観測者と失われた記憶たち(メモリーズ)

奏せいや

出会い5

「あのね、男たちに絡まれている私を助けてくれた人がいたの。それは覚えているんだけれど、その人のことが思い出せないのよね。それもすぐに。助けてもらった直後。その人はどこかに行ってしまって、お礼も言えなかった。どうしてあんなにすぐ忘れてしまったんだろう」

 今思い返してみても分からない。どんな人だったのか。何故思い出せないのか。お礼くらいは言いたかった。それが出来なかったことが、私の心にちょっとした重石になっている。

「そうだったのですか。それは不思議ですわね。うん、それは調べがいがありますわ」

「調べるの?」

 ここでも久遠の新たな探求が始まるのか。久遠の好奇心には本当に見境がない。

「ですけれど、以前に人は極度の緊張状態にあると記憶がとんでしまう、なんてお話を聞いたことがありますわ。アリスさんは、自分が思っている以上にその時が怖かったり、緊張していたのではないですか?」

「うーん、やっぱりそうなのかな~」

 久遠からの説明に私は躊躇いながらも納得してしまう。それしか理由が思いつかないもん。

「あ、そういえばなんですけれど、アリスさんご存知ですか!?」

「ここで?」

 もはや習慣となった久遠からのお話、ずいぶんとまた唐突ね。でも、今朝はいったいなにを教えてくれるのだろうか。

「今日のは一段と特別ですわよ? ぜひアリスさんにお伝えしたくて」

 なんだろうか。久遠が私に体ごと正面を向けてくる。表情は嬉しそうというか期待を露わにしており、なんだかとても楽しそうだ。

「実はですね、昨日、駅の出口付近で見かけたのですよ。絶対アリスさんなら気になるかと思いまして」

 久遠がにこにこと私に言い寄る。

「なんとですね、――があったのですよ」

「え?」

 久遠の口から踊り出た言葉に私の意識はすぐさに反応した。助けてくれた人の正体、そんな謎が霞むほどの。なんだってそれは、数年間に渡って私を襲う、最大の謎なのだから。

 それは――

「夢占いの、屋台?」

「はい!」

 私の聞き返しに、久遠はにこにこと笑っていた。

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