ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

51.「二宮冬香は櫻井芳樹と共にこの世界を歩む」(前編)

 
 千葉駅から大分歩き進め、少し寂寥感漂う動物公園のある通りまで俺たちは辿り着いていた。そこの横断歩道を横断している最中に唐突に二宮は言葉を発した。


「ねえ櫻井君。渋谷君は親切な人だったわね」


「ああ。あいつは俺の自慢の親友だ。見かけはちょっとおっかないように見えるが、その実はただの馬鹿。だけど馬鹿ってのも存外悪いことじゃない。いざっていう時に信頼出来るのはあいつみたいな馬鹿なんだ」


 羊の皮を被った狼……なんて言い回しもあるが兎角、世間には善人に見せかけた悪人が多すぎる。幾ら外面が良くともその実、心の中では何を考えているかなんてわからない。だから時として人は疑心暗鬼に陥る。誰が信頼出来て誰が信頼出来ないのか……なんてな。
 その点ではやはり恭平は信用できる。誰よりも馬鹿だから。誰よりも嘘をつけずに嘘をつくことに良心の呵責を覚える男だから。どうやらあいつは何かを嘘をついて誤魔化しているようだったな。まあ、あいつの嘘に強烈な悪意があるわけでもないだろうし、放置しても問題ないだろう。
 さて話を戻すと……結局人が人に信用して貰うためにはそれ相応のことをしなければならないと俺は思う。
 例えば自分の心の内にある最も醜悪で下劣で情けの無い部分を惜しげもなく語るとかな。同情を買うでもなく愚直に主張し、とにかく自分に嘘がないことを示すことが何よりも肝要だと俺は思う。人と人が真に心の接近を図るのならそうした『自己開示』をするべきだ。……ふん、最低の自虐ネタじゃねえか。俺はまだ二宮に何も告げていない。そうしてここまで来てしまったのだ。


「ねえ櫻井君。渋谷君はあなたの中学生時代の頃の友人よね?」


「ああ。そうだよ」


「……」


 それを聞いた二宮は再び何か言いたげな表情を浮かべていた。


「どうした二宮?また遠慮してんのか?お前の慎み深さは最高に素晴らしい点だが、やり過ぎればうっとおしいだけだぞ?俺にくらい遠慮するなよ?」


「そうね。櫻井君。あなたも……あなたさえ良ければあなたの昔話もしてくれない?」


「俺の話?大して面白い話は出来ないし、それに二宮のように苦難の人生を送って来たわけじゃないけれど……それでも聞いてくれるか?」


「それでも……いいの。まだ、夜は長いでしょう?櫻井君の人生について知りたいの」


「わかった。俺も二宮に聞いてほしい」


 まだ目的地に到着するまで一時間以上は掛かるだろうし話す時間は十分にあるだろう。折角の二宮の要望なんた。それを無下にするほど俺も愚かしいことはしたくない。それに……『自己開示』について考えていた俺にはいいタイミングだ。
 だから……俺も二宮と同じく過去を振り返り……語ろう。俺はより二宮と親密になるために全てを語ろう。俺の醜さも弱さも……そして『本質』も。


「どこから話したもんかな……」


 俺は過去の記憶を発掘しながら二宮にゆっくりと語り出した。


「自分で言うのもなんだけど……ってか、二宮みたいな文武秀でた相手の前でこういうことを言うのもほんと恥ずかしい話ではあるんだけどさ。俺は優秀な親父と母さんの子供ってことでその遺伝か知らねえけど、何をやるにも人並み以上の成績を残せるような男だったんだ。子供の頃からずっとそんな感じでな。勉強だってクラスで一番では無かったけど、上位五人くらいの中には必ず入っていたし、運動だって小・中の9年間全部リレーの選手だった。美術のコンクールでも佳作くらいなら何回も入選した経験があったりする。それに容姿だって人から褒められることは度々あった。ツッコミ気質のせいで多少嫌煙する女子もいるにはいたが、ほとんどの女子からはとにかく評価されていた。櫻井君はカッコいいから付き合いたいと。本当に手前味噌な発言だが……そんな俺は当然のように沢山の友人から囲まれながら生活をしていたし、女子からは何回も告白されたことがある。順風満帆な生活を送っていた。悩みすらも少なかった。それが俺の過去の大よそだ。大部分はこれだけ語れば集約されるはずだ」


「……」


 彼女は無言で歩き続け、俺の話を傾聴していた。


「そんな俺には妹がいるんだ。自慢のようになっちまうが、俺の妹は凄い元気溌剌な奴で頭も良くて運動も出来る完璧な妹だ。妹は俺たちよりも一つ年下で今は中学三年生だ。これまた顔も可愛くて……まあ、流石に二宮ほどの美人ではねえけどさ」


「……っ!」


 一瞬だけ二宮の表情が切り替わったような気がした。そうか……二宮も普通に容姿を褒められたら嬉しいか。そんな二宮の少女性に関心しつつも俺は話を続ける。


「現在では凄くモテているみたいで、お兄ちゃんとしてはマジで心配なんだけど……って話が逸れたな。とりあえず俺には立派な妹がいるんだよ。それでな……妹は今でこそ、そんな完璧な人間だったんだが昔は違っていたんだ」


「昔は違っていた?」


「ああ。勿論、頭の良さも運動神経の良さも芸術的センスも容姿も、そんなに今と異なるわけじゃない。だけどな……なんだろうな。優秀な両親と褒められることが多かった俺のせいで、どこか肩身の狭さみたいなものを感じていたのかもしれないな。とにかく小学生低学年くらいの時の妹は自己肯定感が低く、内気な性格に育ってしまっていてよ。俺が一緒に学校に行ったりたまに教室に遊びに行ったりしてサポートしなくちゃいけなかったんだ。次第に年を重ねるにつれて、妹も人に対する振る舞い方の勉強をし、上手く振る舞えるようにもなっていたが、それでもそれなりに長期間はずっと臆病で、何をするにも俺の後ろに隠れている少女だったんだ。未だにその頃の話をすると不機嫌になったりして可愛いもんなんだけどな。今ではすっかりと、ただのうるさい女子中学生だ」


「……貴方の妹なら聡明で可愛らしそうね」


「ああ。あいつは俺の自慢の妹だ」


 それは偽ることなき本心だ。俺の妹は大切で最高の存在だ。


「まあ、そんな心配で手のかかる妹がいた経緯あってだな。俺はとにかく困っている人―――いや……それじゃあ、語弊があるな。多分、世間で上手く立ち振る舞うことが出来ないそんな人間をどうにかしないといけないという感情が芽生えたんだよ」


 今ではすっかりとエゴイストになってしまっているが、当時はどうだったのだろうか?それは分からなかった。


「……」


「他人からみればお節介極まりないだろうがな。だけど俺はそんな人たちを放置しておくことが嫌だったんだ。だから俺は中学校に入学した時から各クラスで、うまく学校社会に適応出来ていないような奴ともどうにかコミュニケーションをとって、そんな人たちが何とか環境に適応できるようにって働きかけていたんだよ。……今思えばただ、目障りだと思われていただけなのかもな」


「私は……いいえ。何でもないわ。続けて……」


「ああ。とりあえず……俺は中学校に入学しても適当に友達とかを作りつつ、青春を謳歌しながら、そんな気遣いを継続していたんだ。そして気が付けばあっという間に中学校生活も最後となる中学三年生に進級していたんだよ。俺の学年はそれまでの例年とは異なりクラス替えが行われたんだ」


「……」


「中三の新クラスになってから、俺は一人の女子と出会うことになったんだよ。その女子の名前は『鈴木瀬里奈』。今の俺からすると……凄い複雑な心境にある奴なんだよ。彼女を全く憎んでいないかと言えば嘘になるし、殺したい程嫌いだと言ってしまえば、それもまた嘘になる。そして、彼女だけが悪いかと思えば俺も悪かったんだ。だから複雑だ」


 俺も彼女も悪い。それが最終的な結論として相応しい。いずれにせよ複雑な心境になる原因は、悲しき決別の過去にあるのも間違いない。


「……その人物が一体あなたに何をしたと言うの?」


「そうだな。……一言で言えば……痴話喧嘩みたいなものかな」


 実際にはそのような生易しいものでなかったが。だけど端的な事実を述べればそう見られても仕方がないかもしれない。


「その……これは聞いてしまっていいかは分からないけれど……あなたとその人物は交際をしていたの?」


「……それもまた難しい質問なんだけど……俺はしていなかったつもりだったんだよ。だけど、彼女がどう思っていたのかは分からない」


「……」


 どうにも迂遠な言い回しになってしまって彼女には伝わりにくいだろう。ということで、懇切丁寧に説明をしていくことにした。


「それじゃあ改めて話を続けると……鈴木は俺の妹と同じように上手くコミュニティに適応することが出来ないような奴でな。……だからこそ俺は、積極的に鈴木と会話をした。彼女が新クラスになり友達を作れないと嘆いている時は、色々と手を回して策を講じたし意見を言えないような時には可能な限りフォローしたつもりだ。俺のおかげ……なんて言ったら偉そうだけど、鈴木は少なくとも孤独で苦しみ日陰者として扱われることは何とか避けていた筈だ。だから俺はひそかに上手くやったと自負をしていたんだよ。いい気分に浸りながらな」


「……」


「そして、鈴木のフォローをしている同時期に……渋谷恭平とも出会うことになる」


「ここで渋谷君が登場するのね」


「ああ。恭平は当時、クラス中でも恐れられていて皆から嫌われていたんだ。あの見かけと体育教師をぶっ飛ばしたことがきっかけで恭平は畏怖される対象でしかなかった。そんな恭平のフォローと鈴木のフォローを平行していた最中に、鈴木との関係性が一転することになっちまったんだ」


「関係性が一転?」


「俺は中三の夏に……丁度今と同じか少し後の時期くらいかなー。とある日に鈴木から相談があるって言われてな。のこのこと俺は彼女に呼ばれて屋上について行ったんだよ。それで俺はどうなったと思う?」


「……告白でもされたの?」


「……ああ、その通りだ。俺はあろうことか、鈴木に告白をされちまったんだよ。俺は全くそんなつもりは無かった。これまた失礼な話ではあるが、俺は鈴木に対してそんなつもりで接していたわけではなかったし、そもそも鈴木が好みのタイプの女子でも無かったからな。……ってか、そうだ。そもそも当時は俺も普通に女の子が好きだったんだ」


「……普通にって?一体どういうこと?」


 彼女は不思議そうに俺も見つめながらそう言った。しばらく俺は質問の意味が分からなかったが……ああそうかとすぐに納得をした。
 天上ヶ原雅及び生徒会のメンバー等は俺の事情を把握していたが、それ以外の面子に関しては俺が同性愛者であることを説明してなかったのだ。その点で食い違いがあるのは仕方ないな。


「二宮には説明していなかったな。俺は……女じゃなく男が好きなんだよ。尤も……そうなってしまったのは、これから話す鈴木との一件が理由なんだけどな。というかさっきまで俺は恭平と、べったりだっただろう?あれはそういうことだ」


「男が好き……なるほど。やけに仲がいいと思ったらそういうことだったのね」


 特に偏見を持っているわけでもなく、至って冷静であり不思議であるというような反応を見せながら二宮は俺に視線を合わせていた。


「話を戻すと……俺は鈴木の告白を断った。勿論告白を断ろうとも俺たちの関係は変わらずに友人であるし、何か困ったことがあれば何でも相談してくれて構わないと。そんな風に言ったつもりではあったんだけどな。彼女はどうにも俺にご執心で……俺を諦めてくれることはなかった。今考えると、彼女は俺の事が好きなのではなく、俺の事を好きでいるという事実に陶酔し、偏愛を拗らせているだけなんじゃないかって思ってしまうようなものだったよ。来る日も来る日も彼女は俺を追いかけまわした。時間が経つにつれて俺に対する依存は強まっていった。いずれ俺は限界を迎えいよいよ、俺は彼女を屋上に呼び出した。俺はその時に彼女を明確に拒絶することを決めていた。だけどそこで彼女は予想外の行動に出たんだ」


「予想外のこと?」


「流石に俺も……そんな漫画みたいな展開が起こるとは思っていなかったよ。……だってそうだろう……暗くて見えるかわかんねえけどさ。ちょっと見てみてくれ」


 俺は街灯の光を利用しつつ、彼女に右わき腹を目視させた。彼女は目を凝らして俺の過去を見た。


「うっ……それは……まさか」


 二宮は思わず顔面蒼白として、呻くような声を出した。それなりにインパクトを与えてしまったのだろう。俺はすぐに服を元に戻し見えないようにしてから再び語り出す。


「結構残酷なもんだろう?これは鈴木にやられた傷跡だ」


「あなたは……その鈴木さんという人物に刃物でわき腹を刺されたのね?」


 彼女は俺の深い傷を見て確信したようだ。


「ああ。正解だよ。まさか、学校に刃物を持って来るとは思っていなかったし、自分が刺されるとは思っていなかったよ。そんでもって、人間軽く刺されただけでもあんなに血が出るんだなって。話によれば何針も縫っていて、結構な深手だったようだしな。実際に夏休みは丸ごと病院に入院で絶対安静を要求されていたくらいだからな。取りあえず、今でもあの時の痛みと呼吸が出来ないような感覚は思い出したくはないな。手術後も上手く呼吸出来なかったし」


「……」


「鈴木は俺を刺して、俺が死にかけた光景を見たことで少しだけ正気になって、そして絶叫した状態で屋上からどこかへ逃げ去ったらしい。実際俺は追いかけることが出来ない状態にあったから屋上を後にしたことくらいしか知らないんだけどな。とりあえず……俺はあまりの深手に、動くことも声を出すこともままならかったんだよ。次第に出血がひどくなって俺はこのまま死ぬんだろうな……って真剣に考えてた。そして……意識を失いかけた際に……屋上に訪れた奴がいたんだよ」


「……屋上に訪れた人?」


「ああ。当たり前の話だけど、小説やドラマの世界じゃないんだから、屋上なんて基本的に封鎖されているし、利用することは禁じられている。だからそこに訪れるような奴は、不良だけだ」


「つまりそれが……」


「恐らく正解だ。その人物は渋谷恭平。あの恭平はその頃、俺の勧めもあって少しずつ更正をしていた。その半年前とかだったら補導や暴力事件を起こしている時もあったんだけどな。その頃は大分なりを潜めて、タバコや酒を飲むくらいの軽い感じになっていたんだよ。そういうわけで、タバコを吸いに屋上にやって来ていた恭平は、俺が死にかけていたジャストタイミングで、俺を発見してくれたんだ。消えゆく意識の中で、恭平は必死になって俺を現世に呼び止めてくれていたんだよ。あいつの想いが無ければ……不良ながらも根底では思いやりのある必死な呼びかけが無ければ俺はどうしようもなかっただろうな。恭平は俺の安否を確認した後に、すぐにスマホで病院に連絡をしたんだ。学校にスマホを携帯することは禁止されていたんだがな……実際に緊急事態の時に役に立つなんて本当に皮肉な話だよな」


「……」


 彼女は黙ったままではあるが、真剣に聞いてくれているようで俺としても離している甲斐があるというものだ。


「その後、恭平は重傷となっていた俺を背負って保健室まで運んでくれたようだ。保健室肉までの過程で気絶しちゃってたからあんまり覚えていないが、聞き及んだ話だとそんな感じみたいだ。保健室に運ばれて応急処置をされた後、学校に到来した救急車に乗車。そして、病院での緊急手術で九死に一生を得たんだ」


 今改めて考えても、何かの物語の話としか思えなかった。だけど、俺の右わき腹に刻みこまれたこの傷は……完全にそれが事実であり現実であるということを証明してしまっていた。


「その後はどうなったの?」


「その後はだな。……まあ、俺は夏休みをほとんど使って入院だ。俺の具合を心配してか、恭平が見舞いに来てくれたおかげで、俺は退屈することは無かったがな。クラスの連中も見舞いには時々顔出してくれてたし。そして俺を救ってくれた恭平に対して気が付けば好意を抱くようになっていたんだよ。ってか、そりゃ惚れちまうって。絶好のタイミングで命を救ってくれる恩人と出会うような人生歩んでいるのなんて珍しいだろう?そんな訳で、俺は恭平に対して好意を抱いてしまったんだ」


「なるほど……それなら惚れてしまう理由も納得出来るわ」


「まあ、それと同時に女子に対する恐怖心が植え付けられるようになってしまったんだよ。それまでは……こんな話を女子である二宮の前でぶっちゃけるのはあれな話だが……好きな女こそいなかったものの所詮は思春期真っ盛りの中三男子だからな。そりゃ性欲は旺盛だったし、そうしたことに関する興味関心は尽きなかったわけだ」


「……」


 二宮はそんな俺のカミングアウトに引くことも無く淡々と聞いてくれているようだ。流石は二宮。優しき少女だ。


「だけど、刺された後からはそれまで持て余していた性欲が丸ごと消えちゃってな。俺は勝手に生死の境目に辿り着いた結果の異常事態だと思ってんだけど……ま、何にせよそうして俺は男色家になってしまいましたとさ。ちなみに……美意識に対する変化はねえからそこは問題ない。だから二宮があり得ないほどの美人だってことは、人から言われなくとも理解しているし、俺だってそう思っている」


「……っ!あ、あの櫻井君。褒めてくれるのは嬉しいのだけれど……少し恥ずかしいわ」


「あ、ああ。そのすまんっ!」


 どうやら二宮は先ほどと同様に動揺しているようだ。……なんつーか凄く可愛かった。


「……」


「……」


「……」


「……」


 俺の失言?により、その後少しだけの沈黙が続いた。俺は表情を改めて二宮が落ち着くのを確認してから再び忌まわしき過去の話を続けた。



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