観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

明かされる真実1

 それは小学校の教室。三年生だった私はいつも通りに登校し、朝の教室にいた。けれど私は自分の席の前で座り込み、泣いていたんだ。

 しくしくと、大粒の涙を流して。悔しくて、悲しくて、私は一人泣いていたんだ。

 どうして、忘れてしまったんだろう。こんなにも、その時に感じた辛さが分かるのに。

 私の机には、死ねとか、バカとか、クサイとか、他にもいろんな言葉が黒のマジックで大きく書かれていた。

 小学生の私は、いじめられていたんだ。

『助け、て……。助けて……』

 私は泣きながら助けを言うけれど、周りからは小さな笑い声と、静かな視線しか感じなかった。
 私はずっと、一人で、まるで閉じ込められたような黒い世界で、泣いていたんだ。

 これが、私が忘れていた記憶。私が、思い出した記憶だ。

「そう、だったんだ……」

 私は立ち上がる。目を開ければすでに黒い世界ではなく、光に満ちた元の世界だった。メモリーの残骸も、ハートのエンブレムも当然のようにない。

 けれど、私の頭の中にはちゃんと残っている。私の記憶、メモリーが。

 私の表情は晴れない。むしろ暗いだろう。胸に残る重い感情が、なによりも私を暗くする。辛いといえば、辛い。

 今更ながら悔しいと目頭が熱くなる。吐き出す息までも熱くなっていくのが分かった。

 私は感慨に耽りながらその場に立ち続ける。すると背後から足音が聞こえてきた。私は慌てて袖で両目を擦り、ちょうど隣に来た男に言っておく。

「い、言っておくけど、泣いてないからね!」

「俺は心配してないぞ」

「ふん」

 私は拗ねた表情を浮かべホワイトから顔を背ける。なによ。こういう時は優しい言葉を言ってくれたら、女の子は喜ぶのに。

「これが答えだ。後悔しているか?」

「…………」

 彼の質問に私は答えない。目線はコンクリートの地面を向いている。けれど、少ししてから顔を上げた。

「ううん、そんなことないわ」

 後悔なんてない。私は重い感情を振り切り真っ直ぐと正面を向く。辛い過去には違いないけれど、しかしあったのだ。

 忘れていただけで。私は辛い過去から目を逸らし、逃げていただけ。その結果、あの悪夢が現れた。

「私はもっと、早くに思い出すべきだったのよ。もっと早くに、自分と向き合うべきだった」

 そう思える。心から。だから、私は後悔なんてないわ。

「そうか」

 彼の声に振り向くと、ホワイトは目を瞑ったままいつもの表情だった。鉄仮面とは言わないけれど、感情をあまり表に出さない彼。

 でも、今だけならなんとなく分かる。ホワイトが安心したような、穏やかな顔をしているように見えたから。

「では、これで別れだな」

「え?」

 唐突に言われた言葉に、私は不意に声が出てしまった。そんな私をホワイトが見下ろしてくる。

「当然だろう。メモリーは記憶となってお前の頭の中に戻った。すでに怪物ではなく襲うこともない。となれば、俺の役目も終わりだ」

「そっか……、そうよね」

 言われてみれば当たり前の事実に私は納得すると同時に、別れという事実に軽く戸惑ってしまった。

 短い、本当に短い間だった。けれど、彼にはいろいろしてもらった。憎たらしいこともあったけど、何度も私を助けてくれた。

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