ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

27.「櫻井芳樹の本質」(中編)



「僕が学園脱出計画に反対の理由は、二つ目に責任が重大だからだ。以前の君の場合は理事長の気まぐれによって性的な罰を受けるだけで済んだかもしれない。それは君にとっては重大な事件だったかもしれないね。けれど厳しい言い方をさせて貰うと……客観的にそれは些末な出来事に過ぎないことだと僕は思うんだ。そして今回……学園脱出計画を無事に遂行出来たとしても……同様に協力者や二宮さん本人が些末な処分で済むとは限らないよね?」


「……それは……」


 三枝の言う通りに、あれはあれで俺の弱点とトラウマを突き最高に辛い思い出ではあるが、その後の人生を左右するほどの致命的なものではなかった。客観的に捉えれば、寛大な処置であると言えるのかもしれない。
 三枝は具体的な可能性を示唆しながら説明を加えていく。


「例えば、僕が君に協力することによって学園を停学処分になるかもしれない。あるいは理事長の逆鱗に触れることによって退学処分になることだってあり得るだろう。君は理事長の推薦でこの学園に入学したから知らないかもしれないけれど、この学園に入るためには相応の努力を積むことが必要なんだよ。偏差値七十越えと千葉市内の私立高校トップの壁は決して低いものではないんだ。僕らの代の倍率は二十倍を超過していて、何人もの受験者が二宮さんと同じように身を削りながら受験勉強をした上で、何の容赦もなく残酷に不合格になっているという事実は確かに存在しているんだよ?」


「……」


「だからこそ、易々と「学園を退学になってもいいから二宮さんの悲願を果たしたい」なんて言っていいはずがないんだ。僕が今この学園に通っているのは、そうした積み重ねと運に恵まれたからだ。これは僕だけではなく他の人も同じだ。他の人だって一生懸命に努力してこの学園に入学した人がほとんどだろう。だからこそ問題行為を起こして、停学や退学となり、そんな積み重ねを瓦解させることなど軽々しく容認できるはずがないよね?」


「それは……そうだな」


「ここまで話したのはあくまで過去の話だ。だけど、退学になってしまうような事を考えると、将来大学に進学、あるいは一流企業に就職をしていく際の経歴に泥を塗ることに繋がりかねないよね?別段、資産家の学生であれば問題はないかもしれない。だけどこれから君に協力してくれる人の中の何人が資産家の娘かな?少なくとも、僕の実家は特別裕福なわけではないから、「学園を退学になったけれど、ママとパパの力で他の学校に編入しました。退学になったことはまるで影響していません」なんてうまく行かせるようなことは出来ないよ。それに二宮さん本人だって両親がいない以上はそんな都合のいいように問題が解決される筈もない。君は、もしも処罰として退学になった際にその生徒たちの尻拭いをすることが出来るのかい?協力者と二宮さんの人生を大きく転換させてしまう責任と覚悟を持ち合わせているのかい?」


「それは……無理だ」


「その通りだ。僕たちはまだ十五歳に過ぎない。幾ら白花咲という名誉ある学園に通っていたとしても、僕たち自身は無力であり何の力も持たないんだ。君が二宮さんを連れて、あるいはその他の協力者を募り脱学を試みるということはそれだけのリスクを背負い、一人の人間の未来を担うということなんだ。それは努々理解しなければならないよね?」


「ああ……」


 三枝の発言はあくまで冷静だった。俺が微塵も反論することが出来ないように言葉をひたすらに紡ぎ続ける。ここまで三枝が饒舌になる部分を見たことはなかった。


「お前の言うことはどこまでも正論だよ……三枝」


 俺が提案者であり、社会的に危険を及ぼすような行為を行うのだ。それには責任が伴う。だからこそ、それを熟考しなければならない。そんなことは当然なのだ。あまりに俺は理事長に対する苛立ちによって
その辺りの認識をしていなかった。自分の愚かさに気づかされていく。そして……それは俺の心を酷く刺激していた。自己肯定感を喪失させるように。心が削れていく。


「さあ……三つ目を説明しておくよ。君が理事長に対して憤りの念を持ち、怒りを肥やすことは間違いだとは思わない。現に僕だって平然を装ってはいるけれど、あまりいい気分ではないのは確かだ。何故なら理事長は一日外出という権利を、恣意的な解釈によって捻じ曲げるという横暴に出たのだから。君は先ほど彼女のその行為を『違法』と称したけれど、僕もまさしくそれには納得できる部分もある。だから感情論的に言えば、君は全くもって間違っていないように思える。だけどね。だからこそ僕は敢えて君に言わせて貰おう。理事長の『違法』に対して『違法』で返してしまえば、君も無遠慮で狡猾な策をとる理事長と同じことをする『卑怯者』になってしまうけれど、その覚悟は出来ているかい?」


「なっ!……それはっ……」


「全くそんなことは考えていなかったでは許されないとは思うよ。だって君の理論で行けば『殴ってきたから何倍にもして殴り返した』とか、『一万円を盗まれたから十万円を盗み返した』とかそんな理論と何ら変わらないよ。いや……そもそも下手をすれば前提条件すら異なってしまうかもしれない。何故なら相手側は、あくまで『合法』の中で屁理屈を述べているだけと取ることが出来るからね。だから君がまず提案しなければならないことは、『合法』の中で戦う策略を必死で練ることなんだ。それで無理だったら『合法だけど限りなくアウトに近いこと』を思案するべきだ。それすらも不可能になってようやくと、『違法』に行くべきだった。まあ、結局のところ、『合法』の中で対処できなければ君が理事長と同じ穴の貉になってしまうことは変わらないんだけどね。だからこそ、君にとって屈辱的になるであろう『違法』を犯して愚劣であり卑怯な行為を行うという自覚を改めて持つ必要があるよ」


「……っ!」


 俺は何も言い返すことが出来ない。三枝は攻撃的だった。俺の心を根底から叩き潰すように非難をし、俺の脆弱さを曝けさせるのだ。


「そんな訳で僕は道徳的な観点の中から君に協力すべきではないと思っている。僕は理事長と同じように卑劣な人間に陥りたいわけではないからね。そして君自身にもそのような行動をして欲しいとは思いたくないのが正直な見解だよ」


「……」


 三枝の発言はどこまでも正当性を帯びており……俺は反論出来ない。


「そして最後に……これは君に尋ねるべきことだから尋ねておこうと思うんだけどさ」


「な、何だよ?」


 俺は三枝の有無を言わさぬような圧力に屈してしまいそうになる。今日の三枝はいつものように朗らかな態度を崩し、俺に対して敵対するように接していた。俺は嫌な予感が頭から離れてない。不安が全身に広がりワイシャツからズボンにまで汗が滴っていた。彼女は問う。俺という存在の本質を暴くための問いを。


「君はそもそも……どうして二宮さんを学園脱出させたいと考えているんだい?」


「どうして……って、そんなの二宮が会いたい人に会えなくて可哀想に思っているからだよ。二宮の願望を叶えてやりたい。それが俺の行動の理由だ。他に理由があるって言うのかよ?」


「ちなみに君は二宮さんに今回の一件について尋ねてみたのかい?二宮さん本人が本当に学園脱出をしてでも、外に出たいのかと意志を確認したのかな?」


「ま、まだ尋ねてねえよ。そもそも……二宮はきっと尋ねたとしても、首を縦に振ることはねえと思う。何故なら二宮はそんな風に自己主張できるような奴じゃないからだ。きっとあいつは自分さえ我慢すれば済むってそんな風に考えているに決まっている。だからこそ……だからこそ、その気持ちを俺が察してやるんだよっ!俺が察した上で俺がどうにかしてやらなきゃいけないんだよっ!」


 そうだ。俺の二宮を救いたい、救うべきという気持ちは決して間違いなんかじゃない。それなのに……それなのに俺は何か大きな違和感を覚えていた。
 この気持ちは……なんだよ。学園脱出という行為は卑劣かもしれない。だが俺の二宮を助けたいという感情は決して誤りでは無い筈だ。だから自信を持つべきなのに……それなのに……俺は理解不能なくらいに動揺してしまっていたのだ。


「うん。なるほど……やっぱりそうだよね。……今の会話を聞いていて確証を得たよ」


 三枝は全てを悟ったようにしながら何度も頷いた。その視線はあくまで冷徹。天上ヶ原雅よりも二宮よりも……もっともっと深く残酷で研ぎ澄まされていた。


「?……良くわかんねえよ。三枝……勿体ぶるのは辞めてくれ。俺に言いたいことがあるなら……この際全部ぶちまけてくれ」


 俺は聞きたくないという欲求を抑えつつ三枝に問う。聞くべきではないと思っていても聞かなければいけないような気がしたのだ。


「うん。言わせて貰うよ。……君は―――――――」


「ただの英雄気取りで我儘なナルシストだねってことを」


「は?」


 俺は三枝のその発言を悪意たっぷりの揶揄であると理解するまで十秒以上の時間を要したのだった。



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