ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

44.「これからの目的」



「よっしゃあぁああああああああああああっ!」
 俺は校門を駆け抜け、しばらく学園から離れる為にひたすらに走り続けた。やがて学園が見えなくなる距離まで辿り着いてから、周囲に気配がないことを確認し、俺は小声で叫びながらガッツポーズをしていた。
                 『天上ヶ原雅との抗争に勝利』


 これ程までに嬉しいことがあっただろうか?いや無いだろう。憎きあの理事長の魔の手を退け、膝をつかせ、ほえ面を掻かせたことは人生の中でも至高の快楽と呼べるものだった。
 幾らそれが本来の目的から逸脱しているものであっても嬉しく無い筈がない。最高に愉快である。それが今の俺の偽らざる本音だった。……やっぱ、まだまだ俺もガキだなと自分を嘲笑してしまいたい気分にもなったが、この喜びは抑制することが困難だった。


「さーて……」


 しかし、ここから改めて気持ちを入れ替えなくてはならない。ここからが本番なのだ。天上ヶ原雅を蹴散らすことは『前座』に過ぎないのだ。
 外に脱出することが出来たとはいえ、二宮の目的を果たすことが出来なければ何の意味も無くなってしまう。だからまずは、二宮が無事に脱出することが出来たかを確かめることが先決だろう。


「とりあえず……さっさと確認に向かうか」


 これから俺が向かおうとしている場所は美浜区内にある美浜第二公園である。地図によると白花咲女学園から大よそ三㎞程度離れている地点だった。
 その地点で脱出後は俺が二宮と合流する手筈になっていた。そして合流のタイムリミットは午前2時である。午前2時の時点で俺(あるいは他のメンバー)が公園に辿り着いていなかった場合は、二宮は1人での行動になるという予定だった。現在の時刻は午前1時20分前といったところだろう。


「3㎞を40分?本当に余裕過ぎて話にならねえな」


 俺は、二宮が無事であることを切に祈りながら公園まで走り出した。








「さて……二宮はいるか?」


 美浜第二公園は白花咲女学園と同様に、広大な敷地を使って建築されている巨大な公園だった。この公園の広さであれば、たとえ誰かに追跡されていたとしても、隠れる場所が多く逃走中の俺たちにはうってつけの場所というわけだ。
 公園内には数多くの遊具が設置されていた。ブランコ。鉄棒、シーソ、砂場、ジャングルジムに雲梯といった王道な設備が充実しており、幼年期を彷彿させるには十分だった。
 さて……公園の中を軽く見渡すが、どうにも二宮らしき姿は見つからない。一応集合は公園の滑り台と約束をしていたのだが、滑り台を見ても人の気配は無さそう―――――っと、しばらく俺が見渡していると―――――


「櫻井君?」


「どわわっとっ!」


 巨大な滑り台の遊具の下から、もぞっと女性の美声が聞こえた。そしてその人物は俺の前に姿を現した。


「二宮っ!?」


 俺は安堵と興奮のあまり彼女に大きな声を掛けてしまった。そこに姿を現したのは―――――腰まで掛かる銀色の髪を優雅に靡かせる生粋の美少女の姿だった。こんな特徴的であり人を魅了し得る少女を俺は他に知らない。


「櫻井君。私よ」


 ……ってかなるほど。巨大な滑り台は他のアスレチックと連結しており、長い滑り台の下にも子供たちがかくれんぼをしたりする時に用いることが出来る『個室』のような設備が設置されているんだなってそんなの気づけるかよっ!ってかまあそれはいい。
 俺はその人物が二宮冬香であることを認識すると急速に安心感に包まれていた。


「おおっ!二宮っ!良かったっ!無事に辿り着いたんだなっ!」


「櫻井君……もう少し静かに……」


「ああ……すまんな。ちっとばかし興奮しちまったわ」


 思わず掛けた俺の声は閑散とした夜の街の中で響いてしまったのだ。しかし依然として俺の興奮は収まることを知らなかった。
 ぶっちゃけた話、この公園に来るまで俺は徐々に嫌な予感を頭によぎらせていたのだ。もしかしたら―――――二宮はこの公園にいないのではないか?大樹から足を滑らせたりして―――――死んでいないだろうか?俺があんな作戦を許諾したことによって二宮は何かとんでもないことにでも巻き込まれてしまったのではないかとひたすらに悪い方向に想像は膨らんでしまっていた。一度不安を感じるとどんどんと泥沼に嵌りこみ抜け出すことは出来なかった。
 しかし、今こうして二宮が無事だった様子を見ると俺は興奮を留められなかった。俺は二宮が少しでも怪我などをしていないだろうかと全身を見渡し、チェックをした。すると―――――


「あの……櫻井君。そんなに全身を見つめられると恥ずかしいのだけれど?」


「わ、悪いっ!でもよ……二宮が無事で本当によかったよ」


 俺がそう言うと彼女はそっと微笑みながら俺に言葉を返す。


「ありがとう。櫻井君の方も大丈夫?とても汗を掻いているけれど」


「ああ。何も問題ねえよ。汗に関しては軽く走ってきただけだ」


「そう。ひとまずあなたも無事で安心したわ」


 彼女はそう言うと身体の方向を変えて公園の出口の方角を向いた。


「それじゃあ……行きましょうか」


「ああ」


 そうして俺と二宮はやや歩調を大きくしながら歩き出すことにした。


「なあ二宮……目的地は千葉市若葉区の千城台南でいいんだよな?」


「ええ。そうよ。そこに私の会いたい人がいるわ」


「そうか……了解。それじゃあ、行こう。こっから少し、しんどいかもしれねえけど頑張ろう」


 そう、俺たちの旅路は決して楽と呼べるものではないのだ。というのには幾つかの要因が絡み合っている。


 まず大前提として俺と二宮は現金を持っていないという点で大きなハンディキャップを背負っている。現金を持っていればタクシーなどを利用してすぐに目的地にまで向かうことも出来ただろう。
 だが、現金を持っていない以上はそれを使うことは出来ない。電車やバスも同様のことで乗ることは出来ない。……ってか、電車やバスは時間帯のせいでどのみち無理だという話ではあるが。
 金銭面の負担に関して言えば、計画段階で問題視されていたこともあり、始めはどうにか現金を入手しようかとも考えていた。
 例えば俺が地元の連中に借りることが出来れば、タクシーに乗って速攻で目的地に向かうことも可能だった。
 だが、この時間帯に人の家に押しかけてしまえば、かなり目立ってしまうことは間違いないだろう。俺と二宮は隠密行動の最中なのだ。目立つことは厳禁だ。
 俺は唯一にして学園外で行動することもあるという立花さんに金銭を貸して貰えないかと尋ねた。しかし―――――


「―――――申し訳ありません櫻井君。私は普段全てをカードで済ませてしまうので現金は一銭たりとも持ち合わせていないのです」


 流石に浮世絵離れし過ぎじゃね!?と思ったのは置いておこう。


「けど、立花さん。別にカードでもタクシーの支払いは出来るって何となく話を聞いたことがあるんですけど?あんまり乗ったことないので知らないんですが」


「櫻井君。こちらをご覧ください」


「これは?」


「私が普段利用しているカードになります」


「はぁ……黒いっすね。」


「はい」


「……」


「……」


「ってこれってもしかして……」


「はい。ご想像の通りでしょうが……ブラックカードと呼ばれるカードになります」


「すげえええええええっ!ええ?立花さん。これしか持っていないんですか?」


「はい。申し訳ありません。このカードが使えない店舗を利用することは無いので。こちらの事情を察して頂けたのでしょうか?」


「……つまり立花さん。これではタクシーを利用出来ないということですか?」


「恐らくは。そもそも本来は使える筈なのにカードの類を禁止し、口論に発展しまうタクシとのトラブルも存在しているそうです。別段平常時であれば口論になろうが問題はないでしょうが、今回の作戦においては目立つことは最悪の一手になり得ます。そして、櫻井君のような若い方がこれを利用すると、怪しまれ身元確認されてしまう危険性もあるでしょう。それは二宮さんも同様です。ですから……大変ではあるでしょうが、徒歩で現地に目的地に向かうことが肝要かもしれません」


「……まあ、そりゃそうっすよね。なんでお前みたいな学生がブラックカード持ってんだって言われたらどうしようもないっすもんね」


 立花さんのその発言によって俺と二宮は現地まで徒歩で向かうことを決めたのだった。
 ところで、問題点とはそれだけでは無かった。深夜を過ぎた時間帯に男女の高校生がぶらついているのは非常によろしくない。もしも警察にでも見つかってしまえば、補導される可能性は十分にあるだろう。
そして補導されてしまえば、俺の両親に連絡が行くことは不可避だ。そして、両親から理事長の元へと連絡でもしてしまえば、場所が特定され黒服等によって学園に連れ戻される可能性は大いにあり得る。
 要するに俺と二宮は警察に見つからないように、隠密に千葉市若葉区の一角である地点まで約十五キロ歩かなければならないということだ。
 十五キロは歩くことが困難という程では無く、中学生のハイキングとかでも歩かされる距離かもしれないが、それでも短い距離とは到底呼べない。少なくとも小一時間で辿り着くような距離では無いのは確かだ。歩いて行けば二、三時間近くは要してしまうだろう。
 既に時刻は二時前である。恐らく順調にいけば午前五時頃に確実に辿り着く筈だ。早ければ午前四時過ぎには到着するかもしれない。


「大丈夫か二宮?疲れていないか?」
 俺は歩いている二宮を見ながらそんな風に言葉を投げかける。彼女はなるべく俺に心配かけないようにと心掛けているのだろう。普段より心なしか笑顔の状態で俺の問いに答える。


「ええ……問題ないわ」


「そっか。おーけ」


 ひとまず俺と二宮は最初の拠点として千葉海浜幕張駅を目指し、その後は線路に沿って千葉駅付近を目指す。そして今度はモノレール沿いに千城台北駅まで向かうというのが計画である。


「ねえ櫻井君?あなたは無事に脱出することが出来たようだけれど状況はどうなっているの?」


「ああそれは……」


 そうして俺は歩きながら学園での脱出の際の状況に関して二宮に説明を始めた。天上ヶ原雅が間の悪いことに校門前で立ち塞がり黒服たちの戦いになったこと。最初はこちらの陣営が圧していたが江藤先生の活躍により、一時は劣勢になったこと。更に三枝の変装が露見してしまったこと。
 しかし、最終的には愛莉の絶妙なフォローにより黒服を殲滅し、理事長を捕らえた上で俺がここまで辿り着いたこと。それらの大よその内容を語ったのだ。
説明を終えた後の二宮は軽く安心したように肩の力を抜いたようだ。


「そう……あまり芳しいとは言えない展開だけれどひとまず問題は無さそうね」


「ま、不安を煽るようで悪いが、立花さんに任せたとはいえあの天上ヶ原雅のことだ。まだ何らかの秘策を持っているかもしれねえからな。一応警戒はしておいた方がいいかもしれないな」


「そうね。けれど今の私たちは進むしかないから。行きましょう櫻井君」


「ああ。お前も早く会いたいだろうからな」


「……」
 するといつもは表情を隠し、人に自分の本音や気持ちを悟られないようにと、それとなくしている彼女が俺に視線を合わせた。俺はそれが気掛かりとなり彼女に問いかける。


「どうかしたのか?」


「いえ……その……」


「何でも言えよ。別に今更どんなヤバいこと言ったって怒らないし、びっくりしねえよ」


 ここまででもう困難なことや大変なことは十分に乗り越えてきたはずだ。だから、今更何を厭うことがあるというのだろうか。俺は二宮が話をしやすいように柔和な笑みを浮かべながら彼女にそう言ったのだ。


「……」


 一瞬の沈黙の後に彼女は言葉を述べた。それは純粋な疑問を。それは本当に今更のことだった。


「櫻井君は……聞かないの?」


「聞く……ああ。様々な疑問とかを?別に二宮が教えてくれるって言うならそりゃ喜んで聞くけどさ。だが事情が事情って感じだし、もしかしたら言いたくないのかなとかって思ったりするから放置してただけだよ」


 二宮の疑問も尤もだった。
 例えば俺は二宮が会いたいと切望している人物をほとんど知らない。その人物が男か女かさえも。実は学園入学前の恋人なのか、それとも全く見当違いで、ただの家族と会いたいとかだったりするのか。
 俺は二宮についてほとんど知らない。どうして彼女は今までの学園生活で孤独を好み、自ら孤高を求めるようになったのか。たまに見せる笑顔は天衣無縫で、性根は優しい美しき少女に過ぎないというのに。何故こんなにも彼女は追い詰められていたのか?
 思い返してみれば俺は二宮という少女についてほとんど知らなかった。こんな風にして、学園に謀反を起こし、問題行為を起こしている現状でもそれでいても尚まだ知らないのだ。 
 唯一として俺が理解しているのは学園入学前に二宮の世話をした善人と言うことくらいしかなかった。
 俺は二宮に今抱えている正直な所感を伝える。


「まあ……あれだよ。正直に言えば滅茶苦茶気になっているよ……だって、二宮が約三年間必死になって勉強
をしていたための理由なんだろう?それだったら最高に気になるよ。だけど二宮が言いたくないなら無理強いはしたくない。これもまた本音だ」


「……」


「……」


「……」


「……」


 幾重かの沈黙が流れる。この時間帯ということもあり、周囲には俺たちの靴の音以外はほとんど皆無だった。そして二宮は沈黙を突き破るようにして言葉を述べる。


「そう……だったら、しっかりと全て話すわ。……この際だから何でも聞いて頂戴」


「わかった。……それじゃあ、まず……二宮が会いたいって人はどんな人なんだ?」


「……私が会いたい人は―――――」


 そして俺は衝撃の事実を耳にする。


「小学生時代に住んでいた近所のおばあさんよ」


「近所のおばあさん?」


 それは全く予想していなかった人物像だった。何故そのような人物に彼女はそこまで固執していたのか?家族だとか友人だとか恋人だとか……そんな王道の展開を遥か斜め上に行くような人物像には何とも意外だというのが実直な感想だった。
 だけど、彼女は至って真剣な面持ちだった。


「ええ。彼女には……布川さんにはとてもお世話になったから。だけど、私はまだ彼女にお礼を言えていないから……私は彼女と話をしてお世話になったお礼を言うために学園の外に出たいと考えたのよ」


「……お礼か」


 学園を抜け出し、それでも尚お礼を言いたい相手。……一体その人物はどれだけの恩を二宮に与えたのだろうか。二宮冬香という人物が学園内で壁を作り誰とも交友せずに孤独を求めている間にすら唯一として思い続けていた相手。それは一体―――――


「ねえ櫻井君。今から話すことは私の下らないこれまでの人生のお話。本当は誰にも話すつもりなんて無かったけれど……ここまで協力してくれた櫻井君に申し訳ないから話そうと思うのだけれど……聞いてくれる?」


「ああ。聞くよ。だけど申し訳ないからって理由は辞めろよ。普通に友達に語りたいから話す、でいいんだよ別に」


「友達……そうね」


 彼女はそんな言葉に複雑な表情を灯した。……だけど、すぐに表情を切り替えて俺に強く頷きを見せてから話を始めた。



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