ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

15.「二宮冬香の一言」

「ハッ!」
 俺は唐突に意識を覚醒させた。ここは……どこだ?……ああ。オーケーオーケ。思い出してきたぞ。俺は二宮を見習って勉学に励もうとしていたんだ。
 だけど、昨日のあのトラウマを彷彿させるような一件と、単純な寝不足によって俺は途中で寝落ちしてしまったんだな。最初の三十分くらいは漠然とした意識下の中で復習に勤しんでいたが、結局のところ限界を迎えてしまったと……情けない話だった。
 静寂とした教室に響くのは……時計の秒針が刻まれる音と、ノートに文字が刻みこまれる音の両者だけだった。
「……二宮……お前は本当に勤勉だな……」
 俺も勉強をすることは苦ではないし、決して嫌いでもないが。こんな受験直前みたいな生活を送るのは、流石にしんどさが先行してしまうんじゃないかと思ってしまう。
「二宮はどっかいい大学でも目指しているのか?東大とか京大とか?」
「……」
 相も変わらずに安定のスルースキルを発動されてしまい、何とも言えない感覚に陥る。なんだろうな。ここまで無視されても、全く俺は不快感を覚えることは無かった。……その原因を心の中で探ろうとしたところ古き記憶が呼び起こされ原因が何となく判明した。
 昔の俺の妹に似ているのだ。今でこそ快活で屈託もない優しく優秀な妹に育ったが、以前は現在とは比べものにならないくらいに困難を抱えている性格をしていた。
 控えめであり、人見知りの激しい性格をしていた妹は、その愛くるしい容姿に対する羨望と憧憬から屈折した好意を向けられ、学校で揶揄いを受けることも少なかった。
そして揶揄によって生じた鬱屈とした感情を俺に向けて冷徹であり攻撃的な態度で接するという事態になっていたのだ。
 ってか、あの頃のクソガキ共、絶対に許さんぞー。俺の可愛い妹を弄り倒しやがって。
 っと……それはまあいい。ともかく、俺の妹にも小学校時代にはそういう時代もあったのだ。そんな妹の姿を見てからは、困っている人間や苦しんでいる人間を放置することが出来ないという性分になってしまったのだ。我ながら面倒くさい性格をしているなと改めて実感してしまった。だが治す気は当然のように無かった。
 結局のところ、俺はこの少女がうまくコミュニティの中に適応出来ないような何らかの大きな原因があるんじゃないかって考えている。それが三枝に教えて貰った何かに対する『執着』なのかは分からない。
 いずれにしても、それを解消することが出来たらいいなと俺は本心から考えていた。そうだよ。俺が何とかしてやらないでどうするんだって話だ。
「俺も将来的にどこの大学に行くかとか決めないとなー」
 だから俺は下らないような会話を彼女に投げかける。これが、二宮にとって善なのか悪なのかはわからない。だけど残念なことに、俺は二宮という少女の存在が気にかかって仕方がなかった。
「……」
 彼女は俺の顔を一度ちらりと見て何かを言いたげそうにしていたが、やがてすぐにノートに視線を戻した。
「それでよー……」
「……」
「でさー……」
下らない日常会話で俺はひたすらに二宮に話しかけていた。五分程度にも及ぶ程の一方的な会話。コミュニケーションと呼ぶには些か認められることは無いかもしれない。俺は頭で思いつく限りの話題を羅列して彼女が興味を持ちそうな会話をひたすらに繋げていた。
「……」
 だけど反応は一向に帰って来ることは無かった。……そろそろ潮時か。これ以上、ここで言葉を発して彼女の勉強を阻害するのは流石に邪魔くさいだろう。まだまだ学園で過ごして行かなければ時間は沢山ある。何といってもこの学園は週六授業だし、更に言えば校内に寮だってある。ゆっくりと彼女の心の障壁を打ち砕こう。
「ふぅー、それじゃあ俺はそろそろ部屋に帰るな。二宮もほどほどにしておけよー」
「……」
 結局のところ俺と二宮は今日も今日とて、一度も会話が成り立たなかったなー。まあ、これからに期待しよう。
 俺は机に散乱していたシャープペンシルやマーカを筆箱の中にまとめて、教科書と共に学生鞄の中に詰め込んで身支度をすませた。
「それじゃあな二宮……」
 俺が軽く会釈をした後に教室の後ろの扉から教室を出ようとした瞬間のことだった―――――――


「ねえ……」


「え?」
 俺は思わず素っ頓狂な声を零してしまう。……だってそれは紛うこと無き彼女の声だったのから。自己紹介をした時や事務的な作業を行う時に発する麗しき彼女の声なのだから。
 二宮は淀みなく清らかなる黒瞳を輝かせながら俺の顔を直視し、言葉を発したのだ。
「え?……ああ?どうしたんだ?」
「あなたは……学園の外に脱出を試みたと耳に入ったけれど……それは本当なの?」
「……え?……ああ。本当だよ。昨日の深夜に校門から脱出しようと思ったけど見事に忌まわしき理事長にばれて失敗しちゃったけどな。それがどうかしたか?」
「いいえ……何でもないわ」
「……よくわかんねえけどさ。二宮。何か抱えている悩みとか不安があれば俺で良かったらいつでも聞くからな?」
「……」
 彼女はそんな発言をした俺を他所にして再びノートに目を寄せて、文字を刻み始めた。少なくとも今一度彼女から問いかけられることは無さそうだ。
「それじゃあな二宮」
 俺は彼女のそんな謎めいた行動に関心を持ちつつもその場を後にしたのだった。



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