ネルバ・ハリクラーの特殊な学校生活

星河☆

始まりの始まり

 「あの青年はどうなったのだ?」
 「極悪人ギャンルジンを倒した後に記憶が無くなった状態で発見されたようです。今は常人セルンの病院で治療を受けています」
 狭い部屋で夜にもかかわらず明かりもつけずに二人の男が話していた。
 フードを被っている男は続けて話した。
 「彼の入学の件はどうなりますか? 全く記憶が無い状態で、自分が何者かも分からない状態です」
 フードの男はそう聞くとフードの男の奥に座っている長い髭を生やした白髪の男が答えた。
 「仕方なかろう。記憶は入学してからマイム先生に治療してもらおう。君は彼が意識を取り戻したら病院に行き彼に学校の事を説明して入学の意思を聞いてきなさい」
 男がそう答えるとフードの男は軽く頭を下げてその場から消えた。
 男は椅子を半回転させ、窓から夜空を見上げた。
 「遂に来るのか――」






 ゼンカイオウ病院の一室で一人の青年が目を覚ました。
 青年はここがどこか分からずに目を泳がせて辺りを見回している。
 体を起こそうと起き上がろうとした時
 「痛! 何だこの痛み――」
 青年は突然の体の痛みに起き上がれずにベッドに倒れこんだ。
 青年の息は上がっていて肩で息をしている。
 青年は今の状況が全く理解できずに頭の中は?マークが渦巻いていた。


 「あ、目が覚めたんですね! 良かった! 直ぐに先生を呼んできますね!」
 看護士が青年に気づき声を掛けて直ぐに走って行った。
 ここは病院か――。青年はそう理解したが、自分が何故病院に居るのかを考え始めた。
 いや、自分は何者なのか?
 自分は誰だ?
 青年は記憶が無くなっていた。
 自分の名前も分からない。
 しばらく考えていたが全く思い出せない。
 医師が到着し、診察を始めた。
 「君の名前は? 何があったのか思い出せる?」
 医師がそう聞くが青年は静かに首を振って分からないとアピールした。
 「何でも良いんだよ? どこで何していたとか、景色が見えるとか」
 しかし青年は全く分からないと首を振り続けていた。
 青年の顔は恐怖の顔になったいた。
 顔は青ざめ、目は泳ぎ、落ち着きがなくなっていた。
 「あの、僕は何があったんですか?」
 青年がやっと口を開いた。
 しかし今度は医師が分からないと首を振った。
 「分からないんだ。オールオースタン公園で倒れている所を発見されて救急車で運ばれてきたんだ。君の身分を証明するものも無くて君が誰なのかも分からないんだ。だから警察にしか連絡していないからね」
 医師はそう説明すると何か思い出したりしたらナースコールを押すように言って病室を出た。


 青年はしばらく天井を見続けていたが首を振って目を瞑った。
 何かを思い出さないと。
 何があったのか――
 しかし青年は直ぐに目を開けた。
 病室のドアがノックされたのだ。


 「どうぞ」
 「入るね。体の具合はどうだい?」
 小柄だが筋肉質の男が部屋に入ってくるなり聞いてきた。
 青年はどう答えようか迷ったが口を開いた。
 「すみません。記憶が無いんです――警察の方ですか?」
 青年はそそう聞くと男は首を振って青年に近づきながら答えた。
 「いや、俺は警察じゃない。ある学校の先生だ。今君は記憶が無いんだよな?」
 男の問いに青年は頷いた。
 「だよな。まぁ、単刀直入に言おう。お前さんは特殊能力者だ。俺は特殊能力者を教育する学校の教師なんだ。お前さんは記憶が無いから分からないかもしれないが特殊能力者が世界各国に居るんだ。特殊能力者をガンヅと言う。それ以外の普通の人間をセルンと言っている。お前さんはガンヅなんだ。お前さんの名前はネルバ・ハリクラー。15歳だ。15歳で俺が勤めている学校、メルクルンガンヅ学校に入学できる。そしてお前さんは数ある能力でも最も素晴らしい能力である全能師だ。まぁ、今は記憶が無いから上手く能力を使えないかもしれないが学校に行けば専門の教師が居るからそこで記憶の修復や能力を学ぶ事が出来る。勿論入学するよな?」
 ネルバは男が言っていることがいまいち理解出来ないでいた。
 ネルバは首を傾げ男に聞いた。
 「よく理解できませんしあなたは誰ですか?」
 「おぉ! すまんすまん! 俺はメルクルンガンヅ学校の教師をしているバイオ・ザインドだ。よろしくな! 今すぐ入学を決めろというわけではない! まずはゆっくり体を治して考えてくれ! 毎日見舞いに来るから学校の事とかを教えてやるよ! じゃあ今日は帰るな! 医者には俺が色々と説明しておくから気にするな! じゃあな!」
 バイオはそう言って病室を出た。
 やはりネルバは理解出来ず頭の中は混乱していた。
 急に自分を知っている人が現れたと思ったら自分は特殊能力者ときた。
 しかし一方で学校の事を考えてもいた。特殊能力者が集まる学校、確かに楽しそうではあるが自分には記憶が無いし金も恐らく無い。どうすれば良いのかも分からないし――


 今は考えるのを辞めよう。
 ネルバはそう思い、眠りに落ちた。






 「彼はどうだった? 何か言っていたか?」
 暗い部屋で椅子に座っている、髭で白髪の男がバイオに聞いた。
 バイオはソファーに座って答えた。
 「少し戸惑っていましたが取り敢えずの事は話しました。これから体が治るまで病院に毎日通って学校の事などを話していきます」
 バイオがそう話すと白髪の男はタバコに火を点けた。
 二、三口タバコを吸った後灰皿にタバコを置いてバイオの方へ向いた。
 「そうか――ではこれからもしっかりよろしくのう。私は少し日本に行ってくる。学校のことはジョン先生に任せてあるから」
 男はそう言うと立ち上がった。するとバイオがそうだ! と言って男を止めた。
 「ルーナー先生! そういえばネルバの学費はどうするんですか?」
 ルーナーと呼ばれた男は振り向いてニコっと笑い、大丈夫と答えた。
 「心配はない。彼の両親がちゃんと残してくれている。それから私のことはベンと呼べと言ったろうに。私は苗字で呼ばれるのが嫌いなんじゃ」
 「す、すみませんベン先生。では俺はこのままネルバの元に居れば良いですね?」
 バイオはそう聞くとベンはしわくちゃの顔をさらにしわくちゃにさせて笑い、頷いた。
 「頼んだぞ。ベルス(瞬間移動)――」
 ベンはそう言うと一瞬で消えた。
 「全くベン先生は魔法が好きだな――」
 独り言を言うバイオはため息を一つ吐いてベンの部屋を出た。




 「ザインド! ちょっと手伝って!」
 ベンの部屋を出て直ぐに三角帽子を被った白髪まじりの女がバイオに話しかけてきた。
 「どうしたんですメイナー先生」
 バイオは驚いた声で聞くとメイナーは良いからと手招きした。


 二人が向かった先に血溜りのようなものが出来ていた。
 「これなんですが人の血ではないの。何の血か分かる?」
 メイナーはバイオにそう聞くとバイオは血溜りに向かい、しゃがみこんで匂いを嗅いだ。


 「これはベルクスの血ですね。多分複数の。生徒が悪戯で殺したに違いないです」
 ベルクスというのは異次元界に生息する魔物だが召喚師なら簡単に召喚できる魔物だ。
 「生徒が召喚したんですか?」
 メイナーが驚いた顔で聞くとバイオは首を振った。
 「いや、違いますね。多分迷い込んだものでしょうね。マクリーナ先生に報告しますね」
 バイオはそう言って立ち上がった。
 「それは私がしますからザインドはこの血溜りを掃除して。私は専門じゃないから出来ないの。お願いね」
 メイナーはそう言って走って去って行った。


 バイオは近くの清掃箱からカラーコーンを出して血溜りを囲んだ。
 掃除の為の道具を取りに自分の部屋に向かった。


 「まずは除癌剤じょがんざい吸菌巾きゅうきんきん、それから――あ、あった。カルカンキー。よし、これで掃除が出来る」
 道具を持って部屋を出た。
 バイオの専門は魔物類なのだ。
 バイオは錬金術師だが魔物に精通しており、この学校では魔物類を教えている。




 「おい! カラーコーンが見えないのか! そっから先に入るな! 馬鹿者が!」
 カラーコーンの中に入っている生徒が居たためその生徒を怒ると生徒は逃げるように去っていった。
 全く――バイオはそう呟きながら掃除に入った。




 しばらくするとメイナーともう一人メガネを掛けたスキンヘッドの男が近づいてきた。
 「あ、マクリーナ先生。掃除はもう直ぐ終わりますのでもうお少しお待ち下さい」
 メガネの男、マクリーナは分かったと言ってしばらくバイオの作業を見ていた。




 「それで、何匹くらいのベルクスなんだ?」
 マクリーナはバイオにそう聞くとバイオは少し考えた後に答えた。
 「大体ですが四、五匹ですね。一匹召喚されたベルクスが居ました。恐らく野生のベルクスと戦っていたんでしょう」
 バイオはそう説明するとマクリーナが瞬時に反応した。
 「そうか――。召喚師を調べ上げるか――」
 マクリーナがそう言った直後にバイオが反論した。
 「いや、ちょっと待ってください。召喚師だとは限りません。召喚されたベルクスはかなり弱かったです。よって少し召喚をかじった者であれば召喚できます」
 バイオがそう言うとマクリーナはうなだれた。
 「そうか――。夕飯の時に生徒に忠告して犯人を名乗り出させるか――」
 マクリーナの意見にバイオ、メイナーは頷いて同意した。








 「起きたんですね! 体の具合はどうですか?」
 病室でテレビを見ていたネルバに看護士が尋ねた。
 「はい。薬が効いてるみたいで昼間よりは大分良いです」
 ネルバがそう言うと看護士は笑顔で良かったと言った。
 「それから名前が分かって良かったですね! 退院されたら寮がある学校に通われるんですよね?」
 看護士が病室の窓を開けながら聞いた。
 「いや、まだ正式には決まっていないんです。記憶もまだ無いですし――」
 「そうですか。どちらにしても体を治すのが先決ですね!」
 看護士はそう言うと病室を出て行った。


 「メルクルンガンヅか――バイオって言ってたっけあの人――信用して平気なのかな――でも記憶が無いから仕方ないのかな――」
 ネルバはどうすれば良いかずっと考えていた。
 まぁ、明日またバイオって人が来るから色々聞けば良いや――
 ネルバは今日は考える事を止め、テレビに再び顔を向けた。






 広く、高い天井の大広間に多くの生徒が集まっていた。
 「皆! 食事を始める前に良く聞いて欲しい! 今日、西廊下でベルクスの血溜りが見つかった! 一匹は召喚されたものだ! やった者は食事の後に名乗り出なさい! 怒りはしない! 約束する! 但し、名乗り出ない場合は全寮を百点の減点にする! 期限は今日の就寝時間までだ! もう一回言う! 名乗り出たものは絶対に怒りはしない! 理由を聞いて注意するだけだ! 減点もしない! 名乗り出て欲しい! 以上! 宴だ!」
 マクリーナは夕飯の宴の前に今日あったことを生徒に話し、犯人に名乗り出るように話した。


 教師のテーブルは生徒達の前にあり、マクリーナは一人一人を監視するように生徒を見ている。しかし直ぐに自身も食事に入った。






 食事の時間が終わり、生徒達が自分の寮に戻っていった。
 「やはり出ませんかね?」
 バイオはマクリーナに聞いた。
 マクリーナは唸るようにため息を吐き頭を掻いた。
 「来ないか――」
 しかしその後直ぐに一人の生徒がマクリーナの前に来た。
 「どうしたんだ?」
 マクリーナが優しく聞くと生徒は頭を下げた。
 「すみません。自分がやりました。西廊下を歩いていたら四匹のベルクスが居て先日召喚の本を読んだのでやってみようと思い、ベルクスを召喚しました。けど直ぐに召喚したベルクスはやられてしまったので魔法でやりました。そしたら血が飛び散ってしまって怖くなって逃げてしまいました」
 目を閉じて聞いていたマクリーナは話が終わった時に目を開けた。
 「そうか。倒したのは良いが逃げたのは良くない。ベルクスの血は放っておくと毒ガスが発生してしまう。君に怪我が無くてよかった。これからそういう事があれば直ぐに近くの先生に報告するように。分かったね?」
 マクリーナがそう言うと生徒ははいと返事をして頭を下げた。
 「よし! ベルクス四匹を倒した功績でコウ・ヤマダに四十点プラスする! 帰って良いぞ!」
 マクリーナが優しい顔でそう言うとコウは笑顔で頭を下げてお礼を言い、走って大広間を出た。
 「ザインド。毒ガス出るって合ってるよね?」
 マクリーナがバイオに尋ねるとバイオは頷いて答えた。
 「はい。出ますよ。しかし気になる事が一つあるんですが――」
 バイオは少し遠慮がちに言うとマクリーナがどうした? と聞いた。
 「本来ベルクスは単体で行動します。四匹で行動するとなると家族という可能性がありますが家族で行動する範囲は限られています。なので本来巣がある森からかなり離れている西廊下で家族が出るとなると校内にベルクスの巣がある可能性があります。」
 バイオがそう言った途端に他の教師陣がはぁ!? と大きな声を上げた。
 「探す事って出来るのか? 駆除は?」
 マクリーナが聞くとバイオは首を傾げた。
 「出来ない事は無いですけどかなり時間が掛かりますね。西にポイントを絞って探しますが西も結構な広さなのでやはり時間は掛かりますね。巣があれば巣には子供が居るはずなので相当な数になっていると思いますね――。今は夏なので子供はまだ巣立ちしないと思いますがなるべく早く見つけて駆除するようにします」
 バイオがそう言うとマクリーナは分かったと言って頷いた。
 「校長が帰ってきたらその事も報告しないとな――。校長が居なくなった途端にこれだもんな――。困ったもんだ……」
 マクリーナはそう言って頭を軽く振った。




 教師陣も皆自分の部屋に戻って行くなか、バイオはマクリーナに呼び止められた。
 「明日も彼の所に行くんだろう?」
 マクリーナはそう聞くとバイオは頷いた。
 「はい。これから毎日行く予定です。あぁ、大丈夫ですよ!ベルクスの巣の捜索もしっかりやりますから!」
 バイオがそう言うとマクリーナは違うと首を振って続けた。
 「そうじゃなくて明日は僕の授業は午後しかないから午前中にザインドと行こうかなと思っててね。平気か?」
 「俺は平気ですがどうしてですか?」
 バイオは不思議そうに聞くとマクリーナは歩きながら話そうと言って歩き始めた。


 「彼の両親とは仲が良かったからね。年齢は大分下だったけど仲が良かったんだ。子供の顔は見た事がなかったからちょうど良いかなと思ってね」
 マクリーナは思い出にふけるように懐かしそうな顔をして言った。
 「それにギャンルジンを追い払った子だろ? 気にならない方が不思議だ」
 「それもそうですね――。ただ記憶が無いのであまり負荷になるような事は言わないでくださいね?」
 「心得てるよ」




 マクリーナとバイオは別れて各部屋に戻った。




 その頃日本では――


 「日本人の新入生のリストはこれで全部ですね。お預かりしました。ベン先生、来年もっていうか今年か――、また自国の生徒をよろしくお願いします!」
 男はベンから受け取った名前、住所等のリストを受け取るとベンに挨拶をした。
 ベンは微笑みながら話し始めた。
 「来年度の日本からの新入生で全能師が居るなんて驚きですよ。実はうちの国も全能師が居るんです。おっともうこんな時間だ、では総理、私は失礼しますね。さようなら」
 ベンはそう言って日本国総理大臣と握手をした。
 「ではさようなら。ベルス――」


 ベンが去った後総理大臣は天井を見上げながらタバコに火を点けた――

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