も、全部この前まではなかったものだ。
そう思うと、なぜか急に心臓がきゅっと締め付けられるような気分になった。
恵太さんも俺も、あまりにも普段と変わらない態度で接していたせいか、そんなこと忘れてしまっていた。
「───そっか、だから、最近よく怒るんすね」
俺はふふ、と笑いを漏らして言った。絡められた指で、遊ぶようにして恵太さんの手をぎゅっと握ったりしてみる。
「てっきり、ナオさんに怒ってるんだと思ってたけど…最近は俺にも怒ってくれますよね、呆れ顔するし。それって、俺のこと心配だからっすよね」
俺がそう言うと、恵太さんは耳元で少し息を詰めてから、またため息をついた。
「…適わないな。そうだよ、言う通りだ。…前までは、誠くんのことは怒れなかったんだけどな」
「なんでっすか」
「…言いたいことはいっぱいあるんだけど、どうも、誠くんを見ると怒る気が失せちゃうんだ。可愛いから、甘やかしたくなっちゃう」
だめな大人だね、と自嘲気味に笑う。
こんな、人殴れるような男を可愛いなんて、きっとこの世でこの人くらいしかそんなこと思わない。
「…可愛くなんてないです、俺のどこ見てるんすか」
「全部見てるよ。きっと、誠くんが引くくらい」
恵太さんはそんなようなことばかり言うけど、実際それがどれくらいなのか俺は知らない。心の中を覗けるわけじゃないし、本当かどうかも疑わしいところだ。
「…恵太さんって、本当に俺のこと好きなんすね」
「うん、好きだよ、すっごくね」
躊躇も恥ずかしげもなくはっきりと断言するので、何だかおかしくて少し笑ってしまった。すると恵太さんは少し眉をひそめて困ったような顔をする。
「笑わないでよ、真剣なんだけどな」
「はは、すんません。でも、あんまり実感なくて、恵太さんが俺のこと好きって」
だってこの前まで普通にバイトとマスターの関係だったわけだし、恵太さんも俺に気がある素振りなんて、一度も見せたことない。
背後の恵太さんを見上げると、視線を横に流してからまたこちらを見つめた。
「…誠くんは、どうして僕と付き合ってくれたの?」
少し寂しそうな顔をして言うので、俺は思わずじっと見つめ返してしまった。
…………どうして、か……なんでだろうな。
「わかんないです、なんでだろ。………でも、嫌じゃなかったんすね、恵太さんが俺のこと好きだって知ったとき」
俺はくるりと椅子を回して恵太さんの方に体を向けた。ちょっと驚いたみたいな顔で俺を凝視していた。
「…勢いって言えば勢いだし、好奇心…も、なくはないっすけど。別に流されてこうなってるわけじゃないです、俺の意思ですよ?」
俺はじっと見つめて笑った。
きっとこの人のことだから、俺が流されてるんだとか、要らない心配をしてるんだろう。
恵太さんは、なにか諦めるようにして微笑む。
「そういう男前な誠くんも好きだよ。…でもさっきも言った通り、もっと自分の心配をした方がいい。軽い気持ちで足を踏み込んで、失うものだってあるんだよ?」
真剣な口調で、言い聞かせるみたいに言葉を降らせてきた。
「…失うものって?なんすか」
じっと見つめたまま問うと、少し黙ってから、スっと俺の体を抱き寄せた。
「たくさんあるよ。………例えば、体とかね」
優しい声でそう囁かれ、俺は少し肩を揺らした。いつもは落ち着く恵太さんの声が、今日は少しむず痒く感じる。
「誠くんは、僕に体を預けてくれる気はある?」
恵太さんは呟くように俺に問う。
体を預けるというのは、やっぱり、どう考えてもそういうことだよな。
頭の中で静かに解釈して、逃げ場のない両腕を恵太さんの背中へ持っていった。
「………恵太さんがそうしたいなら、俺は別に、いいっすよ」
俺がそう言えば、恵太さんは、まるで耳を疑うかのように目を丸くして俺の顔を見下ろした。
「……本気で言ってるの…?」
「冗談でこんなこと言わないっすよ。あとさっきの、軽い気持ちでっていうのも違います。たしかに勢いだったけど、恵太さんのこと蔑ろにしたりはしないです」
笑い混じりで返せば、するりと頬を撫でられる。真剣な視線に貫かれて、思わず俺も黙ってしまう。
いつ見ても優しい目をしていて、大人の包容力ってやつなのだろうか、一緒にいて安心できる。
なんて呑気なことを考えていれば、恵太さんの顔がゆっくりと近づいてきた。俺は不意のことにぎゅっと目を瞑って身構える。
「────なんで、キスしないんすか」
またもやキスは寸前で止められ、俺は真顔で問いかけた。
今、絶対キスされると思った。
「………ここじゃ、だめかな」
「…なんで?」
意気地無し、なんて心の中で呟いた。
すると、恵太さんは答えずに俺の腕を引いて椅子から立たせた。
「家においで。今日は、泊めてあげる」
恵太さんは俺の顔を見ずにそう言う。掴まれた手首は少し熱くて、心做しか俺の体温も上がっている気がした。
………………あれ、これって、そういうことだよな。
家に着けば、玄関に入るなり体を求められた。急くように熱いキスをされ、これまでの穏やかな恵太さんが嘘だったみたいに、獣へと化けた。
ベッドに押し倒されて服を脱がされたところまでは鮮明な記憶があるものの、それから先はあまりにもグズグズにされ過ぎて、はっきりとした記憶がある訳では無い。
ただ、この人を意気地無しと呼んだ、ちょっと前の自分をどうしようもなく責めたことは覚えている。どこが意気地無しだったのだろうかと言うほど体を求められ、意識が飛びそうになれば、名前を呼んで引き戻されるの繰り返しだった。
朝、ベッドの上で目を覚まして、隣にいるその人の顔を見て俺は苦笑いをした。
───寝顔まで優しそうに装っておいて、どこにあんな肉食獣を潜めていたんだろうこの人は。
腰の立たない俺は、ベッドの上で呆然とそんなことを呑気に考えていた。
コメント
あんこ、
吹っ飛んできました└(└ 'ω')┘!!ギュオオオオオオン!!!!