ガチホモの俺がお嬢様学園に入学させられてしまった件について 

湊湊

12.「学園の外の世界の真実を語る少女 愛莉ちゃん」



「あら。いらっしゃいー」
 俺は購買部を訪れていた。気の良さそうな購買部のおばさんが俺に気さくに挨拶を交わしてくれる。軍手を入手するためにまずは、三枝に所持していないかを聞いてみたが、流石にお嬢様学園ということもあり、軍手など使う機会は少ないようで持ち合わせてはいなかった。
「だけどね。入手するのは決して不可能ではないよ」
 と三枝は俺に教示してくれたのだ。この学園内では罰あるいは奉仕の一環として草むしりをする機会が時々あるようだ。
 その際には購買部で軍手を購入し装着した上で作業に取り掛かることが求められているようなので、購買部に行けば軍手を入手出来るかもしれない。そんな情報を聞き及んでいたのだ。
 ……悪いな理事長。あんたの普段の懲罰内容が仇となり俺に隙を与えることになるかもしれないんだぜ?これで本当に入手出来れば理事長はとんだ間抜けということになる。
 俺はいつも翻弄されている理事長を出し抜くことが出来る予感によって喜々とした気分に浸っていたのだ。
「おばさん。軍手ってありますか?」
「ああ。あんたも懲罰で使うのかい?駄目だよー学園のルールは守らないと。この学園を秩序正しくしてくれているのは理事長さんなんだから」
 よっしゃーっ!と内心でガッツポーズを決めながらも怪しまれないように俺は平然と愛層笑いを浮かべながら返答をする。
「アハハ……そうですね。今後は気を付けたいと思います」
 寧ろあいつは自分が楽しめるのであればルールなど全く守らないようなそんな人物にしか見えないが。 つーか、あいつの場合楽しそうなら何でもやりそうだからなマジで。
 何はともあれ、おばさんも俺を疑うことなく軍手を販売してくれたのだ。俺の学園ポイントは多少消費してしまったが、それでも十分過ぎるくらいの余力はある。寧ろ必要経費としては安上りであると評する方が相応しいだろう。
「これで……行ける筈だ。首を洗って待っていろよ……理事長」
 俺は胸に成功への期待と失敗の不安を滾らせながら、来るべき時に備えることにした。






 三枝や早乙女のグループの女子と適当に談話をしながら俺は夕食を楽しんだ。その後は自室に戻って体力確保のために仮眠を取った後……いよいよ俺の作戦決行時間は刻々と近づき始めていた。
 既に時刻は深夜一時。この学園の消灯時間は午前二十二時であるから既に消灯時間から大きく時間が経過していた。既にこの時間帯であれば眠りに着いている生徒がほとんどであろう。
「よし……行くか」
 結局のところ作戦らしい作戦は組み立てることは出来てはいないが、俺がやるべきことは迅速であり隠密な行動だけだ。たとえ有刺鉄線を登っている際に誰かに目撃されたとしても脱出を止める訳には行かない。有刺鉄線を乗り越えてそのまま全力で外界へと逃亡を図るのだ。
 脱出をしてコンビニにでも出向いてBL本を閲覧する。それが今の唯一の目標であり俺の生きがいだ。
 俺はゆっくりと柔軟をして身体を柔らかくしておく。緊張する心と相反させることが出来るように身体は柔軟にリラックスが出来るようにと、十分程度念入りに行った。
 恐らくこれで急激な運動をしても問題は起きないだろう。この日のためというわけではないが俺は毎日適度な筋トレを行っていたこともあり、場合によっては必要になる全力疾走をしても何とか耐えることが出来る筈だ。
「ふぅー」
 俺は一度大きく深呼吸をし、先走りそうになる心を落ち着け校庭にまで出ることにした。






 四月の中旬の深夜である現在の気温は、十五度を下回り少しだけ肌寒さを感じてしまうが、運動をするには適度な気温だとポジティブに捉えることにした。
 俺の今の格好は配給された学校指定のジャージだった。動きやすい軽装であり脱走を図るには理想的な恰好だろう。
「さて……」
 場の雰囲気は閑散としており、僅かに虫の鳴き声が聞こえてくるだけだった。虫たちの騒めきは自身を鼓舞するための戦闘高揚曲だと思い込みながら、俺は作戦を少し確認することにした。
「まずは……」
 最初のチェックポイントとしては……校門の入り口に警備員や黒服が見張りをしていないかということだ。もしも、邪魔な存在が一人でもいれば脱出の成功確率は著しく下がってしまうことだろう。
 一番の問題なのは有刺鉄線を乗り越えるまでの段階だ。有刺鉄線を乗り越えた後であれば持久走と短距離走が得意な俺であれば逃げ切ることは容易だと思うが、有刺鉄線を登っている最中に発見でもされてしまえば流石に逃げ切ることは不可能だ。
 ちなみにシャトルランは中1の時点で125越えたし、五十メートル走は6.1秒くらいだから並大抵の人物には負けないと自負している。
 俺は執念深く念入りに、黒服あるいは警備員のような人物が周辺をうろついていないかの確認をする。
「……誰もいなさそうだな」
 数分に渡り校舎と校門の付近から人の気配が無いかを確認する。しかし、気配は無さそうだ。つーか…… 俺もこの手の事に慣れているわけではない。こんな海外の脱走するドラマみたいな経験は人生初だぞ。
 ……そんなわけもあってか、見落としてしまう可能性は十分に考えられる。だからこそ俺は丹念に漏れがないように可能な限り警戒心を強めて周辺探索に励んだのだ。
「最後に……ここも確認しとかないとな……」
 俺は無人となっていた事務室の中に足を踏み入れて中に誰も潜んでいないか確認する。……見た所大丈夫そうだな。そもそも誰かが隠れているなんてことが杞憂である可能性が非常に高いのだ。 
 何故なら俺の学園脱出計画は突発的なの発案であり計画に関して誰にも口外していない。更に文書にも残していないのだから事前に計画が露呈していることは実際的にあり得ないのだ。
 だから脱出前の準備段階で俺に落ち度は無い筈だ。俺は無人の事務室を後にし校門の前に立った。
「さーて。それじゃあ……始めるぜっ!」
 遂に俺は堅牢と立ち塞がる校門の横に位置する肉を抉るような有刺鉄線に手を伸ばし、本格的な外部への脱出を開始したのだ。
「……っ!やっぱ有刺鉄線えぐいな……」
 軍手を装着していることで痛みはそれ程ではないが、成人男性の体格をしている人間が体重を掛けながら登っているのだ。それなりに体重の負荷が掛かってしまうことは避けられない。
「……く、しんどい……結構体力使うじゃねえかっ!」
 流石にそびえ立つ壁と呼ぶに相応しい有刺鉄線だ。十メートル以上あり、慎重に進んでいるので中々頂上まで辿り着くことが出来ない。
「でも……これなら……」
 不可能じゃない。夢にまで見たような楽園が外の世界には待っているのだ。ここでの生活にだって楽しいことはある。
 だが……それでも俺は外に待つ男達の楽園に辿り着きたいのだ。想像を膨らませるだけでも興奮は留まることを知らない。
 ありふれている生活の中ではその重要性について俺は理解していなかった。どれだけBL本や男性との直接的接触が尊きものなのかを俺は思慮していなかったのだ。何たる醜態。これは俺の生涯に渡る失態であり唾棄すべきような汚点だ。
 既に数多くの失態を重ねている以上、これ以上は本当に大切な存在を手放すわけにはいかないのだ。愛すべきBLを……絶対に失うわけにはいかないのだ。だから歩みを止めない。止めるわけにはいかないのだ。
「正確に言えば歩みではなくて……登りだがな……」
 そして、俺は数時間にも及ぶ登山を終えたかのような錯覚を起こしながら、何とか有刺鉄線の頂上にまで手を伸ばした。後もう一歩手を伸ばせば待ち望んだ楽園へと辿り着けるのだ。
「ハ……ハハハっ!」
 俺は乾いた笑いを零してしまう。これで……これで、ようやくと俺は進めるんだっ!男がいる素晴らしき外の世界へ―――――


「って思うじゃん?でもそんな簡単にはいかないよー。にしし……どんまい後輩君。なんか悪者っぽい登場で愛莉ちゃんマジ興奮しちゃうなー。でも、存外悪役も嫌いじゃないから、それもありかなって思ったりするんだよねー?」


 突如として俺の背下から……女子生徒の声が聞こえたような気がした。……いやいや、まさかな……まさか……後一歩で外の世界へ脱出することが出来る絶好のタイミングで邪魔が入ることなんてないだろう。そんな無粋な行動をする奴がいるとしたら俺は心底軽蔑してしまいそうだ。つーかマジであり得えないだろう。
 俺は自分に都合の良いように解釈をしようとするも―――――そんな都合のいい話がまかり通る筈も無かった。
「うおおぉおおおおっ!熱っ!」
 有刺鉄線は突如として熱を帯び始めた。軍手をしていることで手先には何ら反応は無いが、密着している全身には得体の知れない熱が……これは電流か?
 いずれにしても、有刺鉄線に触れていることが不可能になるような痛みが俺を襲ったのだ。身体が弛緩し、有刺鉄線から手が離れ、俺はそのまま地面へと落下していく。
「いってっ!」
 俺は校門手前のコンクリートに思いきりよく尻餅をついてしまう。
「……っ!」
 そして、一瞬のうちに何者かに腕を決められ身動きをとれなくされてしまう。
「あまり暴れるなよ。命が惜しければ大人しくしていることだな」
「……ちょっとちょっとちょっと。というか、抵抗しないと俺の腕が折れちゃう勢いなんですけどっ!もう少し優しくしてくれませんかねー!?」
 ほとんど明かりがなく暗い状態なのではっきりと相手の顔が見れる訳ではないが、俺を押さえつけている人物は、声から察するに女性のようだ。……女でこれだけの力の持ち主って……同年代の女に負ける程俺の身体能力は低く無い筈なんだが。
 俺は、どうにか拘束を解けないかと試行錯誤してみるものの、まるで身体を動かすことが出来なかった。
「なんだ?ごちゃごちゃとうるさいぞ。少し落ち着くがよい。毅然とした態度で女子の願いを素直に聞き入れることこそが男子たる振る舞いとして相応しいものではないのか?」
「待て待て、ちょっと待っててっ!色々とツッコミどころが多すぎてツッコミが追いつかないけど……とりあえず拘束を解いてくれるとマジで助かります」
「残念だけど流石にそれは無理だよ。にしし……だって拘束を解いたらすぐに脱走しちゃうでしょ?」
「あ?あんたは?」
 暗闇の陰からは先ほども少しだけ聞こえたもう一つの声だった。伏せられている俺の正面にまでその人物は近づき、顔を寄せる。……その少女の顔は、はっきりと見ることが出来た。
 身長は低く女子生徒の中でもそれなりに小型の部類だろう。髪は夜光に照らされ、まっさらの金色の髪は俺の眼窩を刺激する。
 早乙女と同じく金色の髪をしているが、眼前の少女は早乙女の染色を施した偽りの金色とは異なり、純然たるプラチナブロンドと評するに相応しい鮮やかさを帯びていた。
 まあ、早乙女の対比とするなら些か胸のサイズには大きな隔たりがあるので区別を付けることは容易であろう。
 碧色をしている瞳は思わず視線を奪われてしまいそうになるほど綺麗な色彩を魅せていた。既に見慣れてきたこの学園の制服を着衣していることから、この学園の生徒であることは予想がついた。
 そんな少女は至って楽しそうに口腔の奥から八重歯を見せながら俺に語り始めた。
「ねえねえ、折角脱走出来そうだったのに残念だったねー?とりあえず君は学園から脱出することに失敗をしてしまいました。そんなわけで事情聴取ってことになるねー。木葉―。それじゃあ、そのまま生徒会室に連れて行くよー」
「承知した」
「ちょっ……ぐっ!」
 有無を言わさぬような力で俺は引きずられそうになり思わず呻き声をあげた。
「大人しくしておいた方がいいよ。怪我しちゃ可哀想だからねー。今は大人しく抵抗せずに素直に負けを認めて、そこからリスタートって方が『物語』としては美しいからねー」
「ちょっと……何を訳の分からないことを……」
「この学園の外の世界の『真実』を君が知るにはまだ早いってことだよ。分かるかな櫻井芳樹君。君が今の状態で外の世界に向かったところで現実を受け入れられることはないんだよ。それを理解出来ない程、君は馬鹿じゃないって愛莉ちゃんは思っているんだけどなー?」
 彼女は俺を諭すようにしながらそんなことを述べる。どこか月影に照らされる彼女の姿は幻想的だった。だが、それと同時にどこか危険性も孕んだようなそんなイメージが俺の心中を支配し恐怖感を強く訴求してしまう。
「外の世界の真実?……なんだよそれ……」
 俺は思わず声を震わせながら彼女に問い返す。俺は緊張で心臓が破裂してしまいそうだった。
「ああ。君はそこまで知らないんだっけ?それじゃあヒントを与えすぎたかな?愛莉ちゃん、ちょっと失敗しちゃったかな?」
「……は?ちょっと待てよ。ヒントを与えすぎたって……さっきからお前は……」
 そして彼女は残酷な真実を俺に与える。それは容赦もなく当たり前の事を述べるようにして―――――
「外の世界は君が眠っていた間に―――――」


「滅びちゃったんだよ。跡形も無くね」
 彼女は至って真顔で非現実的な事象の存在を俺に打ち明けたのだ。



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