観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

食事3

「この世界にはお前の知らない領域が多く存在する。そこでは確かに何かが起きているが、お前が観測するまで何が起きているのかは分からない。もしかしたら別段何も起きていないかもしれないし、特別なことが起きているかもしれない」

「それって」

 彼の言葉。それを聞いてようやくピンときた。私の中にある考えと似ていたから。

「私が知らないだけで、本当はみんなが特別かもしれない、ってこと?」

「可能性はある」

 ホワイトは頷くでもなく、短くそれだけを口にした。

 やはり難しい。ホワイトがいう世界の構造は複雑で、私が理解していることだって本当に理解しているのかどうか。

 でも、私の持っている考え方がこの世界のあり方と似ている。それが、ちょっとだけ嬉しかった。

 そんなやり取りを交えながら料理を食べ終え、次の料理が運ばれてくる。どれも素敵な一品ばかりで私の心を躍らせる。

 ホワイトのいう意識世界への不可解さをこの時ばかりは忘れて、私は料理に夢中になっていた。

 そして最後の料理である苺のミルフィーユを食べながら、私はなんの気なしにホワイトへと声をかけてみる。

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「なんで、こんなにもお金持ってるのよ? あなた何者?」

 やはりきになる。こんなこと一般市民じゃ出来ない。どこぞの資産家、その息子とか? そうでなくとも、彼が普通でないことは確かだ。

 私はあれこれ想像してしまうが、彼が口にしたのはまったく違うものだった。

「何度も言うが、この世界にあるものは知識に過ぎない。金融、経済、紙幣という概念、物質も含めてだ。俺はただ、知識を利用しているだけに過ぎない」

 そう言ってホワイトは食後のコーヒーを一口飲んだ。えっと。彼の説明は分かりづらかったが、要するに、働いて稼いだお金ではなく、お金という知識に手を突っ込んで、それをポケットに入れてるってこと? それって、

「インチキじゃない!」

「持っているものを使っているだけだ。お前は金があっても使わないのか?」

「それは……、使うかも」

 妙に納得してしまった。でもなんだか釈然としない。この男はこんな贅沢を簡単に堪能しているなんて、不公平じゃない。

 けれど、これでまた分かったことがある。ううん、これだけじゃなくて分かろうと思えば最初からだけど。

 私は途中でフォークを置いて、表情を引き締めた。炎の狼を出したり、知識を利用したり、そんなこと出来るはずがない。この世界の人間では。

「あなたは、ここ、表層世界の人ではないのね」

「…………」

 私は彼を真っ直ぐ見ながら言う。彼は表情どころか眉一つ動かさず黙って聞いていたが、しかし、しばらくしてから口を開いた。

「そうだ」

 冷淡な、けれど重みを感じられる肯定、その一言。彼は私を見ない。目線はずっとテーブルに固定されている。

「どこの世界?」

「それは言えない」

「そればっかりね」

「嘘は言っていない」

「本当のことも言えない?」

「そうだ」

 彼のことは、やはり分からず仕舞い。そんな気はしてたけど、でも残念。

 そこで、彼は私を見つめてきた。

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