ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

45.「二宮冬香の過去」(前編)



「まずは……私の家庭事情について簡単に説明するわね。私の家族は私と父と母の三人家族だったの。お父さんとお母さんは頑張って働いてくれていたけれど、私たち家族は決して裕福ではなく貧乏な生活を送っていたわ。私の実家は築四十年で六畳一間、家賃4万円のアパート暮らし。お世辞にも一般的な家庭とは言い辛いでしょうね」


「……」


 千葉市内で月四万の一室(しかも六畳一間)とは確かに裕福とは言えないだろう。軽い豪邸のような家に住んでいる俺はどこか申し訳なさを募らせながらも二宮の話を聞き続ける。


「そんな家庭事情もあって小学校の中でも私だけ貧乏であると実感することも少なくなかった。ねえ櫻井君。あなたも千葉の生まれよね?」


「ああ。俺は美浜区の生まれだ」


「それなら某ネズミの国にも行ったことはあるでしょう?」


「ああ。家族で何回も行っているし、小・中で、友達同士で何回も行ったことがあるな」


 舞浜に位置する巨大施設のことだ。きっと千葉人以外にもこのニュアンスで伝わることだろう。
そして俺自身は好きではないが、確かに今までの人生で十回くらいは訪れているはずだ。俺の周囲にいた同級生たちはあの場所が好きだった奴が多かったという印象がある。


「私が小学生だった頃にはね。周囲のお友達は皆、長期休みを迎えると、家族で仲良くそこに行っていたらしいわ。それでとても楽しかったと周囲にその思い出を喧伝するの。あるいは友達の家族同士で一緒に行ったりしたと、よく話を聞かせて貰っていたわ」


「そうか……」


「それでクラスメイト達は私にこう言うの。『冬香も今度一緒に行かない?』と。私だって本音を言ってみれば行きたいと考えたことは何回もあった。興味だって少なからずあった。友達と遊びたいとも思った。思い出を共有したいと考えたことだって何回もあった。けれど、私の家は貧乏だから夢の国を訪れる資金を捻出することは困難だった。両親に言えばどうにかしてくれたかもしれないけれど……少なくとも言える筈もなかった。私自身が利己的な欲望を満たすために言いたくも無かったの」


「……」


「私の家が貧乏だと認識したのはそれだけじゃないの。例えば更に顕著なのは『スマホ』よ。スマホなんて維持費がとても掛かるでしょう?契約によっては安く済ませることが出来るかもしれないけれど、馬鹿みたいに高いあの商品を購入し、毎月の料金を払っていくなんてとても私の家の経済状態では不可能だった」


「二宮……」


「この学園では携帯機器は一切持ち込み禁止だから問題はないけれど……やはり一般的な学校に通っている学生にとっては、そうしたアイテムは絶対に必要不可欠な気がするわ。ねえ櫻井君。あなたが小学生や中学生だった頃にはスマホを利用していたでしょう?」


「ああ。小学三年生から中三までは使っていたよ」


「そう……そしてスマホはとても人と人が関わり合う時に重要な物だと思わない?」


「……ああ。そうだろうな。俺は直接会話した何かをして遊んだりすることの方が好きだが、確かに俺の周囲でもLIENとかTWITREとかばっかりの奴が多かったな」


「ええ。けれど私はそんな重要なものを持っていなかった。低学年の頃には周囲でも持っている人は極端に少ないのよ。けれど中学年を迎える頃には爆発的に増加し、五年生の頃には6割くらいの人が持っていたわ」


「そりゃ……明らかにきついよな」


 二宮の言わんとしていることが分かりやすく理解出来た。今の時代スマホを持っていない奴なんてそれだけで無視されたり差別されたり苛めに遭う可能性があったりするのは厳然たる事実なのである。
 あるいは別段苛めなどに遭わなくても会話についていけなくなるタイミングはどこかしらで生じるのかもしれない。
 例えば……俺も以前はやっていたが、スマホのアプリで某パズルゲームが数年前に大流行していた時があった。あの時はクラス中で女子も含めて普段ゲームなどを嗜まない奴ですらも熱心に話題に持ち出していたという時期が存在していた。
 ああした盛り上がる時に会話に入り込めないことは往々にして寂寥感を感じさせるものだ。しかも二宮の場合では『やりたくない』ではなく、『やりたいけれど出来ない』という宿命にあったのだ。これはより辛い状況と言えるだろう。
 大人は『所詮ゲームだろう?』と揶揄するかもしれない。下らないというかもしれない。けれど、子供たちの世界の中ではそんな『下らない』ことが何よりも重要だ。
 きっと某パズルゲームがあったおかげで、内向的な人間が外向的な人間に話しかけることが出来るなんていった機会も生まれたかもしれない。誰か友達を作るきっかけにも……勇気にもなり得るかもしれない。それだけ俺は何か『共通な話題』を作ることは人と人との繋がりを形成する上で最も欠かせないものだと思うのだ。
 二宮は引き続き苦悩に満ちた自分の人生の話を続ける。


「そんなわけで私は周囲との違いについて子供心に孤独感を感じて育ってきたという生い立ちがあったりするの。まあ、それはあくまで前座なんだけれど。ちなみに私の家が貧乏だったのは『借金』をしていたという事情があって……それも後で説明するわね」


「あ、ああ」


 借金か。どうして借金が出来てしまったのかは謎だったが、ひとまず二宮の話をそのまま聞くことにした。


「ここまで説明した通りに私の家は貧乏だったわけだけど……私は決してそんな境遇を悲観することもなく、お父さんのこともお母さんのことも大好きだった。私が学校のテストで百点を取ると、お父さんはよく頑張ったなって笑顔で頭を撫でてくれるの。お母さんは優しく髪を梳いてくれて……それが嬉しくて私はいつだって小学生の時は勉強を頑張っていたの。決してそれは物的な報酬では無かった。幾ら勉強しようが夢の国には行けないし、スマホだって買ってもらえる訳では無い。クラスメイト達との少しだけ埋まらない溝を埋めることが出来るわけでもない。それでも……私にとってそれが最高のご褒美だった。だから学園に入ってから程ではないのだけれど、それなりに一生懸命に勉強に取り組んでいたのよ」


「……」


「それに生活にそこまでの余裕が無くても、一人娘である私を何よりも優先してくれていたの。お父さんやお母さんだって欲しくて買いたいと思っている物は沢山あったと思うわ。だけどそれでも、自分たちの欲望を抑えて私のために文庫本だったり、勉強道具を最低限購入してくれたりしたの。私はそれに今でも感謝しているわ。だから貧乏だったことを私は全く恨んでいない。それが本音よ」


「二宮は……いい両親を持っているんだな」


 俺も尊敬できる母親がいるから親に対する愛情に共感することが出来たように思えた。母親だけでなく父親の方だって……駄目な部分は沢山あって、息子からドン引きされるような振る舞いを沢山して俺にとって『敵』である部分は確かに存在するが、それでも……いい親だってのは俺の正直な感想だ。きっと二宮の両親はそれ以上に素敵で、娘思いで幸せな家庭なのだろう。
 だけど俺がそう言うと彼女は少し目線を下げたことにより長い銀髪で表情が隠れる形になってしまった。


「櫻井君。……一つだけ訂正するわ。私は確かにいい両親を持っていたわ。だけど……今はもう持っていないの」


「今は違う?もしかして……何かの事情で離婚でもしたのか?」


「いいえ。お母さんもお父さんも……最後の瞬間までおしどり夫婦だったわ。周囲からいつまで新婚気分でいるんだってよく揶揄われていたのよ。……それだけ仲良し夫婦で順風満帆な生活は続いていた。それは本当。だけどね……」


「最後の瞬間までって……もしかして……」


「きっと貴方の予想通りよ。私の両親は――――――亡くなったのよ」


「……っ!」


「何て都合がいい話だとは思わない?私だって最初に聞いた時は、そんな小説やドラマのような出来事が起こるわけがないって笑ってしまったもの。今でもたまに夢を見るわ。実は両親は亡くなってなんていない。ここまで見たのは全て夢だと。お母さんからは『怖い夢でも見たのね、大丈夫よ、お母さんはずっとあなたの傍にいるわ』と言ってくれるの。お父さんは『ハハハ、この私が冬香を置いて死ぬわけないだろう、冬香には将来私のお嫁さんになって貰うと約束していたからな』と冗談めいたことを言ってくれて。だけど、それはあくまで幻想で。全てが現実なの。そして現実に救いなんてないの」


「……」


「私がね。両親が亡くなったと報告を受けたのは、小学六年生の夏。丁度今くらいの時期の話よ。昼休みに教室で読書をしていたら突然に先生が真っ青の顔で入って来てね。異様な雰囲気のまま、周囲の人に何の配慮をすることもなく彼女は言ったわ。『あなたの両親が事故に遭った』と。最初、私はあくまで気楽だった。所詮は事故と言えど、大したことは無いだろう。大げさなものなのだと。私はまるで遠足に行くかのようにして、先生の車で病院にまで連れて行かれたわ。そしてそこで見たのよ……。顔を白い布で覆われている死体を……でも死体の数は二つじゃなかったわ。死体の数は全部で五つあった」


「い、五つ?」


 正直あまりの衝撃で俺は言葉を出すことさえ限界を感じてしまいそうだ。だけど、彼女は滔々と語っていた。


「私のお母さんの死因は外傷による出血多量死らしいわ。お父さんは首を強く打ち付けて、頚椎骨折で即死だったと言う話だった。死因の原因となったのは……本当に有り触れていてチープなものだけれど……事故だった。その日、お父さんはたまたま仕事が休みだったの。だからいつもは、歩いて買い物に行っているお母さんを乗せて、車で近所のスーパーに行っていた。そして、買い物を終えて帰り道。……話によれば相手は土地勘が無い千葉県外から来ている人だったようで、道に慣れていなかったのよ。それが最悪の事故のきっかけとなったそうで……わかりにくい標識の部分を無視した結果―――――事故は起こってしまったの」


「……」


「お父さんが運転していたのは直進だった。そして、相手は半ば逆送のような形で時速60キロの速度で思いきりよくぶつかって来たのよ。お互いの車は完全大破。相手側も乗車していた三人が亡くなってしまった。後で現場の写真を無理に見せて貰ったけれど、それはもう……凄惨たる光景」


「……」


「信じられないような事件が起こって……私は泣きながら笑うしかなかった。幸せだった。確かに私は幸せだったの。裕福では無くとも……家計に余裕が無くても……周囲と微妙な違いを感じつつも……それでも二人がいてくれるだけで私は満足だった」


「……」


 俺は二宮の悲痛に胸が痛んだ。彼女はいつもにまして激情を露わにしていた。それが俺の心を強く刺激した。


「そして悲劇はそれだけでは済まなかった」







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