霊魔操師

星河☆

我化身リューク

 俺が師匠の下で修行を始めてから三ヶ月が経った。
 たった三ヶ月、もう三ヶ月。色々思うところがあるが、毎日やる事は変わらない。
 霊力アップの為の黙想、体のある一部だけに霊力を集中させてその部位を強化させる練習。例えば目に霊力を集中させると視力がかなり良くなる他、強力な妖魔が見れたりすることが出来る。これは練習すれば意識しないでも出来るようになると言われた。


 もっと色々な事をしているが、一番しているのはこんなものだ。
 師匠が修行を始める前に言った一言
 『あなたは百年に一人の逸材です』
 この言葉は俺のやる気を上げる為のものではなかった。
 俺は本当に百年に一人の逸材らしい。
 何故かというと俺が修行を始めると直ぐに自分がレベルアップしているのが分かった。例えば俺のオーラだが、最初は物凄く小さくて妖魔が簡単に俺の体を触れていたが、今ではかなりの量のオーラを纏える。それに師匠の使い魔達は最初俺を小僧などと馬鹿にしたような呼び方をしていたが、最近では一切なくなった。
 師匠が言うには妖魔や使い魔は自分よりも霊力がある者に対しては見下すような事は言わないと言っていた。
 オーラも自在に出し引き出来るようになったしな――。
 それに心を空っぽにしてある一つだけに集中させる、無想というのもマスターした。






「龍河、あなたは想像以上に力を上げています。そこでこれからは私の仕事を手伝っていただきます。よろしいですね?」
「仕事というのは具体的にどういったものなのでしょうか?」
「色々ありますが、最近多いのは除霊ですね。あなたは私の助手につき、私の言った事を守りながらサポートしてください」
「分かりました。頑張ります」
「では早速行きましょうか」
 師匠は小さなリュックを背負って立ち上がった。


 「それと、あなたもこれからこの袈裟を着なさい」
 真っ黒い何も書かれていない袈裟を投げ渡された。




 袈裟を着ると何か術者っぽい――。まだ術なんて何も使えないけどさ――。


 「レジ、何か持って行く物ってあるかな?」
 レジは師匠の使い魔だが、俺の世話人として俺が使い魔を契約するまで使わせてくれている。
「お前は何も道具なんて持ってないだろ。お前はただの助手だ。自惚れるな」
「はいはい――」
 レジは俺の世話人というのが気に食わないのか、度々反抗する。まぁ、妖魔は使い魔になったとしても完全に仕えることはほとんどないらしい。師匠から言われたのは俺が使い魔を持ったとしても最初は反抗ばかりされるだろうということだった。妖魔は自分の仕える主の力を見極めて扱いを変えるらしく、本当に凄い術者であれば完全に従ってくれるらしい。俺にはまだまだ先の話だな――。


「龍河、早くしろ。龍が待ってる」
「すまん、直ぐに行く」
 タバコとライター、財布を袈裟の内側のポケットに入れた。








「この草履を履いてくださいね。先ほども言ったようにこれからは私の仕事の手伝いをしてもらう以上、はたから見ればあなたも霊魔操師なのですからどんな用事で外出する時もその格好で外出してください。良いですね?」
「分かりました」
 草履って初めてだな――。
 あれ? この草履何かおかしい――。足を入れた瞬間にフィットした感じがする。


 「気づきましたか? この草履は私のお手製です。動きやすいように術をかけて自動で足にフィットさせます」
 そうなんだ――。ってか霊魔操師ってそんな事も出来るんだ。




 玄関を出て庭の半ばまで歩いたところで師匠が止まった。
 「少し離れていてください」
 何で? 
 俺がその場で戸惑っていると師匠が睨みを聞かせて聞こえませんか? と言ってきた。
 前に一度師匠から言われていた大事な買い物の一つを買い忘れていた時に物凄い叱られた。
 滅多に怒らない師匠だが、言う事を聞かなかったりすると怒られる。




 師匠から五メートル程離れて待っていると師匠が上を見た。


 「ジャベス、来なさい」
 ん? 何だジャベスって――。
 俺も師匠が見ている空を見てみるが何も起こらない。
 いや、何か黒い影が落ちてくる――
 「っシャー! 久しぶりだな龍!」
 ドン! と地面を震わせて降りてきたのは妖魔だった。
 黒い体で黒い鱗に覆われ、頭には一本の角が生えている。目は丸で口に牙や歯らしきものは見当たらない。背中の中央辺りには大きな翼があるだけで後は何もない。
 こいつも師匠の使い魔なのか?


 「ジャベス、ここに連れて行ってください」
 師匠は地図のような物も何も出さずに妖魔に言った。
 使い魔とは頭で考えたものをそのまま伝える事が出来ると師匠が言っていた。


「それは良いがあの男は?」
「私の弟子です。今日から私の仕事の助手に就いてもらいます。龍河、ジャベスに乗りなさい」
「あ、はい――」
 小走りでジャベスの元まで行き、足に霊力を溜めてジャンプし、ジャベスの背中に乗った。
 こんな感じで俺は色々な所を強化出来るようになっている。
 しかし師匠はジャンプではなく、浮かび上がるようにしてジャベスの背中に乗った。


 「ほんじゃ行くぜ~」
 ジャベスが翼を大きく羽ばたかせると一瞬で家が小さく見えるほどまで高く上がった。




 「では今から行く所について説明します」
 飛び立ってから五分ほど経ち、師匠が俺の方に体を向けて話し始めた。


 「まず、今回の仕事内容は女性の除霊です。家族は両親と兄の四人家族です。女性の名前は丸山静香まるやましずかさんです。静香さんは幼い頃から霊感、霊力があり、今まで何度も私が除霊を行ってきました。静香さんには霊や妖魔が近づけないように深層結界術をかけているのですが、静香さんの霊力の強さで三ヶ月も経つとその結界が無効なってしまいます。今回も三ヶ月前に行った深層結界術が破れてしまい、憑かれてしまったのでその除霊と、結界の張り直しに行きます」
 師匠が言った事を全てメモをしながら聞いていると、ここからが大事ですと言われた。


 「そこで龍河、あなたにやって頂きたい事ですが、私はまず除霊から入ります。除霊中は対象者に物凄く霊力負担が掛かるのであなたには私が除霊を行っている時は、静香さんに霊力を与え続けてください。静香さんは持病を持っていて体力があまりありません。なのであなたの霊力を分けるように静香さんにお願いします」
 俺の霊力を静香さんに与える――
「分かりました!」
「闇雲に霊力を流すだけでは意味ありませんよ? 教えを覚えていますか?」
「はい!」
 人や物に霊力を流し込む場合は対象の霊穴れいけつに霊力を的確に流し込むようにして霊力を放出する。
 霊穴は全ての人、物にあるもので、霊力が出し入れされる場所の事だ。オーラ等もそこから放出される。


 「もう直ぐ着きます。では期待してますよ」






 山に囲まれた小さな村が見えてきた。
 しかし、家が集中しているところから離れて一軒建っている家がある。
 そこは平屋の一軒屋で広い庭がある。そこに向かっているようなので恐らくあの家が対象なのだろう。




 ジャベスは来た時とは違い、ゆっくりと地面に降り立った。
 師匠、俺の順番で降り、師匠は真っ直ぐ玄関に向かった。
 師匠に着いていき、玄関の前に来たところでジャベスを振り返ってみるとジャベスはいなかった。


 インターホンを鳴らし待っていると、初老の男性が出てきた。
 この人が静香さんの父親か?


「お久しぶりです。静香さんの様子はどんな感じですか?」
「お待ちしてました。静香は高熱が続いていてここ一週間はろくに食事も摂れなくなってるんです」
「そうですか――。では早速行わせていただきます」
「よろしくお願いします」
 父親は一瞬俺を見たが、師匠の手伝いと認識したようで、直ぐに顔を背けた。


 「失礼しま――」
 家に入った瞬間禍々しい雰囲気が感じ取れた。
 取り憑かれるってこんな雰囲気になるのかよ――。




 父親を先頭に、和室に通された。
 そこには女性が眠っており、額から大量の汗が溢れていた。
 この人が静香さんか――。


 「私の向かい側に座ってください。始めます」
 師匠は部屋に入ってすぐに荷物を降ろし、静香さんの横に正座した。
 俺も師匠に習い、師匠の向かい側に正座して師匠の号令を待った。




「除霊を始めると、霊穴から多くの霊力が噴出されるのがわかると思います。なので噴出が始まったら直ぐに仕事に入ってください」
「分かりました――」
 まだ何もしていないのに俺の額には大量の汗が出ている。
 部屋の雰囲気のせいもあるかもしれないが、気分が凄く悪い。


 「霊情知法解断剛――」
 師匠のお経のようなものが始まった。いや、お経ではないのだろう。
 両手は合わせていない。
 右手は顔の前で立てているが、左手は人差し指と中指だけを立てて静香さんの全身に振りかざしている。


 見入ってはいけない。俺の仕事がある――。


 目に霊力を集中させ、静香さんの霊穴を見てみた。
 するとおよそ霊力とは思えない、どす黒いものが噴出していた。
 何だよこれ――


「龍河! 早くなさい!」
「す、すみません!」
 集中だ――。
 俺の両手を静香さんの体の上に持っていき、自分の霊力を糸のようにして静香さんの霊穴に流し込んだ。
 これが案外難しい。
 針の穴に糸を通すような感覚でやらないといけない。


 俺のやることはこれだけなのだが、初めてで、尚且つ結構難しい作業なので大量の汗が滝のように落ちてくる。
 師匠は目を瞑ってずっと何かを唱えている。
 俺はこの作業に集中するんだ――。






 しかし十分後、突如異変は起こった。


 静香さんの霊穴が閉じてしまっている。
 どういうことだ? 俺が何かしたのか? 流す量を間違えた? いや、そんなはずはない。ちゃんと集中してやっていた。


 「師匠! 霊穴が塞がってます!」
 俺の言葉に師匠は驚いた様子で目を開け、静香さんを見た。
 全身を舐めまわすように一通り見るとどうしようかと考え始めた。


 俺はどうすればいい――
「龍河、あなたを信じて一つ頼みがあります。無想はもうできますよね?」
「は、はい」
「でしたらそのさらなる先、極限無想をしてください。極限無想で静香さんの霊穴をこじ開けてください」
「極限無想――」
「今私は除霊で手いっぱいです。しかし、私一人でも出来ない事はないので大丈夫ですがどうしますか?」
「――やります」
 そう言うと師匠は直ぐに目を瞑り再び唱え始めた。




 俺も目を閉じて無想に入った。
 無想の状態で静香さんの霊穴を確認し、こじ開けようとした。
 しかし、全く出来なかった。こじ開けようとすると、無想が解けて集中力が途切れてしまう。




 何度も挑戦するが、敵わなかった。
 静香さんが段々と苦しみはじめ、息遣いが荒くなってきた。


 「龍さん! この男は何なんですか! 何も出来ないじゃないですか!」
 父親が静香さんの容体を心配して怒鳴った。
 しかし師匠はそれを無視して唱え続けている。


 俺も何とかしようと意識を集中させようとしているが、力が入りすぎて無想にもならない。
 俺は無力だ――。結局俺は何も出来ないんだ――。


 静香さんの苦しみ方が異様になってきた。
 体をよじり、うめき声を上げ始め、とうとう父親が我慢の限界になり、師匠を突き飛ばした。


 「今までこんな事はなかったはずだ! この男が邪魔をしているんじゃないのか! 龍さん! あんたうちの娘に何をするつもりだ!」
 父親の怒りはもっともだ。
 俺は何も出来ていない。出来ていないどころか足を引っ張っている。


 しかし師匠は驚きの一言を父親に放った。


 「黙らっしゃい! あなたは何も分かっていないのに口を出すのは止めなさい! 心配なのは分かりますが少し黙って見ていなさい! この男は私の弟子です! 優秀な弟子です! よく聞いてください、この男は私の霊力を遥かに上回る霊力を持っている男です。私の弟子ですよ? 丸山さん、私と弟子を信じてください」
 師匠は俺を信じてくれている――。
 そうだ、俺は無力なんかじゃない。師匠に色々教わっているじゃないか!


 「すみません。もう一度行います」
 師匠は俺の目を見ると深く頷いて術に戻った。
 父親は師匠の言葉に圧倒されて黙りこんでいる。






 全てを無にした。
 頭、心、体。意識だけがそこに存在している。俺自身だけの世界。存在するのは俺だけ。他は無。


 そして静香さんの霊穴を意識した。
 すると霊穴だけが意識に浮かび上がってきた。


 凄い。この世界は俺の思い通り。
 これが極限無想――
 『その通り。これが極限無想だ』
 誰だ――。ここは俺の世界のはずだ。
 『そうだよ? お前の世界だ。そして俺の世界でもある。俺はお前だ』
 何? お前は俺? どういうことだ。
 『俺は我化身がっけしんだ。お前の、化身。つまりは分身だ』
 師匠が前に言っていた。我化身は術者が一定の力に辿り着いた時に生まれると。
 『その通り。俺の場合はお前が極限無想に辿り着いた場合に出現するという条件だった。それが今クリアされた。これからは俺はお前の傍にいられるぞ』
 そうか――。お前の姿は他の人に見えるのか?
 『見えるぞ。まぁ、霊感がある人だけだがな。今お前が思っている龍の我化身だが、俺が出現するまでは姿を現さないようにしていたんだろう』
 何でだ?
 『んなもん知るかよ。俺はお前の分身だぞ? お前が知らない事までは知らない。お前が知っていることは知っているが、それ以上は知らない。しかし、お前の体、力、心の全てを知っている。だから俺はお前よりお前を知っている』
 そうか――。
 なぁ、これから俺に手を貸してくれるか相棒・・
 『勿論だ相棒・・






 霊穴をこじ開けるイメージ――。
 『無理やり開けようとしても駄目だ。今せっかく龍が除霊をやってるんだ。その力に便乗して力の流れをこっちにも引き寄せてお前の霊力と龍の除霊術を融合させて、霊穴を塞いでる魔力を排除するんだ』
 それ怒られないか?
 『怒られたら怒られただ。今は女を救うことだけを考えろ相棒!』
 了解!






 師匠の術にも意識を投影させ、流れを読んだ。
 その流れを静香さんの霊穴に少しだけ分岐させ、俺の霊力を混ぜる。


 よし! 成功だ。
 後は霊穴を塞いでいる魔力を取っ払う。
 俺の霊力を最大限、フルパワーで流し込んで魔力自体を粉砕する!


 フルパワーを流し込んで直ぐに気付いた。
 師匠から盗んでいる・・・・・力だけでは足りない――。
 だからといってもう少し流れをこちらに持ってくると除霊の方の力が足りなくなる――。どうすればいい――。


 あれ? こちらに流している師匠からの力が大きくなった。
 『ふん。龍はとっくに俺らの目的に気づいてたな。龍も悪い奴だぜ』
 だな――。
 師匠はこちらに力を多くくれた。これで魔力を排除できる!


 フルパワー!


 パリン――
 ガラスが割れるような音だった。
 静香さんの霊穴を塞いでいた魔力が一瞬で消えてなくなった。
 これで霊力を流し込める!


 『もう無想を解除しても平気だぞ』
 おう。




 無想を解除して、先ほどと同じように静香さんに霊力を流し込んでいくと、次第に静香さんの顔色が良くなった。息遣いも普段通りになり、顔も穏やかになっている。














 「ご苦労様です」
 十五分後、師匠が言った。
 その一言で一気に疲れが全身を襲った。
 やばい、体が動かない――。
「ったく、だらしがねぇな~」
「びっくりした!」
 俺の我化身? が横で笑っていた。
 これが俺の我化身か――。
 小さいが、頭は龍で手足もある。真っ黒い姿で体はぼんやりとしている。実体はないのか?
 「いや、実体はあるよ。お前の心の中に実体はある。でも俺の事触れるよ。俺は姿かたちも変えられるしな」
 へぇ~――。


「龍河、よく出来ましたね。頑張りました」
「あ、ありがとうございます」
 師匠に褒められた――。良かった――。






 その後師匠はお代を受け取って静香さんの両親に挨拶をした。
 その間俺は全く動けないので静香さんの横に座っていた。


「龍河、帰りますよ」
「はい――立てません――」
「龍、良いよ、俺が連れていくから」
「龍河の我化身ですね。分かりました。では私の後についてきてください」
「あいよ」
 たくこいつ師匠に向かって呼び捨てって――。


 俺の我化身――名前決めないとな――。


「リュークだ。お前の名前はリュークだ」
「まぁ、良い名前だな。良いだろう」
「ったく何でお前はそんな生意気なんだよ」
「お前の分身だからだよ」
「俺はそんな生意気じゃねぇよ!」
「二人とも黙らっしゃい! もう外は暗いんですから静かに帰るんです!」
「「はい――」」






 師匠はジャベスで空を飛び、俺は大きな鳥に姿を変えたリュークに運ばれて飛んでいる。






「龍河、あなたは今日とても頑張りました。特に霊穴が閉じているあの場面で私の術を逆手に取るというのはお見事でした」
「ありがとうございます!」
 師匠からこんなに褒めてもらえるなんて――。
「しかし、勝手に私の術を分岐させるなんて普段でしたらやってはいけない事です。もし分岐させて除霊術の方の力が弱まって除霊が失敗したらどうするつもりだったんですか?」
「あの時は今の事しか考えていなくて――。本当に申し訳ありません」
「まぁ、私が途中であなた達の作戦に気付いたから良かったものの、気付かなかったら大変なことになってました」
「はい。反省してます」
「でも、本当によくやりました。初日からここまでやるとは思っていませんでした。それに実戦初日で我化身を生み出すとは思ってもみませんでした。これからも私の助手としてサポートお願いしますよ」
「はい! よろしくお願いします!」




 こうして俺は数段パワーアップする事が出来た。
 我化身、リュークという相棒も生まれたし、俺はもっと精進して一人前の術者になる。

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