ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

19.「二宮冬香の目的」



「あなたが早急に保健室に運んでくれたことで相当負担が減ったと思うわ。ありがとね。櫻井君」
 保健室の胸元が大胆に開かれているグラマラスな女医に感謝の念を示された。つーか、大よそ高等教育機関の教員の格好じゃねえぞおい。っと、そんなことは今はどうでもいい。おっぱいなんてただの脂肪だし。
「……それより先生……二宮の容態は?」
「端的に言って慢性的な疲労による貧血ね。諸々の要因はあるけれど、寝不足による身体疲労。それにストレス要因が積み重なった結果……といったところじゃないかしら?」
「慢性的な疲労……ですか」
「そうね。聞くところによれば彼女は部活動に加入せずに、毎日のように図書館や教室に残り勉強。夕食や風呂の時間を除けばずっと勉強をしているそうじゃない?それに櫻井君……少し彼女の目元をみてごらんなさい」
「……」
 二宮の目元にはうっすらとクマが出来ていた。クマが出来ようともその美麗さにはまるっきり影響を及ぼしていないように見えるのは、元の素材がそれだけ優れている証なのかもしれない。
「もしかしたら深夜問わずに勉強していたのかもしれないわね。……そんな風な生活を続けて、普段ほとんど運動しない彼女が急に準備運動もなしに激しい運動を始めたら貧血くらい起こすわよ」
 保険医の先生は、二宮の動向を見守りながら優しく布団を掛け直した。
 それにしても……やはり原因となったのは二宮の学業に対する『執着』が原因のようだ。体育の時間ですら単語帳と見つめ合いをしているのだ。相当今詰めて勉強に取り組んでいたようだ。
 しかし、一体どうして彼女はそこまで自分を追い詰めるくらいに励むのだろうか。俺の中で正解の見つからない疑問は頭の中で駆け巡っていた。
「櫻井君。ひとまず、そろそろ教室に戻りなさい。六時間目の授業が始まるわよ。後は私に……」
「いいえ先生。悪いですけど俺はここに残ります。二宮が……心配ですから」
 指示に従わないことで俺は先生に怒られるかと思ったが、保険医の先生は一瞬、ハトが豆鉄砲を食らったかのような反応を見せた後に、妖艶に微笑みながら俺に告げる。
「ふふふ……なるほど。男の子ってわけね。いいわ。それなら私から教室の方へ報告しておくわ。好きな女の子が目を覚ますまで、ゆっくりしていきなさい」
「好きな女の子って……そんなんじゃないですよ」
「……そういうことにしておいてあげるわ」
 そうして大いなる勘違いをされつつも俺の残留は許可されたのだった。……あと、別に二宮のことが好きとかそういうのじゃねえぞ。ほんとだからな。






「……ここは?」
 寝起き様に珍しく彼女は俺がいるにも関わらず自然に言葉を発していた。どうやら今日は彼女の声を耳にすることが出来るラッキーな日のようだ。
「よお二宮。気分はどうだ?」
 俺はいつものように気さくに話しかける。二宮は他の連中とは異なり、ツッコミを誘うようなふざけた発言はしないので俺としては気楽だった。
「……」
 一瞬状況が分からないという様子を見せていたが、聡明な彼女はすぐに何が起こったかを理解したようで、俯きながら俺に言葉を放つ。
「そう……ごめんなさい。あなたには迷惑を掛けてしまったようね」
「別に迷惑なんかじゃねえよ。クラスメイトが困っていたら助ける。それは当然のことだろう?」
「……ごめんなさい」
「何で謝んだよ。謝ることなんてねえよ。ほんと気にすんなよ」
「……」
 彼女は黙ったまま保健室の時計を視界に入れる。そして、時刻を見た瞬間に彼女は強引に身体を起こそうとするが―――――
「おいおい。まだ、無理すんなよ。寝起きなんだし、貧血でぶっ倒れてたんだから、今日一日くらいは安静にしておいた方がいいぞ」
「でも……私は授業を受けて勉強しないと……」
 彼女は必死のようだが、俺は強引にでも彼女をベッドから出させないようにと掛け布団を押さえつけた。
「保険医の先生の話だと、勉強のし過ぎで過労が祟って話だったぞ。なあ、二宮。前から思っているんだけどさ。お前はどうしてそんなに勉強に熱心なんだ。いつだって俺が見ている範囲では、ずっと勉強道具とにらめっこしているじゃん?」
「……それは……」
 彼女は少し考えるようにしてから俺を見る。そして嘆息をついた後に俺に言う。
「あなたには……随分とお世話になってしまったようだから素直に話すわ。……まずは、これを見てくれる?」
 彼女は自分の体操着のポケットの中からパスケースを取りだし、その中から一枚のカードを取り出して俺に見せる。
「これは……学園カードか。って相変わらずお前のポイント数は頭おかしいよな……」
 入学した当初に一度だけ食堂で彼女の数字を見たことを思い出す。あの時も大よそ九十万を超えているという数字が刻まれていたが、今改めてそこに刻まれている数字を見ると、九十九万千八百六十五ポイントと記述されている。後八千と少しあれば、百万ポイントに至るという訳か。
「で……こんなに莫大なポイントを溜めてどうしたいんだ?何か欲しい物とかに使ったりしないのか?」
「……勿論……幾らか必需品を購入する際には使っているわ。けれど、私にはもっと大切な目標があるの。それを果たすために今の今まで温存してきたの」
「百万ポイントって……何か交換出来るんだっけか?」
 各校舎の掲示板と購買部では学園ポイントによって購入することが出来る物や権利に関して莫大な数用意されている。
 俺もたまに自分が購入することが出来る範囲の欄に関しては適当に検閲したりするが……いかんせん、十万を超えることすら到底不可能そうなので、それ以上のポイント消費をするものは全く知らないというのが実情だった。
 俺の疑問に関して、彼女は滔々と述べる。そしてそれは俺にとっても、予想外のものだった。
「百万ポイントで交換できる権利……それはね」


「『一日外出権』よ」


「は?一日外出権?それは一体……」
 何とも耳を疑うような言葉を彼女は述べた。
「言葉通りよ。この学園に入学した者は卒業あるいは除籍処分、休学、あるいは学園が定めた地域限定の修学旅行中以外では学園外に出ることは不可能なの。理事長曰く本当に緊急を要する際には、外出できるようだけれど、そんな機会は実質的に存在していない。そんな中で唯一ある合法の抜け道。それが……一日外出権よ。これさえ手に入れることが出来れば……学園外に一日だけ出ることが出来るの」
「……マジかよ……」
 今日という日まで俺はあの理事長の嫌がらせという訳で……学園外に出ることは絶対に不可能なのだと思っていた。
 しかし……そんな第三の選択肢を残しておくとは。やっぱり、あの理事長は食えないな女だった。
「二宮は学園外に出たかったのか……」
 だから以前に俺が四月に学園外に脱出しようとして、生徒会の連中に捕らえられた翌日の教室で俺にその旨と事実について訊いたのだろう。
今ようやくと、二宮の意図を理解した。だが、まだ理解出来ていない部分が二つある。一つは……
「なあ、二宮。お前が一日外出権を獲得したいというのは理解出来たよ。けど、何でそれが勉強していることに繋がるんだ?」
「この白花崎女学園内の学園ポイントは二つ獲得する方法があるの。一つは定期的に一定のポイントを自動的に付与される方法。大よそ一学期毎に五千ポイント。これが定型。そして、もう一つは―――――」
「そう言えばそんなことを三枝に聞いたな。……後は、学園内で優れた功績が認められた場合か」
「ええ。ご明察の通りよ。雑用にボランティア。生徒会活動などを始めとして、幾らかポイントを増やす方法はあるわ。そして、その中には定期考査で一位を獲得することも含まれているのよ」
「定期試験で一位か……理解出来たよ。だから、二宮は身体をぶっ壊してしまう程に勉強していたんだな」
「……ええ。本当は体調が悪かった今日は花京院さんのことを無視しようとしたんだけれどね。……どうにも頭に血が上ってしまってあの様よ」
「……疲れていて、正常な判断が出来なかったって訳か……」
 確かに今までも定期的に二宮は花京院に絡んでいくことはあったが、いつも二宮は可憐にスル―を決め込んでいたよな。それ程今日は余裕を失っていたのだろう。
「それにしても……二宮はどうして学園外に出たいって思っているんだ?そんなに必死になるほど何か学園外にこだわりでもあるのか?」
 俺がそう訊くと彼女は少し迷ったような素振りを見せた。その反応を見た俺は咄嗟に言葉を吐き出す。
「……いやいやいやいや、言いたくないなら無理に訊くつもりはないぞっ!」
 折角二宮がこうして普通に話をしてくれている状態なのだ。二宮の機嫌を損ねるようなことだけはしたくなかった。
 だが、二宮は俺の予想していたイメージとは異なり無表情のままで俺にゆっくりと言葉を告げる。
「……いいえ。あなたには今回の一件でお世話になっていたから……目的くらいは聞かせるわ。私は『とある人』に会いに行きたいのよ」
「とある人?」
「ええ。私がこの学園の中等部に入学する直前にとてもお世話になった人……その人に会いたいのよ」
「……っ!お、おお。そうか、そうだったのかっ!」
 俺は思わず声が引きつってしまった。何故ならそんな風に言う彼女の顔がとても切なげで……俺は初めて二宮が年相応の表情をしたように思えたのだから。普段は凛とした彼女の少女性のようなものは俺の心を動揺させるのには十分だった。
「あら……起きたのね二宮さん。調子はどうかしら?」
 と、そんな会話の最中に少し席を外していた保険医の先生が保健室に戻っていた。
「……すみません。迷惑を掛けてしまいまして……」
「いいのよ。私は体調の悪い人をサポートするのが仕事だからね。これくらい当然。でもね、二宮さん。保険医として一つだけあなたに入っておかなければならないことがあります」
「……」
「あなたが一生懸命、良い成績を取ろうと学業に励むことは立派だとは思うわ。けれど、あまり根気を詰めても逆効果よ。適度に休みつつ全力を尽くすこと。急がば回れがあるじゃない?それが重要になると思うわよ」
「……はい」
「それに……あなたが無理をすると、そこにいる彼が心配で心配で仕方がないという表情をしてしまうからね。彼の為にも少しは力を抜きなさい」
「確かに本気で心配しているのは事実だけど、あんた絶対楽しんでいるだろうっ!ってか、この学園の女性はほんとに俺を弄るのが好きだなおいっ!」
 やはり俺は揶揄われる運命にあるようだった。
「フフフフフ」
 保険医は不敵な笑みを見せながら笑ったのだった。笑いごとじゃないですよ。俺が本気で二宮好きだったら赤面じゃすみませんよって話だ。
「まあ、そんな訳で二宮。俺もマジでお前のことは心配しているから、適度に休み入れて体調整えろよ」
「……ええ」
 彼女は素直に俺に視線を合わせて少しだけ頷いた。……なんだよ、意外と素直なところもあるんだな……と俺は内心で呟く。言葉に出してしまえば、彼女はその素直さを閉じ込めてしまうかもしれないからな。
「さて……それじゃあ、俺は七限だけ出るかな……」
 俺だって赤点は回避出来るであろうが、決して余裕で満ち溢れているわけではない。この学園の授業内容のレベルは高すぎるのだ。というわけで、いい加減戻ることにした。
 俺は、ずっと座っていた為に立ち上がる瞬間に足元がふらついたが、倒れてしまっては心配を掛けさせることになるだろう。しっかりと地面に足を付けて、保健室から立ち去ることにした。
「それじゃあ、今日はゆっくりと休めよ」
「……ええ」
 俺は、扉に手を掛けた瞬間に彼女の方を振り向き……こう言ったのだ。


「ああ。そうだ。七限目の授業のノートは後日見せてやるからな」


「……ええ。期待しているわ」
 そして俺は二宮と普通の友人のように会話出来たことに充足感を得ながら、浮かれ気分で教室に戻るのだった。



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