ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

29.「堕落」



 それから……三枝に全てを暴かれ剥き出しにされてから、どれだけの時間この場に倒れこんでいたかは定かではない。それは無限とも呼べる程に長時間だったかもしれないし、刹那と呼べる極めて短時間だったかもしれない。
 いずれにしても……俺は明瞭な意識を保つことが出来ずに意識は朦朧とし、ただの木偶の坊になっているというのが現状だった。


「とりあえず……帰ろう」


 重たい身体を必死になって起こそうとするが、中々に力が入らない。まるで身体が俺の指示に対して反抗するような感覚を覚える。強引に立ち上がろうとしても、中々思い通りにはいかなかった。
 その後悪戦苦闘しつつなんとか俺は大地に足をつけて踏ん張りながら立ち上がることが出来た。立つことにすら困難を覚える自分自身が滑稽過ぎて、花京院の如く高らかに笑いたい気分だったが、そんな余力すら残されていなかった。


「暑い……」


 ポツリと俺はそう呟いた。俺の心は荒みきり、一点の光さえ灯せない状況であるが、頭上を見上げると、そんな俺を嘲笑するかのように元気よく太陽は燃え盛っていた。
 俺の心理状態とは対をなすような明快で活気あふれる世界。まるで健やかなる世界に俺だけが馴染めずに、取り残されているようなそんな所感を抱かせた。
 何が所感だ……馬鹿馬鹿しいな。本当に馬鹿馬鹿しい。早く帰って寝よう。こういう気分の時には寝るのが一番だ。困った時には寝るのだ。きっと俺もどたばたとしていたことで精神が摩耗してしまっているのだ。でなければここまで精神的に追い詰められることはないはずだ。俺は疲労によってマイナス的な思考に陥っているだけだ。
 俺は自室へと戻るために第四校舎に向かうことにした。そして今日の残りの方針について思案し始めた。
 まず、午後も当然のように授業が入っているが、今日ばかりは休ませて貰おう。今の状況であれだけ俺を容赦なく糾弾し、誹った三枝と合わせる顔など無いのだから。だが授業の内容が把握出来ないのは困った。
 どうするか……ああ、三枝に頼れば……って三枝には頼れるような状況じゃないか。……俺は自分で考えていたよりも三枝に依存してしまっているのかもしれない。無様だった。滑稽だった。ただただ自分に対する怒りと憎しみだけが顕現する。
 今の状況では三枝には頼れないだろう。だったら俺が頼ることが出来る相手は誰だ。早乙女。……いや、あいつじゃ駄目だ。早乙女じゃ頼りにならないだろう。ろくに勉強もしないで、赤点を取る馬鹿なんだから頼りになる筈が……いや、流石にこれは早乙女を馬鹿にし過ぎだ。
 だが訂正する気はない。授業の内容を尋ねるにあたって早乙女じゃ役には立たないだろう。
 ともすれば花京院あたりが最善の候補者だろう。鈴木や田中がいちいち目障りだろうが、花京院は偉ぶりながらもちゃんと教えてくれるだろう。とりあえず授業のことはそれで問題ないかもしれない。
 ぶっちゃけた話……今の気分状態では授業のことなんてどうだって良かった。それならば何故、そんなことに神経を回して考えたかと言えば……辛かったからだ。  
 何か考えことをしていないと自分が自分で無くなってしまうような気がしたから。情けないと自分で理解していようとも、どうしようもないほど感情は暴発し、今にも泣き出してしまいそうだったから。俺は誤魔化しと言う行為に惨めな程に拘泥したのだ。
 やがて、俺は階段を登りきり少し歩いたことで第四校舎にある自室へと辿り着く。ようやくか。……やっと着いたのか。ここまで長い道のりだった。
 全身から力を抜いて、俺は無造作にベッドに前傾姿勢で飛び込んだ。弾力性に富んだベッドは俺を強く押し返した。それはまるで俺を拒絶し否定した三枝のように。俺を拒絶する世界と同様の当然の報いのように感じた。
 ああ……駄目だ。くそ……何かある度に俺は悪い方向へと考えてしまう。落ち着けよ。あとは眠るだけだ。目をつぶり、羊の数でも数えておけば全てを忘れられるんだ。何も恐れることはない。俺はうつ伏せから仰向けの状態に身体をして、少し横を向きながら眠りやすい体制を整えた。


「……」


 だが、すぐには眠りに着くことは出来ない。そもそも俺は基本的に昼寝をしない人間だった。こんな風に日中からすぐに眠りにつけるような身体の作りはしていないのだ。
 しかし、今の俺に出来ることはないのだ。だからひたすらに羊だけを数えることにした。牧場には無尽蔵に羊が増殖していく。飽和しそうになる牧場に対して一切の笑いを浮かべることなく、俺は睡眠に至ることだけを考えていた。やがて……意識は少しずつ落ち始める。






寝心地は控えめに言っても極悪と評するに相応しいものだった。悪夢こそ見なかったものの、寝心地の悪さと自律神経の乱れによって、ベタついた汗が身体中から噴き出していた。


「くそ……」


 俺は悪意たっぷりの言葉を吐き出した後にゆっくりと瞼を開き、周囲の状況を確認する。何となくこの学園に誘拐されてきた状況に似ているような気がして、更に不愉快だった。時計を確認すると既に時刻は10の数値を示していた。
 一体俺は何時間眠りについていたと言うのか?流石に軽い仮眠にしては眠り過ぎたかもしれない。大よそ八時間程度であるだろうか。
 眠りに着く前の時刻を正確に把握していたわけではなかったので、確実ではないがな。……ひとまず、顔でも洗うか。顔も寝汗でぐっしょりとしており穢れきっているだろうから。
洗面台の鏡に映る俺の顔色はお世辞にも良いものとは言えなかった。肌からは艶が消え、クマが目立ち唇の色も心なしか紫色に変色して視るようにも見えた。俺はそんな無様な姿をかき消すように丹念に洗顔クリームを塗りたくり、何度も何度も何度も顔を洗い流し消去していく。


「……ん?」


 そこで一つの違和感を覚えた。……何だかやけの外が明るいような気がした。まるで朝陽でも浴びているような……


「……っ!マジかよ……嘘だろ……」


 俺は部屋の扉から外の景色を見渡した。そこには満開の青空が展開していた。……なんだよ。……そこでようやくと今の本当の状況に気が付いた。
 俺はあまりの疲労感と充足感によって午後2時から翌日の午前10時まで眠りについていたのだ。
 ……流石にこれには笑ってしまいそうになる。だけど不思議なことに空腹感は催しておらず、疲労感は一向に消失する気配はない。寧ろもう一度眠りにつきたいくらいだった。これだけ寝ようともまだまだ満ち足りてなどいなかったのだ。
 俺は一度小便を済ませ、死なない程度に水を飲みほしベッドに飛び込もうとした時のことだ。
 何やら部屋の入口の扉の方から音がしたような気がした。そして何度かの音の後にゆっくりと扉は開かれた。俺の不注意ということもあり、鍵は閉まっていなかったのだろう。故に向こう側からでも開けることは可能なようだった。


「失礼しますね~櫻井君。開けておいてからで遅いかもしれませんが、今大丈夫ですか~?」


「江藤先生……」


 そこに現れたのは江藤先生だった。相も変わらずに甘ったるいような声色で威厳ある教師とは思えない態度だ。彼女は扉から少し足を踏み入れて、玄関口から俺を見据えて話を始めた。


「櫻井君~。昨日は突然どうして帰舎してしまったんですか?先生とても心配したんですよー。保健室から連絡があったわけでもないのに消えてしまったので、心配で心配で仕方なかったんですからね~」


「ああ。すみません。昨日は少し体調悪くなっちゃって。昼休み終えた後は、そのままこの部屋でずっと寝ていました」


「そうですかー。取りあえず把握しました。実は三枝さんが私に櫻井君が具合が悪そうだったと報告をしてくれたので何となくは予想していましたが……今後はなるべく私に報告出来る時は報告してくださいねー。それか保険医の先生のところに寄るでも構いませんので何らかの形で教えてください~」


「はい……すみません。今後は気を付けます」


「今日休んでいるのも体調不良だからと言うことでいいですか?」


「はい。昨日に引き続いてあんまり調子良くないのでこのまま休もうと思います」


 その言葉に嘘はなかった。あれだけ眠りについたというのに身体はまだまだ睡眠欲求を貪欲に渇望していた。
 身体と心はみるみる内に怠惰となり何らやる気など漲らない。正直な話、今こうして江藤先生と話をしていることすら億劫だった。


「すみません。先生寝たいのでそろそろいいですか?」


「ああ。そうですね、ごめんなさい櫻井君。それではそろそろ失礼したいと思います」


「はい」


 江藤先生は非常に物分かり良かった。俺が少し言うとすぐに引き下がるような態度を示した。


「あ、そうそう。ちなみにですね櫻井君~。今の君の瞳は……少しばかり思い詰めているように見えますよ。ですから―――――」


「悩みに悩んで自分の答えを出してみなさい。それで本当に無理そうなら恥を捨てて素直に誰かを頼りなさい。私も含めてあなたと向き合うことを厭わない人は沢山いるでしょうから。それが担任である私からのアドバイスですよ~」


「……っ!」


「それじゃあ、今日は失礼しますねー。先生は櫻井君が元気に笑顔で登校することを楽しみに待っていますからねー」


「……」


 江藤先生はその後ゆっくりと扉を閉めて去って行った。……どいつもこいつも俺のことを全部全部わかったような面をしやがって。
 端的に言って俺は苛立ちを募らせていた。江藤先生には恨みなどない。こんな穢れ切った俗人たる感情が表出すること自体きっと間違いだ。
 だけど……今の俺には他者の配慮を配慮として受け入れるだけの余力が残されていなかった。だから、江藤先生の配慮すら煩わしく邪魔なものであり……憎むべき言葉にしか感じ取れなかった。
 既に昨日となったが、三枝との一件は確かに俺の良識を瓦解させ、自我を崩壊させるに値するような最悪なイベントだった。
 どれだけ考えようが、俺は壊滅してしまったのだ。いつものように完璧で人のお節介を受け入れて、ツッコミを入れて笑いとして昇華するようなことは不可能だった。笑えない。今の俺にそんな器用な振る舞いは不可能だった。
 昨日までは失意の中で絶望を肥やし、悲壮感を覚えているだけだった。だが―――――今の一件と昨日の一件は徐々に俺の心を蝕み……失意すらも通り越し、現在の俺の感情を表す最も適当な表現は『怒り』だけだった。万物万象に対する憤り。やるせない気持ちは沸々と燃え上がっていく。
 室内には巨大なベッドが鎮座している。そこには一つの枕があった。俺は手に枕を持ち、そして―――――――――――容赦なくそれを殴りつけた。


「ふざけんじゃねえええええええええっ!誰がナルシストだ馬鹿野郎っ!」


 叫んだ。声を轟かせ響くように吠え続け、心理状態を雄たけびとして表現し、慟哭に励む。決壊したダムのように俺の感情放出は留まることを知らなかった。


「うるせえんだよぉおぉおおおおお三枝っ!たった数ヶ月の付き合いで俺のことを全部全部知ったような顔しやがってよおおおおおっ!俺がどんな人物でどんな風に生きてきたかの全てなんて知らねえだろうがよっ!それなのに俺以上に俺のことを知っているように理解しているように振る舞って語ってんじゃねえよ。てめえに俺の一体何が分かるってんだよ。お前だって俺と同い年のクソガキだろうが。それなのに上から目線で全てを察しているような態度で接しやがって。調子に乗るにもいい加減にしろよ!俺がどんな気持ちで人を助けてきたかなんて知らねえだろうがっ!それなのに人を勝手に語るんじゃねえよっ!何様のつもりだお前はっ!俺だって必死こいて今まで生きてきているんだよ。それなのにちょっと口が達者なだけで、言葉を連続して俺を黙らせるようにしながら語りやがって。なんなんだよお前はッ!ムカつくんだよっ!何で俺以上に俺のことを把握してんだよ。俺だって自分自身で気が付かないようなことを語るんじゃねえよっ!俺は善人なんだよっ!それに間違いなんてねえんだよっ!俺が二宮を助けたいのは善意の部分だってあるに決まってんだろうがっ!俺は……俺は悪くねえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 やがて枕のカバーは千切れ綿ぼこりが宙を舞う。白く鮮やかな羽毛は辺り一面にゆっくりと散らばっていく。……疲れた。無為な徒労感だけが俺を襲った。眠い。ひたすらに眠い。このまま全てを終えてしまいたいという欲求に駆られてしまう。
 俺のアイデンティティーを犯すような行為に俺の心理は侵食されつくした。適切な対処方法など分からない。分かる筈も無いのだ。最も頼れるはずの人物である三枝は頼りにならない。頼れる筈も無いのだ。
 今の俺に出来ることなどない。ただひたすらにストレスを軽減し最低限残っている自尊心を守ることしか出来ない。誰にも頼る相手などいないのだから。頼れる筈も無いのだから。俺が……『櫻井芳樹』が誰かを頼るなどといった俗物めいた行動に出れる筈も無いのだから。


「寝よう……」


 綿ぼこりが舞っていようがまるで気にならない。枕を潰してしまったことで寝心地が悪くなるだろうがどうでもいい。全てがどうでもいいのだ。もう何でもいいのだ。諦めよう。
 考えて答えを出すことを諦めよう。あそこまで容赦もなく微塵も許容できない出来事に遭遇した人間はどうしようもない八方ふさがりに陥るのだ。三枝薫は櫻井芳樹と言う人物を圧潰させたのだ。
 最早俺は何も語れない。語る術も反論もないのだ。だからもう寝よう。全てを諦めよう……二宮を助けるなどと言った行為は不可能なのだ。馬鹿馬鹿しい。調子に乗り過ぎたツケが回って来たのだ。英雄気取りか―――――言い得て妙じゃねえか。かっこつけの偽善者の末路などこの程度なのだろう。浅薄とした考えしか主張出来ない愚者は……一人の少女の咄嗟の指摘によって全てを打ち砕かれ消失したのだ。俺は……俺は最低なのだ。本当は俺が悪いってことなんて言われずとも―――――
 そのまま俺は再び朦朧とする意識を完全にシャットダウンするために強く瞼を閉じ、長い眠りにつくことにしたのだ。



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