ネルバ・ハリクラーの特殊な学校生活

星河☆

夏休みを前にして――

 まだ薄暗く、日は昇っていない。そんな景色を病室から見ているのはネルバ・ハリクラーだ。ネルバはこの一週間興奮した気持ちでいっぱいだった。メルクルンガンヅ学校の教授、バイオ・ザインドから学校の事を色々聞き、寝るに寝れないのだ。自分の知らない世界が待っている。そう考えただけで頭は眠気を放って覚醒してしまう。しかし、ここ一週間色々教えてくれたバイオが見舞いに来てくれないのだ。ネルバはそこだけが気になっていた。自分はもしかしたら特殊能力者ではないのかもしれない。だからバイオは来るのをやめたのかもしれない。そんな事も思っていた。




 朝の昼十時頃に病室でテレビを見ていると病室がノックされた。ネルバは誰だろうと思いつつ返事をした。そして中に入ってきたのは少しやつれた顔をしたバイオだった。
 「おう! すまんな、中々来れなくて。学校でちーと面倒な事があってな」
 バイオはそう言うとネルバの隣に座った。ネルバはまさか早朝に思っていた事がこんなにも早く否定されるなんて思ってもみなかった。
 「どうしたんだ? そんなオバケでも見たような顔して」
 「い、いや、何でもないよ。最近来なかったから急に来てビックリしたんだ」
 ネルバはそう言って笑顔で言ったがバイオの様子が少しおかしい事に気づき、声を掛けた。
 「どうしたの? さっき学校で面倒があったって言ってたけど?」
 ネルバがそう言うとハッとしたような顔をしてネルバに向き直った。バイオは今日ネルバのもとに来る際、ベンから一つ注意を言われていた。
 『ネルバには絶対に心配させてはいかん。楽しい学校生活が待っていると思っているのだからその期待に不安を与えてはいけないよ』
 バイオはベンにそう言われてここに来たのだ。今学校は闇の能力者が関わっているのではないかと教授の間で噂されているが真意は未だ分かってはいない。現在、学校には国際ガンヅ連盟から闇の能力者討伐部隊の隊員が何名か学校にいて、警備をしている。ネルバにその事を言ってしまうと余計な不安を与えてしまうのだ。バイオは笑顔でネルバに答えた。
 「大丈夫だよ! 心配ない! 面倒な魔物が巣を作っちゃってその駆除に忙しかったんだよ」
 バイオはそう答えた。これも嘘ではない。学校にベルクスという魔物が巣を作っていると分かったのでその駆除を専門家であるバイオがしているのだ。何が難しいかと言うとベルクスは一回の産卵で何十という卵を産むのだ。その卵が孵って巣立ってしまったら学校は巣でいっぱいになってしまう。しかもベルクスの巣は人間では見つかりにくい所に巣を作るのだ。バイオは一刻も早く巣を見つけなければならないがやはり簡単にはいかない。
 「魔物なんているんだ!」
 ネルバはバイオの苦労など知るはずもない。キラキラした目でバイオを見て笑っている。
 「コラ! あんまり大きい声を出すな! 変な奴と思われちまう!」
 バイオはシーと人差し指を口に当ててネルバを静かにさせた。しかし直ぐに笑って話し始めた。
 「まぁ、いっぱい居るぞ~。学校は今お前さんや俺が居るこの世界とは別の世界にあるんだ。今ここの世界をセルン界と言って能力者が暮らしたり、魔物が住んでいる所や、学校がある所をガンヅ界というんだ。学校は特殊な魔法や結界に守られているから魔物は簡単に入れないんだけどたまに入ってきちゃう奴がいてな――言ったっけか? 俺は学校で魔物生物類を教えてるんだ。楽しいぞ~!」
 バイオはそう言うと病室に来る時にいつも持っていた水筒を取り出し、飲み始めた。
 「ねぇ、授業ってどんなのがあるの?」
 ネルバはやはりキラキラした目で聞いた。
 「うん。そうだなぁ~。まずは全生徒必須科目のガンヅ史、体術、闇の能力に対する耐性、保健学。これが全生徒の必須科目だ。この中で一番面白いのは体術だろうな! 一回やったらはまっちまうぞ! あぁ、すまんすまん続きな。んで、自由に受けていい科目が世界史、占い学、セルン学だ。そんでもって錬金術師の必須科目は科学。召喚師の必須科目は俺が教えてる魔物生物類。魔術師の必須科目が魔法学。結界師のが陰陽学。忍術師が忍体技だ。これらは該当の能力者は必須科目なんだけど、他の科目も自由に受けていいんだ。俺は錬金術師なんだけど、学生の時に魔物生物類を受けまくってたせいで今じゃ専門家になってしまってるからな! はっはっはっは~」
 バイオは大きな声で笑った。ネルバはその笑った姿を見て自身も笑った。


 「でもさ、僕はどうすればいいの? 僕が全能師って言ってたけど能力何て使ったことも無いしどうしたら良いか分からないし、どんな授業受けたほうが良いの?」
 ネルバは急に不安になったのか、バイオにそう尋ねた。バイオは少し考えた後何度か頷き、話し始めた。
 「一つ自分が受けてみたい必須授業を決めるんだ。能力者の必須のだぞ? それで受けてみて合っていないと思ったら寮の担当先生に言って必須科目を変えてもらえばいい。全能師はそれが認められているんだ。但し、何度も何度も変えたら怒られるぞ?」
 バイオはそう言って再び水筒に手をつけた。


 「そう言えばさ、僕お金なんて持ってないけど入学できるの?」
 ネルバは真剣な顔でバイオに尋ねた。もしかしたら入学できないのかもとネルバは少し恐怖の色が見える。
 「心配ない! お前さんのご両親が残してくれてるよ! 全く心配ない額を残してくれている」
 バイオはしっかりとネルバの目を見て頷いた。するとネルバの顔は硬い表情から柔らかになっていき、微笑んだ。ネルバは安心したのか、大きな欠伸をして眠い、と一言言って再び欠伸をした。
 「おぉっと。もうこんな時間か。俺はそろそろ帰んないといかんから! 昼寝をしっかりして早く体を治すんだぞ! 今度いつ来れるか分からんからなぁ――。まぁ、うちの学校の先生が誰か来てくれるかもしれんからな! じゃあまた!」
 そう言うとバイオは病室から出て行った。ネルバはバイオを見送ると直ぐに布団にもぐって寝てしまった。




 バイオは薄暗く、細い道を歩いていた。所々雑草が生えていて整備もされていない。何故そんな道を歩いているのか。それはこの道がガンヅ界に繋がる道だからだ。この世界にはガンヅ界に繋がる道は多数存在する。セルンにはただの道だがガンヅには特殊な方法でガンヅ界に向かう事が出来るように特殊な魔法がかけられているのだ。
 「はぁ――今日も学校で寝ずに仕事か――」
 バイオは恨み言を一つ言って地面に何か書き始めた。書き終えるとふぅと一息吐いて水筒に手を伸ばした。バイオが書いたものは魔法陣に良く似ているがこれは錬金術を使うための土台のようなものだ。一人一人、何をするかによってその陣は変わる。一般的に錬金術を使うための陣を錬陣れんじんと呼ぶ。普通、錬陣はただの円だがこれに色々元素の絵等を書き足して錬金術を使う。


 「おや? ザインド君ではないか?」
 バイオが休憩していると声をかけられた。その声の主はバイオに話しかけると握手を求めて手を出した。
 「バルサス大臣! 何故ここに!?」
 バイオはバルサスという男にビックリして立ち上がった。まぁまぁとバルサスは手を挙げた。
 「私はアメリカの国防大臣にお会いしてきたのだ。まぁ、その、えっと、近々国内にドラゴンを入れるからね。君はどうしたんだ?」
 「私は新入生の所に行ってまして、今から学校に戻る予定です。よろしければ今から錬陣書き直して連盟の方に行くようにしますか?」
 バイオが少し緊張気味に尋ねたがバルサスは首を振った。
 「私は正面から行くから。ここに人が居ると思って声をかけに来ただけなんだ。ありがとう。ベン教授に、いや、校長か。校長によろしく言っておいてくれ」
 バルサスはそう言って帽子を少し取って頭を下げて去っていった。
 バルサスは国際ガンヅ連盟の魔法大臣なのだ。他にも四人、能力ごとに大臣が居る。


 バイオは暫くその場にたたずんでいた。バルサスの言い方が少し怪しかった。しかし気を取り直して錬陣に向かった。このバイオが書いた錬陣は場所を移動するための錬陣でこういった移動の錬陣を翔陣という。バイオは錬陣に向かい目を瞑って足を踏み入れた。




 「ザインド! やっと戻った! ベルクスが大量に出てるんだ! 早く巣を見つけてくれ!」
 十メートルはある学校の正門の外に着いたバイオは門に手をかけるなり走ってきたマクリーナに言われた。
 「巣立ってしまいましたか――。すみません! 直ぐに作業に取り掛かります!」
 バイオはそう言って走っていった。




 「ねぇ、マウントって最近見かけないよね? どうしたのかな――」
 「マインダも見かけないよ?」
 フラメルの寮の広間で生徒が話をしていた。このマインダはこの二人の寮と同じフラメルなのだがマインダは寮生からも嫌われている。よって居なくなった事を喜ぶものが多いがやはり居なくなったら居なくなったで奇妙な噂が広まる。生徒が一人死亡したという事だけ知らされている。しかし教授達はマウント、マインダの二人の事は何も言っていない。生徒は退学させられたと、大多数の生徒は思っている。連盟からも数名が派遣されている事は知っているが何故派遣されているのかは知らされていない。




 もう夕方だが外はまだ明るい。夏休みまであと一週間。つまり今学期もあと一週間。通常なら教授陣も喜ぶ所なのだが誰一人笑みを浮かべる者は居ない。理由は簡単だ。この夏のうちにマウント、マインダの二人にかけられた闇の魔法を解かないと連盟から大きく睨まれるのだ。しかも校長であるベンの座も危うい。ベンは多くの教授、連盟の職員、世界各国のガンヅから尊敬されている人物なのだが学校でこのような事があるといくら尊敬されているからといってその立場を追われることになってしまう。
 今メルクルンの教授達が全員集まって会議をしていた。


 「まず簡単な議題からじゃ。ザインド。この今度の夏休み中にベルクスの巣を完全に取り払ってくれ。何か必要な物、人材があれば言っておくれ」
 ベンがバイオにそう言うとバイオは深く頷いた。そしてベンは深く息を吸って全員を見渡した。この会議室には十二人の教授が居る。いない教授も居るが――。全員を見渡して、ベンが口を開いた。
 「皆さんも知っての通り、今我が校は何者かに、あるいは何かに狙われておる。理由は分からん。しかし、夏休み中に解決しなければならない。新入生が我々の緊張を感じ取ってしまいかねんからのう。この一週間で何か気づいた事があれば言って欲しい。何かあるかのう」
 ベンはそう言った後椅子に座って手を机の上で組んだ。ベンは教授達を見渡して目で何かあれば言うようにと促している。すると一人手を挙げた。
 「ミス・ホールン。何かのう」
 ベンが占い学の担当教授、ホールン・マックスに聞いた。
 「はい。何か背中にうずくような気持ちになったので占ってみました。すると水晶に写ったのは東にある森だったのです。森に何かがいるのではないでしょうか?」
 ホールンは女性の中でも声が高いのだが、緊張からか、余計に声が高く感じた。
 ホールンの言葉を聞き終えると教授達はヒソヒソと何かを話し始めた。ベンはホールンをじっと見つめている。そしてベンは立ち上がって口を開いた。
 「ミス・ホールン。ありがとう。直ぐに調べてみるように手配する。他にも何かないか森を重点的に占って欲しい。それとザインド。ベルクスの巣はべ業者に任せる事とする。ザインドは森を調べて欲しい。何かを見つけたり気づいた事があれば深追いせずに直ぐに戻って欲しい」
 そう言ってベンはバイオを見た。
 「はい先生。でも、一つよろしいですか?」
 バイオはベンに許可を取り再び話し出した。
 「今日、新入生の案内の後にガンヅ界に戻ろうとしていた時にバルサス大臣に会いました。アメリカの国防大臣にドラゴンを運ぶからそれを伝えに行ったと話していましたが何か別の理由があったように思えます。この事に関係あるか分かりませんが――」
 するとベンは細い目を一層細くしてバイオを見つめた。ベンは暫く考えた後にバイオに座るように言って促した。
 「それは関係ないと今は思っておこう。では、ザインドと共に森に行ってくれる先生は居ないかのう?」
 ベンは再び教授達を見回した。
 「私が行きます」
 マクリーナが手を挙げた。が、ベンは首を振ってダメだと言った。
 「ジョンにはやって欲しい事があるのでのう」
 そう言うとマクリーナは分かりましたと言って座った。そして直ぐに手を挙げたものがいた。
 「校長。私が行きます」
 手を挙げたのはブルン・ルーナー。ベンの息子だ。しかし今度もベンは首を横に振った。
 「すまんのう。ブルンには授業が残っておるからのう――」
 ベンはそう言って困った仕草をしていると
 「私なら授業変われます。一応学生の時には全ての授業を受けていたので」
 そう言って立ち上がったのはホシカワ・スズキだ。彼は全能師で学生の時に首席で卒業したのだ。
 「おぉ、そうじゃったのう。ではブルンはザインドと一緒に森へ、スズキはザインドとブルンの授業を代理でやっておくれ。自分の分もあるから大変だろうがよろしく頼む」
 そう言うとホシカワ、バイオ、ブルンは頭を下げて分かりましたと言って座った。
 「では、今回はこれで終わるとしようかのう。解散。ザインドとジョンは残って欲しい」
 ベンに言われた二人は残っていた。バイオは何故残るように言われたか分かっていないがマクリーナは分かっているような顔だった。
 「すまんのう。ジョン、君はザインドの代わりにネルバの所に毎日行ってほしい。ザインドは森でどんな魔物が来てもいいようにブルンに森に住んでいる魔物についてブルンに教えてやってほしい」
 そう言うと二人ははいと言って頷いたがマクリーナはよろしいですかと言って話し始めた。
 「申し上げにくいのですが、マックスの占いを信じて森へ行くのではないですよね?」
 マクリーナは少し語尾を強くして言った。教授の間ではホールンの占いは信用出来ないと言われている。適当な事を言っている等と生徒達からも信用されていない。
 「ジョン。わしはこの学校の教授を信用しなかった事など一度もない。信用できるからホールンの言う事に賛成したのじゃ。わしもあの森に何かあるのではないかと思っていたところでもある。重ねて言うがわしはこの学校の教授を信用しなかった事など一度もない」
 ベンはマクリーナ同様語尾を強くして言った。マクリーナは頭を下げて謝罪した。バイオはマクリーナの後ろで戸惑っていた。ベンが怒った所を見るのは初めてなのだ。怒っているのかは分からないが――

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