上がり三ハロン

星河☆

二歳五百万下レース

 種付けから一か月が経った。
 ナンデヤネンは無事受胎しているのだろうか――。




 日向さんは風邪も治り、牧場へ姿を現していた。




 日向さん何やってるんだろう――。
 誰かと何かやっている。


 「日向さん、お疲れ様です。今何やってるんですか?」
 疑問をストレートに聞いてみた。


「会長、こちらは獣医師の砂木明久先生です」
「はじめまして。馬主の羽沼陽介です」
「よろしくお願いします」
「それで、今何やってるんですか?」
「直腸検査とエコーで受胎確認してるんです」
「へぇー」
 邪魔しない方が良いな。
 砂木先生に挨拶して事務所に戻った。






「会長、弘中先生からお電話がありました。次のレースのメドがついたので連絡をして頂きたいとの事でした」
「分かった。ありがとう」
 美月さんにお礼を言って事務所の電話機から弘中先生に電話した。




「もしもし、弘中先生、羽沼です。お疲れ様です」
『お疲れ様です。次のレースなんですが、京都第六レースの二歳五百万下を考えています』
「そうですか。分かりました。それでお願いします。出馬登録お願いします」
『分かりました。では失礼します』
 電話を切り、もう一度外へ行ってみた。








 「会長、ディープインパクトとの種付け成功です! 受胎しています!」
 日向さんが興奮してこちらへ走ってきた。


「本当ですか! 良かったです。これで産駒期待できますね!」
「はい!」
「獣医師の砂木先生はどうしたんですか?」
「今さっき帰られました」
「あらら。お茶出さないとだったのに」
「砂木先生は結構恥ずかしがり屋なのでそういうのはあまり好きじゃないんですよ」
「そうですか。じゃあ俺たちでお茶飲みましょうか」
「そうしましょう」
 こうして俺と日向さんは事務所に戻り、美月さんにお茶を淹れてもらい、三人で飲んだ。










 「会長、そろそろ出ないと間に合いませんよ」
 美月さんが急かす。
 明日京都競馬場でヒャクセンレンマの五百万下レースだ。
 今日出て京都で一泊する予定だ。








「席は?」
「会長はグリーン車の二両目C1番です」
「美月さんは?」
「私と日向さんは普通車です」
「何かごめんね」
「馬主なんですからそれなりに良い恰好しないといけませんからね」
「分かった。ありがとう」
 俺は美月さんに貰った新幹線のチケットを持ってグリーン車へ向かった。






 ここだ。二両目のC1。
 席に座り、発車を待っていると声をかけられた。


 「もしかして羽沼さん?」
 誰だ? ふと見てみると中山さんがいた。
 「中山さん! お久しぶりです。どうしたんですか?」
 俺が中山さんを覚えてると知り、中山さんはホッとした表情になった。
「明日阪神競馬場でうちの子のレースがあるんです。羽沼さんはどうしたんですか?」
「明日京都競馬場でヒャクセンレンマのレースがあるんです」
「そうだったんですか。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。中山さんも頑張ってください」
「ありがとうございます。では失礼します」
 中山さんは少し前の方らしい。


 タバコ吸いに行くか。
 喫煙所まで歩き、中に入りタバコを吸っていると電話が鳴った。
 弘中先生だ。
「もしもし、羽沼です」
『お疲れ様です。弘中です。明日のレースの事なんですが、明日は期待できそうです。輸送にも負けずに最終調教はとても有意義に出来ました』
「そうですか! ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」
『こちらこそよろしくお願いします。では失礼します』
 電話を切り、タバコを吸いながら明日の事を考えていた。












 京都駅に着いた。
 俺たち三人は改札付近で待ち合わしていたので改札で合流した。






 「会長、私はレンタカーを取りに行ってきますのでここでお待ちください」
 美月さんにお礼を言って駅の前に行き、日向さんと二人で駅前で待つことにした。


 「会長、明日のレースの見込みはどうなんですか?」
 日向さんが聞いてきた。
「はい。弘中先生が言うには良い状態で調教出来てるみたいです」
「そうですか! 良かったー」
「明日が楽しみですね」
「そうですね」
 すると美月さんが車を走らせてやって来た。


 「お待たせ致しました」
 美月さんが車から顔を出して言った。




 俺は後部座席に乗り、日向さんは助手席に乗った。














 ホテルに着いた。
 バレーサービスが車を駐車場までもって行ってくれた。
 俺たちはドアマンにドアを開けてもらい、中に入って美月さんがチェックインしている間にエントランスで日向さんと談笑していた。




 「お待たせしました。行きましょう」
 美月さんが来てそう言うとベルマンも一緒にやってきて荷物を持ってくれた。






 俺たち三人は別の部屋だが、同じフロアの並んでる三つの部屋なので俺の部屋の前で別れて部屋に入った。




 何すっかな。
 あ、ヒャクセンレンマ見に行けないのかな。
 美月さんに確認してもらうか。


 美月さんにメールして返信を待った。






 暫くすると美月さんから電話が来た。


「もしもし。どうだった?」
「はい。弘中先生に確認したところOKだそうです。今すぐ向かいますか?」
「そうしよう。日向さんにも声かけるからエントランスで待っててくれ」
「はい。分かりました」
 電話を切って日向さんの部屋に向かった。






 コンコン――。
 日向さんの部屋のドアをノックした。


「はーい」
「羽沼ですけど」
「どうしました?」
 日向さんがドアを開けて顔を出した。
 「今からヒャクセンレンマの調子を見に弘中先生の所へ行くんですが一緒にどうですか?」
 俺がそう言うと日向さんは分かりましたと言って荷物を持って着いてきた。


 エントランスに行くと美月さんが待っていて、俺たちに会釈してやって来た。
 「もう車は用意してあります」
 美月さんはそう言うと俺たちを引き連れて外へ出た。










 車を走らせて三十分ほど経ち、仮厩舎へやって来た。
 京都競馬場に併設されている厩舎だ。
 駐車場に車を止め、降りると弘中先生が待っていた。


「ようこそ。ヒャクセンレンマは調子良いですよ」
「そうですか! 良かったです。早速見せて頂けますか?」
「はい。こちらへどうぞ」
 俺たち三人は弘中先生に着いていくと、ヒャクセンレンマが前日調教していた。


 ヒャクセンレンマが走っている姿を見ると明日、勝てそうな気がしてきた。
 それを弘中先生に言うと笑いながら答えた。
 「勝てそうじゃなくて勝てますよ。あの子ならやってくれます」
 弘中先生にそう言われると何か嬉しくなってきた。
 明日は期待できそうだ。












 「弘中先生、今日はありがとうございました。また明日よろしくお願いします」
 俺は弘中先生にお礼を言って厩舎を後にした。












 翌日、競馬場に来て馬主席に行き、食事を摂ってレースを見ていた。


 「会長、今回も馬券は買わなくてよろしいですか?」
 美月さんが聞いてきた。


「ヒャクセンレンマのオッズは?」
「現在三番人気の九倍です」
「じゃあ単勝を三十万買ってきて」
「かしこまりました。――あの」
「何?」
「私のポケットマネーでも買ってよろしいでしょうか?」
「それは自由にしなよ」
「ありがとうございます」
 美月さんはウキウキしながら馬券を買いに行った。












 さぁレースが始まった。
 二歳五百万下レースが始まり、ヒャクセンレンマのレースが始まった。




 『さぁ二歳五百万下レース全頭ゲートイン。スタートしました。全頭まずまずのスタート。最初に飛び出すのはやはりコノセカイです。単騎の逃げに持ち込めるか。先頭からしんがりまでおよそ十五馬身。よどみのない展開になりました。さぁ第四コーナーを周り残り八百メートル! ここでヒャクセンレンマが上がってきた! 一気に外から差す! 残り三ハロン。ヒャクセンレンマが大きく抜け出している。これは決まりか? 残り百メートル。これはヒャクセンレンマで決まりだ! ゴール! 勝ったのはヒャクセンレンマ。圧倒的な強さです!』
 勝った。しかも圧倒的な強さで。






 「会長、おめでとうございます。表彰式に行きましょう」
 美月さんが笑顔で言った。
 「よし、行くか」
 俺はそう言って立ち上がり、馬主席を出てグラウンドに出て表彰式に参加した。

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