観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

エピローグ3

 右手を持ち上げる。そしてん~と気合を入れて、私が作ったこの握りこぶし、それを私の顔面に!

「待って待って! なんでそうなるの? 止めてよ、なんか怖いよ!」

「でも」

「アリスちゃん」

 私は自分の手で罰を与えようとするのだが、けれど右手は岡島さんに止められてしまった。

「反省したい気持ちはすごく分かった。そのためにここまで来たことも。アリスちゃんはどうしても、自分が許せないんだね」

 両手に包まれた右手が、ゆっくりと下ろされる。岡島さんは神妙な顔つきで、私をじっと見つめる。

「でもね、私は気にしてないよ。転校したのだってお父さんの転勤のせいだし。私は怒ってないし恨んでもない」

 そういう彼女は落ち着いていて、けれど真剣で。私の罪科を罰しようなんて気は少しも感じない。おまけに。

「友達、でしょ?」

 最後には、笑顔でそう言ってくれたのだ。それが嬉しくて、だけど申し訳なくて。私は素直に受け取ることが出来ない。

「で、でも……」

「それよりも私が許せないのは、私の大切な友達を殴ろうとするその悪い手よ」

「え?」

 え、なに? どういうこと? 訳が分からず戸惑っていると、岡島さんは私の右手を持ち、いきなりつねってきたのだ。

「こら、アリスちゃんをいじめるな!」

「イタタタタ! 痛い! 痛い!」

「反省する!?」

「します、します! しますから!」

「よーし」

 けっこう本気だった。左手で擦るが手の甲がじんじんする。いたい。まだいたい。

「だめだよ、女の子が顔を殴るなんてさ。せっかく可愛い顔してるのに」

 岡島さんの声に振り向く。そこには元気で明るい、屈託のない笑顔が待っていた。

「これで、仲直りだね」

 そして、私に手を差し出してきた。私は少しだけ逡巡するが、彼女の笑顔に導かれて、

「うん」

 その手を、しっかりと握ったのだ。

『良かったですわね、アリスさん』

「え?」

 私は振り返る。今、たしかに彼女の声が聞こえたような……。

「ん? どうしたの?」

「あ、ううん、なんでもない」

 けれどそこには誰もいなかった。聞き間違い、かな?

「ねえ、まだ時間あるんでしょう? 部屋入りなよ、話したいこといっぱいあるしさ」

「え、いいの?」

「当然じゃない。それに、私のことは祈でいいから。さんなんて堅苦しいしさ」

「うん。よろしくね、祈」

 そして私は祈の部屋にお呼ばれして入ることにした。門を通って玄関へと、祈と一緒に向かっていく。

「そういえばアリスちゃんは今どこの学校通ってるの?」

「え、純徳学園だけど?」

「うそぉ!? 私もそこよ!」

「え!? だってクラスは?」

「四組」

「あ、棟別じゃん!」

「うわ~、奇跡だよ」

 私たちは六年という空白を感じさせないほど自然に話していた。それからはいろいろ喋って、まるで昔のころのよう。懐かしくて、楽しかった。

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