マイライフ

星河☆

神獣の助け

 まだ十歳の少年が一匹の大きな魔物と対峙していた。
 少年の名は誠。魔術学校に入学したての少年だ。
 誠は目の前にいる大きな魔物と戦わずに逃げる事も出来る。しかし大事な友達が魔物の巣にいる為自分だけ逃げるわけにはいかない。しかも馬車を使わずに町を目指そうと言ったのは誠自身なのだ。そんな自分だけ助かろうなどと誠は思っていない。


 魔物は鋭い牙と大きな爪を誠に見せるように威嚇すると一歩一歩ゆっくり近づいてきた。
 誠は極龍の構えをして警戒し、いつでも魔法を放てるように警戒している。


 魔物は誠との距離を縮めると素早く飛び上がった。
 「アスピーダ盾よ!」
 誠もすぐに反応し、魔物と自分との間に見えない盾を作った。
 魔物は盾に構わず爪を立てながら誠に襲い掛かってきた。
 しかし誠の魔法が効き、魔物は見えない盾に弾かれた。が、直ぐに立ち上がると地面を蹴って真っ直ぐ突進してきた。


 誠は魔物のスピードに魔法を放つ間もなく吹き飛ばされ、後ろの木にぶつかり止った。


 背中に痛みが走る誠だが何とか立ち上がり再び極龍の構えをとった。
 「炎の大剣!」
 誠がそう叫ぶと誠の右手には炎を纏った剣が出てきた。


 「そんな役立たずの剣で何が出来る」
 魔物はそう笑うと再び誠に向かって突進を始めた。
 誠は剣を魔物の目の前に突き出し待ち構えた。が、魔物は目の前にはいなかった。


 誠は辺りを探し、キョロキョロするが魔物の姿はなかった。しかし
 「上だ馬鹿者が!」
 一瞬で剣を防御に使ったが魔物の速度が上回っており鋭い爪で誠は右手を切られ吹き飛ばされてしまった。
 誠は十数メートル吹き飛ばされ木にぶつかって止まった。
 痛みで顔がゆがむ誠だが、再び立ち上がった。ふと痛む右腕を見ると服が裂かれ血が流れ出していた。
 「大人しく息子たちの餌になればいいものを――」
 魔物は誠をあざ笑うかのように呟くと再び地面を蹴って飛び上がった。
 誠は何とかしないとと思ってはいるが何も出来ずにずたずたにされている。




 気づけば誠は全身血だらけで目は虚ろになっていた。焦点が合わずふらふらしている。
 魔物も誠の意外な精神力に疲れ始めていた。
 「おい小僧、今ならお前は見逃してやる。消えろ」
 疲れからか、魔物は荒い息の中誠に言った。しかし誠はその場を動こうとしない。
 「どうした? お前を見逃してやると言っているのだぞ。さっさと失せろ。お前の顔なぞ二度と見たくない」
 魔物は踵を返し立ち去ろうとした時誠は叫んだ。


 「じゃあ僕の友達も見逃してくれ。頼む」
 すると魔物は笑い、誠を睨んだ。
「馬鹿を言え。もう巣にいるお前の連れは食料にする。お前を見逃すのはお前の精神力が気に入ったからだ。あの連れはただ泣き叫ぶだけの奴だったからな。あいつは生きるに値しない」
「違う! シェシルは僕の大事な友達だ! 生きるに値しないなんて言うな!」
「何とでも言え。お前ら人間の価値観と一緒にするな。息子たちが腹をすかせて待っている。お前は見逃してやると言っているのだ。ありがたく受け止めろ」
「ふざけるな。僕は友達を見殺しになんか出来ない。僕は戦う」
 誠の目に焔が灯った。
 血だらけの体だが体を柔らかく使い、極龍の構えで魔物を睨んだ。
 「馬鹿な奴が――。だったらお前も餌にしてやる」
 魔物は一瞬で片をつけようと爪を鋭く伸ばして地面を蹴った。
 誠もこの一発で終わらせるつもりであった。
 「ブラスト爆破!」
 魔物は鋭い爪を誠に向け飛び掛り、誠は最後の精神力を魔法につぎ込んだ。


 大きな爆発音が森中に響き辺りは煙に包まれた。


 しばらくして煙が収まった。
 誠は立つことも出来ずに座り込んでいた。
 魔物はどうなった? 誠は一心に魔物の姿を探し、辺りを見回した。




 「小僧なかなかやるな――。この俺がここまでやられるとは」
 何と魔物は見た目はほとんど無傷で立っていた。
 誠は魔物の姿を見たとき全ての気力が無くなりうなだれた。


「何を無気力になっている。俺はお前を認めたのだぞ」
「そんなんじゃ意味がない。友達が――」
「お前の連れも戻してやる」
 魔物がそう言うと誠はハッと顔を上げた。
 「待っておれ」
 魔物はそう言うと走って消えた。


 何故魔物は自分を認めたのか。誠は疲れきっている頭に聞きながら時間を過ごしていた。
 傷を魔法で治そうとした誠だが疲れ切っているため何も出来なかった。


 しばらくして目の前の草が揺れた。
 「シェシル?」
 直ぐにその答えは出た。
 魔物だった。先ほどの魔物ではない小型の恐竜のような魔物だった。
 恐竜型の魔物はゆっくり誠に近づくと誠との距離二メートル程になり、高らかに吼え誠を威嚇した。


 誠にはもう戦う力は残っていない。
 こんなピンチなのに誠は落ち着いていた。ネコ型魔物はシェシルを助けると約束してくれた。それだけで良い。誠はシェシルが助かればそれで良いと考えていた。


 恐竜型魔物は目の前にいる獲物に興奮し、口を大きく開けて向かってきた。
 誠は目を閉じた。
 本当の両親は行方不明。幼い頃から虐待を受け、一人で生きてきた。そんな時にシャードに出会い救われた。学校に入学してシェシルという家族に出会いこれからが楽しみになれた。でもここまでだ。
 誠は心残りが一つだけあった。一度でも良いからシャードを父さんと呼びたかった。でも仕方ない。今ここで自分が食われれば魔物は腹いっぱいになりこの後帰ってくるシェシルは襲わないだろう。これで良いんだ。ばいばいシェシル――。ばいばいシャード――。








 しかしいつまで経っても痛みは感じなかった。それどころか恐竜型の魔物の気配すら感じなくなった。
 誠は恐る恐る目を開けるとそこにはシェシルとネコ型の魔物がいた。
 ネコ型の魔物はその口に恐竜型の魔物の首を咥えていた。既に恐竜型の魔物は絶命している。


 「誠! 何してるんだよ! 逃げなきゃ駄目だろ!」
 シェシルは誠に怒鳴り誠の頬に平手打ちした。


「小僧はお前を思って食われようとしたんだ」
「どういう事?」
「もう小僧に戦う力は残っていない。しかし逃げればこの後戻ってくるであろうお前が襲われてしまう。だから自分が食われて魔物が腹を満たせばお前が襲われずに済むと考えたんだろうよ。愚かな奴が」
 魔物はそう言うと恐竜型の魔物を踏みつけ、肉をちぎりだした。
 「誠、今の話本当?」
 シェシルは誠に聞くと誠は静かに頷いた。


「ごめんね誠。僕が弱いばっかりに――」
「シェシルは悪くないよ。元々僕が今日森を抜けて町に行こうなんて言わなければこんな事にはなってなかったんだ」
「感傷に浸るのはそのくらいにしてさっさと帰らないと学校で問題になるぞ。まぁ、既に問題だと思うがな」
 シェシルは誠に手を貸して立ち上がらせた。
「ねぇ、君の名前は?」
「俺か? テオリオだ。お前らだけでは帰るのは厳しいだろうから俺が学校前まで連れて行ってやる」
「ありがとうテオリオ。これからも遊びに行っても良い?」
 誠がそう言うとシェシルもテオリオも唖然とした。
 「お前馬鹿か? 一年がこの森に踏み入ることが駄目なのにまた破るのか」
 テオリオはそう言うと歩き出した。
「でもテオリオに会いにきたい」
「ふん。好きにしろ」
 テオリオは照れ隠しに少し早く歩いた。




 一時間ほど歩き、学校の裏門に到着した。門には門番がいるがまだ誠たちに気づいていない。


 「さぁ行け」
 テオリオはそう言うと颯爽と去っていった。
 「行こうか」
 シェシルは誠を抱えながらゆっくり歩き、門に着いた。


 「どうしたんだその傷は!?」
 門番は二人に気づくと急いで門を開けて中に入れた。


 「直ぐに医務室へ行くんだ!」
 門番はそう言うとシェシルと一緒に誠を抱えて学校内に入った。
 未だに誠の体からは流血している。
 学校内の廊下をすれちがう生徒は誠を見るとはっと息を呑んでどうしたのかと囁いている。


 医務室に着くと中には白衣を着た初老の女性が机に向かって書類に目を通していた。
 「ベルリナ! この子を早く見てくれ! ひどい傷だ!」
 門番はそう言うとベッドに誠を寝かせた。
「何があったの! ひどい傷――」
「私は校長に知らせてきますので後はよろしくお願いします」
「分かりました」
 医務医のベルリナは誠の服を破って傷を見始めた。


 「先生、誠は平気ですよね?」
 心配そうにシェシルが聞くとベルリナは笑顔で答えた。
 「大丈夫よ。私に任せて」




 治療を始めて数分が経った時医務室のドアが勢い良く開いた。
 「何があったんだ!」
 大きな声を出して中に入ってきたのはシャードだった。その後ろには老人もついている。
「誠! 誰にやられた! 今すぐ俺がぶちのめしてやる!」
「シャード落ち着いてください! ここは大声を出す場所ではありません! 今治療中ですから少し待ってください」
 ベルリナがそう言うとばつが悪そうにシャードはさがった。






 「はい。これで良いですよ。さぁ、先生方話をどうぞ」
 体中を包帯でぐるぐる巻きにされた誠を痛々しそうにシェシルが見る中ベルリナが治療を終えてシャード達に言った。


 「君は外伊誠君だね。それで君がシェシル・ホード君。いったい何があったんだね?」
 老人が前に出てきて誠とシェシルに聞いた。
 誠は体が震えていた。大丈夫だと思っていた大人への恐怖で何も話せずにいた。
 それを察したのか、シャードが前に出てきた。
 「誠、この方は大丈夫だ。この学校の校長先生だよ。安心して話してごらん」
 シャードがそう言うと小刻みに何度も頷いた。


「すまなかったね。私はダグシンだ。さっきシャード先生が言ったとおりここの校長をしている。さぁ何があったのか言ってごらん」
「は、はい――」
 誠はダグシンの顔をまともに見ることは出来ないが朝の作戦を立てた時から話し始めた。








 「そうか――。魔物に――。それにしても入学一日目で規則を破るなんて初めてだよ」
 ダグシンは少し怒った顔で誠とシェシルを見た。
 「すみません――」
 「校長、そのテオリオを討伐に向かいましょうか」
 シャードがダグシンに提案すると誠の顔色が一気に変わった。


「シャード! それはやめて! テオリオは僕たちを帰してくれたんだから!」
「でもその魔物がいなければ怪我をすることもなかった。そんな凶暴な魔物が森にいるとなれば生徒がまた襲われるかもしれない」
「テオリオは凶暴じゃない! テオリオは子供がいてその子供のために仕方なかったんだ。それに最後は僕の命を救ってくれたし――。お願い。やめて……」
 誠の切なる願いにシャードは言葉を失い、ダグシンと顔を見合わせた。そしてダグシンが口を開いた。


 「分かった。魔物は討伐しない。君たちの言葉を信じよう」
 誠はほっとした顔で俯いたが直ぐに顔を上げた。
 「ありがとうございます――」
 やっとダグシンの顔を正面から見ることが出来た。


「但し、君たちには規則を破った罰として一ヶ月間の中庭の手入れをしてもらう。異議はないね?」
「「はい」」
 誠とシェシルはすぐさま同意し、頭を下げた。










 夜、シェシルは就寝時間の為寮に戻り、ダグシンは通常業務に戻った。医務室には誠とシャードだけだ。


 「なぁ誠、もう危ないことはやめてくれよ。規則があるのはそれなりの理由があるんだから」
 シャードは諭すように誠に言うと優しく頭をなでた。
 「うん。ごめんなさい」
 シャードは笑顔で誠の答えを聞き手をさすった。


「明日から授業が始まるけど出られそうか?」
「大丈夫だよ。結構良くなったから」
「そうか。明日俺の授業があるから楽しみだな。でも無理するなよ?」
「うん。ありがとう」
「それじゃあ俺もそろそろ帰るな。お休み」
「お休み」




 その後直ぐに誠は眠りに落ちた。

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