観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)
友達2
悔しくて、濡れたぞうきんを絞ったように涙を流す。もう出ないと思っていた涙は、後からいくらでも落ちてきた。
それに、なんとかしようにも、頼りのホワイトも消えてしまった。私にはもう、本当にどうしようも出来なくて。
ただ、耐えているだけだ。ずっと、このまま。
「うっ、うっ、うぅ」
それから、どれだけ経っただろう。かなり長い時間を私はこうしていた気がする。窓から見る景色はすでに暗くなっていた。
するとインターホンの無機質な音が部屋に広がった。
「アリスさん、中にいらっしゃるのでしょう!?」
それは久遠の声だった。私のことが心配で来てくれたらしい。
「お話があるんです! ですのでここを開けて下さい!」
扉越しに彼女の大きな声が聞こえてくる。私のことを本気で心配してくれて、必死に声を張り上げる久遠の姿が想像できる。だけど、今の私はすぐに会おうという気にはなれなかった。
「お願いしますアリスさん! 辛いのは分かります。ですけれど一緒に頑張りましょう!」
「…………」
逡巡する。私は体を起こし、ゆっくりと扉に近づいた。
「久遠」
「アリスさん! 良かった。大丈夫ですか?」
「…………」
扉越しのためくぐもった声が聞こえてくる。けれどその声音は穏やかなものだった。こんな私にも、久遠は温かな声で返事をしてくれる。
本当に優しい人。だけど、私は鍵を開けることは出来なかった。扉のすぐ近くに顔を寄せて、顔を俯ける。
「久遠、気持ちは嬉しい。でも、無理だよ。私……」
どうしようも出来ない。黒い世界は終わらなかった。記憶を思い出したのに。それどころか、私がいる世界までも大きく変わってしまった。
「これは、私の問題なの……。それに、私は無理よ」
小学生のころ、いじめられていた私は何も出来なかった。周りからの迫害と嘲笑を受けるだけで。
「何も、出来ないよぉ……!」
声は、震えていた。
私にはなにも出来ない。ただ怖くて震えてるだけ。ましてや今度は世界そのものが私をいじめてきている。
そんなの、どうすればいいの? どんなに辛くても、どんなに嫌でも、私は耐えることしか出来ないじゃない……。
「一人で抱え込まないでください! アリスさんは一人ではありません!」
「久遠……」
私の諦めていた声に、久遠の強い言葉が重なる。その力強さに私は顔を上げていた。扉の向こうにいる、友人の顔を見るように。
「いじめに、たった一人で立ち向かえる人なんていませんわ」
久遠の声は、怒っているようだった。けれどそれは私にじゃない。いじめという、現象に対してだ。
「アリスさんがいじめられていた時、たしかにアリスさんの傍には誰もいなかったかもしれません。ですけれど、今ならわたくしがいます。わたくしがアリスさんの力になりますわ。だって」
扉一枚隔てた向こう側から、彼女の声が聞こえてくる。まるで黒い世界に閉じ込められた私を救い出すように。
「わたくし達、友達ではないですか!」
「久遠……」
彼女の声が胸に届く。なにも出来ないと、もう駄目だと私は諦めているのに。
「一人では不安でも、わたくしがいます。一人では怖くても、傍にいます。一人では出来ないことでも、二人なら出来るかもしれません」
「私、でも」
「諦めないでください!」
久遠が、大声で私に呼びかける。こんな私に。なにも出来なかった私に。
「わたくしがいます。だから、ね?」
それに、なんとかしようにも、頼りのホワイトも消えてしまった。私にはもう、本当にどうしようも出来なくて。
ただ、耐えているだけだ。ずっと、このまま。
「うっ、うっ、うぅ」
それから、どれだけ経っただろう。かなり長い時間を私はこうしていた気がする。窓から見る景色はすでに暗くなっていた。
するとインターホンの無機質な音が部屋に広がった。
「アリスさん、中にいらっしゃるのでしょう!?」
それは久遠の声だった。私のことが心配で来てくれたらしい。
「お話があるんです! ですのでここを開けて下さい!」
扉越しに彼女の大きな声が聞こえてくる。私のことを本気で心配してくれて、必死に声を張り上げる久遠の姿が想像できる。だけど、今の私はすぐに会おうという気にはなれなかった。
「お願いしますアリスさん! 辛いのは分かります。ですけれど一緒に頑張りましょう!」
「…………」
逡巡する。私は体を起こし、ゆっくりと扉に近づいた。
「久遠」
「アリスさん! 良かった。大丈夫ですか?」
「…………」
扉越しのためくぐもった声が聞こえてくる。けれどその声音は穏やかなものだった。こんな私にも、久遠は温かな声で返事をしてくれる。
本当に優しい人。だけど、私は鍵を開けることは出来なかった。扉のすぐ近くに顔を寄せて、顔を俯ける。
「久遠、気持ちは嬉しい。でも、無理だよ。私……」
どうしようも出来ない。黒い世界は終わらなかった。記憶を思い出したのに。それどころか、私がいる世界までも大きく変わってしまった。
「これは、私の問題なの……。それに、私は無理よ」
小学生のころ、いじめられていた私は何も出来なかった。周りからの迫害と嘲笑を受けるだけで。
「何も、出来ないよぉ……!」
声は、震えていた。
私にはなにも出来ない。ただ怖くて震えてるだけ。ましてや今度は世界そのものが私をいじめてきている。
そんなの、どうすればいいの? どんなに辛くても、どんなに嫌でも、私は耐えることしか出来ないじゃない……。
「一人で抱え込まないでください! アリスさんは一人ではありません!」
「久遠……」
私の諦めていた声に、久遠の強い言葉が重なる。その力強さに私は顔を上げていた。扉の向こうにいる、友人の顔を見るように。
「いじめに、たった一人で立ち向かえる人なんていませんわ」
久遠の声は、怒っているようだった。けれどそれは私にじゃない。いじめという、現象に対してだ。
「アリスさんがいじめられていた時、たしかにアリスさんの傍には誰もいなかったかもしれません。ですけれど、今ならわたくしがいます。わたくしがアリスさんの力になりますわ。だって」
扉一枚隔てた向こう側から、彼女の声が聞こえてくる。まるで黒い世界に閉じ込められた私を救い出すように。
「わたくし達、友達ではないですか!」
「久遠……」
彼女の声が胸に届く。なにも出来ないと、もう駄目だと私は諦めているのに。
「一人では不安でも、わたくしがいます。一人では怖くても、傍にいます。一人では出来ないことでも、二人なら出来るかもしれません」
「私、でも」
「諦めないでください!」
久遠が、大声で私に呼びかける。こんな私に。なにも出来なかった私に。
「わたくしがいます。だから、ね?」
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