ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

41.「新・学園脱出計画」



「……涼しいな」


 六月も下旬。既に日中では気温が三十度以上のことも多いこの時期では、暑さを感じることも少なくないが、時刻は既に二十四時半を回っていることもあり日中と比較すると、かなり気温が下がっていた。これは作戦遂行には非常に助かるなーというのが校舎の外に出てからの最初の所感だった。


「……」


 周囲の雰囲気は険悪ではないものの、緊張感で包まれている。それも当たり前だろう。俺たちはこれから恐らく学園生活で最もスリリングな体験をしようとしているのだから。
唯一として余裕がありそうなのは、立花さんだけだ。そこは年長者であり弱点無しの最強の貴婦人である自信が満ち溢れているからなのかもしれない。
 さて……彼女たちと同様に緊張している俺が最も気に掛けるべき相手は―――――


「大丈夫か……二宮?」


「ええ。……ごめんなさい。流石に緊張してしまっているわ」


 俺は少し迷ったが二宮の肩にそっと手を置いて優しく諭す。


「安心して落ち着けよ。二宮なら絶対に成功出来るさ。この俺が保証してやるよ」


「……ええ」


「二宮……今回の作戦……絶対に成功させような」


「ありがとう……櫻井君」


 そして―――――全ての準備を終え今しばらくしてから、ついに作戦の火蓋を切ることになったのだ。


「それでは……皆さん覚悟は出来ていますか?それじゃあ行きますよっ!ぽちっとなっ!」
ここは校門横の事務室。俺は開閉のスイッチに思いを注ぎながら強く押した。その結果―――――


 ギイイイイイイイイイイイイ


 事務室から外に出ると、馬鹿でかい校門がゆっくりと開いていく光景が視界を占領する。


「よし……門が開き始めた。さっさと行こうぜっ!」


 俺たちは、すぐさま校門に向かって走り始めた。


「門開閉の所要時間は大よそ一分三十秒だ。それさえ乗り切れればッ!―――――」


 ゆっくりと開く門の速度がもどかしくして堪らなかった。……くそ……もっと早く頼む。祈るようにしながら俺は校門の解放を見守っていた。スローペースではあるが確実に門は開いていく。その調子だ。開け開け開けっ!いけ―――――


「よし……」


 やがて門は完全では無いものの、俺たちが通れるだけのスペースを作った。これならいけると俺は確信した。


「それじゃあ……二宮を護衛し四方に気を付けながら進んでくださいっ!」


 俺たちは駆け出した。増援は来ているイメージでは無い。……俺たちが駆け出した瞬間―――――


「あらあら。行けない生徒たちですね。こんな時間に学園のお外に行こうなんて……」


 最凶最悪な女の声が苛烈に響き渡った。これは―――――


「……っ!天上ヶ原雅っ!何故ここに……」


 天上ヶ原雅が策略を張り巡らせていることは予期していた。しかし……どうしてここに天上ヶ原雅がいるんだ。あり得ない。……俺は一瞬立花さんの方を見るが首を横に振った。……くそ、イレギュラーな事態の発生ってことかよっ!
 急速に鼓動の速度が高まる俺に対して天上ヶ原雅は、自然な態度で首を傾げながら返答をしてきた。


「何故?それは天上ヶ原家の会合が早急に終了したことで、ただいま帰参しただけのことですが……それが一体どうかしましたか?」


「……くっ!本当に間が悪い女だな、てめえは」


「まあ、私が早急に帰参した理由としましては……何だか胸騒ぎがしたからというのが理由です。私の第六感は非常に長けておりましたね。私が胸騒ぎを感じると思ったら『何か』があるんです。どうやらその予想は今回も当たったようですね」


「超能力者みたいなことを言ってんじゃねえぞ」


「それが選ばれし者の資質というものですよ……それにしても櫻井君。あなたは一度ならずに二度もこの学園を脱出しようなんて……いけませんね。あなたには極上の懲罰を与えなくては」


「……くっ!うるせえよ天上ヶ原雅。今回は前回とは状況が異なっているんだよ。だから俺たちは絶対に学園から脱出してやるよっ!こんな俺を支えてくれた早乙女や三枝のためにもよおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「威勢のいいことですね……ですが、幾らあなたが策略を練ろうともこの学園を脱出することは―――――なっ!」


 そこで唐突に天上ヶ原雅は動揺をした様子を見せた。その顔は夜光によって覗ける少しだけの範囲ではあるが、声の震え方だけでそれは明白だった。明らかに天上ヶ原雅は登場の瞬間とは異なった様子を見せている。これはどう考えても『彼女』の存在だろう。


「立花……あなたもしかして……」


「ええ雅様。申し訳ありません。今回の一件は明らかにあなたの過失です。ですから此度だけは――――今宵だけは櫻井君と二宮さんの味方をさせていただく所存です」


「……っ!あなたは分かっているのですか?主君である私を裏切るというその重みをっ!」


「当然です。全ての自覚はあります。恐らく私は家から勘当されてしまう程の重罪を犯していることでしょう。ですが……全力で戦おうとしている若い方々を拝見していましたら、どうにも触発されてしまいましてね。お嬢様。誠に申し訳ないですが……そこは通らせていただきますよ!」


「くっ!小癪な……恥を知れ立花。私は絶対にお前たちを通過などさせませんよっ!」


 それは明白過ぎる理事長の敗北の瞬間だった。いつも全てを悟っていて、世界の神は私であると主張していそうな彼女の姿には微塵も見えない。
 そこにいるのは年相応の感情的な態度を表に出してしまうただの十六歳の少女だった。……やべえ、正直、滅茶苦茶面白いわ。あの理事長がここまで感情的になるなんて……


「どうですか東雲会長。理事長は面白いまでに動揺しているでしょう?」


「ふ……ハハハハっ!やるじゃねえか櫻井。……ああ。満足だよ。お前のおかげであいつの負け面を拝むことが出来た。だからよ。きちんと協力してやる。お前ら……二宮を絶対に通過させるぞっ!」


『はいっ!』


 東雲先輩のドスの利いた美声に俺まで思いきりよく返事をしてしまった。流石カリスマの女王である東雲麗衣華。その異名は伊達じゃないってことだろう。


「何をしているのです。お前達、早く彼女たちを捕らえなさいっ!」


「は、はいっ!」


「ちっ!」


 やはり、理事長は屈強な黒服たちを使役していた。その数は……ちょっと待てや。車三台からぞろぞろと男達は現れる。その数は―――――


「おいおいっ!黒服の数多すぎじゃねえのか!?どんだけだよっ!」


「まあ落ち着け櫻井。所詮は訓練を積んだ黒服とはいえ……私たちには立花さんがいる。だから……負ける気などしないな」


「それより櫻井君。私が指示を出します!早急に作戦を開始しましょうっ!」


 今回の作戦では冷静であり誰よりも空気を読もうとする小鳥遊先輩に軍師としての役割を担当して貰う手筈だった。……頼みますよ。唯一の真面目な先輩。


「皆さんっ!基本的には作戦通りで問題ない筈です。二宮さんを囲むようにしながら校門から脱出してくださいっ!」


「了解っ!」


「早々に捕らえなさいお前達っ!」


「はっ!」


 流石は要人警護のプロという訳だ。黒服の男達の迅速ぶりは尋常では無かった。だが、理事長に急かされたことで少しだけ慌てているような気がした。所詮は相手も人間。多少の訓練を積んでいるようだが、逆に言えばそれだけだ。……絶対に負けてたまるかよ。


「それじゃあ、行くぞ二宮」


 俺たちは活路を開いてくれた他の仲間たちを頼りながら校門へと駆け抜ける。それにしても……立花さんの力量は流石だぜ。


「何をしているのです。早く捕らえなさいっ!」


「し、しかしっ!相手にはあの立花がっ!がぁぁっぁあぁあぅ!」


 相手サイドは動揺しているようだ。立花さんの行動によって十人以上もいた黒服たちは少しずつではあるが確実に薙ぎ倒されていく。


「……行かせはしないぞっ!」


 俺たちは黒服の男に囲まれてしまう。……何っ?こいつらは一体どこからやって来たんだよ?


「櫻井君。あなたたちが幾ら有利とはいえ自分を過信するとは愚の骨頂ですよ。誰が十人程度の警護と言いましたか?私は日本の頂点である天上ヶ原家の嫡子なのですよ?たがたが、護衛が十人程度な訳が無いでしょう?」


「なっ!」


「正直な話、私としてもここまでの護衛の数は必要ではないと考えていたのですがね……まさかこんなところで役に立つとは考えてもいませんでした。ですが……これでおしまいです」


 天上ヶ原雅の言う通りに続々と校外からは応援がぞろぞろとやって来る。マジかよ……応援の数は大よそ二十名。これは流石に戦力差があり過ぎるだろう。
 しかも応援の黒服たちは次々に立花さんと立花さんの掩護で必死になっている花京院や鈴木と田中に容赦なく襲い掛かる。これは……やばいか?


「とはいえ……こっちも既に校外からは脱出しているんだ。あとは黒服たちの目に着かない距離まで脱出す
ることさえ出来れば俺たちの勝ちだっ!」


「やれるものならやってごらんなさいっ!あなた達……あの男の目的は隣にいる黒い髪をした少女です。彼女さえ捕らえてしまえば全てが解決します」


「……ちっ!そりゃ目的も分かっているよな!?二宮。絶対に捕まるんじゃねえぞっ!」


「……ええ!」


 流石は天上ヶ原雅。自分が相当に腹立たしい状況であるであろうに、それでも冷静に状況を把握しようとしている点に関してはあっぱれだ。
 確かに俺たちはあくまで、全員が脱出を試みているわけではない。あくまで二宮なのだ。二宮さえ脱出出来れば俺たちの勝ち。二宮が脱出することが出来なければ俺たちの負け。単純明快。されど、この戦い……結末はまだ分かったもんじゃねえぞ。


「待てっ!」


「待てって言われて待つ奴がいるかよっ!」


「くっ!」


 相手はプロの集団。だから俺も手加減は微塵も無しで助走付きの蹴りで黒服を蹴とばす。だが―――――


「いってえええええっ!!くっそ!素人相手にも手加減ねえなおいっ!」


 捕獲対象ではない俺はあくまで邪魔な敵でしかないのだろう。容赦なく黒服の男に蹴とばされ俺は吹き飛んでしまう。何とか受け身を取り距離を取ることで均衡状態を作るが―――――こちらが不利な状態なのは明らかだった。


「あらあら櫻井君。先ほどまでの威勢はどうしたのですか?」


 余裕綽々とした天上ヶ原雅に追い詰められることで悔恨の念を募らせる。黒服たち4人は俺たちを囲んだ。これじゃあ……流石に……


「ゲームオーバという奴ですよ櫻井君。あなたたちの敗北は決定です。既に雌雄は決していますよ。手荒な真似は好みですが……さあ、どうします?」


「……うるせえよ。俺は二宮を脱出させるって決めているんだ。邪魔をするんじゃねええええええええええええええっ!」


「あらあら……本当に強情ですわね。ですが、その強情さなど何の意味もないことを知るがいいですよ」


「……くっ!」


 いよいよ黒服たちが俺と二宮に手を伸ばし限界を感じ始めた瞬間の事だった―――――


「いいえ。まだですっ!まだ終わってなどいませんよっ!」


「小鳥遊先輩っ!?」
 彼女の声が校門全体へと響き渡った。誰もがその瞬間に小鳥遊先輩を注視した。


「事前に作戦を講じていたのが利いたようですね。そして―――――貴方が東雲会長のカリスマ性を生かしていたのも最高の方法でした。おかげで攪乱するのには最高ですっ!」


 そんな小鳥遊先輩の発言と共に―――――突如、轟音が鳴り響く。疾風迅雷とでも評するのが適切なのだろうか?それは無数とも思える程に連続的であり大きな音を立てて到来した。


「お、お嬢様っ!校舎の方から大量の女生徒がっ!?」


「そんな筈は―――――一体どうして一人の生徒のためにこれだけの人数が集まり協力すると言うのですか!?」


 そう。動揺する天上ヶ原雅の言う通りに現在校門には急速に大量の女子生徒が集まって来ている。その数は約50名。事前に俺が東雲会長の力を借りて今回の一件に協力して貰えるようにと説得をしたのだ。
 勿論そう簡単に協力などしてくれる筈も無い。何故なら彼女たちの多くは二年生や三年生であり、二宮と何ら接点などない。
 無論、誰かを助ける為だけに奉仕の心を持っているような奴なんて恐らく50人いても一人や二人くらいだろう。それならば―――――何故こうしてここに招集し、現在全力ダッシュで駆けつけてくれたのかと言えば単純な話だった。


「きゃあああああああああああっ!本当に男よっ!しかもガチムチな男性が大量にっ!皆あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!早く楽しみましょうっ!」


「あああああああああっ!芳樹君久しぶりいいいいいいいいい♡!!!!!入学式以来ねっ!」


「今夜は最高のパーティよっ!退学も停学も好きにしなさいっ!私は女の喜びを知るのよっ!!!!!!!!!」


 俺が彼女たちを説得するために行ったことはたった二つ。一つは今夜の二十四時以降であれば、俺を好きにしても貰っても構わないという捨て身タックル。
 また、今夜の二十四時に校門前に来てくれれば俺以外にも大量のカッコいい男が沢山集まるかもしれないから、良ければ来てくれると嬉しいという宣言だった。
 この作戦の肝は今までの俺の立ち位置は非常に不安定だったところにあった。それは講堂でのあの一件がどうやら女子生徒達の間で非常に恐怖になっていたらしい。


 “櫻井芳樹に無理やりにでも接近してしまえば立花さんが訪れるかもしれない。”


 そんな噂がまことしやかに飛び交っていたおかげで俺は日常生活の中で女子生徒たちに講堂の時のように襲われることなどほとんど無くなっていた。それとプラスして絶大な権力を誇る生徒会の面子と関わり合いが広がっていたことも原因かもしれないが。ともかく、俺に性的なことで接近すべきではないという風潮は、今日という日まで確実に続いていたのだ。
 しかし―――――俺の方からそれを瓦解させることで彼女たちを縛っていた鎖を解き放ったのだ。だからこそのこの圧倒的な狂いよう。抑圧されていた欲求が全て解放されしこの瞬間。ただ事では済まない筈だ。


「くっ!一体何があそこまでの勢いを作ると言うのですか!?」


 校門付近にまで集まった彼女たちのその姿は、バーサーカーと評するにふさわしい形相だった。理性など欠片も存在せずにただ男を貪ることに執着しご執心のようである。
 誰も止めること出来ない。時間帯が深夜ということもあり若干ハイにもなっているようである。燃え滾る闘志を燃やした彼女たちの行動は多種多様である。


「あら―――――あなたは私の好みですぅうううう!さあさあ、たくさん楽しいことをしましょうねぇぇええええっ!」


「く、辞めろっ!辞めろおおおおおおおっ!」


 とある女子生徒たちは徒党を黒服の男に跨り、服を脱がせそして―――――黒服も必死に抵抗をしようとするが、集団戦法と火事場の馬鹿力で女生徒達の方が一枚上手のようだ。
 とある女子生徒はそのまま男を犯しつくすかのようにして、男を狙い始める。


「あの……私はSPの男性同士の身体の交わりが好みなので……お願いします」


「離せぇええええええっ!ぶっ飛ばされたいのか?」


 とある女子生徒集団は黒服と黒服を強引に接近させ性的な表現をさせようとした。……あれ羨ましいなおい、と思いつつも今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。


「まさかここまで上手く行くなんて思わなかったが―――――今が絶好の機会だ」


 相手陣営もこんな展開は全く予想していなかったはずだ。天上ヶ原雅を含めて、あからさまに動揺を隠すことが出来ないようだ。


「今だっ!二宮行くぞっ!」


「ええっ!」


 髪の毛が崩れそうになるのを厭う二宮の手を引きながら俺は校門の外へと駆け出した。


「よしっ!」


 何とか最初の関門である校門を抜けること自体には成功した。絶壁とも呼べるここを越えることが出来たことに嬉しさを覚えつつも依然として予断を許すことは出来ない状態だ。
 現在の状況を一瞬のうちに整理すると、増援となっていた黒服たちは増援となった学園の女子生徒軍団に酷い目に遭わされている。
 また最初からいた黒服たちは立花さんを中心として柊先輩と花京院、鈴木と田中の4人で構成している。っと間違えた。一人忘れてた。


「つーかさ櫻井。ウチのこと忘れているとか櫻井風情の癖に生意気じゃない?あとで購買で何かスイーツ奢ってねマジで」


 とでも言われてしまいそうだ。早乙女は決して特異的な戦い方を知っているわけでも、そのポテンシャルを持っているわけではない。
 しかし一つだけ特異的な才能を持っていた。いやそれも訂正した方がいい。それは不真面目で怠惰で自堕落な早乙女が実は熱心に取り組んでいたかもしれない『バレーボール』という種目により培った力だ。圧倒的な精度で彼女は黒服を圧倒するのだ。


「よっと……やっぱウチはマジで最高の女だわ。ここからなら……これで―――――決めるっ!」


「ぐっ!先ほどからやかましいっ!ごおぉおおおおっ!」


「よそ見をしている場合ですか?名誉ある天上ヶ原家のSPとしてもっと励みなさいっ!」


 早乙女は事前に校門付近の樹木に登って待機をしていた。そして彼女はバレーボール部の友人から借りた無数のバレーボールをネットと共に樹木にセット。そして、戦いが開始してからは、黒服の隙をついて外すことなく頭に目掛けてボールを叩きつける。無論大した痛みを与えることなど到底不可能だ。
 だが―――――一瞬の隙を付くことが立花さんが黒服を倒すことが可能だった。
 一方で他のメンバ達も各々で全力で二宮の学園脱出のための掩護をしてくれていた。


「皆さんッ!今夜を逃せば男性と接近しても、なあなあで許される機会はありませんよっ!今こそ男性と肌を重ねる時ですっ!ああ……これ言う方も恥ずかしいですけれどもっ!?」


 小鳥遊先輩は顔を真っ赤にしながら応援に駆け付けた女子生徒達をとことん煽るという戦略に出ていた。彼女の煽りによって増援として送り込まれた女子生徒達はより一層熱を強めた。乱痴気騒ぎ……そう呼ぶのに相応しい程の扇動を果たしていた。……ってか照れる姿は可愛いなおい。


「おらっ!食らっとけよ雅っ!お前には散々借りがあるからなっ!たまには俺が勝たせて貰うぞっ!」


「くっ!あなたまで……今まであなたには散々良い思いをさせてあげたと言うのに……一体何が不満だと言うのですかっ!?」


「はっ!?良い思いだと?笑わせんなよ。そんなてめえからの施しなんざは飽きたわ。俺の覇道は俺が創るんだ。誰かから施しなんざ偽りだっ!俺にとっててめえは紛うこと無き敵でしかねえんだよっ!分かったらとっと沈めっ!」


 東雲会長は話によると剣道の達人のようだ。木刀一本だけを持ち天上ヶ原雅を打倒することだけを目的に剣を振り下ろしているようだ。
 しかし、天上ヶ原雅も小賢しいようで何とか回避をしながらやり過ごしていた。だが勘違いするなよ天上ヶ原雅。この勝負の目的はお前を倒すことではなく、二宮を脱出させることなんだからな。足止めを食らっている時点でお前は劣勢だ。


「甘すぎますわっ!天上ヶ原家とはこのような腰抜けばかりですの?」


「その程度で―――――」


「我ら来栖様のボディーガードに勝てるとでも思っているのか?」


 どうやら花京院は護身術を習っているので黒服を相手にすることも可能のようだ。取り巻き二人も花京院の護衛という名目で培った努力によって高度な武術を覚えているようだ。この三人の強みは腕力的に優れている訳でも運動神経が凄いという点ではないのかもしれない。だが―――――


「ぐおぉおおおおっ!」


 とにかくバランスが取れているのだ。最高のコンビネーションとでも呼べばいいのだろうか?とにかく隙がなくお互いをフォローし合い最高のパーフォマンスを展開する。これが花京院一派って訳か……恐れいったぜ。


「甘いな。まだまだ甘いな。天上ヶ原家のボディーガードとはこの程度の者なのか。立花さんと同等の力を有しているとは言わずとも苦戦を強いられるかと思ったがどうやらそれは課題評価だったようだな」


「くっ!何だこの女はっ!桁違いだっ!」


 柊先輩もまたその実力を遺憾なく発揮している。とにかく柊先輩の動きには隙が微塵も無かった。海外での傭兵経験というのは伊達ではないのかもしれない。戦いにおいて手加減なく容赦がない。黒服の男達の悲痛な声が轟き響く。立花さん程ではないにしても着実に黒服を潰してくれていたのだ。
こんな感じで皆頑張ってくれている。これなら―――――


「これなら―――――私を出し抜けるとでも考えたのですか?やれやれ……こんな手段を使いたくは無かったのですがね……仕方ありませんかね。江藤先生。宜しくお願いします」


 そこで天上ヶ原雅は息を整えて声色を変えた。冷徹な瞳で俺を見下しそして余裕な表情を形成した。


「はーい」


「……っ!」


 なんだ?……今周囲の空気が一気に変わらなかったか?俺の心臓が破裂しそうな程奇妙な感覚に陥った。それにしても―――――


「……江藤先生だと?」


 車の中からゆっくりと小柄の女性が登場する。……残光によって照らされるその人物は紛うことなき俺たち一年A組の担任の先生に他ならない。


「大丈夫か?二宮、櫻井っ!?」


「柊先輩!?助かりますっ!」


 彼女の登場に不穏な雰囲気を感じたのか柊先輩だけが黒服陣営との戦いから抜け出し、俺たちの前に掩護に駆けつけてくれた。柊先輩は俺と二宮を保護するようにしながら江藤先生と対峙する。


「江藤先生とか申したな……すまないが、如何に教員であり女性であると言えど、私は手加減などするつもりは毛頭にない。我が主である会長の命で戦っているのでな」


「何を言っているの~。私だって先生なんだから生徒に負ける筈がないでしょう。それに……こんな時間に子供が外出したら危ないでしょうっー。皆さん今日はしっかりと反省して貰いますからねっ!」


 あれ?江藤先生……もしかして……酔ってる?いつも舌足らずな喋り方をしている先生であるが、それ以上に滑舌が悪かった。それに身体が左右に不連続的に揺れていた。
 しかし――――この期に及んで天上ヶ原雅が江藤先生を出すということは……何か俺は猛烈な違和感を覚えていた。


「ち……幾ら学園側の教職員であると言えど、私は手加減などするつもりは毛頭にございますせん。ですから……お覚悟を」


「あらあら……駄目ですよっ!ふっ!」


「駄目です!木葉っ!なんだか分かりませんが嫌な予感がしますっ!下がってくださいっ!」


 遠くから場の把握に専念していた小鳥遊先輩が柊先輩に声を掛けるが―――――


「何を言って……なっ!」


「ふっ!」


「がぁああああああああっ!」


 俺はその光景を到底信じることが出来なかった。海外で傭兵の経験を持ち、幼き頃より修行をしていた柊先輩。軽く力を込めるだけで成人男性とさほど変わらない俺を拘束することが出来るだけの技量を持つ彼女は……一瞬の合間にコンクリート上に叩きつけられてしまっていた。
 柊先輩は一切動く気配がしない。それをやったのは、普段はのほほんとしており、少し頼りげのない妙齢の女性。紛れもなく江藤先生だった。江藤先生は晴れ晴れとした笑顔を見せていた。


「さーて駄目ですよ。櫻井君。二宮さん。そろそろ大人しく捕まりましょうーね?ね?」


「……ちっ!」


 俺は二宮の腕を取り全力で駆け出そうとするが―――――


「だから駄目だってばー。先生の言うことを聞かない悪い生徒にはお仕置きが必要だぞー?」


「がぁぁぁぁっぁっ!」 


 江藤先生の動きは俊敏だった。その速さは半ば酩酊状態に近い人間が動ける速度を超越していた。
……ってか、おいおい。こんなのねえだろ……この先生は戦えるタイプの先生だとか……予想外過ぎる。ってか全身が痛ええええっ!気が付けば俺は伏せられていた。
 俺は江藤先生に身体を拘束され為す術も無くなってしまった。


「それじゃあ、櫻井君と二宮さん。……行きましょうか?」


「くそっ!」


 全ての出来事が一瞬だった。先ほどまでは必ずや勝利を収めることが出来るとそう考えていたというのに。……台無しとなり為す術も無くなってしまう。
そうして俺と二宮は江藤先生に引きずられるようにしながら学園内へと戻されることになった。



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