ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

31.「脆弱さと滑稽さの告白」



「……っ!?は?な、なんだよ?……悩んで苦しんでいるって?どこがだよ?」


「だって分かりやすくない?いつもと違って白々しい笑い浮かべて、精度が低い上に覇気が籠ってないツッコミとかしちゃって……違和感しかないんですけど?」


「それは……」


「最初この部屋に来た時は本当に体調不良なのかなーとかって風にも思ったけどさー。実際話をしている感じなんか違うって察しちゃったんだよね」


「……」


「それとさー。櫻井は意識が朦朧としてったぽいから忘れてるかもしんないけど……ベッド付近から何か消えてない?」


「ベッド付近から……?……って……まさか……」


 一瞬把握出来ずに早乙女が何を言っているか分からなかったが……もう一度俺が寝ていたベッドに着眼することによって状況は把握出来た。
 俺は意識を落とす直前に枕を殴りつけ枕カバーを千切り綿ぼこりをばらまいていた筈だ。しかし……綿ぼこりは僅かな量を残し行方を晦ませていた。同様に千切ったカバーの残骸も忽然と姿を消していた。これは……


「汚く散ってた綿ぼこりと枕カバーは、ウチがある程度片づけておいたよー。別にウチは綺麗好きってわけじゃないけど流石に勉強する際にはうっとおしそうだったからね。……ってそれはどうでもいいか。話を戻すよ櫻井。この学園の備品……備品?ってか設備の道具?まあ何でもいいけど、そういうのって、やたらと金が掛かっているじゃん?だからさー。少なくとも多少枕を乱暴に扱っていたとしても、すぐに破けるような素材で出来ているとは思えないんだよねー?つまり……あの枕の状態は櫻井が意図的にやったってことでしょ?そして少なくとも具合が悪いからといって枕を破くことなんて普通はしないだろうから……櫻井は何かに悩み苦しみ辛い思いを重ねて……勢いで暴力的な行為に及んだ。どう?間違ってる?ウチの推理は完璧っしょ?」


「……」


 意外にも早乙女の推測は完璧なものだった。俺の心理状態を完全に把握し行動を捉えていた。……早乙女は馬鹿丸出しの女の癖にと……内心では見抜かれた動揺によって早乙女に対して攻撃的な思考を浮かべ自我を守ることしか出来ない。
 そんな俺の思考を他所にして早乙女は真剣な表情のまま喋りを続けていく。


「ねえ櫻井。ウチは今こうして櫻井に英語の課題を手伝って貰ってんじゃん?幾らウチだって流石に恩を感じていない程、恥ずかしい人間じゃないんだよって話」


「だから……なんだよ。俺が苦しんでいるから……なんなんだよ?」


「察しが悪いなー。わざとやってんの?それとは喧嘩でも売ってんの?だからさ―――――櫻井が何か抱えているものがあるならウチが聞いてあげるから話をしてみなって言ってんの」


 早乙女は少し呆れたような態度を示しつつも俺にそんな提案を掲げた。早乙女の提案はきっと善意に基づいた素晴らしいものなのだろう。
 だが俺としては気乗りする筈もない。早乙女に俺の悩みを開示するということは、俺の恥部を全て打ち明けることに繋がるのだ。
 櫻井芳樹という人物の汚点を……短所をあますことなく伝えなければ現状の説明など適う筈がない。それがどれだけ俺の自尊心を傷つけ崩壊させるかなど想像しただけでも呻き苦しみことは不可避だった。
逃げたい逃げたい……逃避したいと俺の心が警鐘を響かせる。ここから逃げ出せと叫び続け停止することはない。
 俺はもう誰からも否定されたくはなかった。三枝から否定され早乙女からも否定されてしまえば……俺はどうすればいいというのだろうか?分からない。否定されたくなど無かった。……早乙女から見放されたくなかった。最低だと軽蔑されたくなかったのだ。
 そして何より早乙女という人物に相談しようなどという考えには到底至らなかった。早乙女は友人としては大切な存在だ。ただの貞操観念の薄い女ように見せかけておいて、実は芯がしっかりとしており、クラスの中でも三枝とは違う方向性で信頼され頼りにされているというそんな人物だ。
 だが……一方で早乙女は不真面目な部分が多いというのも確かな事実だ。学園の授業に熱心に取り組まずに補習を受けることになっている現状など最たる例だ。他にも授業中は惰眠を貪るようなどうしようもない部分だって見受けられるし、日直の仕事を放棄していることもあったはずだ。
 そんな人物である早乙女が俺の本質に纏わる話を聞かされたところで大したアドバイスなど施せる筈もない。俺が抱えている難解で答えのないような問題を真剣に熟慮し答えを導き出すことなど到底不可能だ。正直な話それが本音だったのだ。
 うだつが上がらない俺に嫌気が差したのか早乙女は不満気に言葉を発する。


「あのさー。櫻井。櫻井はウチが馬鹿で頼りになる筈もないとか、どうせ真剣に考えなんてしないとか思っているかもしれないけどさー。ウチは友達の悩みとか何人も相談に乗って来た経験あんだよね?だからそんな経験豊富なウチを信じて素直に話をしてみな。絶対に悪い扱いなんてしないから。真剣に聞いて……そんで一緒に悩んであげるからさ」


「早乙女……」


「仮に……櫻井が滅茶苦茶恥ずかしいこと言ったとしても……ちゃんと笑って聞いてあげるからさ。そんな不安そうな顔すんなよ櫻井」


「なあ早乙女……どうして……」


 刹那に俺は理解をしてしまった。理解したが必死に否定したくて彼女に問おうとする。喉奥から掠れたような声で彼女に問う。


「どうしてお前は……俺の悩みを聞いてくれようとするんだ?」


「そりゃ英語の課題を手伝って貰っているからだって……」


 彼女はそこまで言ってから俺の雰囲気を察し……そして改めて凛々しい表情に切り替えてから俺に宣言した。




「だってさ……ウチらは同じクラスメイトで……そんで友達じゃん?だから悩みがあったらそれを共有して、解決方法を一緒に模索していこうってのは当然っしょ?」




「……っ!」


 早乙女は俺を正面から見据えたままでそんなセリフを述べた。彼女のカラコン入りの薔薇色の瞳からは嘘偽りなく真実のみが彩られていた。
 早乙女は……俺の浅はかな本音を把握していたのだ。俺が早乙女夢と言う人物に期待せずに見下しているという部分をも受容し理解した上で、それでも彼女は傾聴の意志を示したのだ。
 そして一番俺を動揺させたのは……彼女の発言からは嘘偽りのない『善意』の存在を感じ取らせたことだった。
 それは……奇しくも俺が抱いてしまっていた『自己陶酔』などと言った幼稚な利益を追求することもなく、ただただ純粋無垢に俺の悩みを『友達』という理由のみで解決したいという彼女の偉大さを象徴することに他ならない。
 早乙女の声は……母性的であり、平常時とは全く異なる美声で俺を優しく包み込んだ。俺の敗北は確定的だった。彼女の偉大さに屈服し身を委ねることを迫られてしまった。


「……」


 本来は早乙女に話すつもりなど無かった。俺が如何に最低で劣悪でどうしようもない畜生であることを伝えたい筈もなかった。早乙女とは普通の関係でいたかった。
 だけど……気が付けば俺は打ち明けていた。自分一人で抱え込むには限界だと感じたからだ。既に俺は理解していたのだ。全てを打ち明けて楽になりたいと。滂沱の涙を流し偉大な彼女に泣きつきたい弱さを自覚させられた。
 早乙女に対してまずは二宮との一件を。二宮が理事長の狡猾な策によって、予てより望んでいた外部の人間との交流が妨げられたこと。二宮が中等部生だった頃から、必死な努力をしていたという事実を説明する。
 そして何よりも……俺がそんな二宮を手助けしたいと考えたことを三枝に話をした結果、作戦の緻密さを指摘され反対をされ尚且つ俺の本音が……二宮の為ではなく、英雄を気取り『自己陶酔』をするという利己的なものであるのを指摘されたという事実を。
 それに対して俺は反論の余地が許されずに……無様にも肯定することしか出来ないこと。最後に……自分自身その『最低さ』を認めることが出来ない脆弱さと滑稽さを洗いざらいぶちまけたのだ。
 早乙女は腕を組みながら一度たりとも俺から目線を外すこともなく真摯な態度を崩すことは無かった。その甲斐もあってか話しやすく全てを無事に語り終えることが出来たのだ。
 しかし吐き出してみれば後の祭―――――俺は猛烈に悔恨とも呼べる情緒の念を抱いてしまう。
 どうしてここまで実直に全てを語ってしまったのか。ここまで惨めで愚かしいとも思えるような本性を彼女に語ったのか。語るべきでは無かった。雰囲気に飲まれ俺はやってしまったのだ。自身の劣悪さを表現するという最悪とも呼べる所業を。


「なあ……早乙女。……今の話を聞いてお前はどう思った?二宮の為だと……二宮を心配だとほざいておきながら……内心では自分の為の行動をしていた俺を……そう指摘されたことを否定出来ない俺のことを…『最低』だと思ったか?」


 恐る恐る早乙女に問う。聞きたくなかった。しかし聞かずにはいられなかった。彼女の思惑を。優しく慰めてくれるのではないかと俺は自己愛を優先する思考で彼女に期待を掛けたのだ。
 そして早乙女は―――――満面の笑みを浮かべながら俺に言ったのだ。


「うーんとね。今までの話全部聞いた感じでウチが思ったのは―――――櫻井って『最低』なんだねって思ったよ」


「……っ!」


 無慈悲にも彼女は……俺を断罪し追放する宣言をしたのだった。





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