ネルバ・ハリクラーの特殊な学校生活

星河☆

入学準備

 青年は病院の出入り口に立ち、誰かを待っているかのように辺りを見回していた。青年の荷物は何もない。着ている洋服は病院から譲り受けたものでどこかに着ていくような服ではない。しかし、青年はそんな事はお構い無しの清々しい顔で立っていた。
 青年の名はネルバ・ハリクラー、ある公園で意識不明の所を発見され、救急搬送された。意識は戻ったが記憶を無くしていた。そんな所に現れたのがバイオ・ザインド。彼はネルバに『お前さんは特殊能力者だ』そう言った。そして特殊能力者が学ぶ学校に入学するのだと。当初ネルバは全く意味が分からず戸惑っていたが話を聞いていくうちに楽しみになっていた。そして今日、退院し学校に入学するための準備をバイオと共にするのだ。




 「おうネルバ! 待たせたな! ん? 何だその服は?」
 バイオはネルバを見つけると手を上げて挨拶したが、みすぼらしいネルバの洋服を見て顔をしかめた。病院から貰ったものだから贅沢は言えないが確かにその服は酷すぎた。所々穴は開いていてつぎはぎができている所もある。
 「しょうがないよ! そんな事より早く準備行こうよ!」
 ネルバは洋服の事など全く気にしていなかった。ネルバは洋服より学校の事が楽しみでしょうがないのだ。しかしバイオは首を横に振った。
 「そうはいかん。まずは――ガンヅ銀行に行ってネルバのお金を降ろそう。それからお前さんの洋服を買うんだ。それから準備しよう!」
 バイオがそう言うとネルバは渋々といった感じで頷いた。バイオは笑顔になりネルバの背中をポンポンと優しく叩き歩き出した。ネルバはまだ病院の外に出たことがなかったため、全てが新鮮に感じていた。歩く先々でキョロキョロ辺りを見回している。するとバイオは小声でネルバに注意をした。
 「おいおいネルバ、まだガンヅ界にも着いてないんだぞ? そんなキョロキョロしてたらおかしい奴に見られちまうからやめてくれ」
 そう言うとネルバは笑顔で分かったと言ったが三歩歩くと再び周りを見始めた。そんなネルバを見てバイオはやれやれと少し笑った。




 そしてしばらく歩いた所でバイオが立ち止まった。目の前には大きな建物があった。
 「ネルバ、今から言うことを良く聞くんだぞ?」
 バイオが真剣な顔で言うのでネルバも真顔になり何度も頷いた。そしてバイオはネルバの顔の高さに顔を合わせて話し始めた。
 「良いか? この建物はペンタゴンといってアメリカの重要な建物だ。俺とネルバ、お前だな。二人で地下三階にある移動室っていう部屋に行く。そこからガンヅ界に行くからな? 中に入ったら絶対に話しちゃなんねぇぞ? 絶対にだ! 分かったな?」
 バイオがそう聞くとネルバは頷きはしたが顔は疑問の色を出していた。
 「何で? バイオ前に言ってたよね? 能力者はセルン界とガンヅ界を結ぶ扉を開けられるからどこからでもガンヅ界に行けるって」
 「確かに言ったがガンヅ界規則で学校に入学していない子供は正規通路を通ってガンヅ界に行かなくちゃいけない決まりになってるんだ。とにかく絶対に話しちゃなんねぇぞ?」
 ネルバは分かったと頷いた。バイオはネルバの肩に手を回して一緒に歩きはじめた。ペンタゴンの入り口の前に着くとバイオは大きく深呼吸した。そしてチラッとネルバを見て悪戯な笑顔を見せた。
 「実は俺ここに来るの二十年振りなんだ。まぁ行くか」
 そう言って二人は扉を開いて中に入った。中は警備員が大勢居て入ってきた二人を全員が見た。ネルバは大きく目を開けて両手で口を押さえた。そして何名かの警備員が二人に近づいてきた。
 「何のようだ? ここは一般人が立ち寄れる場所じゃない。不法侵入で逮捕するぞ」
 警備員の一人がすごみのある言い方をするとバイオも負けじと答えた。
 「メルクルンガンヅの者だ。これが証明書だ。早く通せ」
 バイオは懐から紙を取り出して警備員に見せた。
 「メルクルンガンヅ? そんなの聞いたことないぞ? 何のつもりだ! 本当に逮捕するぞ」
 「バカかお前は! その紙の下の署名を見ろ!」
 バイオは警備員の男に怒鳴り散らすと男は紙を見て顔色を変えた。
 「す、すまなかった。通っていいぞ」
 大勢の警備員は自分の持ち場に戻り、バイオ、ネルバの二人はエレベーターに入った。エレベーターの中には女性が一人居た。バイオはその女性を見るとおぉと声を上げた。
 「ホールンじゃないか! ホールンもガンヅ界に向かうのか?」
 ホールンはそうよと頷きバイオとホールンは黙り込んでしまった。何も知らないネルバは二人を見て不可解な顔をしていた。そして地下三階に着いた。
 「お先にどうぞホールン」
 「ありがとう。メルクルンで会いましょう。じゃあね」
 ホールンはそう言うとさっさと行ってしまった。バイオはホールンを見送るとネルバの肩に再び手を回して歩きはじめた。エレベーターを降り、右に進むと何人かの職員とすれ違ったが職員は二人を見なかったような振りをして通り過ぎていった。


 そして二人は移動室と書かれた部屋の前に着いた。バイオが四回ノックするとドアが開いた。二人は中に入ったが直ぐにネルバは異変に気づいた。中に誰もいない。ネルバは首を傾げてドアをじっと見つめている。するとドアはひとりでに閉まった。ネルバの目は大きく見開かれていた。
 「ネルバ、こっちだぞ」
 ネルバは我に返りバイオのもとに向かった。
 「よし。もうしゃべっていいぞ!」
 「あのさ、あのドア自動ドアなの? どうやって開いたの? 入り口の警備員に何を見せたの? エレベーターで会った人は誰?」
 するとバイオは笑ってまぁまぁと手を出した。
 「落ち着け。まずはあのドアだな。あれは魔法がかけられているんだ。能力者が四回ノックするとドアが開くように仕掛けてあるんだ。そんで入り口の警備員にはアメリカ合衆国大統領の署名が入ったペンタゴン入場許可証を見せたんだ。んで次はエレベーターの人だな。あの人は学校の先生だ。占い学を教えてる。まぁ俺的にはお勧めしない学科だな。はい! 話はそこまで! この装置に入ってくれ」
 バイオが指差した物は球体型のカプセルのようなものだった。ネルバはこの機械は何なのか聞いた。
 「簡単に言うと設定したガンヅ界の場所に移動するんだ。設定できる場所は限られてるがな。最初は俺が外から設定するからお前さんは向こうに着いたらカプセルから出てその場で待っててくれ。直ぐに行くから」
 そう言うとバイオはネルバをカプセルに入れて何か操作をした。ネルバは目を瞑りリラックスしていると高い機械音がして光が周りを覆った。


 木で出来た部屋の一室にそのカプセルはあった。かん高い機械音がするとカプセルの中が光った。そして中に一人のネルバがいた。
 「ここがガンヅ界なの?」
 ネルバはカプセルから出るとそう呟いた。この木で出来た少し広い部屋には三台のカプセルがあった。バイオはまだかなとネルバは自分が出てきたカプセル以外の二つを交互に見ていた。コン。カプセルではなくこの部屋のドアから音がした。そしてそこから縮れた長い髪の男が一人出てきた。
 「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
 男は頭を下げながら聞いてきた。しかしネルバはどう答えていいのか分からずえっとを連呼していた。
 「もしやメルクルンの新入生で?」
 「あ、はい。あの、直ぐにもう一人来ますから待ってください」
 「かしこまりました。私はこの奥に居ますのでお声かけ下さい」
 男はそう言うと部屋を出て行った。それから直ぐにカプセルの一つから高い機械音がして中が光った。そして中からバイオが出てきた。
 「あ~! これは性に合わん! 大丈夫だったか?」
 「えっと、男の人が来たよ」
 するとバイオはそうかと大きな声を出してネルバの背中を押しながら部屋を出た。


 「おぉ、バイオだったか! いらっしゃい!」
 二人が移動してきた部屋を出ると先ほどネルバに声をかけた男がバイオを見て笑いながら言った。バイオは男に近づき抱き合った。
 「ネルバ、この人はこの宿の経営者で俺の古くからの友人だ。ナムルス・カウンターだ」
 「バイオに紹介してもらった通り、ここナムカウの経営者だ。よろしくね」
 ナムルスはネルバにそう言うと握手をした。全て木で作られている部屋のようで辺りに木の匂いが漂っている。
 「ネルバ・ハリクラーです。よろしく」
 ナムルスはそうかと言ってバイオと何か話し始めた。ネルバはセルン界とあまり変わらないようである意味驚いていた受付があるこの部屋も中心にソファーがあり、自動販売機がある。何も変わらないようで本当にガンヅ界に来たのか疑問に感じていた。
 「よしネルバ! 早速行くぞ! 部屋は取ってもらえるみたいだから」
 バイオはそう言ってドアを指差した。ネルバは分かったと頷いてナムルスに頭を下げてバイオの後に続いてナムカウを出た。
 外に出るとネルバは今日何度目か分からない回数だが、大きく目を開いて口をポカンと開けた。ナムカウの通りには多くの通行人が居た。そこまでは普通なのだが、ある人は箒に乗って移動していてある人は空を飛ぶスケートボード、またある人は徒歩で歩いているのだが頭に大きな三角帽子を被っていた。そこは普通の世界じゃありえない景色だった。ネルバは驚きの表情の後に小さい顔にいっぱいの笑顔が広がった。
 「どうだ? ガンヅ界はこんな感じだぞ」
 「うん! 最高だよ! こんな事ってあるんだ!」
 ネルバは飛び跳ねて喜んだ。それを見たバイオが満足そうに笑って歩きはじめた。
 「まずは銀行だ。ガンヅ銀行に行くかな!」
 ネルバはバイオが言った事を全く聞いていなかった。初めてのガンヅ界の景色、人、店に見とれていた。ネルバの顔は常にニヤけていた。魔術用品店、箒専門店、空飛ぶ絨毯店など色々な店の前を通り何の店なのか気になって何度も立ち止まって店の中を眺めていた。そしてそんな事が何度か続いた時に大きな白い建物の前に着いた。
 「よし! ここがガンヅ銀行だぞ。入るぞ」
 二人は中に入った。ネルバは今日何回目だろうか? 大きく見開いた目は周りを見回していて作業している人達を嘗め回すように見入っていた。
 「そんなに見てちゃ迷惑だろ? ほら、受付に行くぞ」
 バイオはそう言ってネルバの背中を押した。ネルバはゆっくり受付に進んだ。
 「ここで働いている連中はドワーフっていってな、魔法はそこそこ使えるんだがそれよりも頭がずば抜けて良いんだ。奴らを出し抜こうなんて思っちゃダメだぞ?」
 バイオがネルバに注意するとネルバは激しく頷いた。そして受付に着くとバイオが受付にいるドワーフに話しかけた。
 「すまんがネルバ・ハリクラーさんの預金口座から引き出したいんだが」
 「では網膜スキャンをお願いします」
 ドワーフはそう言うと網膜スキャンの機械を指差した。
 「ほら! お前さんがやるんだよ!」
 バイオはネルバにそう言うとネルバは慌てて機械に目を当てた。五秒程経つとピコンと機械音が鳴った。
 「では、下ろす金額を入力して下さい」
 無愛想に言うと電卓のような機械を指差した。
 「大体どのくらい必要?」
 ネルバがバイオに聞くとバイオは少し考えた。
 「ん~。全部で三千あれば大丈夫だな。まぁ多めに四千位持っていけば平気だ」
 「分かった!」
 ネルバは機械に金額を入力した。すると機械の下からドスンと音がした。ネルバが覗き込むとそこにお金があった。
 「ねぇバイオ、このお金って何?」
 「ん~、ガンヅ界で使える金だな。両替も簡単だ。一ドルが一ドマンだ。簡単だろ?」
 そう言ってバイオは悪戯っぽく笑った。




 「じゃあ次は服を買いに行くぞ!」
 二人は銀行を出て次の目的地に向かった。




 「ここは学校の制服とか普段着とかも売ってるんだぞ」
 洋服店に着くとバイオはそう言って二人で中に入った。
 「いらっしゃいませ! おや! ザインド君じゃないか!」
 「久しぶりです! 今日は新入生の服と制服を買いに来ました」
 ネルバは入り口付近で二人の会話をただ聞いていた。二人は服を選びながら何かを話している。しばらく話した後にバイオがネルバを読んだ。
 「これサイズ確かめてみろ。制服だ」
 バイオがネルバに渡したのは青の長いローブだった。ネルバはそれを着たがピッタリだったのでバイオに完璧と言おうとしたが―― 
 「だめだな――。ピッタリだと学期内にきつくなっちまう。もうちょっとゆったりしたのじゃないとな」
 そう言ってバイオは再び探し始めた。




 「じゃあまた!」
 二人がこの洋服店を出たのは一時間後だった。洋服を買うだけなのだが、ネルバには服がないので学校用のローブ、学校で着る私服等を大量に買わなければならなかったので相当な時間がかかった。
 「ほんじゃあ教科書を買いに行くか! リストを見せてくれ」
 ネルバはバイオに教科書リストを渡した。
 「ん、じゃあ行こう」
 そう言って二人は歩き出した。十分程歩くと小さな書店に着いた。
 「ここで教科書が揃う。さ、中に入れ」


 「ここに入っているリストを全部くれ」
 バイオがリストを店員に渡して言った。店員は店の裏側に行ってしばらくすると戻ってきた。
 「そいで次はなんですの?」
 店員はそう聞いてきた。バイオはネルバにどうするのかを聞いてきた。
 「お前さんはどの授業を取るんだ?」
 ネルバは全能師のためどの授業を受けるか決める事が出来るのだ。ネルバは当たり前のような顔をしてニッコリと答えた。
 「全部! 取りあえず全部欲しい!」
 バイオはネルバがこう言うのを分かっていたかのような笑みを浮かべて店員に用意する教科書を言った。しばらくして六冊の教科書を持ってきた。これで合計十冊の教科書となり、店員からカートを借りる事になった。




 ネルバ、バイオの二人は色々な店を回り、必要な雑貨等を買った。
 「次は魔具だな。お前さんはどんな魔具が良い?」
 ネルバが入院中にバイオが魔具について説明していた。ネルバは少し考えた後にこれしかないと言って答えた。
 「指輪が良いな! カッコイイし忘れないでしょ?」
 「分かった! じゃあ魔具屋に行こうか。魔具を決めたらその店で魔具契約をするからな?」
 バイオがそう言うとネルバは首を傾げた。
 「契約は簡単に言うと今からお前は俺の魔具になるっていう事をするんだ」
 そう言うとネルバは納得したように頷いた。


 「いらっしゃいませ」
 魔具屋に入ると店員が挨拶をした。
 「指輪を見たいんだが」
 バイオが店員に言うと店員は頷いて案内した。そこにはルビー、サファイア、エメラルド等の宝石がちりばめられた指輪があった。
 「どれになさいますか?」
 店員が尋ねるとバイオがネルバに注意をした。
 「なるべく目立たないほうが良いぞ。高価だと盗まれたりするからな」
 ネルバは頷いて指輪たちを見つめた。しばらく見て、ネルバは一つの指輪を指差した。
 「これが良い!」
 「かしこまりました。指のサイズを測りますね。失礼します」
 店員はそう言うと指輪をポケットにしまい、ネルバの指にメジャーを巻いた。バイオはネルバが何を選んだのか見えずに背伸びをして見ようとしていたが結局見えなかった。店員は裏に行って作業をし始めた。
 しばらくすると店員が指輪を持って出てきた。
 「では填めてください。そしたらこちらにサインをお願いします」
 そう言って店員は指輪をネルバに渡し、ペンも渡した。ネルバは指輪を填め、紙にサインをすると店員が何かを唱え始めた。
 「我、シャムロックの名において命ずる。ザドーンの指輪をここにサインをした者、ネルバ・ハリクラーの魔具になりたまえ」
 すると指輪が光り、直ぐに光は消えた。
 「これでこのザドーンの指輪はあなたの魔具になりました。以上で二千ドマンになります」
 バイオがお金を持っていたのでバイオが支払った。店から出るとバイオがまじまじと指輪を見た。その指輪は丸くて赤く小さいが、大きな光の反射をしていた。
 「良いのを選んだな。じゃあ最後は俺から入学祝いだ! それと学校では俺が入学祝をくれたなんて言っちゃダメだぞ?」
 バイオは笑いながら言った。どこに行くんだろうとネルバは思いながらバイオの後に着いていくと『ペットショップナカムラ』と書いてある店の前に着いた。
 「学校にはペットを連れて行って良いんだ。手紙を運んでくれる鳩とかフクロウなんかも良いぞ!」
 バイオがそう言うとネルバは満面の笑みでバイオに抱きついた。
 「ありがとう! 中で何があるか見ても良い?」
 「勿論だ!」
 二人は中に入った。中には鳩、フクロウ、猫、犬、蛙、鷹、ねずみ、ピクシー妖精!?、蛇等がいた。
 「ねぇ、ピクシー妖精って何?」
 「魔界にいる可愛い妖精だ。体重の何倍もの荷物を運べてかなり頭が良い。主人の言う事は絶対にきくし言葉も覚えていって話せるようにもなるんだ」
 ネルバはへぇ~と感心してピクシーを見ていた。ピクシーはネルバの顔を頭を傾けて見たり目をパチパチさせながら見ていた。
 「やばい! 可愛すぎる!!!! このピクシーが良い!」
 ネルバはそう言うとバイオが頷いて店員に言った。店員はピクシーの一匹を籠に入れてネルバに渡した。
 「バイオありがとう!!!」
 バイオは満面の笑みで構わないさと言って残りのお金をネルバに渡した。
 「これは学校でも色々使うし週末になったら町にもいけるからな! 大事に使うんだぞ? って言ってもお前さんの口座にはまだたくさんあるがな」
 笑いながらバイオが言った。
 「そうだ! 忘れる所だった。これにサインしてくれ」
 そう言って取り出したのはメルクルンガンヅ入学意思決定書だった。ネルバはいきいきとそれにサインした。
 「じゃあ後は九月一日に学校に集合だ。どう行くかはナムルスが教えてくれるから。じゃあ学校で会おうな!」
 バイオはそう言うと手を振って去って行った。ネルバはナムカウに戻るため、歩きはじめた。学校の始まりを楽しみに思いながら――

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