生意気な義弟ができました。

鈴木ソラ

生意気な義弟ができました。2話



暑い、蒸し暑い。

じっとりと汗が滲む不快感に目を覚ますと、一番に蝉の鳴き声が耳に飛び込んできた。

「おにーさん、朝ごはんできてますよ」
「…んー……」

…………おにーさん……?

俺は聞き慣れない声と呼び名に思わず飛び起きた。重い瞼を見開き扉の方を見ると、どこかで見たことあるような含み笑いでこちらを見ている人物がいた。

……そうだ…義弟できたんだった……。

「寝癖すげー」

そう言ってクスクスと笑ってから、義弟は下の階に降りていった。俺は寝起きで爆発した髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱した。

寝癖くらいつくだろ人間なんだから…!!ってかお前こそなんだよ朝からあの顔の完成度!イケメンはずるいな!?!?

朝っぱらからのあの態度に俺は早くも心が折れそうだ。





「いただきまぁす」

洗面所で顔を洗って、寝癖も直して、俺はやっと食卓についた。やる気のないだらけた挨拶をしてる頃には、既にみんなせかせかと出かける支度をしていた。

「まったく真澄ったら夏休みだからってぐーたらしてるんだから」
「母さんと巧さんは仕事だっけ…。…あれ、零央は?」

零央も夏休みに入っているはずだ。それなのに当人は制服を着て家を出る準備をしている。

「俺は夏期講習、登校するの」

面倒くささか、少し憂鬱そうにワイシャツのボタンを閉めながら言う。

「…へー」

夏期講習か、そんなのあったな。

「零央くん部活も引退したばっかりなのに大変よねぇ」
「いやぁこのまま勉強に打ち込んでくれたら助かるんだけどな」

ネクタイを締めながら、苦笑いで巧さんが言う。

「部活、何入ってたの」
「バスケ。おにーさんは高校生の時なにしてたんすか」
「…………天文学部…」

バスケ部というthe陽キャ的要素に比べて、地味でつまらなさそうな天文学部という差に見劣りして、俺は少し間を置いてから答えた。言いづらさ極まりない。

「へえ、天文学部」

ズボンのベルトを締めているのでこちらは見ていないが、ちょっとニヤニヤしてるのを俺は知っている。

何が言いたい?馬鹿にしてるだろ?いや馬鹿にすんなよ天文学部!!あの夏の夜に学校の屋上に集合する感じ俺は好きだったぞ!!

そんなことを思っていれば、あっという間に3人は家を出て出かけてしまった。1人になったことで、突然家の中の静けさを感じてしまった。

「…別に暇人じゃないし、午後はバイトあるっつーの…」

なんて、誰も聞いてないだろう虚しい呟きを零しながら、俺は1人寂しく朝ごはんの目玉焼きを口に運んだ。







「おつかれ、真澄くん」

バイト先の塾の休憩室でぼーっとしていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。

「あ、麻海まみさん、おつかれさまです」

俺と同じ学部の4年生で先輩、麻海まみ 瞬太郎しゅんたろう さんだ。バイト先も同じでよく喋ったりする。

「真澄くん今日はいくつ授業したの?」

そう言って、缶コーヒーを俺の目の前に置いてから向かい合うようにテーブルのイスに座った。ふわりとミルクティー色の髪の毛が揺れて目につく。

「俺は2つです。麻海さんは?」
「今日は3つ。みんなまだ自習室でがんばってるよ」

麻海さんは、背も高くてスタイルも良いしおしゃれで、しかも優しくて世話焼きで、褒めだしたらキリがないくらいの人だ。後輩の俺にも良くしてくれる。ひとつしか歳が変わらないなんて思えないくらいの大人びた雰囲気で、男の俺でもかっこいいと憧れる。

「そういえば真澄くん、その寝癖どうしたの?」
「え"っ」

麻海さんがちょっと笑いながら俺の黒い髪の毛を指さしたので、俺は慌てて手のひらで髪の毛を押さえた。

「ね、寝癖まだついてます!?」
「うん、さっき生徒の子も真澄くんのこと話しててさ、見てみたらほんとに寝癖ついてて…」

堪えられない笑いが込み上げてきたようで、麻海さんは申し訳なさそうに笑う。俺は恥ずかしさで死にそうだ。

……朝ちゃんと直してきたはずなのに…直ってないなら言ってくれてもいいのに、母さんも巧さんも、もちろん零央も、みんな冷たすぎねえ?てか、頭良く見えるからって思ってせっかく勉強用のメガネかけてたのに、これで勉強教えてたの?意味無いじゃん!寝癖ついたやつの教えなんて誰が聞くんだよ説得力無さすぎだろ……。

「……麻海さん寝癖直せるのなんか持ってます…?さすがにこれじゃ帰れない…」

スマホのカメラを鏡代わりに自分の髪の毛を見ると、朝直したはずの寝癖はくっきりと元に戻っていた。

今更、って感じだけど…さすがに恥ずかしくて外に出れないな…はぁ…。

「…持ってるよ、こっちおいで」
「そんなに笑わなくてもいいじゃないすか…」

麻海さんは、ちょっと笑い疲れたみたいにしてから、鞄の中からスプレーを取り出した。俺は麻海さんの隣のイスに座って向かい合うようにして麻海さんの方を向いた。

さすが麻海さんだ、俺の鞄にそんなものはひとつも入ってないけど。

「真澄くんらしいね、寝癖なんて」

麻海さんは俺の前髪をいじりながら言う。

零央がムカつく笑顔で馬鹿にしてきたこの寝癖も、麻海さんなら優しい笑顔で直してくれる。俺は義弟じゃなくて、麻海さんみたいな兄貴が欲しかったな。

「…はぁ…」
「どうしたの溜息なんて」
「いや…実は、あー…なんていうか……、また今度話します」

なんだか、話す気にもなれなくてまた溜息をついちゃいそうだ。

「そう?スプレーかけるね」
「あ、はい」

麻海さんは、かけてた俺のメガネを外してから顔に手のひらを当てて、目隠しをするようにした。そうすると、スプレーを吹きかける音がしてから、目の前の視界が開けた。

「…わっ、」

目を開けると麻海さんがじっとこちらを見つめていて、あまりの近さに驚いて思わず声を上げてしまった。そうすると、麻海さんは可笑しそうに笑う。

「あはは、ごめんごめん」
「…俺の顔になんかついてます…?」
「そうじゃなくてさ。真澄くんメガネずっとかけてる?」

俺の反応をちょっとおもしろがってるのか、麻海さんは俺のメガネをかけたりして遊ぶ。今日コンタクトしてないから何も見えてないのになかなか返してくれない。

「勉強のときかけるって決めてるんですけど、夏休みとかは外出ないし、コンタクトつけるのもめんどくさくて最近はメガネかけてますね。癖になっちゃって」
「そっか、でもメガネじゃない方が俺は好きかなぁ。あと前髪もちょっと切ったら?」

そう言って俺の前髪を上に上げる。おでこが出て恥ずかしい。

「あはは、ちょっと幼くなるね」
「俺で遊ばないでくださいよ麻海さん…」
「かわいいのに、俺は好き」
「…麻海さんすぐそういうこと言う」

男の俺にさえそんなことを言ってくるのだから、日々女の子を何人落としているのだろうかこの人は。俺が女だったら完全に落ちている。

「一緒に帰ろうよ、ついでにそこの喫茶店寄ってこう?」
「あ、はい。てかメガネ返してくださいよ」

麻海さんはイスから立ってさっさと行こうとする。

「えーどうしよっかな」
「いいから返してくださ、」

珍しく意地が悪い麻海さんを追いかけようと、俺も休憩室を出ようとすると、俺はマヌケなことにちょっとした段差につまづいてしまう。

「…っと…危ない危ない」

けれどそこは麻海さん、俺の体を片手で支えてしまうのだ、さすがだ。なんて感心してる場合ではない。片手で支えられてしまうほどのヒョロい体だということだ。あながち零央に言われたあの言葉も間違ってはないのかもしれない、と思い出すだけで心に刺さる。

「…ありがとうございます。てか、麻海さんがメガネ返さないからですよ?」
「はいはいごめんって」

麻海さんは楽しそうに笑うので、俺もまぁいいか、というような気になってしまうので不思議だ。



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