ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

56.「学園脱出計画とその後の周辺ーやはり天上ヶ原雅には敵わないⅢ」



「さて櫻井君。無事にあなたの戦闘能力の未熟さを噛みしめて貰ったところで、少しは『渋谷恭平君』のことを思い出して頂けたでしょうか?」


「そうだ。そう言えば恭平が……ってちょっと待てよ。お前まさか……あいつまで……」


「はい。予測通りでしょう。渋谷恭平君は私が『呼び出し』ました。ああ、あの不良連中は本物のごろつきですよ」


「……どれだけ用意周到なんだよあんたはっ!」


 不良連中が本物ということには寒気が走った一方で、恭平まで道連れにしていることには戦慄すら覚えさせられる。


「幾らあなたの親友とはいえ、そんなに都合よく距離のある美浜区から中央区の夜の街に遊びに来るはずがありません。更に言えば偶然時間帯が重なって、あまつさえ櫻井君のピンチに駆けつけるなんて……そんなことが起こる筈が無いでしょう?」


「そりゃそうだな……」


 そう言えば恭平は何か誤魔化している感じがあったな。その違和感は天上ヶ原雅に指示をされていたからか。……くそ……嵌められた。


「私は武道に秀でており、もしも千葉の街で『不測事態』にあなたたち二人が巻き込まれた時に助けに行けるような『存在』を事前に準備しておいたのです」


「なんでそんな面倒なことをわざわざ……つーかそれで何で恭平なんだよ?わざわざ恭平を呼び出しておく必要はあんのかよ?」


「理由としては二つあります。一つは、黒服を投入することが出来ないという事情があったからです。あくまで私はあなたに『敗北』し学園で待ち侘びることしか出来ない存在として振る舞う必要がありましたからね。黒服を投入したら何故出し抜いたはずの存在の刺客が姿を現すんだ?とあなたたちが疑心暗鬼になってしまうでしょう?ですから心の安寧を保たせるためにも私と黒服が姿を現すことは、行えなかったのです」


「なるほど……ってそれなら、そんな面倒なことする必要なかっただろうがっ!」


「いえいえ……それでは最終的に現在のようにネタ晴らしをする楽しさが無くなってしまうではありませんか。私はあくまで貴方たちが目的を果たす瞬間までは負け犬(笑)でなくてはいけなかったのです。私の愉悦故に」


「……そうかよ」


「二つ目にあなたを助けるにあたって違和感がない相手を招集する必要があったのです。あなたも見ず知らずの人に助けられるようなことになれば、少しは疑問に思うでしょう?更に公的な機関、例えば警察などに助けられれば納得は出来るでしょうが……」


「公的な機関には頼れない状況(補導される危険性)だったからその演出も難しいと」


「ええ。だからあくまで私は一般の通行人や公的な機関の人間ではなく『櫻井君を助けるに値する理由』を持つ人を投入すべきだと考えました。結果として最も適合しているのは渋谷恭平君だったと言うだけの話です。彼は櫻井君のピンチが訪れるかもしれないと告げると、すぐに協力を承諾してくれましたからね。そういうわけで、貴方たちが学園を脱出した後には、渋谷君の家まで速攻で迎えに行き、渋谷君を乗せた状態であなたたちを遠巻きで尾行していたというわけです」


「なるほど……。つーか尾行とかしていたのかよ……全く気が付かなかったぞ」


「まあ万が一尾行に気が付かれては困るので基本的には50m以上は距離を空け、学生証から会話内容を聞いて状況を把握していました。……ちなみにあなた達と合流するまでは、一切、彼には情報を与えていなかったんですがね」


「一切情報を与えなかった?それは何でだよ?」


「渋谷君に下手に情報を与えてはどう行動するか分かりませんでしたからね。彼は嘘をつくのが下手のようでしたから。少なくともあなたと合流するまでは情報量を増やしたくはありませんでした。実際に会話を拝聴するにボロを出しているような人でしたし」


「そっか……」


 その話を聞くと納得出来た。確かにあいつは俺と二宮の事に関してほとんど知っていないようだったしな。特に二宮の容姿に対する反応は初々しい感じだったし。
 この天上ヶ原雅の策略によって、俺も恭平が嘘をついていることまでは悟れても、天上ヶ原雅に唆されているとは考えが至らないんだ。……本当にこいつは狡猾過ぎるな。


「そんな訳で彼には事情を話さないまましばらく待機して貰い……貴方たちがピンチになったタイミングで状況と位置だけを告げて、あなたと合流させました。その後は尾行していた車に帰車し、状況を見守ることをしていました」


「そうか」


「ですからあなたの過去の追憶を彼も聞いていましたよ。特にあなたの学園での二宮さんとのやり取りに関しては彼も事情を把握していなかったので、彼はとても複雑そうな顔をしていました。それこそもう一度あなたと直接対話をしたいと願い出る程にはね」


「……っ!」


「まあ、そんなことをされては私の行動が筒抜けになってしまう危険性がありましたからさせませんでしたけどね。それにその後の二宮さんとの対話であなたの問題も収束したようでしたしその必要はありませんでした」


「……恭平」


「ところでそんな渋谷君の方からあなたに一言だけ伝言があります」


「……っ!それは一体?」


「ええ。たった一言。『お前はお前のままで頑張れ』とね」


「……っ!あいつは……本当に……」


「彼はあなたの友人にしては見どころがありそうですね。またいつか話す機会はあるでしょう。その時に再び色々な事を語ってあげると宜しいのではないでしょうか?」


「……あんたに言われるまでもねえよ。そうするよ」


「はい」


 ニッコリと作り笑いを浮かべた後に天上ヶ原雅は一瞬だけ深呼吸をし、言葉を告げた。


「さて……こんなところで情報のほとんどは打ち明けることが出来ましたね。何か櫻井君のほうから私に聞いておきたいことはありますか?」


「……」


「……」


「……」


「……」


「無いのであれば―――――」


「いやっ!」


「ある!聞いてくれ。なあ天上ヶ原、それと立花さんもだ。これは二人に言っておきたいことだ。今回の学園脱出計画に関しては俺が主導し、最終的には俺と二宮が『覚悟と責任』を持った上で実行したことだ。だから恨み言を言いたくはないが……あんたが『面白そうだから』という理由で……俺と二宮は『苦労』をした。あんたが事前に二宮に意地悪をしなければ、俺と二宮はわざわざ……脱出なんて大それたことはしなかった」


「それが一体―――――」


「あんたが、二宮にすぐに教えていれば……二宮が『命がけ』で綱渡りをすることなんて無かったんだぞっ!」


「……っ!」


 俺の怒鳴り声に彼女は身体を震わせる。この期に及んでそんなことを指摘されるとは思っていなかったのだろう。だが、俺はこれだけは真剣に怒っているのだ。


「立花さんもだ。……今回の一件に関して知らなかったのならまだいいですよ。だけど……知っていたのなら最低限……『綱渡り』だけは止めて欲しかったです。結果的には二宮は完全に無事でした。だけど、そんなことは結果論だ。……いいか、天上ヶ原雅っ!最終的に実行を促したのは俺だ。実際に実行したのは二宮だ。責任は俺たち二人にある。だけど……二宮を追い詰めて俺を促せるようにしたのは……あんただからな。それだけは……認知しろ」


 天上ヶ原雅も流石にこの一件に関してだけは猛省して欲しい。何故なら万が一に陥れば、『欠片も笑えない』からだ。
 例えば天上ヶ原雅は語った。『学園を必死で脱出しようとしている学生諸君VSそれを封じ込める悪っしき理事長』。ああこれは面白かったさ、これは最高だった。安全が確保されている中での戦いだから。
 けれど綱渡りだけは話が別だ。流石に死人、あるいは重傷者が出てしまえばそれは『笑い』では済まないのだ。俺は純粋に天上ヶ原雅にその点だけは顧みて欲しいと心の底から願っている故に俺はどうしてもそれを伝えたかったのだ。


「……」
 天上ヶ原雅は少し瞳に涙を集めてそして――――言ったのだ。


「櫻井君。……その一件に関してだけはあなたに素直に……」


「謝る訳ないじゃないですか。馬鹿ですか死にますか?」


「は?」


「なるほど……櫻井君は未だに気づいていないという訳ですか。それならば……立花さん。早速と現地に行きましょう。まだ、『あれ』は設置していますね?」


「ええ。というか、元々あれは回収するつもりはありませんから。今後のためにも」


「は?え?何?」


「それでは行きましょうか櫻井君。いざ……屋上へ」








 六月の早朝の屋上は風が吹き、多少は涼しくなっているものの決して気温は低くない。更に徹夜状態の身体で、日光をがんがんと浴びるのは辛かったので俺は少しけだるげだ。


「それで……ここまで連れてきて何をするつもりなんだよ?」


「ええ。単刀直入に申しまして……私が綱渡りの『安全性』についてレクチャーしようと思いましてね」


「……なんであんたがそんなことを?ってか、そんなことはどうだっていいんだよ。俺は危険性があるようなことを強いる行為を止めなかったことを責めているんだから」


「まあ、御託はいいですよ。恐らく見て貰った方が早いですから。それではよく見ていてくださいね。はい。行きますよー」


「はっ?いやいやいやいやいやいやいやいや、待てっ!待てってぇえええええええええっ!」


 あろうことか……天上ヶ原雅は……屋上から駆け出すようにして……フェンスを越えて……地上へと落下した。


「立花さんっ!これは本当に死んじゃいますってっ!クソっ!」


 俺は瞬時に天上ヶ原雅の手でも掴もうとするが……間に合う筈も無い。ここは映画やドラマの世界じゃない。手を伸ばしたところで―――――彼女の手に届く筈も無いのだ。屋上の高さは、二十メートル以上。打ちどころが悪ければ即死は免れない。
 そんな高さから……天上ヶ原雅は落下をしたのだ。あり得ない。何か勝算でもあるのだろうか?実は小型のパラグライダー的な物を用意していたとか?
 いや……そんな筈は無い。俺の発言は突然であり、彼女は何の準備も無しに階段を駆け上り、屋上までやって来たのだ。だからこそ準備をしていた筈が無い。
 それでは、実は天上ヶ原雅は飄々とした態度をしながら立花さん以上のポテンシャルを秘めているとか。いや、それもないだろう。どれだけ運動神経が良かろうとも落下は防げない。人間は重力には勝てないのだ。
 しかし、解せない。どうして天上ヶ原雅はこんなことを、しでかしたのか。俺は、恐怖心を必死に押さえつけながら落下しているであろう天上ヶ原雅に視線を向けた。すると―――――そこには、到底理解することが出来ない光景が映っていた。


「な―――――――」


「そもそもですね。櫻井君は天上ヶ原家のことをどれほどご存知か知りませんが……天上ヶ原家はありとあらゆる分野で世界的に有名なんですよ。そして、その一部の分野としては重化学工業分野も世界トップクラスのものと評されています。そして、昨年に開発された『これ』は、中々に面白い技術だとは思いませんか?まあ、発案をしたのは私なんですが……CGを用いずとも、十分に視覚的に違和感を流布し驚きを与える。どうです櫻井君?」


「なっ!は?って、てか一体どうなっているか全然わかんねえんだけど?」


「フフ……櫻井君も……来てみればいいと思いますよ?」


「来てみればって……ええいままよ」


 この訳のわからなさに辟易としながら、俺は好奇心を抑えられずに天上ヶ原雅と同様に屋上から駆け抜けた。


「……っ!」


 当然のように重力には逆らえず落下していく。そして―――――少しの落下後に不思議な感触に包まれる。


「え?」


 それは弾力だった。軽く足に力を踏み入れようとも変化は起こらない。落下することもなく完全なる足場となっていた。


「天上ヶ原雅。これは……一体?」


「お馬鹿なあなたにでもわかるように説明致しますと……これは人間の視知覚では認知することが出来ない科学繊維が敷かれています」


「科学繊維?具体的には?」


「企業秘密です。幾ら櫻井君にネタ晴らしをしているとはいえ、それは教えられません」


「……わかったよ」


「はい。そして、この化学繊維は弾力性に富んでおります。ですので、このようにしても……全く安全という訳です」


「ちょっとっ!危ねえだろうがっ!揺らすんじゃねえっ!」


「大丈夫ですよ櫻井君。ほら……びくりともしないでしょう?ご覧のように、我が天上ヶ原家の素材は世界一というわけです」


「全くわけわかんねえが……この繊維はどういう仕組みで浮いているんだ?」


「流石に繊維そのものは浮いてはいませんよ。実際は4階と1階の外壁に繊維同士を組み合わせることで浮かせているように見せているだけです」


「ちなみにそのエリアってのは……どのくらいの範囲だ?」


「半径50メートル。地上5メートルから屋上の頂上の約5メートル下の地点までです」


「広っ!」


「なお、これの設置によって予算として三千万円程は掛かっていますね」


「大がかり過ぎんだろ……。今回の一件でどれだけ気を張ってたんだよ?」


「あたり前でしょう?生徒の安全を考慮せずして何が理事長か。何が責任者か。私に絶大な権力がある以上、その『権力』を最大限に発揮し、真なる負担や危険を掛けさせることはしない。それは当然のことです。まあ単純に自殺者防止のために設置をするという意図もあるんですけれどね。今後のためにも」


「……」


「ふぅ……説明にも疲れてきましたが……これで二宮さんがロープから手を滑らせたとしても、命に別状を及ぼすような危険性はないということを理解して頂けましたね?」


「……いや……二宮がこの化学繊維の範疇から離れて落ちたらどうすんだよ?」


「フフフ……櫻井君。それはあまりにも苦し過ぎますよ。……二宮さんのように聡明な方が、足場の位置を確認しないとでも?恐らく最初は動揺しますが、すぐには平静を取り戻して状況理解に努めます。ですから……私は二宮さんが地上に落下する可能性は……万に一つ程度だと考えていました。どうでしょうか?」


「……失言だった。確かに二宮だったら動揺のあまりに化学繊維から落下することはないだろうな」


「はい。私に『ぬかり』など存在しませんから」


「さて……他に何か質問はありますか?」


「いいや……ねえよ。もう十分だ」


 この天上ヶ原雅という女はどこまでも思慮深かった。性格の悪さは極上と呼ぶに相応しいが、それでも致命的なミスを一つたりとも犯してない。
 深夜の街での危険も校門での戦闘も屋上の綱渡りも……その全てを把握、あるいは予期して対策を講じていた。俺が説教する部分など一つたりともないのである。
 ……こりゃ素直に負けを認める以外はないだろう。天上ヶ原雅に対する敗北感と安心感が混在したようなそんな情動が湧き起こっていた。


「……今回の一件は完全に俺の負けだ。俺は何も見えていなかったし、結果的に二宮や他の面子に負担を掛けるだけになっちまったな。俺がもう少し我慢を覚えていればもっと二宮は楽に布川さんと会えたんだな。全く……とんだ無駄な行為だったよ」


「……」


 天上ヶ原雅は……笑うわけでも、怒るわけでも、悲しむわけでも、楽しむわけでもなく……俺を見つめた。不思議な光景だった。謎の化学繊維の元で俺と天上ヶ原雅は、空に浮かぶようにしながら対峙している。これはよく分からない状況だった。


「ってか、俺も改めてお前に謝罪をしておかないとな。悪かったよ天上ヶ原雅。今回の一件ではお前にも大きく負担を掛けた。だから今後はこんなことにならないように……」


「まだまだ、貴方も幼いですね?」


「え?」


「いいですか。櫻井君。貴方は何もわかっていません。ここまでの流れでも全体像を把握できていないあなたは本当に未熟ですよ。きっと、今のあなたは恥さらしと全国中の人間から揶揄され意志を投げつけられる勢いです。はーい中継映っていますか? ^^」


「流石にそこまでだったら俺でも傷つくわっ!ってか中継って何だよ!?」


「それでは低能の貴方の為に説明してあげましょう。今回の一件はですね。確かに私が面白そうだったからと貴方の学園計画を放置したという側面もあります。実際に生徒会の方々や一年A組の生徒が力を合わせて黒服たちを制圧しようとしていた光景は新鮮であり楽しい物でした。ですが……それだけの筈がないでしょう?」


「じゃあ……一体何の為にだよ?」


「それは……二宮さんの為ですよ」


「二宮の為?」


「はい。あなたもご存知の通り、二宮さんは決して孤独を好む方ではありませんでした。彼女は我儘で傲慢で口うるさい最近のメス共とは異なり、謙虚で素直で慎み深いというそんな人物です。ですが……それでも、人並みに人との関わりを嫌うような異端な性格を持ち合わせているわけではありません。寧ろ同年代の俗人と比べて、幼くして両親を亡くしていることから、他者からの情愛を強く渇望している節があります」


「さらっと現代jkディスってんな。ってか、お前も現役女子高生だろうが……」


「ともかく……彼女が好き好んで自らの殻にこもるようになったわけではない。そのことは貴方もご存知の筈です」


「……まあな。二宮は……その環境の悲惨さから1人にならざるを得なかったんだ」


「人と関わりたいという願望はあるが、それでも現実として人と関わることの恐怖。それが彼女にとっての心の闇でした。理事長である私はどうにか彼女の闇を解消することが出来ないだろうかと……長期に渡り考えておりました」


「……それでも……中々に解消する方法は無かったのか?」


「存外……彼女も中々に頑固でしてね。色々な生徒に働きかけてみても、簡単に結果は出ませんでした。三枝さんを中心として、クラスの中で居場所を作ったりしてみてもそれでも問題の解決には至りませんでした。この辺りに関しては三枝さんからも聞いていたでしょうから割愛しますが。そこで……最後の手段に縋ることにしたんですよ」


「最後の手段?それは……おいおい、まさかだろ?」


「いいえ。まさかではありません。その希望こそが……櫻井君。貴方です」


「……」


 俺は沈黙することしか出来なかった。意味が分からない。天上ヶ原雅が、二宮の孤独を解決してやりたい気持ちは理解していた。だが、どうしてそれが俺に繋がるのか。


「意味がわかんねえよ……」


「櫻井君。貴方は中学時代に彼女との一件があったことで、貴方のその『お節介焼き』の特性を持っていることはご存知でした。……そして、学園に入学させ彼女と同じ教室にクラス配置で、尚且つ隣の席に配置すれば……必ずやあなたは二宮さんのことを気に掛けると確信していました」


「待てよ。それじゃあ……そもそも俺がこの学園に来たのは?」


「いいえ。それは勘違いです。因果関係が逆です。二宮さんの為に、あなたを呼び寄せたというのは流石に違いますよ。堅一郎さんからの打診があり、貴方を学園に入学させたことが先です。そして、その後にどのクラスに編入させるかを考える段階で、あなたを二宮さんと接近させる事を考えたのです」


「……もしも、俺が二宮に接近しなかったらどうするんだよ?」


「もしも、その状況に至らなかったら……二宮さんはこの後も孤独を抱え、苦しみと共に生きていたかもしれませんね」


「……っ!」


「ですが……あなたは彼女と接触をした。それは揺るがぬ事実なんですよ。それは変えることが出来ないまぎれもない現実です。ここは、ファンタジーの世界ではありません。過去に戻ることが出来るタイムマシンが開発されているほどの未来でもありません。ですから……これは事実であり既に起きた事象なんです。今更『もし』とか『だったら』とかは必要ではありません。早乙女さんもあなたも言葉を語っていたでしょう―――――」


「『今、ここで』が全てなんですよ」


「……」


「あなたは、彼女に接触をしていた。あなたの動機が何であれ……確かに貴方は彼女の心の根底に触れた。そして……体育の一件では、彼女が一日外出権の獲得を悲願としていることを知ったんです」


「……そこまで……知っているのかよ」


「学園内で私が把握していないことはほとんどありませんからね。それは当然のことです。そして……彼女がそこまで他人に心を打ち明けたのは初めてでした。勿論、私は彼女の目的も過去も知っていました。というか櫻井君。言うのを忘れていましたが、あなたの今回の作戦には決定的な弱点がありました。他にも語り出せばキリがないですが特に致命的なものがありました」


「ああ?それは何だよ?」


「私が黒服の何人かに連絡をしておいて、布川さんの家を抑えておきなさいと命じたらあなたはどうするつもりだったんですか?」


「……っ!確かに……それは盲点だった」


 実際もしも、それを命じられていたら勝ち目は0だっただろう。……やっぱり俺の作戦じゃ漏れがあるんだな。


「ああ。すみません。どうしても真剣な話であってもあなたを馬鹿にせずにはいられない衝動に駆られてまして。はい。すみませんでしたー」


「そんな棒読みなツッコミは人生で初めてみたわっ!逆に尊敬するわ、あんたのそのふてぶてしさっ!」


「さて……話が脱線してしまいましたから戻しますと……私はそんな櫻井君と二宮さんとの関わり合いを見てどうにか二宮さんを孤独の闇から解消できないかと考えていました」


「つーか……天上ヶ原雅。……もし、あんたが二宮の他者に対する不安だとかを解消したいのなら……さっさと布川さんに会わせてやればよかっただろうが」


「ええ。それは勿論私も真っ先に考えましたよ。定期的でにも布川さんに会わせてあげれば、彼女の心は弁識を保ち安静になると。しかしそれは駄目なんですよ」


「何が駄目なんだよ?」


「彼女にとっての心の痛みの大部分は、『同性代の人間からの裏切り』です。勿論『他者全般』に対する信頼感の喪失も大きな問題ではありましたがね。幾ら布川さんという存在がいたとしても……それによって、同性代の人間に対する信頼感を取り戻すことが出来るわけではありません。ですから断言致しましょう……たとえ、布川さんと何度邂逅を遂げさせたとしても、二宮さんの人間不信と人間嫌いを根本から矯正することは適いませんよと」


「……なるほど……」


「というわけで二宮さんの心を変貌させるには、あなたのような立場の人間が必要でした。一日外出権の一件について知り得たあなたには……どんな形であれ、彼女の心を解きほぐすことが出来るだけの素質を兼ねていると感じたのです。そして、それを悟った私は二宮さんの努力を踏みにじることにしたのです」


「それが……一日外出権のグアムってことか……」


「はい。まあ、先ほど理事長室でお話をしました通りに、慣習的に行った節もありますし、彼女を泣かせたいという欲求もありました。ですが、大よそは二宮さんの気持ちを踏みにじり、あなたがどうにか反逆を起こして、二宮さんとの『絆』を深めて貰えればと考えていたんですよ」


「絆……」


「……さて、あなたが二宮さんを連れて、生徒会や一年A組の生徒達と協力してくれたことは非常に素晴らしかったです。協力してくれた生徒達にとっても、二宮さんという人物の本懐を知ることは出来たでしょうし、それは二宮さんにとっても同じことです。二宮さんは今回の一件を通して、同年代の人間と正面に向き合いました。私という共通の敵を通して、貴方たちは『絆』を深めたでしょう」


「……『絆』か……なんつーか意外だよ。あんたがそんな言葉を多用するなんてな」


「あら……櫻井君は私を何だと思っているんですか?幾ら私の見た目が女神にも近しい程麗しく、慈愛に溢れた性格をしているとはいえ……」


「前者はそこまで否定しねえけど、後者はダウトもダウトだよ。マジで」


「……ぷんぷんっ!ミヤビちゃんショックっ!」


「気持ち悪い擬音を口頭で現すんじゃねえよっ!ってかあんたが自分に『ちゃん』を付けるとキモイな。愛莉とかだったら可愛いのに!」


「……いい加減、櫻井君の言葉遊びに付き合っていると先に進まないので先に進めてもいいでしょうか?」


「真剣な話なのに茶化しまくってんのはてめえだろうが……」


「そんな訳で……貴方の尽力のおかげで二宮さんは以前よりも他者に対して心を開くようになったでしょうね。それは貴方のお陰ですよ。櫻井君。あなたが、彼女を引き連れて……艱難辛苦を乗り越えて彼女を外に連れ出したことで彼女の世界は変貌しました。もしも私が素直に彼女を外に連れて行ったとしても、このような現状にいたることは出来なかったでしょうね。だからあなたのお陰です。そして―――――」


 彼女は青い空の下で手を掲げて、俺に初めて無垢なような笑顔を浮かべつつ言ったのだ。


「あなたが―――――二宮さんを外に連れ出したことで誰かを心の底から思うことが不可能だった彼女でも……ありふれた少女らしく『愛』を知ることが出来るようになったのですから。ですよね櫻井君?」


「……っ!お、お前に言われるようなことじゃねえよ!だ、大体な。愛って何だよ?俺と二宮はそんな関係じゃあ……」


 そんな強がりと照れ隠しを真正面から潰すように彼女は告げる。


「全く……あなた自身もわかっていることでしょう。共に深夜の千葉の街を駆け抜けた仲間として……彼女があなたをどれだけ想っていることか。共に生きて幸福を目指すと約束した言わば夫婦のようなものでしょう?……しかし、貴方が視野狭窄になるというのも無理はないこと。それならば……少しばかり彼女の真意を探ってみましょうか。いい加減彼女も起床したでしょうから」


「起床?一体何の―――――」


 瞬間だった。バンと強烈な音が鳴り響いた。何事なのかと俺は上を見上げると……って見えねえよ。ここは、屋上から5メートル程下の地点であるのだ。だが、音だけは轟いていた。そして――――俺はすぐに音の正体について理解することが出来た。何故なら―――――それは俺が知る少女の声だったからだ。俺と苦楽を共にした人物に違いない。


「櫻井君っ!大丈夫?」


「……二宮?」


「櫻井君っ!立花さんっ!櫻井君はどこに?」


「地上をご覧ください」


 そんな会話の後に二宮の声が近くなる。そして―――――


「櫻井君っ!……え?」


 俺は眼上を見上げ、二宮は地上を俯瞰する。そうすることで、俺と二宮の視線は交差した。彼女からしてみれば俺と天上ヶ原雅が空中に浮いているように見えて、えらく不自然な光景なのだろう。
 俺は二宮を目視する。彼女はいつもとは異なり髪が乱れており、相当慌てていた様子が手に取るように分かった。制服もいつもの清楚な着こなしとは言えず彼女らしくない。……まあ、それでも美しく気高いのはいつもの通りなんだが。
 そして何よりも俺が一番驚いたのは彼女の表情だった。既に彼女が鉄仮面ではなく、豊かな感性が内在化していることは理解している。しかし、基本的には毅然としている彼女が今はあまりに余裕が無さそうだ。


「よお。二宮……その……何か異様な光景に見えていると思うが……無事だよ」


「櫻井君……良かった……。あなたが無事で……本当に良かったっ!」


「ちょ……二宮?」


 そして彼女はその場に倒れこんでしまったのだ。俺の位置からだとかなり見えにくいがどうやらそのようだ。
 俺は視線を眼上から正面へと戻し、天上ヶ原へと詰め寄る。彼女は俺にだけ聞こえる位の少し小さめの声で告げる。


「おい……天上ヶ原雅。これは一体どういうことなんだよ?」


「どういうことですか……私が仕組んだのはたった二つですよ。一つは、保健室のベッドで睡眠に着かせていた二宮さんに対してメッセージを残していたんです。櫻井君は、理事長室で預かっている。身の安全を保障して欲しければ、理事長室へと来いとね」


「完全に悪役のセリフじゃねえかっ!って……あんたは悪役だもんな」


「ですが、櫻井君に対する説明のために、屋上へと移動をしてしまったので、今度は理事長室に手紙を残して、屋上へと来るように仕向けたんですよ。そうして無事に二宮さんは屋上へと辿り着いたのでしょう」


「……なるほど。それは理解出来た。だが……何でわざわざそんなことをしたんだよ?」


「私が二宮さんの動揺する姿が好きだから……というのは半分くらいしか本音では無いのですが……」


「半分も本音なのかよっ!やっぱ性格悪っ!」


「それは冗談として……あなたに理解して欲しいと感じたからです」


「あ?」


「何故彼女はあんなにも必死になってここにやって来たのか?それは単純な話ですよ。あなたを―――――愛しているからですよ」


「……だから愛って……!」


「ええ―――――それ以外の何の理由があると言うんですか?いいですか、ここからは理事長としてあなたにお教えしましょう。既に二宮さんから聞いたことと重複するでしょうが、改めて耳を開いて傾聴しなさい。今回あなたが行ったことはあくまで愚行です。あなたは三枝さんに指摘された通りに感情的に動き、自己の虚栄心を満たし悦に至るための道具として二宮さんに接しました。それは最悪の所業です。あなたの振る舞いはとても未熟であり幼稚としか言いようがありません」


「……」


「そしてそれら全ての『醜悪ぶり』は、あなたの独白によって二宮さんも認識していますよね?それを改めて踏まえた上で今の彼女の姿を見てください」


「二宮……」


「他人を遠ざけて、自ら孤独に至ろうとした彼女があなたを心配しあのような、だらしのない様相で屋上まで走って来る。並大抵の気持ちでは、あそこまで無我夢中にはなれません。そんなことをする理由はたった一つだけです。あなたを愛しているからです。二宮冬香という人物は貴方の行動に救われたのです。それがあなたの醜い欲望によって生み出された物であったとしても、確かに二宮さんは救われました。そして自分を救ってくれた相手に抱く気持ちが……ただの『親愛の情』だけで済む訳がないでしょう?櫻井君、よくここまで頑張りましたね。全てはあなたの努力が故の『愛の獲得』です」


「……っ!うるせえな。大きなお世話だ」


 けれど何故だろう。……天上ヶ原雅にそう言って貰えたことが凄く嬉しいという部分があった。俺は今初めて……天上ヶ原雅に評価されたような気がした。


「あまり甘やかすと調子に乗ってしまいそうなのでここまでにしておきましょう。さて―――――櫻井君。それでは上に上がりましょう。立花さん。準備の方を宜しくお願いします」


「はい。既にほとんど完了しております」


 そう言って立花さんは、屋上に括り付けたロープを俺と天上ヶ原雅の方に投げつけた。後は、これを使って上に登れば屋上に戻ることは出来るだろう。


「よっと……」


 既に疲労のピークに達している俺は体力的に登ることが出来るか不安ではあったが、何とか登り切り、屋上へと舞い戻ったのだ。


「櫻井君……本当に大丈夫?」


「ああ。心配掛けたな。だけど……流石に普通に眠いな」


「そう。櫻井君はまだ仮眠を取っていないのね。それじゃあ、保健室に行きましょう?」


「オーケ。そこで眠りに着くか」


 もう全ての話を終えただろう。だから俺は気兼ねなくその場を立ちさろうとした。そして―――――


「櫻井君。最後に二つだけ言っておきましょう」


「何だよ……最後に二つだけって。普通は一つだけっていうのが定石だろうが」


「いえ……今日はネタ晴らしの日ということで、情報量が大きすぎましてね。致し方ありませんと納得してください」


「……わったーよ。それで……何だよ?」


「一つは、今日はお疲れでしょうから授業の方はサボタージュして貰っても構いません。課外活動の代休ということで公欠扱いにしておきますから。勿論、体力に余裕があれば途中から参加して貰っても構いませんよ。ちなみに……これは櫻井君だけではなく二宮さんにも言っていますからね」


「はい……」


 天上ヶ原雅に対してどんな態度を取っていいのか分からない二宮は酷く中途半端な様子で小さく返事をした。


「そして二つめです。こちらは櫻井君にだけ伝えたい内容ですので―――――私の近くまで来てください」


「ああ?面倒くせえな」


 と、思いながらも俺は天上ヶ原雅の指示に従い、彼女に近寄った。すると、彼女は俺の耳元でこう言ったのだ。


「これは下らない話なんですがね……思い出してほしいのは、あなたをこの学園に入学させたのは、堅一郎さんからあなたの女性に対するトラウマを改善して欲しいと頼まれたからなんですよね。あなた自身もその認識で間違いないですよね?」


「ああ。俺は別に改善しようなんて前向きではないがな」


「そうですか。それなら構いません。さて……言わせて貰いますね―――――」


 そこで彼女は俺の弱点を突くように―――――鳩尾を百発殴るような強烈な一撃を繰り出した。


「でも―――――その目標は大よそ達成されていると言ってもいいんではないんですかね?だってあなたも……既に『女性』である二宮さんのことを―――――悪く思っていないのでしょう?」


「……っ!な、な、な、な、な、何を言っているんですがねっ!?」


 俺は途端に感情が奔流し決壊したダムの如く悲惨となり、勢いよく天上ヶ原雅から距離を取った。


「二宮……やっぱりあいつは悪い奴だ。早く行こうぜ」


「いいの?」


「ああ。いいんだよ」


 そして、俺は足早に二宮を連れて、屋上の扉をこじ開けて去ろうとした時のことだった。


「櫻井君。三度目の正直です。三つめを告げましょう」


「ああ。何だよ?まだ何か―――――」


「あなたの現在抱えているその感情もまた―――――私の掌の上ですよ。全ては予測通り。そう言ったらあなたはどう思いますか?」


「そりゃ―――――どうもこうもねえよ」


 俺が彼女に語るのはたった一つだけだ。


「あんたの掌に踊らされているのは腹が立つが―――――感謝はしているよ。色々とありがとな理事長さん。あんたが色々とふざけてくれたおかげで……俺は掛けがえの無いものを沢山手に入れることができたからよ」


 俺はそんな嘘偽りのない気持ちを告げて、二宮と共に天上ヶ原雅の元から立ち去った。



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